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やばい神父

「こんにちわー、ご注文のお酒持ってきましたー」


「これはこれは、ご足労おかけいたします」


「いえいえ、いつも教会からのご注文であれば足を運び洗礼を受けているのですよ」


「それは素晴らしいお心がけですね」


 というわけで今回は教会でのお話。

 意外と思われるかもしれないけれど私は教会には必ず足を運ぶ。

 別に神様の存在を信じているとか、特定の宗教に入れ込んでいるとかそういうわけではない。

 お得意様と言うだけの話で洗礼云々はご機嫌取りだ。

 粗食を心掛けているという宗教家は多いけれどそれは表向きの話。

 実際のところ彼らはそんな謙虚な連中ではない。

 むしろ虎視眈々と上の席を狙う際物ばかりだ。

 ついでに酒も煙草もがっつりやる。

 粗食? うん食事は質素。

 でも泥酔してぶっ倒れるまで飲む輩の多いこと多いこと。


「えーと、ワインが10樽と黒パンが500個、煙草が30kgですね」


「はい、お代はこちらに」


 商品を乗せた台車を前に代金を受け取ってその場で改める。

 ひのふのみの……うん1000ゴールド確かに。


「はい、ちょうどいただきました」


「せっかくですのでお茶でもいかがですか? 洗礼を行うにも準備が必要ですので」


「そうですね……ではお言葉に甘えて」


 取引を行ったシスターのお誘いを受ける事にした私は教会の奥にある生活空間、その一室として用意された客間で優雅にお茶を飲むことにした。

 教会のお茶は不味いけど、この前食べたゲテモノ料理のダメージを少しでも和らげるには薬草入りのお茶はうれしいのだ。


「しかし……」


「どうされましたか? 」


 この街の教会には初めて来たけど、つまりこの街自体が初めてなんだけれど、随分と珍しいと思いながらあちらこちらを見ているとそんな風に声をかけられた。


「いえ、主神の像が無い教会と言うのは珍しいなと思いまして」


「あぁその件ですか。少し……えーと、私の口からは話しにくい事ですので神父様をお呼びしますね」


「え? 洗礼の準備はいいんですか? 」


「はい、準備は私達みたいなシスターでも十分ですから。ただ……なんというか、あまり驚かないでくださいね? 」


 なんか不穏な事を言いながら客間に案内してくれたシスターさんはそのままお茶を用意して出て行ってしまった。

 うーん、ここ最近妙な人を立て続けに見てきたから大丈夫だと思うけど……不安は残るな。

 とか考えていると扉をたたく音がした。


「どうぞ」


「失礼します」


 そういって入ってきたのは長身痩躯の男性だった。

 まぁ神父と言ってたし男なのはわかっていたけれど、痩せている神父は珍しいな。

 どこの教会も頂点である神父は暴飲暴食当たり前の生臭者が多いんだけど……というか中にはベッドへのお誘いをしてくるような不届き者もいる。

 そういう奴は名前を覚えておいて教会の総本山とかに行ったときに「こいつこんなやつですよ」という資料をちょちょいと作ってやれば対価として小銭をくれたりするからお小遣い稼ぎにはちょうどいいんだけどね。


「商人のエルマです。この度はお買い上げありがとうございました。合わせて突然の洗礼のお願いを聞いていただけて感謝の意を示させていただきます」


「エルマさんですか。僕は神父のヨートフ、若輩者ですがこの度洗礼を担当させていただきます。どうぞよろしくお願い致します」


 ふむ、ファーストコンタクトとしてはまずまずかな。

 ヨートフさん、表情を見ている限り他の教会の下種共と違っていい人みたいだ。

 小さいとはいえ権力を手に入れた人と言うのは増長するけれどその兆候も見られない。

 真っ当な善人に見えるけど……なんで驚くななんてあのシスターさんは言ったんだろう。


「そういえば教会の中を見せていただいたのですが、主神像が無いのはなぜですか? 」


「あぁ、あんなものは邪魔なので砕いて畑の仕切りに再利用しました」


 ……ん?


