禁忌の復活
未だ見果てぬ大地の、果てまで続く大空は、何処までも蒼く澄み渡り、天上の神々はその己の御業に酔いしれるのだろう。
荒々しくも雄々しく輝く双子の太陽は、競い合うかの如く広大き大地を照らし、そして儚い息吹を焼いていく。
地を這う小さき者共の叫びは、もはや天上まで届く事叶わず、地表に渦巻く砂塵の如く、ただ、虚空に消えゆくのみである。
嗚呼、空よ、大地よ。このか弱き者に、一粒ほどの恵を賜う給へ。
嗚呼、願わくば神々よ、この小さき者共に、古の誉れを賜う給へ。
ガバルディア・シプトン著
『ワスティタス ― 誉れと抒情』より
「祈りは誰がため」
◇
私は今城壁の上に立ち、この国の終焉を見届けようとしている。
今、思えばこの世界 ―ワスティタス― においては、人類など何の益にもならなかったのだろう。
この国、ヘレナオアシズには今も約十万の民がいるが、私の知る限りでこの国以外にもはや国は無く、ここが人類最後の砦とも言える。
それは領地を一歩出れば、その先には人を一切寄せ付けない砂漠が広がっているからだ。
古い書物を紐解けば、その昔、この世界には十を越える国があり、海や湖があり、緑の平原が広がり、人や家畜、野性動物なども多く生息する、言わばこの世の楽園だったと言う。
だがそれも、大昔に起きた人類同士の大戦によって滅びてしまったが。
私は「海」なるものを見たことが無い。湖より大きな、塩水の水溜と聞いたくらいだ。
砂漠の向こうにはあると伝え聞くのだが、そもそも人の身で砂漠を渡る事は不可能だ。
もし、そのような大量の水が手に入れば、ここの人々もこれほどの苦境には陥らなかったのではなかろうか。
それも、今となっては不毛な話だ。
私の祖父のさらに祖父が生きていた頃、人類があの遥かに臨むイスカヴァール山脈の麓で暮らしていた頃、人類同士の最後の戦争があったそうだ。
当時三つの大国が対立し、三竦みの状態が百年ほど続いていたらしい。
ところがその膠着した、ある意味均衡していたバランスを崩すほどの強力な大魔法が開発され、人類の運命は、滅亡に向けて大きくその舵を切ってしまったのだ。
永遠に続くかに思われていた、不安定ながらも平和と言われた三竦みの時代、バランスを崩した事により一気に戦火が拡大し、みるみるうちにかつてない泥沼へと発展していった。
大魔法が飛び交い空を真っ赤に染め、非戦闘員である女子供まで無差別に殺され、命の水源には浄化不可能な毒が投げ込まれた。
三つの国を合わせて五千万ほどいた人口も、最終的には大魔法同士の対消滅の余波で街共々消し飛び、城も街も農地も更地となり、わずかに残った百万程度の人々がこの砂漠のオアシスに逃げ延び、このヘレナオアシズ王国が建国されたのだと言う。
――愚かな事だ。人の業は、己を塵の一つも残さずに滅ぼし尽くすまで、その愚かな行いをやめないのだろうか。
……
「団長! ……フレーズ団長! ……探しました。ここに、いらしたんですね?」
「カリステス? お前持ち場はどうした。まだ交代ではないだろう?」
重厚な全身鎧に身を包んだ、カリステスと呼ばれたその男は、走ってきたのだろう。息を切らせ、鎧の重さもあり、蚊の鳴くような声で呼び掛けてきた。
「はい、神官長様がお呼びです。団長殿をすぐ祈りの場にお連れするようにと……」
「分かった。すぐに行こう」
「ハッ」
メレニア・フレーズ。このヘレナオアシズ王国、王立騎士団の女性騎士団長である。
王国とは名ばかりで、この国が建国時に王制を敷いたのは、当時この国の指導者として、戦地から民を率い脱出して来た神女のヘレナを、民がどうしても王にと懇願し、やむなくヘレナが国王代行としてその任に着いた事に端を発している。
そして、初代ヘレナから数えて五代目、現在の神女はミラン・カロナダン。神女は世襲ではなく、前任の神女が在位中に民の中から才ある者を選出し、神女になるための教育を施す事が慣習となっている。それは、神女の才能が血筋ではなく、民の中からランダムに発現する才能だという事が要因である。
ミランも例に漏れず、幼い頃に魔法と祈祷の天才的な才能を見出だされ、修道院に引き取られていたが、十八になった昨年、前任の神女が事故により急逝した事に伴い、急遽神女を引き継ぐ事となったのだ。
