師匠の思い
暁斗は心気弾の制御訓練に没頭していた。
いくつもの心気弾を宙に浮かべ、それぞれ違う属性を纏わせていく。更に精心力を注ぎ込み、大きさと威力を調整し、最後にその心気弾を別々の的に向け、指向性のイメージを付けて放つのだ。
――心気弾の説明を受けてからほどなく、スキル「心気弾(初級)」を体得した暁斗は、続けてスキル「四属性操作(初級)」をも獲得する事が出来た。
ネムの勧めもあり、より実践的訓練が出来る場として、大きな体育館の様な訓練場に連れて来られていた。
そして、地味過ぎる訓練に心を折られながらも、必死に心気弾の基礎訓練を続けていたのだ。それは、心気弾を作っては放ち、作っては放つと言う、延々と続く反復練習だったが、暁斗はネムとの約束を胸に黙々と訓練を続けていた。
ネムとの約束である、心気弾と四属性については既に習得し、最近はそれを応用する事も出来ているのに……
暁斗の今の精心力総量は、弾丸型の小さな心気弾に属性を纏わせたもので、最大五百八十発程度まで増えた。大きさや威力、効率によって増減はするものの、この精心力総量は、鍛練を重ねる事でも増やせるので、今はコツコツとその方法を実践していた。
「あー、か○はめ波ぐらいでっかいのぶっ放したい」
暁斗はブツブツ文句を言いながら次々と弾丸を作り、精密な心気弾射撃を続けていた。だが、幾つもの弾丸を作って配置し、それらを全て制御出来るようになった今でも、肝心のネム師匠が次の段階に進んでくれない事に業を煮やしていたのだ。
「それはさすがに認められませんよ? それにキト、心気弾……だけじゃなくて精心術についても少し誤解していませんか?」
訓練場の隅で腕を組み、目を細めながら訓練を見ていたネムが、暁斗に声を掛けた。
「え? 誤解って何がだ?」
ネムの意外な一言に、暁斗は少し不機嫌そうに答えた。
「うーん、精心術はイメージが大事だって事は話しましたよね?」
「そりゃあ、はじめっからそう聞いてたよな?」
「キトは今、心気弾を作って終わり、属性纏わせて終わり、放って終わり……って感じなんですよね」
「何だそりゃ?」
暁斗はネムの話の趣旨が理解出来ず、眉をしかめた。
これまでの訓練で暁斗は、イメージをより明確化する事で、大幅に精度を増す事が出来たと自負していた。
精心力の込め方ひとつ取っても、かなり精緻な扱いもマスターし、自分ではかなり上達したとも思っていたからだ。
「キト、今から私が心気弾で攻撃しますから、可能な限り避けてください」
「撃ち落としてもいいのか?」
「いいですよ? 何なら反撃してくれてもオッケーです」
暁斗は、今の自分なら心気弾を全て落とすぐらいは楽勝だと考えていた。先ほどまでやってた訓練は、大豆ほどの小さな精心力の玉をランダムに浮遊させ、その全てを一気に属性心気弾で狙撃する訓練を行っていたからだ。既に百発百中させる腕前だ。
自信満々で少々テングな暁斗は、腕捲りをしながら不敵な笑みを浮かべた。
「あとで吠え面かくなよ」
どこか聞いたことのあるセリフをキメる暁斗。対するネムも
「その生意気な鼻っ柱、我がへし折ってくれるわ」
と、キャラが変わるほどの決めゼリフを返した。
「始めます」
始まりの声と同時に、ネムはまず一発だけ牽制の心気弾を放ち、そのまま横に走り始めた。暁斗はその心気弾を同様の心気弾で撃ち抜いた後、ネムに続いて並行に走り出した。
ネムは間髪入れず、自身の目の前に続けざまに心気弾を作り、まっすぐ暁斗に向けて撃ち出していく。それには属性をランダムに纏わせてあり、時には炎の筋、時には超硬質な岩の砲弾、氷の弾丸、触れたモノを切り裂く風の刃となって暁斗に迫った。
「これくらい何ともないぜ!」
属性を帯びた無数の心気弾を、対する暁斗は弱点の属性を纏った心気弾で迎撃する。精密射撃の訓練をこなしただけあり、それぞれがネムの心気弾を正面から撃ち抜き、双方とも霧散していった。
「なるほど、速さと精確さは申し分無いですね。では、これならどうです?」
ネムは再度、移動しながら心気弾を展開した。
しかし今度は手元でなく、離れた場所に立つ暁斗の頭上を半球状に囲む形で無数の心気弾を展開し、一気に暁斗に向けて放った。
「うおっ、やっべ!!」
次々と着弾する心気弾、炎や土煙、蒸気に爆風がたちまち暁斗の姿を包み込んだ。しばらくして塵や煙が収まり始めた時、そこに現れたのは、七色の光沢を纏った半球状の透明な膜だった。
「ふぅ、危なかった。かわいい弟子相手に容赦ねーな」
半球状の膜はシャボン玉が弾ける様に消え、そこに姿を見せたのは、冷や汗をかきながら軽口を叩く暁斗。汗を拭いながらも視線はネムを見据えていた。
「至近距離からの物量にも対応済みとはなかなかやるな! それでこそ我が弟子! では、次で終わりにします!」
――ちょ! まだやるつもりか!?