「あの……つかぬ事をお伺いしますが、ここはイーリス教の教会ですよね」


「そうですね、月の女神イーリスを主神とする宗教です」


「ですよねー、教会の作りとかまさしくと言った様子でしたから」


 そう、間違いなくここは近隣諸国で最も教徒の多いイーリス教の教会だ。

 だけど、聞き間違いじゃなければ主神の像をあんなもの呼ばわりして邪魔扱いして砕いたと……?

 驚くなってこれの事?

 いや、私としてはお小遣い増えるからいいんだけどさ……。


「失礼でなければ、詳しくお話を聞かせていただいても? 」


「えぇ構いませんよ。まず何から話すべきでしょうか……あぁ、僕等の宗派からお話ししましょうか」


「宗派ですか」


 イーリス教には複数の宗派がある。

 例えば満月派、月の光は万人の行く先を示してくれるという派閥。

 三日月派と呼ばれる、神にその身をささげる覚悟のある一部の者が救われるという派閥。

 半月派と呼ばれる、悪人は裁かれ善人は救われるという派閥。

 この三つが三大派閥となり、その中でも特に人気があるのが半月派だったりする。

 太陽を主神として見るリトラ教なんかは派閥が無くほぼ全員が満月派と同じ考え方をしていたりするけれど……。


「そうですね、僕達の宗派をお話しする前にエルマさんは何派ですか? 」


「私ですか? そうですね……実のところ三大宗派はどれも極端に思えてしまってこれといってどこに属しているという事はありませんね」


 これは本当の話。

 というかそもそもイーリス教ですらない。

 商人は全員その時々で自分の信仰する神様をころころ変えているから。

 晴天を祈るなら天の神に、良き旅路を望むなら大地の神に、船旅なら海の神にとそれはもう節操なく祈るし、必要なければ祈らない。


「それはよかった、実は僕達も三大宗派ではないんですよ」


「ほほう、実は三大宗派以外にはそれほど詳しくないのでお聞かせいただけますか? 」


「もちろんですとも」


 ニコニコと笑みを見せるヨートフさん。

 うん、人懐こい笑顔だ。

 シスターさんも人を脅すのが上手いなぁ。

 驚くななんて、三大宗派に属していないくらいで大げさな。


「僕は新月派です」


「ぶふっ」


 飲んでいたお茶を噴き出しかけて盛大にむせた。

 月の女神の教徒が、月の出ない新月を信仰するとかどんな……。

 いや……びっくりしたけどまぁね、この程度ね、カリンとかドリアに比べたらね。


「大丈夫ですか? 」


「あ、はい……ちょっと持病の咳が出ただけですのでご心配なく」


「そうですか? お茶のおかわりはいかがです? 」


「あ、いただきます」


 少し落ち着きたいからいただくことにする。

 不味いは不味いけど、癖になる味だからまぁよし。


「新月派とは、まぁなんと言えばいいのでしょうか。はっきり言ってしまうと異端者の集まりとでも思ってください」


「随分とはっきり言いますね……」


「そうですねリトラ教とイーリス教は兄妹関係にあるというのはご存知ですよね」


「えぇ、まぁ」


 太陽神と月の女神を信仰しているから互いに距離感が近いというのはある。

 特に満月派なんかは進行している神が違うだけで思いは同じなので、かなり仲がいい。


「僕たちはリトラ教や満月派の教えを絶対に認めない、はぐれ者の集まりなんですよ」


「ほう……」


「神が万人を助けてくれるなどという世迷言はごみ箱にでも捨てて燃やしてしまうべきだと考えています」


 随分と過激な事を……。

 このことが総本山に知れたらどうなることやら。

 まぁバラすのは私なんだけどさ。


「その根底には僕達の出自が影響しています」


 出自、まぁ察するに孤児で酷い待遇だったとかそういう話だろうか。

 よくあることだ。

 ただその手の人は大人になると宗教の類は関わらないようになるのが普通なんだけどな……。


