私の仕事は管理人さん
私の名前は涅夢
ここ幽界で、管理人の一人として働いています。
私の主な仕事は、ここ幽界に来ている幽体の皆さんの安全を守る事です。
ここには色々な世界がいくつも浮かんでいます。
私たちはそれらの現実世界のことを略して現界と呼んでいます。
水に覆われた現界や火山の噴火ばかりの現界、岩ばかりの現界や砂漠に覆われた現界とか、とにかくたーくさんあります。
幽体さん達はそこで生きる生き物たちです。
人間や動物、虫や植物に至るまでがみんな、眠っている時だけ心を解放してここに休みに来るのです。
私の仕事はその方たちが安全・安心に過ごして貰えるように見守る事です。
幽体さん達は普段、それぞれの決められた現界で暮らしています。肉体を纏い、命の限り一生懸命に生きているのです。
なので幽体の皆さんは眠った時だけ、その肉体を脱ぎ捨てて現界からみょーんと出て来るのです。
そんな幽体さん達も色々で、頭だけ現界から生えてたり、上半身だけ生えてる方、全身出てきてプカプカ浮かんで、細い銀色のヒモだけで現界に繋がっている方とか、本当に見てて飽きないんです。
プカプカしてる幽体さんは眠りが深いほど、銀ヒモも長くなるみたいですね。
時には、そんな幽体さん達の銀ヒモが絡まったり、自由に動き過ぎて、現界や他の幽体さんにぶつかったり跳ね返ったりを繰り返してる方がいたり、中には木の幽体さんがいっぱいの森で引っ掛かって迷子になりかけちゃう幽体さんもいます。
そんな細々とした問題も起きたりしますが、私は元気です。
今も幽体さん達を見守っています。
目の前の幽体さんはそろそろ起きそうです。もう頭のてっぺんしか見えません。布団でゴロゴロしてるみたいで、もう目を覚ますトコです。よい一日をー
あっ、あそこのさっきまで膝上までだった幽体さん、急に消えたからきっと叩き起こされたのかなぁ。またのお越しをー
おっと、足下から幽体さん出てきた。お邪魔な私はサッと横っ跳びで避けます。あっ、ごめんなさーい踏んじゃった。起きちゃったかなぁ、きっと今頃ビクッてしてる。
ふふふっ、幽体さんてカワイイですよね。
あと、時々自我が反転しちゃって、混乱のあまり暴れ出しちゃう幽体さんもいるんですが、大体はすぐに強制送還しちゃいます。
容赦ないって思うでしょうけど、一回現界に戻れば、次来る時には大体内向きに治っているんですよ。
それに、強制送還されてガバッて起きると大体は、悪夢で目が覚めたーって思うらしいです。幽界での自我反転は、普通の人にはただの混乱と恐怖の悪夢なんです。
でも少し前に、ゴータマシッダール……言いにくいからタマちゃんと呼びます。
そのタマちゃんはですね、自我が突然クルッと反転して外向きになって固定しちゃったんですが、妙に落ち着いて取り乱す事もなく、何故か後光も差したりしてたので、逆に私の方がどう処理すればいいか迷っちゃったんです。
ちょっとした事件です。
でも、他の現界や幽体さんにも興味を示さないで「ここには私の答えがある。どうか住まわせては頂けないだろうか」とか言いながら、私のベッドに入って寝ようとしたから勢いで強制送還しちゃったんです。
もぉー、セクハラはブッブーです。
でもその後も、現界の昼夜問わずここ(幽界)に入り浸っちゃって、ずーっとずーっと静かに横になって寝てるだけだったんですね。それで上司に相談したら、特例で隔離しないで良いよって事になったんです。だから私もたまにお喋りとかしちゃってたんですけどね。
今はもう霊界に行っちゃいました。
自我反転事件とかは時々あるけど、幽体さん達と一緒にいつも楽しんで仕事をしています。
そろそろ忙しくなりそうです。
私は今、地球と言う現界の上に立っています。ここの幽体さん達は比較的規則正しい生活を好みます。
ちらほら現界に吸い込まれる幽体さんが増えてきました。皆さん起きるようです。
私は、銀ヒモが絡んだりどこかに引っ掛かったりしないよう、幽体さんの間を行ったり来たりして大忙しです。
さあ、お仕事お仕事っと
◇
「ふぅ、大体皆さん戻りましたかね。ん?」
……シャンシャン……シャリーン……ピコーン………ズモモモモ……
「何か聞こえてきました?何だろこれ?」
普段は聞いたことが無い、華やかでかつ荘厳な音が周囲に響いてきた。
ネムが周囲を注意深く見回していると、辺りを覆っていた白く明滅する霧が光を失うと共に、幽界の宙に浮いてる幽体たちが、次々と現界の表面に落ち始めたのだ。
中には自分の場所から離れた所で落ちてしまい、バウンドしてひっくり返る幽体もいる。
たとえ落ちたとしても、現界に戻る事は可能だ。幽界でモタつけば寝起きに苦労はするかもしれないが、目覚める事自体には問題はない。
ただこの現象が、この聞いたことの無い音が原因で引き起こされたのなら話は違ってくる。
幽界に異常事態が発生している。
しかも何者かの手によって。
「マズいですね、これは」
ネムは周囲に目を凝らす。
すると、一体の幽体が顔を上げ、音のする方向にクイッと目を向けた。
その時
キィィィィィィィィィン!!!
