魔法使いたい!
暁斗とネムの鬼ごっこ(訓練)も、そろそろ終わりを迎えようとしていた。
あれから更に半年程度、現界では二日ほどの時間を過ごしていたのだが、ようやくである。
咄嗟に懐へ滑り込んだ暁斗が、翻ったネムの袖口を掴みそうになった所で、ネムが慌てて宙に待避したのだ。
「おいっ! 飛ぶのはズルくねーか!?」
思わず叫んだ暁斗だったが、ネムはその言葉を流しながら、スルリと素早く暁斗の背後に位置取り、後ろから暁斗の両肩を掴み確保した所で二人とも動きを止めた。
「私はアキトさんの師匠です。師匠は弟子に対して決して到達不可能な雲の上の存在であるべきなのです。さて、この訓練は卒業としますが、幽体の維持と動作はもう大丈夫ですね。おめでとうございます」
肩を竦め、掴んでいた手が離れていくのを感じて、暁斗はネムに振り返った。
「何だよ嬉しくねぇな。じゃあ雲上人さんよ、やっと飛び方を教えてくれるのかな?」
訓練を積んだ事により幽体の維持と動作をマスターした暁斗は、一刻も早く派手でカッコいい精心術を覚えたいと言う思いを抑え切れず、ついネムに言い寄っていた。
「まだですっ。あんまり急かさないでください、基礎は大切なんですよ? 今までは現界表面の引力下での訓練でイメージし易かったですけど、幽界の宙で引力が無くなると、すぐにイメージが出来なくなっちゃいますよ?」
「えーマジか。確かに地球でも無重力体験なんてした事ないからなぁ」
「でしょう? だから次は精心力の基礎的な扱い方を教えます」
基礎か…… 残念…… うぐ
「残念じゃないです! 多少は精心術ちっくな事もやりますから」
「!! ……それを待ってました! ネム師匠!! 魔法使いたい!」
「精心術です! ……アキトさん現金ですね。まぁ、派手な精心術を習得したいってのは分かりますけど……。アキトさんも現界に戻った時、独自に勉強してコツも掴めたようですしね、そのご褒美みたいなもんです」
「あぁ、あれね。瞑想術の本。付け焼き刃だけど、頭のてっぺんから体の隅々まで順に気を流すってヤツ」
幽界の現界引力下における幽体維持と通常動作は、暁斗も既に呼吸をするかの如く自然に行う事が出来ていた。
それは、そもそも暁斗自身が現界の出身であり、常日頃から重力の中で生きていたという経験が、引力下なら幽体を扱うイメージにも繋がり易く最適であろう。という、ネムの配慮によるものだった。
「精神と精心は肉体があるかないかの違いですからね。気の捉え方も基本的に同じです。ところでアキトさん、そろそろ私はあなたの事をキトと呼ぶ事にしますからね」
「は? なんだそりゃ? 精心術教わるのと俺の呼び方に何の関係があるってんだ?」
突然の提案に、暁斗はとぼけた声を出してしまった。
「それともアッキーの方がいいですか?」
「だから! 呼び方が何で関係あるんだって!」
暁斗は少しばかりイラっとしながら返事をしたが、ネムは至って冷静だった。
「大アリですよ、師匠が弟子を呼ぶのにいつまでもさん付けじゃカッコつかないじゃないですか!」
――そこかよ!
暁斗は、ならアキトでいいんじゃね? と心でツッコミを入れながらも、冷静を装いながらネムに答えた。アッキーはちょっと嫌だし……
「え、えーと、それじゃあキトで……」
「ふふふ、今ツッコミ入れましたね? 心の声はダダ漏れじゃなくなりましたが、幽体の表層に揺らぎがありましたよ? まだまだ制御が甘いです。それに今後、例の現界に行くようになった時、本当の名前は隠した方がいいですからね」
どうやら、ツッコミの手を出そうとした精心力の流れが、ネムには見えてしまったらしい。なんと厄介な……
「動揺しただけだって、油断できねーな。ん? 本当の名前ってどういう事?」
「地球に魔法は無いので、なかなか実感しづらいと思いますけど、本名―真名―を知られると、魔法で縛られて操られてしまう危険がありますからね。それではキト、これから精心術の基礎を始めますよ」
「名前ひとつでそんな事もあるのか、知らなかった。……あーそれでもう俺はキトなんだな? はいはい、分かりました。それにしてもまた基礎か……」
「基礎は大切ですからねっ! キト♪」
◇
暁斗とネムは、現界の上で向かい合って座っていた。
ネムが手のひらの上に、白く淡く光る玉を浮かべ、ふよふよと空中に留まらせていた。
「これは、精心術の基礎中の基礎です」
と言って、今度はその玉を上下左右に動かし始めた。
「これは私の精心力で作った玉です。これを出して自在に操作する事から始めますよ」
暁斗はネムを真似て手のひらを上に向けながら前に伸ばした。そして手のひらに向かって精心力を流した。
「……出ない」
手のひらの表面がボコボコ動くだけで、いつまで経ってもそれが玉になって出てくる事は無かった。
「んー……キトは以前に幽体の指先を切り離した事ありましたよね? 手のひらに精心力は集められてはいるので、それをチョッキンするイメージですよ」
「切り離すイメージっと……」
暁斗はそう言って、集めた精心力を切るイメージをしてみた。するとそれまでボコボコと蠢いていた手のひらから、ポコンと玉が出てきた。
「おっ、出た」
思わず暁斗はニマニマしつつ声をあげた。これだけでも魔法っぽい! そして、不器用ながらもその玉を上下左右に動かしていた。
「初めてにしては上出来ですね。動かすのも問題無さそうです。じゃあ、今度はそれに、もっと精心力を込めてみてください」
――込める? 手から離れてるのに出来るのか?
