第20話
「是非、ニコラスの親友であることに免じて、レディ・ダイアナ・ロザリンにダンスのお相手をしていただいてもよろしいですか?」
柔らかな微笑みは、社交界のあまたの貴婦人たちをとろけさしてきた。
いま、その微笑みは公爵夫人に向けられている。
「あなたの微笑みは素晴らしいけど、私にはまだまだ効かないようね」
公爵夫人はそっけない。
「でも、ニコラスの親友になら許さないわけにもいかないでしょう」
ニコラスは、相変わらずブスッとしたまま。
このおばが、けっこうジェイムズを気に入っているのは知っている。
ニコラスはローズに目をやる。
ローズは、可愛らしい瞳でジェイムズを見つめている。
ローズまでジェイムズに魅入られたのでなければいいけど。
その懸念がますますニコラスを無愛想にさせる。
だからと言って、二人のダンスを止めるわけにもいかない。
二人が手を取り合って、ダンスフロアに出て行くのを憮然と見送る。
オールマックスに来てはいるものの、ぬるいシャンパンに興味はない。
オールマックスを楽しむ気もない。
ましてや、市場に引いてこられた牛のように値を付けられるなんてまっぴらごめんだ。
ニコラスは避難所であるマンチェスター公爵夫人のもとを離れない。
社交界の重鎮であると同時に毒舌家としても知られているマンチェスター公爵夫人の元に、娘を連れてのこのこやってくる婦人はなかなかいない。
ご挨拶しにというだけならともかく、娘をニコラスになんて、言えるわけがない。
公爵夫人のお眼鏡に適わなかった場合には、社交界における地位の低下は否めない。
よほど自信がない限り避けたい場所だ。
予想どおり、ニコラスに近寄ってくる母娘もおらず、ニコラスはオールマックスにしてはなかなか快適に過ごせた。
ローズとジェイムズは、フロアの真ん中でクルクルと回っている。
ジェイムズが何かを囁いたのか、ローズの顔がバッと明るくなる。
遠目にエミリーが見える。
濃紺の地味な色のドレス。
それでいて、胸元や背中は、際どく開き、でも決して下品ではない。
地味な色合いが、むしろ美しい肌の色を際立たせている。
エミリーとローズは似ているようで似ていない。
エミリーもローズも黒髪だが、エミリーの瞳は淡いブルーグレー。
その表情も異なる。
ローズもいずれは、エミリーのようになるのだろうか。