今度は耳をつんざくような音と共に、一つの現界がその幽体目掛けて物凄いスピードで迫ってきた。
そしてその幽体を呑み込み、その勢いのまま地球の現界へと衝突した。
ボヨヨン!
二つの現界はお互いの弾力で跳ね返り、衝突してきた現界は空中に跳ね飛ばされ、その勢いのままに飛び去ろうとした。
するとネムの目に、その現界に頭だけを突っ込み、さらに地球の現界に爪先だけ突き刺さっている幽体の姿が見えた。
「あっ、ダメ!ダメですよー!!」
みるみる遠ざかる現界、そして幽体はどんどん引き伸ばされていく。
ネムは咄嗟にポケットからチューブを取り出し、その幽体の爪先にジェル状のモノを塗り付けた。
すると幽体の足と現界の表面が硬化し固定された。
「よし、これでしばらくは保つはず」
ネムは非常ベルを押し、飛び去る現界に頭だけ突き刺さった幽体を追うべく、空中に躍り出た。
しかし、普段のようにうまく飛ぶ事が出来ない。
「くっ、力が乱れます」
幽体達を落とした現象がネムにも少なからず作用しているようだ。これではどうやっても追い付けない。
仕方なく、近くに浮かぶ現界に降り立ったネムは、目の前で伸び続ける幽体の体をむんずと掴み、そのまま思い切り引っ張った。
「うおぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ガツッ!!
手応えはあった。でもダメだ、頭は抜けない。引っ掛かった。
「どぉしよぉ……」
そうこうしてる間にも現界と頭は遠ざかり、幽体も伸び続けている。
「えいっ!えいっ!」
ネムは何度も必死に引っ張った。
そして、今なお伸び続け、薄くなっていく幽体を緩急をつけ、それこそがむしゃらにガンガン引っ張った。
そしてしばらくすると、ズルッと抜けたような感覚に、ネムは掴んでいた手を放した。そしてはるか上方にいる、現界から抜けて落ちてくる幽体を見上げた。
「よかったぁ、頭……あるある、頭あった」
次第に幽体が元に戻ろうと、収縮の勢いを徐々に増していくと、辺りにも再び白い霧が立ち込め、明滅を始めて明るさを取り戻していった。
ネムは手を振りつつ、その生気の抜けた幽体の顔を笑顔で見送り、無事に地球の現界に吸い込まれていくのを確認した。
「力任せに引っ張り過ぎちゃったかなー? 表情も死んでたし。次に会ったら一応謝っとこう……」
少しバツの悪そうな顔をしながらも、ネムはホッと胸を撫で下ろすのだった。
◇
はぁー、ちょっとビックリしました。こんな事は滅多に起きないです。
非常ベルを押したのに誰も助けに来てくれなかったです。
……みんな薄情モンです。
私と同じ管理人をしている人は、あと六人います。広い幽界を、それぞれが分担して管理しているのですが、ここまで広いとさすがに会う機会も無いですけどね。
さっきの伸びた幽体の人は、マナサカアキトさん。幽界データベースに事故報告をしなくちゃいけないです。事務仕事は苦手です。
でもトラブルが起きたのは確かだし、他の管理人さんも知っておかないとイザと言う時に困りますからね。
情報共有は大事です。
ひとまず事故の発生と結末の報告はここまで。
次は原因究明と対策のための実地調査と行きますかね。
まだ何も分かっていませんが、アキトさんには要注意です。
別の現界に意識を向けた時、幽体の自我が反転したのがはっきりと見えました。
自分で狙って反転させたのであれば、間違いなく黒幕決定です。自我反転固定事案は経験済みなのでバッチこいなのです。
◇
事故発生の報告と管理区域の監視ログを送信し終えたネムは、地球の現界上での調査を始めた。このタイミングなら、訪れている幽体はあまり多くないはずだ。
暁斗が登録されている場所に到着したネムは、さっそく調査を始めた。スマホ型クリスタルを取り出し、現場に翳してくまなくスキャンする。
ホロディスプレイが目の前に展開され、まずは暁斗関連の情報が流れ出した。
「やっぱりあの事故がきっかけで自我が外向きに固定されちゃってますね。この人が故意にあの現象を起こしたのか、それとも巻き込まれたのか……」
考えつつも、流れるように表示される様々な情報に目を向ける
「あっ、これだ。異世界の魔法術式による干渉の残滓。あの飛んできた現界で、禁忌の召還術式が使われたのは間違いないです。アキトさんの現界に魔法は無いし」
地球には存在しない、魔法の残滓を見つけた。これで事故の原因はあの現界にある事が分かった。
「あの現界の原因を絶たないとダメですねぇ。私じゃ乗り込めないし、協力者を見つけないといけないです。肉体を持っていて魔法に……ぅわぁぁぁっ!!??」
そこにはホロディスプレイを突き抜け、ネムに背を向け、上半身だけ生えてきた暁斗の姿があった。目の前で後頭部がゆらゆらと揺れている。
――ちょっとぉ、いきなり過ぎますよぉ
寝ているようだった。幽界に来ても寝てる。タマちゃんみたい……と思ったのはナイショだ。
声を掛けるべきか、それとも有無を言わさず、強制送還の対象だからと後ろから強制執行するべきか。ネムはそろりそろりと後退りながら考えた。
しかし、先ほどの調査でも分かった事だが、暁斗は突発的に自我反転を起こした訳ではない。全く関係の無い、異なる現界での術式行使による影響で自我反転を故意に引き起こされ、固定されてしまった可能性があるのだ。
これでは今帰しても、次来た時もまた強制送還対象になるのは明白で、反転が元に戻らない限り無限ループに突入してしまうのだ。
――うーん、困りました。まだ調査中だし疑惑は晴れたけど、アキトさんの処遇はまだ決まってないです。顔をボロボロにしちゃった事だけでも謝りますか。あっ、現界の説明するのには世界って言っとかないと現界の人には分かりづらいかも? うひゃあぁぁぁぁ……
――それじゃあ、声掛けますっ!