暁斗は迷いながらも、その玉に精心力を流し込もうと念じた。幽体内部の力の流れが手のひらに向かう。そして手のひらを通じ、宙に浮かぶ玉に精心力が流れ込むのが分かった。
ポフッ
玉が弾けてしまった。
「ふふふ、良い感じです。流した力を注ぐまでは良いですよ。でも同時に、その玉の表面を維持するイメージを流さないと、流した力に耐えきれなくなってしまうんです」
「お、おおぅ……」
「精心力の複数同時制御です。自身とそれ以外に作成した精心力の制御。これが出来なければ飛ぶ事はおろか、キトが好きな魔法……精心術も使えません」
「マジか。……」
難しいって事は理解出来た。暁斗は再び手のひらから玉を出し、そこに精心力を注ぎ込んだ。
ポフッ
「まぁ、それもキトのイメージ次第です。キトが気になってる飛ぶ原理を説明すると、その玉に自身の精心力を全て流し切り、元いた場所から玉の場所に自身の幽体を置き換えるんです。ただし、これは今のキトでは精心力の総量が少ないので、難しいでしょう」
ポフッ
暁斗は玉を弾けさせ、再度作りながらネムに聞き返した。
「……え? それってもしかして飛んで見えるだけだったのか!?」
「まぁ、そうですね。ただし、遠くの場所へ精心力を流し込むのはそれなりに時間も掛かるので、普段飛ぶ時は極近場に流して置き換えてってのを連続で繰り返しているのです」
――何となく分かった気がする。鬼ごっこの時、突然ネムが目の前や背後に現れた事があった。あれは遠距離から俺の近くに精心力を流して置き換え、言わば瞬間移動の様な事をしたのか。
すると、暁斗の様子を眺めていたネムの体が目の前から消え、十メートルほど先に現れ、しばらくしてまた目の前に現れた。
「この時、精心力を流し切る直前の本体は、薄く外側のみを維持しています。風船のイメージですね。そして流している先は、流し切るまで不可視状態に隠蔽をイメージして隠しています。連続行使で飛ぶ場合には隠蔽なんてしてませんけどね」
簡単におっしゃる……。暁斗は何度も精心力の玉を弾けさせながら、ネムの言葉を一言も漏らさず聞いていた。
「まぁ、それも習熟してスキルとして定着すれば、使い勝手も劇的に良くなりますよ。キトも幽体の維持はもう気にせず自然に出来てるでしょ?」
――なぬ? スキルとな!?
「ちょっと待て。スキルって何だ?」
「そのままですよ? 訓練をして習得したものがスキルです」
すると、ネムはおもむろにスマホを取り出し、操作してホロディスプレイを展開した。暁斗はそれを見て呆然としている。
「キト、見てください……あれっ?」
暁斗は、精心力の玉を出すのも忘れ、ボーッとホロディスプレイを眺めていた。
「ちょっとキト、何呆けているんですか?」
「……いや、何で幽界でスマホなんか持ってるんだ?」
「えーっ!? キトはスマホ持ってないんですか?」
「持ってるし! ……いや、現界では……だけど」
「じゃあ、出してください」
「……? だから現界にあるって」
「……出せますよ? ポケットを見てください。いつもそこに入れてるでしょ?」
――いつもここに?