メレニアとカリステスは、足早に城壁を降りてミランの元へ急いでいた。
石造りの廊下を鎧に身を固めた二人が、ガチャガチャと音を立てながら向かった。二人が着いたその場所は、神殿の奥のさらに先にある、祈りの場と呼ばれている場所だった。
そこは砂漠に面した敷地の外れであり、遥か先まで続く砂漠を見渡せる場所で、かつてヘレナが最初に見つけた水源があった場所でもある。その水源も数年前には干上がり、今あるのは記念して作られた簡易的な祭壇のみである。
そこは、大きな正方形の屋根に柱だけが地面まで伸び壁は無い。中央には水を入れた鉢と小さな祭壇があり、その周りを囲むように佇む三名と、その従者とおぼしき者が三名、計六名がすでに待機していた。
祭壇の左側に立つのは、行政局長である、ザブリム・アッカート。白髪で顎髭を蓄えた初老の男だ。対して右側に立っているのが、神官長であるテラ・モンテサール。神経質そうな細目でスキンヘッドに神官帽を被っている。そして、祭壇を挟んで正面に立っているのが、国王代行で神女のミラン・カロナダンだ。
「メレニア!」
メレニアの名を呼んだのはミランだ。横の二人は振り向きもしない。メレニアはミランの向かい側に立った。
「陛下、命により参上致しました。遅くなり申し訳ございません」
メレニアは頭を下げながら到着の挨拶をした。
「いいえ、顔を上げてくださいメレニア。急に集めた私がいけないのです」
メレニアは顔を上げ、四人の間にある祭壇と、そしてミランに視線を向けて言った。
「恐縮にございます。それはそうと、この召集は一体どの様な件でしょうか?」
すると、メレニアの問いに答えたのはミランでなく、行政局長のザブリムだった。
「陛下は常にこの国の為を思って下さっている。現状、国の守りが充分機能していないようだしな。心を傷めた陛下が憐れに思って打開策をお示し下さるのだ」
ザブリムは、フンッと鼻を鳴らしながらメレニアに言い放ち、再び祭壇へと向き直った。
暗に騎士団が魔獣の侵攻に圧倒され続けている事を揶揄されたメレニアは、ザブリムに言い返す事もせず、キッと睨み付けるに留まった。
すると、それを見ていた神官長のテラが、ため息をつきながらザブリムの言葉に続いた。
「手厳しいな、ザブリムよ。それは騎士団だけに言えることではなかろう。神殿付きの魔法祈祷師団にも言える事だ。行政局長殿は、このところ民に良い知らせが出来ない事に焦っておいでのようだ」
ミランは二人の話を聞きながら、いつ話を切り出そうかソワソワしていた。国王代行とは言え、まだ年若い神女、配下だが年配である重鎮たちの会話に割って入るなど出来なかったのだ。
「それではミラン様、こ度の招聘について、そろそろお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか」
ミランに続きを促したのはテラだった。神官長ともあれば神女の直属である。少なくともザブリムに対するよりは気安い間柄が伺える。
実は行政局長ザブリムと神官長テラは常に仲が悪く、それは、行政局がほぼ国の運営を取り仕切っているのに対し、国王代行である神女は最終的な意思決定はするものの、国の運営自体は素人同然だ。それなのに神女は、国政についても神官長の意見を尊重する傾向にある、とザブリムは考えており、何かある毎に意見を争わせていた。言わば二人は犬猿の仲なのである。
ミランはテラに促された事で口を開いた。
「今日は先日皆さんで発見した、召喚術の目処が立ちましたので集まってもらいました」
その場に緊張が走った。テラとザブリム、メレニアは知っていた事だが、従者たちは初耳だった。
メレニアは眉根を寄せ、無言で唇の端を噛んだ。
そして、テラは口元を緩め、ザブリムは目を瞑り沈黙していた。
「……お、おい、召喚術って」
「え、……あの禁忌の?」
従者たちもザワつき始めた。無理もない。それは遠い昔、巨人族や魔獣らをも討ち滅ぼしたものの、あわや人類すら滅ぼそうとした禁忌の魔法である。
ミランの発言を聞いたメレニアは
「召喚術ですか。先日のお話しでは、まだ術式には失われた部分が多いとの事でしたが……」