「僕達新月派は、イーリス教の異端審問官でした」


「ごふっ」


 再びお茶を噴き出し、そして盛大にせき込む。

 異端審問官、まさしく名の通り異端者を審問する者達なんだけど……。

 かれらはどの教徒であろうとも変わらず、過激なやり方をする。

 よくあるところでは審問という名の拷問とか、異端者の処刑とか。

 はっきり言って裏稼業。


「おや、大丈夫ですか? 」


「だ、大丈夫です……どうぞ続けて」


「では……異端審問官といえば聞こえはいいですが」


 いえバリバリ悪いです。

 最悪の聞こえです。


「実際のところは拷問官か暗殺者でした」


 でしょうね。


「この手で多くの命を奪ってきました」


 でしょうね。


「そして気が付いたのです。私達は明確な悪であると。だから心情的には半月派に近いですね。悪人は救われることは無いという考えに至ったのです」


「ははぁ、悪人であると自覚をしながらイーリス教に身を置く、それでいて満月派を否定して悪は悪として裁かれるべきという人たちなのですか? 」


「その通りです。しかし僕たちのような悪党でさえも救われるという満月派や、僕達のような必要悪こそが救われるべきという一部の三日月派は僕たちの心情には合いません。そして半月派に属しては彼らの立場を悪くしてしまいます」


「ゆえに、新月派と名乗っていらっしゃるのですね」


 なるほど、興味深い教えだ。

 これなら総本山で報告するほどの物でもないか……な?


「いえ、あくまでもこれは新月派の基になったという話です。実際のところは違うんですけどね」


「といいますと? 」


「新月派の教えは単純明快です。『救われる者などおらず、救う者もいない』たったこれだけの事です」


 ……なんでこの人宗教家なの?

 それ神様全否定しているし教徒も全否定しているし。

 もしかしてそれで主神像ぶっ壊したの? この人。


「僕たちが悪党になったのはそもそも宗教という概念があったからです。それが無ければ無辜の民とまではいかなくとも善良でいられた。神々なんて概念が無ければ生まれる必要のない悪人もいたという事です。汚職に手を染めた神官、それを密告して小銭を稼ぐ不届き者、悪徳神官を殺して金を貰う僕達のような異端審問官、汚職を見逃してまで神にすがる民草。すべてが罪深い存在になってしまったのは神々のせいです」


 ……冷や汗止まりません。

 不届き者ですみません殺さないで。


「とはいえ、一度は穢れた身。今更教会を抜けて自由の身になろうなど都合が良すぎる。であれば、その立場に甘んじるのもまた定めというもの……ゆえに我らは教会に身を置きながら教会を否定するのです」


「あの……それだと洗礼受けに来た私も否定されるのでは? 」


「ご安心を、僕達は宗教を否定しますが人々の抱く考えを否定するほど傲慢ではありません。……それに見たところあなたは宗教にそれほど熱心ではない御様子ですし」


「あ、ばれました? 」


「はい、手口が教会の運営に食い込もうとする貴族と同じですからね」


「ははは、そう言われると私も悪党に聞こえますね」


「そう言っているんですよ、密告者さん」


 ……ブワッと冷や汗が噴き出した。

 やっべぇ……超やっべぇ……。

 なんだこの街。

 カリンみたいな化物エンチャンターが仕事で駐在して、ドリアみたいな怪物料理人が店を構えていたことがあって、そんで宗教全否定の上にものすごく鋭い神父様?

 怖すぎるわ!


「……懺悔したら許してくれます? 」


「言ったでしょう、救われる者も救う者もいないと」


 あ、終わった……。

 私の人生ここで終わった……。


「だから、僕は特に何もしませんよ」


「……え? 」


「だって裁く権利も無ければ救う権利もないんですから、異端審問官としては複雑な思いですけど貴女のような密告者も必要悪ですからね」


 ……あれ? これ助かる流れかな?


