第1話
馬車を降りたローズは、そのお屋敷の大きさに圧倒されていた。
お母さまったら、何も言ってくれなかったじゃない。
半ベソをかきそうになる。
ダイアナ・ロザリン・クレアモント。
ローズは、自分の美しい名前が大嫌いだった。
黒い髪に長すぎる手足。
伸びすぎた身長。
細すぎる体つき。
鏡をみるたびにうんざりする。
そんな自分が社交界にデビューすることすら恐ろしいのに、こんな瀟洒なお屋敷に滞在しなくてはいけないとは・・・
お母さまって何者??
そんな疑問が浮かんでしまう。
両親と暮らしている田舎のお屋敷から、やたら立派な馬車に揺られてやってきたこの屋敷は、確か母の実家だと聞かされたはず。
ローズの頭の中は混乱するばかり。
その時、屋敷の中から白髪の美しい老婦人が出てきた。
着ているドレスはシンプルなデザインだけど、あきらかに高級感のある光沢感。
「あなたがダイアナかしら?
私は、あなたの祖母のマンチェスター公爵夫人です」
お祖母さま?
お祖母さまが公爵夫人ってことは・・・お母さまは・・・公爵令嬢?!
ローズは、びっくりしすぎて母エミリーから叩き込まれた礼儀作法一式が頭の中から吹き飛んだ。
ぽかんと口を開けたまま、直立不動で立っているローズを、公爵夫人がつんつんとつつく。
「ダイアナ・クレアモント。行儀作法をどこかに忘れてきたのですか?」
そう言わてローズは、あわてて母親に教わった通り、美しく腰をかがめる。
「初めまして、お祖母さま。
どうかローズと呼んでくださいませ」
にこっとした笑顔は、なかなか可愛らしい。
「ダイアナ・ロザリンという名前は嫌いですか?」
公爵夫人が聞く。
「だって、私には似合いませんもの。
ダイアナ・ロザリンだなんて、きっとすごい美女を想像されてしまいますわ」
ローズは口をとがらす。
公爵夫人は笑みを隠す。
「もっと自分に自信を持ちなさい。
磨いて光らない玉なんてありませんよ!
あなたの瞳はバイオレットで、とてもきれいじゃないの。
だいいち孫をなんと呼ぶかは私が決めます」
そう言うと、ローズを連れて屋敷の中へと入って行った。