暁斗の目に映ったのは、斜に構えて腕を伸ばし、手のひらを暁斗の方へ翳したネムが、バスケットボール大ほどまで精心力を込めた心気弾を放つところだった。
咄嗟に暁斗も相殺狙いの心気弾を放ち、続けて目の前に何枚もの壁を重ねるように展開した。その壁はそれぞれ地・水・火・風の属性を帯び、ネムの心気弾がどの属性を帯びていても、いずれかで防げるだろうと言う予測から展開されたものだった。
相殺出来なくても防げる。そう確信していた暁斗だったが、その目に映ったのは、衝突の寸前で突如そのサイズと軌道を変化させた、ネムの心気弾だった。
ネムの放った心気弾は、暁斗の心気弾と衝突するかしないかの距離まで接近した瞬間、一気に暁斗の心気弾よりも小さく縮んだ。
そして、そのまま衝突する事なくすれ違い、そのまま防御壁へ着弾するかに思えた。しかし着弾の寸前、今度はその軌道を直角に曲げ、垂直に飛び上がった。暁斗には到底予測の出来ない動きだった。
暁斗がその軌道を目で追える筈もなく、残像の光の筋がそのまま直上へ飛び去るかと思った刹那、再びその軌道を直角に曲げ、暁斗の頭上に到達していた。
暁斗はこの事態に驚愕し、対応を図ろうと上を見上げた時すでに遅く、暁斗の真上で急停止した心気弾は既に形を変えていた。
「なっ!? バケツ!!??」
暁斗の真上でバケツがひっくり返り、少しドロッとした液体がまるで涙雨のように流れ落ち、そのまま警戒しつつも動けずにいた暁斗をその流れで呑み込んだ。
「なんだこれ!? 精心力が…… 抜ける??」
纏わりついた液体を通して精心力が流れ出し、幽体から力が抜けてしまった暁斗は、ついにその場で膝をついた。
するとそこへネムが目の前まで歩み寄り、しゃがんで暁斗の頭をポンポンと叩いた。
「心気弾と精心力は別物じゃない、同じもの。イメージで具現化出来るのは元々同じ心だから。カッコいい武器を作っても、それで満足してたら勿体ないんだよ?」
暁斗はネムに返す言葉もなく沈黙した……
◇
暁斗とネムは、訓練場の中央で向き合って座っていた。暁斗も精心力は回復したものの、どこか疲れた様子で足をダラーッと投げ出していた。
「いやーネムさんマジパネェっす」
暁斗は軽い口調で、ネムの戦い方について素直に感嘆していた。
「ふふふ、キトも頑張りましたね。あの結界には正直ビックリしましたよ?」
ネムは笑顔だ。弟子の成長に驚きながらも嬉しいようだ。
「あれは最初、全属性を纏わせたでっかい壁を展開するつもりだったんだけど、気が付いたら半球状にあの膜が張られてて、俺もビックリしたんだよ」
暁斗を全方位からの心気弾から防いだのは、全属性に有効な結界だった。先程の模擬戦の最中に偶然獲得したスキル「結界術(初級)」によるものだ。
だが、最後のネムの攻撃の際には、暁斗も既に精心力不足だったため、属性防御壁の多重展開しか出来なかったのだ。
結界の展開には防御壁の何倍もの精心力が必要である。今後もここぞと言う時にしか使えないだろう。
「偶然とは言え、あの場面でスキルを獲得出来たのは、今までコツコツと基礎訓練をこなしてきたキトの成果です。誇っても良いですよ」
「ケッ、あんだけ弟子をボロ雑巾の様にしといて、今ごろ褒めても遅いって…… むふっ…… ゲフンゲフン」
暁斗は素直じゃないようだ。基礎訓練の事を褒められて嬉しいクセに強がっているようだ。口元が緩んでいる。
「それよりさぁ! あれってどうやったんだ? 軌道がカクッカクッてなって物理法則無視しまくりだったし!」
暁斗は先ほどのネムの攻撃について、身を乗り出しながら訊いてきた。
「……要復習ですよ? キト。精心力はイメージによって具現化できます」
「うん、この玉みたいにな」
暁斗は精心力の玉をふよふよさせながら答えた。
「はい。では、自我が外向きの幽体から放出されていたのは?」