「ねぇねぇ」……
◇
……はぅあぁぁぁぁぁ~………
失敗しちゃいました。やっぱり心の準備くらいはさせてくださいっ。
あのタイミングでいきなり出てきたのは予想外だったなぁ、せっかくきちんと説明して、きちんと謝るチャンスだったのに……。
あ、謝りましたよっ、ちゃんと腰も九十度に曲げて。
でも、その後がダメダメでした。私もテンパッちゃって何を話せばいいか分からなくなっちゃったし、アキトさんの方はもっと混乱してた感じでした。
だって、心の声で「うぉっ、美少女から告白!?」とか「これって詐欺か?」とか「車通勤だから電車で痴漢の線は消えた!」とか言ってるし、挙げ句の果てに私の事「悪霊」とか「アブないヤツ」なんて言ってるんだもん。ついつい流れで強制送還しちゃいました。
だって、急に出てきてそんなに色んな事言われたら、さすがの私でも困っちゃいます。
それに、問答無用で強制送還しちゃった時、私の事、残念少女だったーとか言って(思って)たし。
次来たら、絶対に威厳のあるトコ見せなきゃいけないです。
それと、アキトさんの処遇も上司に相談してこようっと……
◇
上司と相談してきました。
初動は悪くないって言われました。でもその後のグダグタについては額をビキビキ言わせながらニッコリされました。反省です。怖かったです。
ところで、アキトさんには協力者としてお手伝いをお願いする事に決まりました。
肉体も持ってるし、召還されかけたのなら近いうちにまた召還されるだろうし、そもそもその原因を作った現界からはご招待されてるんだから、無下に断ったら失礼だって。失礼だなんてこれっぽっちも思ってないクセに。そんな所は何気なくブラックな幽界です。
でも、これは潜入捜査ってヤツですね。ついにネム捜査官の出動です。
アキトさんは了承してくれるでしょうか。
まあでも、了承しなかったら問答無用で隔離するだけですけどね♪
今度は失敗しないように、万全の体制でお出迎えしなきゃです。さぁ、お仕事お仕事……
えっ!?
キュインキュインって何か聞こえる?
何この音?
えっ? 足!?
またあの現界!?
足だけ伸びて突き刺さったし!
アキトさん相当気に入られてるんですねー……
いやいや、そんな場合じゃないです!
……あっ、ピロピロ笛みたいに戻った。駄菓子屋さんにあるヤツっぽい。
…………
マズいです。これは非常にマズいです。たとえ元に戻ってもマズいです。
幽界にいる所を拐うんじゃなくて、異なる現界から直接拐っていきました(足だけ)
事件です。
一刻も早くアキトさんにコンタクト取らなきゃです。
――ふぅ、そろそろアキトさん寝そうですね。来るかな来るかな?
でも、何か調べものしてるみたいですね
いくら調べてもここの事は見つからないですよー
しかも変な検索ワードだし
それより、ここに来れば多分解決しますよー
早く眠った方がいいですよー
…………
寝ないですぅ
もう我慢の限界ですっ。現界内不干渉の原則なんて、もう関係無いですっ
……もちろん私に肉体は無いので、現界に行くことはできませんが
でも、眠らせるくらいの干渉ならオッケーなのです。
職権濫用するのです。
私の仕事は管理人さんです!!
「……またか! クソッ」
ひっ!!おぉぉぉ怒ってるぅぅぅぅぅ!?
こここここは落ち着いて深呼吸……スッスッハーハー、スッスッハーハー……
よし!
「……こんばんわ、今回は少しばかり干渉させてもらいました。落ち着いて話を聞いてくれると嬉しいです……
――暁斗とネム、二度目の邂逅であった