「はいっ、あれから調べた所、条件と魔力回路を修正し、新たに私の術式を組み込めば発動すると分かったんです。それで……」
ミランは嬉々として説明を始めた。元々魔法と祈祷に才能があったミランである。術式を組んだり、修復する事は得意なようだった。
そして、神女となってまだ日の浅い彼女が、自身の力を以て国の役に立ちたいと、常日頃からメレニアにこぼしていたのだが、これを成功させれば初めての大きな成果となるのだ。
だが、メレニアは知っていた。
その術式は先日、現在魔獣に蹂躙されるだけの王国の現状を打破するべく、ミランの指示で文官・騎士を総動員し、建国当初の記録や書物に加え、ずっと放置されていた荷をことごとく解いた時、城の倉庫で建国時からずっと、持ち主不明だった荷物から発見された事、そしてその荷物の持ち主だったと思われる人物も、神女でも神殿関係者でもなく、さらには魔法使いでもなかったのだ。
そしてその術式の紙が挟まっていた日記には、こう記されていた。
"これは、死地に赴く幼馴染みから受け取った魔法術式だ。研究の途中で戦争が始まり、彼はもう研究する事が出来ないので、誰か才能ある者がいたら渡して欲しい。と言われて受け取ったものだ。彼がどんな研究をしていたのかは知らないが、私の知り合いで魔法使いは彼だけで、彼以上の才能ある者を私は見たことがない"
戦火を逃れてこのオアシスへ到達したものの、そこで日記の持ち主は力尽きたのだろう。その日記も、それ以外の内容は普通の日記で、一緒に入っていた書類も去った国での仕事の書類だったため、当時は特に精査される事もなく、その荷物は倉庫に眠ったままとなったのだろう。
そして、術式を記した紙も傷みが激しく、今知られている魔法理論では、その場にいた魔法使いや神官の誰も、それを発動させる事が出来なかった。
そんな中、その術式の紙を受け取ったミランが、術式の魔法陣に刻まれた魔力の流れを瞬時に読み取り、それが失われた召喚術である可能性を行政局長、神官長、騎士団長の三名だけに告げていたのだ。
――あのような嘘か真か分からない代物を、ミラン様はおひとりで分析をしたのか、さすがは天才と評される方だ。ミラン様のお力を疑っている訳ではないが、そもそも禁忌となり封印されたはずの召喚術が、なぜ研究されていたのか……? 失敗すればこの国をも滅ぼしかねない恐ろしい魔法だというのに。
メレニアは逡巡した。王国の重鎮たる行政局長と神官長が揃うこの場で、王国の守りを引き受けている騎士団長として、ミランに物申すべきか、それともただ了承して滅びの道に舵を切るか……。
決して、ミランを信用していない訳ではない。むしろその能力については誰よりも信頼していた。ミランが幼い頃、それを見出したのは他ならぬメレニアだったのだ。
ただ、まだ国王代理としては若く、ミランは老獪な二人の思惑に言い包められ、踊らされているのではないかと、言わば歳の離れた妹を心配している様な気持ちだった。
「ミラン様、私はあなたの忠実な僕です。国王代行になられて民への責任を果たそうとするお姿は立派だと感じております。そして、これからもこの国をまとめ、より良き国へと導いてくださると信じて止みません。ですが、この度の召喚術に関しては、古の先達が封じた禁忌。ミラン様のお力は信頼していますが、やはり危険過ぎるのではないかと私は愚考致したまでです」
恭しく再度頭を下げながら奏上するメレニア。既に滅びの道を辿り始めているこの国だが、国を守る立場の者からすれば当然の言であった。だがそんなメレニアに、ミランは優しい声で語り掛けた。
「メレニア、顔を上げてください。あなたの危惧する事も承知してます。そして、あなたがいつも私のためを想って進言してくれている事も知っています。今回は、私がこの術式を解読する過程で、大きな発見がありました。それを聞いてはいただけませんか?」
メレニアは顔を上げ、コクリとひとつ頷いた。
「良かった、では説明します。今回の描かれていた魔法陣には、条件付けが一つだけでした。これは、大量の魔力を正しく誘導するには、複雑な経路の魔法陣では耐久性に問題が出るため当然の事です。いくつもの条件を課せば魔法陣自体が耐え切れず、途中で回路が破断してしまうでしょう」