「心…… だよな? ……あっ」
「気付きましたか? 心は精心力です。そして精心力もまた心です。キトは、自分が作った弾丸は何だと思っていましたか?」
「……そっか、心そのものを弾丸にしてたのか。ただの飛ばせる道具としか考えてなかった……」
「そうです。キトもせっかく自分の心を飛ばしていたのに、あれじゃ放った瞬間に捨てていたも同然ですよ」
ネムが暁斗に見せた心気弾の形態変化と挙動、それはネム自身の心そのものを飛ばしていて、変化の都度ネムの心を反映させていたのだ。
心気弾は、ネムの思いを反映して形を変え暁斗の弾丸をかわし、ネムの思いを受けて進行方向を変え、ネムの思いを映して涙の如く暁斗に降り注いだのだ。
暁斗にとって、作った精心力の玉や心気弾は道具でしかなかった。基礎訓練と並行して行っていた射撃訓練などは、言わば発射寸前までの技術を磨いていたに過ぎない。
ネムが模擬戦の前、暁斗に厳しい目を向けていたのは、暁斗がいつまで経っても心気弾に心を通わせない事、そしてそれに気が付こうともしない事に対してのものだった。
「いや、何だか申し訳なかったな…… 無駄弾を減らす云々以前の問題じゃないか……」
「そうですよ。現界の法則に縛られたままではダメです。これからは展開した心を全て無駄無く使えるように訓練しましょう」
「――また訓練……しないとな。ネム、よろしく頼む」
「一緒に頑張りましょうね。あと、そろそろ私の上司にも会って貰いますからね」
「へ? 上司?」
とぼけた声を出すことが多くなった暁斗である。ネムはそれを気にも留めずに話を続ける。
「はい。例の現界についても色々調べて下さったんですよ?」
「会わなきゃいけないのか?」
「キトは私の弟子ですが、部下でもあるんですよ? 私の上司はキトの上司。当たり前じゃないですかぁ」
暁斗は固まった。ここ、現界じゃないよな? ここ、会社だっけ? ヤバい、名前すら知らない! と言う考えが頭をグルグル回り、憂鬱になってきた。
「ちなみに上司は幽界と霊界の管理者です。普段は霊界の門に常駐しています。そこまで行くには飛ばないと行けないので、今から飛ぶための訓練をします」
ネムから「飛ぶ」と聞いて、暁斗は目の色を変えた。
「やっとかぁー、よっしゃあー!」
暁斗はドンヨリした気持ちから一転、嬉しさで思わず跳び上がった。憧れの空中飛行だ。現界でも飛行機には両手で数えられる程度しか乗ったことがなかった。
「まずは、歩けるようにならないとですね」
「歩く?」
「そうですよ。歩けなければ走れません。走れなければ飛べません。物事には順番があるんです」
ネムはそう言ってからおもむろに空中を歩き始めた。
「歩いてる……」
暁斗は空中を歩くネムを見ながらボソッと呟いた。
確かにネムは歩いている。しかし、地上を歩いている姿とは微妙に違い、妙な違和感があった。
「ちょっと分かりやすいように歩きますね。よく見ていてください」
ネムは歩を緩めた。そして違和感も増大した。暁斗はその違和感が何なのか、ネムの一歩一歩を食い入るように観察した。
「あっ」
違和感の正体が何となく見えた。動きがどこか滑らかではない。例えるならコマ落ちしたアニメかのような動きである。
考えているとネムが暁斗の前に降りてきた。
「ふふふ、何か分かりましたか?」
ネムはどこかいたずらっ子の様な微笑みを浮かべながら暁斗に問いかけた。
「うーん、どこかカクカクしてるって言うか……」
「えーと、飛ぶ原理は以前説明したと思いますけど、精心力を任意の場所に注ぎ込んで、それと本体を入れ換える。……です」
「それはネムに聞いて理屈は分かるんだけど……」
「それじゃあ、キト、一歩前でいいので飛んでみてください」
「へ?」
――飛ぶ? 一歩前なら歩けばいいじゃん?
暁斗は一歩前に出た。フツーに……
バチコン!!