暁斗は訝しげにポケットに手を入れた。
「な、なんで!?」
そこには暁斗が現界で使っているスマホがあった。
「キト、イメージです。イメージさえしっかり出来ればカタチになります。普段から使ってる物なら尚更です。これ、大事なトコロです。テストに出ます」
「テストって……いや、そうなのか。イメージ……」
暁斗は今さらながらに幽界の法則に唖然としてしまった。
「キト、ではあなたにこれを授けます」
ネムは暁斗に一つのクリスタルを渡した。偉そうな雰囲気を出そうとしてるのはこの際スルーする。
「それをスマホに乗せてください」
暁斗は言われるまま、スマホの画面上にクリスタルを置いた。すると、クリスタルが淡く光り出し、スマホに溶け込むように一体化していった。そして強い光は収まり、スマホがボゥッと淡く光を纏った。
「これであなたはエージェントK(KITO)です」
「はぁっ!?」
思わず叫んでしまった。悪乗りしそうな雰囲気を醸し出していたネムだったが、これはさすがに酷すぎて予想出来なかった。……いつの間にかサングラスまでしてるし……
「ちょいとネムさん。何がホントで何が冗談なのか分からないんですが……」
「あら、ごめんなさい。盛り込み過ぎましたね」
「有用な情報はネタから切り離して伝えて貰えるとありがたいです…… 師匠」
ネムはサングラスを外しながら、ふぅとため息をついた。
「分かりました。じゃあ、まずスマホですね。今、クリスタルと融合させましたが、これは様々なツールとして使える便利アイテムになりました。それで、ホロディスプレイを表示させて、キトのステータスも確認出来るようになっていますよ?」
「ステータス? ゲームみたいなレベルとか経験値かなんかか?」
「いえ、そこまで数値化はされてませんが、概ね正解です」
そこで、暁斗はネムに教わりながらスマホを操作した。
目の前に飛び出たホロディスプレイに、暁斗の情報が表示されていた。
【ステータス】
名前 キト
真名 真坂暁斗 ―非表示―
現界 地球
自我 外
状態 契約
肩書 涅夢の眷属
属性 違いの分かるツッコミ
スキル 精心力操作(初級)
――むむっ。これがステータスか。
精心力操作の初級ってのがスキルで、幽体維持が自然に出来るのもこのおかげか。……属性が【違いの分かる男】じゃなくなってるけど…… なんだこれは?
目を皿の様にして見ている暁斗に対し、ネムはニコニコしながらその様子を見ていた。
「スキルが定着すればスキル欄に追加されていきますからね。楽しみですね」
暁斗はチラッとネムを見て怪訝そうに言った。
「属性ってのがもはや謎項目なんだが、これは一体何なんだ?」
「それは大まかな精心の状態の事ですよ。結構重要ですよ? キトも【ただのいい人】の時は苦労したでしょ? 現界でならそれでも良いかも知れないケド、幽界では致命的なんです」
「お、おおぅ。良くわからんが確かにそうだったか……ザックリだけど……」
暁斗はまたもやビミョーに納得出来ずにいた。
ネムはそんな暁斗の様子は歯牙にもかけず、説明を続けた。
「このスマホ型クリスタルツールは、調査には必需品なんです。まぁ、キトのは機能制限あるからどんなのでも調べられる訳じゃないけどね。例の現界に行くなら必需品ってトコかな?」
――そうか、いわゆる支給品……なのか
暁斗は頷きながらも、スマホのカメラをさりげなくスッ…とネムに向けた。
ブブーッ!
スマホから警告音が鳴り、ホロディスプレイも赤く点滅した。
「こらっ! キト、さりげなく私の方に向けないっ!」
サッとスマホを引っ込める暁斗。
「す、すみません……」
「まぁ分かりますけどねぇ。自慢の美人師匠の写真を手元に置いておきたいってのも……」
――ツッコミ入れて良いのか? これは……?
「キト! 目が泳いでますよ? ……もぉ……」
暁斗はネムの背から見えるピコピコハンマーの柄をチラチラ見ながら言葉を飲み込んだ。
「……しょうがないなぁ。コソコソしないでシャンとしなさいっ」
――ん?
「ほらキト、こっち来て並んで撮りなさい。許可出しますから」
「あ、はい」
暁斗はネムの横に並び、スマホを自撮りに構えた。
「ダメです!」
ビクッ!!