――これは分かる。通常の魔法陣を利用しない魔法でも同じだ。術者自身の能力が低く精緻な技術もなければ、大量の魔力を扱う事すら出来ず、高度な混合魔法は発動出来ない。そしてこれは魔法陣にも言える事で、より高度な回路を魔法陣に刻めば大量の魔力を流す事となり、経路が適切で回路が正しくなければ途中で魔力がせき止められて破断し、術式も発動せず魔力も霧散してしまう。
ミランが更に続けた。
「私は神女…… 魔法使いであり、祈祷師でもあります。魔法は魔法使いだけのモノ、回復の祈りは祈祷師だけのモノ、と言う一般常識がありましたが、私はどちらも得意としています。魔法陣の魔力回路に直接、回復の経路を重ね書きし、魔法陣に流れる大量の魔力そのものを回路の回復にも用いる事で、それまで一つだった条件を、三つまで増やし発動させる事が可能となったんです」
ミランはドヤ顔で皆を見渡した。普段なら行政局長と神官長の陰に隠れて表に出てこないミランだが、この時ばかりは自身の発見に余程の自信があるようだった。
そしてそれは、今までの常識を覆す発想だった。複数の魔法使いで大きな魔法を発動する際、魔法使いの体力や魔力の回復役として祈祷師を配置する事はあったが、魔法陣そのものに回復の回路を組込む発想は無かった。そんな事が出来たと言う前例も無かったのだ。
これはひとえに神女が、魔法使いであり祈祷師でもあるが故の発想だった。だがそれでも、今までの神女はそこに思い至らなかったと言う事を以て、いかにミランが天才かと言う事を示すのではないだろうか。
これには誰もが唖然とした。メラニアはもちろん、ザブリムやテラも言葉を失っていた。従者たちは言わずもがな、理解が追い付いていない様子だ。
「して、その条件とはどのような……?」
メレニアがミランに訊いた。
「私が付けた三つの条件は、"人間である"、"心優しい"、"強い" と、しました」
三人が固まった。いや、従者も固まった。ミランだけがドヤ顔で周囲を睥睨している。
――お優しい陛下であるからお気持ちは分かる。分かるが!! 決定力としては足りなくない!?
行政局長、神官長、そして騎士団長の内心が一致した。初めての事である。
「へ、陛下…… もう少し強そうな条件を付けませんと、解決には……」
思わずザブリムが口走った。普段ならここでテラがザブリムに対して不敬だと糾弾するのだが、今回はテラもダンマリを決め込んでいた。
過去行われた召喚の条件付けにおいて、実は一つの条件でも抜け道はある。巨人族を召喚した術師は「強大な人類」、魔獣や竜の群れを召喚した術師は「強力な種族」、海の魔獣を召喚した術師は「海の覇者」、メテオインパクトをもたらした術師は「星々の雨」と言う条件を付けた。確かに一つだが、形容詞がつく事で二つになりつつ、「種族」と表現した事で一体ではなく群れごと呼び出したりもしている。
だが、召喚術自体が長い間封印され、それを記した書物も焚書されてしまった現在、条件付けに関してのルールも失われており、術式を自力で開発したメモの持ち主も、条件に関しては一つが限界だった事が伺えた。もちろん、開発途中で未完成だったのだが。
それでも、ミランは天才だった。三つの条件を付ける事自体、このワスティタスの歴史上、初の出来事であった。
すると、ずっと沈黙していたテラがミランに向き直り、頭を下げながら言った
「ミラン様、私たちはあなたの決定に従います。臣下の努めはわきまえております。その者が召喚された折には、私が必ずや隷属契約を成功させます。安心して召喚を行って頂ければと存じます」
召喚術と隷属の契約魔法は別である。過去の召喚失敗での滅亡は、隷属契約の失敗によるものが大きかった。
それは、群れで呼び出されたのに一体しか隷属できなかったり、呼び出された知恵ある種族が、隷属魔法に対して抵抗した場合などがある。
魔法使いや神官にはその恐怖の伝説が伝わっており、神官長であるテラもまた、その失敗による恐怖を伝え聞いていたのだ。
「それでは、皆さんよろしいでしょうか? もし、召喚した勇者様がこちらの意に沿わなかった場合は、即座に処分をお願いします」
ミランの言葉を聞き、行政局長、神官長、騎士団長、とその従者たちに緊張が走った。覚悟を決め、騎士であるメレニアとカリステスは腰の剣に手をかけた。