「ということは、私はここで死ぬことは無いと……? 今後の旅の中でもあなた方異端審問官に狙われることは無いと? 」


「そうですね、こちらとしては狙う理由がありませんから」


 た……助かったぁ……。

 殺されるかと思った……。


「ただし僕達の事は総本山には黙っていてくださいね。でないと……」


「あ、黙ってまーす。私守秘義務とかちゃんと守る人でーす。自分の命が何より惜しいですから! 」


「そうですか、流石商人さんですね。目の前の小銭よりも大局を見る」


 なんか……気のせいだったらいいけど当たりが強い。

 ものすごく怖い。


「話は変わりますが」


「はっ、はいっ」


「僕達異端審問官の武器って基本的に鈍器なんですよね」


 変わってない!

 全く話変わってない!


「理由はご存知ですか? 」


「えーと、確か表向きが人を傷つける武器は信徒に相応しくない。つまり剣のような直接相手の皮膚や肉を断つような物は駄目という教えでしたよね」


「そうですね、では裏向きは? 」


「鈍器の方が訓練いらずで即戦力になれるから」


 正確には少ない訓練で十分な殺傷力を発揮できるから。

 いざ戦争に駆り出されても鈍器は鎧の上から相手を殺す事ができる武器だから専門の冒険者とか兵士みたいに訓練を積まなくてもいいのが鈍器の利点。

 ついでにメイスみたいな武器は剣よりも装飾を施しやすくて、その上で実用性が得られる利点もある。

 だったかな……。


「そうですね、世間的にはそれで正解です」


「世間的には」


「はい、もっと深い理由があるんですよ」


 あ、なんかこれ聞いちゃいけないやつかもしれない。


「鈍器で殴るときに首と頭を狙わなければ長く相手を痛め続ける事ができます。異端審問官はわざと腕や足を狙い長く相手を苦しめるのです。自分の行いを長く後悔させるためにね……」


 あー聞かなきゃよかった、聞かなきゃよかった!

 これ直球で脅している!

 お前もしばらしたらどうなるかわかっているよな的な脅しかたされてる!


「他愛のない世間話ですけどね」


 そう言って壁際に近づいて行ったヨートフさん。

 その先には壁に掲げられた銀色のメイス……ふふっ、今更そんな脅し……もはや私は精神的に致命傷受けていますから誤差ですよ……。


「それに、上に話したところで無駄ですから」


「む、無駄とは……? 」


「こういう事ですよ」


 ビュンという音がした。

 目の前でチッという何かがかすめる音がした。

 一瞬遅れて鋭い風が顔を撫でてから、ボグッという鈍い音が響いた。


「え……? 」


 左手を突き出したヨートフさん。

 先程まで壁にかかっていたメイスがなくなっており、反対を向くと私のすぐ隣にナイフを構えた黒装束の男が立っていた。

 その胸元から先程まで銀色に輝いていた、今は赤い液体で濡れているメイスと生やしている。


「まーた枢機卿の手の者ですかね。最近ちょっと増えてて困っているんですよ」


「は……? 」


「いえね、僕達新月派の事はとっくに知られているんですよ。その上でこうして暗殺者を差し向けて来ているんですけどね……ちなみに対象には新月派という存在を知った人も暗殺対象です」


 な ん て こ と し て く れ る ん だ !

 つまり私も暗殺対象じゃないか!

 いかん……このままだと5000万ゴールド貯めて隠居するという私の人生設計が崩れてしまう……。


「ご安心を、今日はそこにいる暗殺者一人だけで密偵はいませんから。新月派について知ったのは貴女だけ。その事実を知るのは僕だけです」


「……はい」


 生殺与奪権握られた。

 私、この人に一生搾取される側になるかもしれない……。

 い っ そ 殺 せ よ。

 あ、そうかこれが異端審問官差し向けられた人の気持ちか。

 しりたくなかったわぁ……。


「さて、では一蓮托生ですね。そろそろ洗礼の準備も済んだことでしょうし行きましょうか」


「はい……そうですね……」


「うちの洗礼は適当なんですけどね」


 ふふ……既に洗礼受けた気分ですよ……。

 死にたくなぁい……。

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