「あいたっ!」
暁斗はハリセンでしばかれた。
「何してんですかーっ!? 歩いたら訓練にならないじゃないですかっ!」
――ごもっとも……
暁斗は少しだけ反省した。
「何もはたかなくても……」
「ふふふ、いいでしょ? これ。ハンマーじゃないから、いくらはたいても強制送還しなくて済みます」
「……はい、ごめんなさい」
素直に謝った暁斗は、再び一歩前に飛ぼうと気持ちを切り替えた。
暁斗が手のひらを前に出し、精心力で玉を作りそこへ精心力を込め始めた。すると、玉が膨らんで大きなバランスボールくらいになった時、ネムが手を叩いて言った。
「はいっ! 今です!」
暁斗は驚いて制御を手放しそうになったが、どうにか踏みとどまり、なんとか幽体の位置を入れ替えた。
しかし、暁斗が安堵の表情なのに対し、ネムは表情を曇らせていた。
「まぁ、何とか出来ましたね。でも、美しくないです……」
暁斗は訝しげに自分の姿を見た。すると、見事なまでにまん丸のバランスボールがそこにいた。そしてゴロリと逆さまになり、暁斗の視界が逆転した。
暁斗はどうにか幽体を再構築し、自分の顔を手で扇いで照れ隠しをした。
「やっべ。マジビックリしたわ」
ネムがジト目を向けていた。そして、ため息をつきながら暁斗に言った。
「キト、精心力を込めるのに手を翳してますが、それって実は必要ないんです」
「はぁ!?」
「幽体の表層は、言わば現界での肉体をイメージして描いただけです。ですから、その表層も含めて幽体は全部が精心力で出来ているんですよ?」
改めて考えてみると、確かにそうだった。銀ヒモを切った時、人の姿を保てずにスライムの様になった。そこからイメージを流して外見を再現して固定したのだ。
「私が人の姿で戦う時、手を翳したり振り払ったりするのは、何よりもカッコいいからです!」
――そこかよ!!
「はい♪ ふふふ、キトのツッコミの揺らぎ、スカッとしますね」
――また見えたんかい!
「はい。キトは分かりやすいです」
ネムには敵わない。暁斗は既に諦めモードに突入した。だが、ここで飛ぶ事まで諦める訳にはいかない。暁斗はネムに食い下がった。
「ネム……師匠、教えてください……」
「分かりました。では、私を見てください。静止状態からゆっくり精心力を注いで置き換えてみます」
「お願いします」
するとネムの横に、薄く透けたネムがもう一体現れ、元のネムが次第に薄くなり、次いで横のネムが濃くなり、最後には完全に入れ替わった。
暁斗は呆然とネムの様子を眺めていた。最初に精心力の玉を作った訳ではなく、全身が徐々に入れ替わって行ったのだ。
ポカンと口を開いてネムを見つめる暁斗の前で、ネムは笑顔のまま、残像が円を描くかのように、ポポポポポポポ……っと一回り回って見せた。
「幽体は、精心力の塊です。一つ一つの細かい力の粒……キトの現界で言う細胞? みたいなものの集まりです。細胞と違うのは、その一つ一つが力であり、心でもあることです」
「それじゃあ、玉を作ったりするイメージは要らなかったのか?」
「順番です。肉体を持つ人には集めて放つ方が分かりやすいですからね。移動は体全体の精心力をいっぺんに移動先に流すので、精心力の扱いに慣れないと難しいんですよ」
「そうだったのか……。いやぁ奥が深いなぁ」
暁斗はようやく理解する事が出来た。頭では分かっていたつもりだったが、実際はその頭にも中身は無い。精心力が詰まっているだけで、頭で考えているつもりなのも肉体で生活していた時のクセだ。
「これが、精心力の本質です。キトもそれを理解出来れば飛べるようになるし、今後の訓練も捗ります。キトには一人前の幽体になって欲しいんです」
ネムは、優しい顔で微笑みながら、暁斗の正面にユラリと現れ、頭をポンポンと叩いた。
「いや! 子供じゃねーし!」
「子供みたいなものです。三十年かそこらで大人ぶらないでくださいっ」
「見た目はそっちが子供だろーが!」
「酷いっ! キト、後で覚えときなさーい!」
軽口を叩き合う二人の間には、既に信頼と親愛の情たる絆が結ばれているかの様だ。
その後、訓練も順調に進み、飛ぶための練習に多くの精心力と集中力を使い続けたおかげか、精心力操作は中級に上がっていた。そして、暁斗はようやく念願の飛ぶためのスキル「天翔術(初級)」を手に入れたのだ。
そして、ネムの上司と会うために、霊界の門へと向けて出発するのであった。
【ステータス】
名前 キト
真名 真坂暁斗 ―非表示―
現界 地球
自我 外
状態 契約
肩書 涅夢の眷属
属性 違いの分かるツッコミ
スキル 精心力操作(中級) 心気弾(初級) 四属性操作(初級) 結界術(初級) 天翔術(初級)