「では、始めます」
ミランが鉢を手に取り、水を手ですくい祈りの場の周囲と祭壇に振りかけた。魔力を纏わせた水が祭壇に魔法陣を描き出す。そして杖を手にし、魔力を通わせ祭壇へと翳した。
「古の神々よ、子らの願いを聞き届けよ、右手に剣を、左手に知恵を、あなた方の力を以て、子らに救いをもたらし給え……」
ミランが詠唱を始めると、それに従って魔法陣の輝きも増していく
「 ……ミラン・カロナダンが請う、この地に救いをもたらす勇者の顕現を! ……召喚!!」
祭壇の魔法陣がより明るく光りだし、祈りの場全てを光が包み始めた……
……と思ったら、消えた……
「「「なっ!?」」」
祭壇から魔方陣が跡形もなく消えてしまった。それを見ていた従者を含むここにいる八名が皆、呆気に取られていた。
「こ、こんなハズは……」
ミランは両手で杖を握りしめ、フルフルと震えていた。術式は成功した。手順も間違えていない…… ハズ。
するとメレニアが、ミランの後方百メートルほどの砂漠に、光の柱が立ち上った事に気づいた。
「ミラン様! あそこに!!」
ミランはメレニアの声で後ろを振り返り、黄金の魔力の柱が消えていくのを見た。
「あっ!?」
ミランは叫び声を上げるや否や、光の柱が消えた場所へ走り出した。他の七人はまだ呆けたままだったが、遅れながらもミランを追った。
そして、ミランは砂漠に埋まる人影(?)を見つけた。
――いた! 勇者様! ……? あれ? 頭だけ??
「勇者さまー! 勇者さまー!」
ミランの頭は混乱していた。頭だけみんなの力を借りて引っ張り出すか、いや、それでは死んでしまう。ならば、一度送り返すか……
――やっぱり失敗だった? ヤバいヤバい、仕切り直さなきゃ!
ミランは砂漠に頭だけ出している勇者の元へ駆け寄った。
「ごめんなさ~い、失敗しちゃいましたぁ~! 一回戻ってください!!」
後頭部を掴み、砂漠の底へ押し戻そうと何度も押し付けた。しかし、頭は戻ってくれない。
ミランは慌てながら、早口で魔法の詠唱を始めた。
「古の神々よ、祝福の女神よ、ミラン・カロナダンが請う、哀れな勇者をあるべき場所へ導きたまえ。……送還!」
光の明滅と共に頭が消えていくのを眺めながら、ミランはヘナヘナと砂漠に座り込んだ。
「ミラン様! 大丈夫ですか!?」
そこへ追い付いたメレニアが声を掛けた。
「えぇ、私は大丈夫です。……勇者様には一度帰って貰いました。どうやらこの術式には、群れで呼び出してしまう可能性も鑑み、術者のいる場所から離れて現れるような術式が備わっていた様ですね。魔力の一部がその制御に流れた事で魔力不足になり、それで体の一部分しか呼べなかったみたいです」
「はぁ…… ミラン様、失礼します」
メレニアは呆れながらミランを抱き起こし、失敗についてひたすら考察するミランを見て、ホッと安堵の息を漏らした。
「込める魔力の想定が足りなかったのかなぁ…… 位置情報を特定して調整しなきゃ…… 魔方陣も再構成…… 」
そんなミランにメレニアが声を掛けた。
「ミラン様、今日は一度戻りましょう。ここで考えていても埒があかないです」
メレニアは、ブツブツと自分の世界に入ったミランと共に、祈りの場へと戻っていった。
その時、兵士が慌てた様子で駆け込んできた。
「申し上げます! 魔獣の群れが南東方面から押し寄せて来ます! その数、およそ一万!」
「またか! 兵を集めよ! 騎士団、魔法祈祷師団にも迎撃準備!」
メレニアがすぐさま指示をし、カリステスと共に走り出した。テラとザブリムも各々の仕事のためにその場を辞した。
ミランも我に返り、神妙な面持ちでそれらを見守っていた。
また戦いが始まる。また人が死ぬ。これ以上民が苦しむのを見るのは耐えられない。静かに平穏に暮らしたい。
そんな事を考えながら、ミランとその従者も祈りの場を後にするのだった。
【ステータス】
名前 キト
真名 真坂暁斗 ―非表示―
現界 地球
自我 外
状態 契約
肩書 涅夢の眷属
属性 空気を読み過ぎるツッコミ
スキル 精心力操作(中級) 心気弾(中級) 四属性操作(初級) 結界術(初級) 天翔術(中級) 精心力混合(初級)