「手に持つなんて、今ドキ無いですよ? ちゃんと精心力で宙に停止! そしてシャッター! の、イメージです!」
暁斗はネムに言われるがまま、師匠とのツーショット写真を撮った。こっそりステータスを見ようとしてた事はナイショだ。
「はい。撮れましたか?」
「ありがとうございます。バッチリです」
「じゃあ、私にも送ってくださいね」
「へ? 送る?」
「スマホ持って私のスマホにえいっ! ってイメージですっ」
暁斗は少々腑に落ちないトコロもあったが、言う通りやってみた。シャラリーンという音が鳴り、どうやら無事送れたようだ。
「ふふふ、良い写真ですね。キトが精心力操作(初級)になった記念です」
――おぉ、良かった。喜んでくれたようだ。手放しで写真撮ったのは初めてだったけど、なんとか上手く撮れてひと安心だ。……何だか親子写真ぽいけど
「キト? 離れた場所での精心力維持と操作も出来ましたね」
「あ、言われてみれば!?」
先ほどの撮影時、スマホを前方に浮かべつつ、シャッターを切っていた事を思い出した。ブレないように維持するのが大変だったけど……。
「こういう事も精心力で出来るのかぁ……」
暁斗は感心しながら手に持ったスマホを浮かべ、クルクル回転させていた。
「それは、物体を自身の精心力で包んで動かしているんですよ。まぁ、スマホもキトの精心力そのものですけどね。キトの現界での超能力と言うのに似てますね?」
「うぉぉぉぉ! 魔法だけじゃなく超能力まで!?」
暁斗は俄然やる気が漲ってきたようだ。楽しそうにスマホを遠くまで飛ばしてみたり、精心力の玉を作ってお手玉をしたりしている。
「これも精心力の成せる技ですよ。キト、その玉の表面を固定して、指向性を持たせるイメージが出来れば、ちょっとした武器にも使えますよ」
ピシュンッ
「おおお! 本当だ!」
精心力の玉は百メートルほど飛び、霧散した。込められた精心力が小さかったので、表面も柔らかく持続時間も短かった。
「間違っても、幽体さんに当てないでくださいね。現界にもです」
ネムの注意に暁斗は焦った
「そう言う事は先言ってくれー!」
「まぁ、キトのはまだ軽すぎるから大丈夫だけどね。心気弾と呼べるモノにはまだまだ程遠いです」
――心気弾!? ヤバい、ネーミングがアレだ。黄色いボールを探すアニメみたいだ……
「ふふふ、滾ってるみたいですね? キトが例の現界に行ったら問答無用で戦闘になる可能性もありますからね。これから少しずつ戦闘系の精心術をやりますよ」
ネムはそう言って、まず心気弾から派生する術について説明を始めた。
心気弾はそのまま打ち出す事も出来るが、四大属性である、地・水・火・風を纏わせて打ち出す事も出来る。更にはその属性をミックスする事も出来る。
もちろん攻撃に使う事も出来るが、精心力の込め方や弾の作り方ひとつで、防御や補助的な使い方も出来る。
例えば、地属性を纏わせ、弾ではなく壁として展開すれば防御壁となり、極小の粒に水属性を纏わせて濃霧を発生させれば視界を奪う事も出来るので、応用の幅は広いと言う。
特別な使い方としては、幽体内で回復の力を循環させ、水の属性で弾を作るのではなく、任意の液体に溶け込ませる事で、飲むタイプの回復薬が作れたりもする。
とにかく、出来る事を色々試しながら自分に向いた使い方を習得するのが良いとの事だ。
「キト、説明を聞いただけでもイメージって膨らんできませんか?」
「なんとなくなら。俺の場合、ゲームでやったイメージが強いかも知れないケド……」
暁斗はそう言って、精心力の玉を手のひらの上に浮かべた。そして、燃やすイメージをして火を着けてみた。いわゆる、ファイアーボールだ。
ヒゲのオーバーオールのおじさんが投げるヤツだ。
ボッ! と燃えてすぐに霧散してしまったが、歩いてる亀にぶつけたくなるアレで間違いない。
「ちゃんと精心力の量を調節しないと、精心力切れになるから気を付けてくださいね」
確かに、さっきはイメージと共に一瞬だけ込めたからすぐに霧散したが、時間を掛けて燃え続けるイメージを込めれば、持続時間も熱量も増えるだろう。しかし暁斗はまだ総精心力が少ない。これをクリアしない事にはどんな精心術を使えても宝の持ち腐れなのだ。
「なあ、ネム。俺の精心力の総量ってどうすれば増えるんだ?」
暁斗は悔しそうに口を歪ませながらネムに聞いた。
「そうですね、普通なら強敵と戦って死ぬ寸前になると新たな力に目覚め……」
「いやいやいやいや、それはどこかの野菜ぽい名前の宇宙人の話で!!」
「キト、ツッコミが激しくなってきましたね。もう少し師匠を尊重してタメを作ってくれてもよろしくてよ?」
「はぁ……何だかまた俺の属性変わってんじゃないか?……」
暁斗は呆れ顔だ。
「ふふふ、あんまり深刻に考えても精心力は増えませんよ? キトが心気弾と四属性を一通り扱えるようになったら増やす算段をします。だから頑張って心気弾の基礎をしっかり身に付けてください」
「また繰り返しの基礎かぁ~」
「また繰り返しとか言わない! 集中が切れたらさっきの写真を見て癒されるのも許可します」
「写真!? ……あ、はい。癒されます……」
暁斗は再び基礎訓練を続けるのだった。
【ステータス】
名前 キト
真名 真坂暁斗 ―非表示―
現界 地球
自我 外
状態 契約
肩書 涅夢の眷属
属性 違いの分かるツッコミ
スキル 精心力操作(初級)