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敏腕職員

 あの街は活気を得た。

 本来ならばあと何度かこの手の行商をしなければいけないはずだったが、魔王エスカルゴンという足ができた事で通常の馬車では運べないような、それこそ大商人が商団を連れていなければ到底運搬など不可能と言えるほどの量の物資を持ち帰ることができたからだ。

 結果として市民に「生活必需品が最近不足しているよなぁ」という手の噂が立つ暇もなく、商人達だけが知っていた僅かな危機は回避されたのだった。

 めでたしめでたし。


 とはいかないんだよなこれが……。

 だって私が足に使ったのは南の地区でモンスターの王として君臨するエスカルゴン。

 遠目に人が乗っているかどうかなどわかるはずもなく、仮に乗っていたのが見えたところでどうということは無い。

 犠牲者にせよ、奏者にせよ、街が危険だという事に変わりはないのだから。

 だから私はウルフ君を先行させた。

 そして防衛ラインを築いていた領主だのなんだのに話を通して、ついでにあらかじめ商人ギルドを通して伝書鳩を飛ばしていたから確認してほしいと頼んだのだが……。

 運悪くその鳩は届かなかったらしい。

 

「というわけで、魔王エスカルゴン様です。ちょくちょく食材調達という名目で襲撃してきたドリアという料理人を追っているそうですので商人ギルド、冒険者ギルド、国家権力、使えるものは何でも使って捜査してください」


「あ、あぁ……なぁ、あれは本当に安全なのか? 」


「なんだかんだでこちらの口車に乗ってくれたので危険ではないと思いますよ。しいて言うなら取扱注意くらいで……というかそんな人この街にはゴロゴロいるでしょ」


「……確かにそうだな」


 そんな内緒話を衛兵長としながらエスカルゴン様に運んでもらっていた物資をその場に下ろし街の中へと運び込んでもらう。

 あとは商人ギルドが査定して、道中失った馬と馬車の賠償金を立て替えてもらい、そんでもってお風呂に入って酒を浴びるほど飲んですっきり寝るに限る。


「あ、エスカルゴン様」


「なんだ、エルマよ」


「そこだと日中はひなたになるのであっちに移動しましょう。カタツムリだから直射日光に当たるよりも日陰の方がいいんじゃないですか? 」


「ふむ、そうだな。気遣いに感謝しよう」


 気を使ったのはあなたではなく街の人達に対してなんですけどね、とはまぁ言わぬが花。

 ぬめぬめぬるぬると街の外壁に沿って移動していくエスカルゴン様を見送りながら、ふとあることを思い出した。


「エスカルゴン様―食べ物はまた骨で良いですかー」


「骨に残飯、腐った肉だろうと何でも構わぬ」


「じゃあ明日いっぱい用意しておきますねー」


「重ね重ね感謝しよう」


 よし、あとはこれで街中のごみを廃棄代よりも安価で引き取れば金になる。

 加えてこちらで処理しなければいけないゴミは全部エスカルゴン様が食べてくれるから後腐れも無い。

 この際だから徹底的に利用してやる!

 そう思い商人ギルドで面倒な手続きをいくつか終えて、予定通り風呂に入り酒を飲み煙草を嗜みぐっすりと眠ったのだった。


 そして翌朝、久しぶりのベッドは快適で雲の上で眠っているかのようにふわふわとした眠りに導いてくれた。

 控えめに言って、最高だった。

 とはいえ何時までもその余韻に浸っているとあっという間に日が昇ってしまう。

 それは商人にとって致命的だ。

 店が開き始める時間というのはまちまちだ。

 いかんせん世間に時計が浸透していないのも理由だが、商店を構える人たちは大抵の場合競りで商品を得てから仕事を始めるからだ。


 野菜や魚、肉に革、本に煙草に酒ととにかく沢山の品物が街に運び込まれては土着の店を構えている人たちが競り落としていく。

 一番早い店舗という意味ではこの競りこそが一日の初めに行われる商売だ。

 次に早いのは競りで得た商品を売りさばく店の開店。

 ある種の暗黙の了解というもので、行商人の競りに行商人が参加してはいけないというものが存在する。

 いつから始まった物なのかは定かではないが、行商人が他の行商人の行う競りに参加すると資金に限界のある土着の商人では手の届かない金額に跳ね上がることがあるからだ。

 するとどうなるか、街に品物がいきわたらなくなる。

 街の中にいる行商人たちは商品を抱えているにもかかわらずだ。


 酷い時にはこの手の転売を繰り返して天井知らずに値段が吊り上がっていった魔道具なんかも存在して、今ではだれも買えないまま王家が保護という名目で懐に収めている。

 それを快く思わなかったのは、最後に競り落とした商人ただ一人で他の人は全員どうでもいいと結論を出していたものだった。


「ウルフ君、かもん」


「お呼びかい姉御」


 ぱちんと指を鳴らして声をかけるとどこからともなくウルフ君が現れる。

 変な能力とかじゃないよ、ただ単にカリンさん特製の通信魔法具でウルフ君を呼び出してるだけ。

 到着までの時間が短すぎるというのは、単純に彼の身体能力が高すぎるだけ。

 うん、やっぱり私みたいな足手まといがいなければ魔王エスカルゴンも一人で討伐してたんじゃないかな彼は。


「ちょっとお仕事お願いしたいんだけどいい? 」


「暗殺でも? 」


 そんな物騒な事頼まねえよ!

 というか君がやったら破壊痕から誰がやったか即座にばれるしタカヒサさんに私が締められる!

 主に首を!

 呼吸が止まるまで!


「違う違う、冒険者ギルドにいる新顔を調べておいて。今色々人が流れてきているからどんな人がいるのか知りたいから」


 おそらくは行商人も何人か来ているはず。

 取引ができれば重畳、できなくともけん制くらいはできる。

 端的に言うならこの街での商売をほどほどに抑え込む必要があるからだ。

 これは何も私利私欲のためではない。

 ある意味では街を守るという意味でもある。


 行商人というのは裏の顔を持つことが多い。

 今回私に当てはめるなら、マフィアのお得意様がいるというのは裏の顔と言っても過言ではない。

 だがそれはあくまでも国内に限った話で、この国を離れた場合私から裏の顔という物はさっぱりと消えてしまう事になる。

 問題は、国外に出てこそ裏の顔が浮き彫りになる連中だ。

 つまりは間者、スパイの存在。


 行商人というのは非常に便利だ。

 冒険者と商人には注意しろというのが兵士たちの標語になってるほどには。

 なにせ身分を隠して他の国に足を運んでも怪しまれないという利点がある。

 それが冒険者ならば潜伏させていざという時獅子身中の虫として敵を内側から食い破ろうとする兵士に早変わり、だからこそそう簡単には成れない高階級の冒険者はそのタグだけで身分が保証されるし、逆に言えば登録さえ済ませてしまえばだれでも成れる低階級の冒険者の信用度は低い。


 行商人の場合は物資の輸送はもちろんのこと、敵国で情報を集めやすい立場にいるというのが大きな利点である。

 合わせて、複数の行商人を集めた場合はもっと単純な攻撃もできる。

 たとえば、先日この街に人知れず訪れた「生活必需品の不足」という危機。

 それこそ誰にも知られず水面下で食い止めることができたが、この手の事態に陥れば国は多かれ少なかれ混乱することになる。


 そうなったら、あとは兵を進軍させれば街一つ占領するのはたやすいことだ。


 とまぁ、ぐだぐだとウルフ君にお仕事を頼んだ以上私もしっかり働かないといけない。

 てなわけで、私も商人ギルドで初めて見る商人を品定めしていたのだけれど……。


「だからあの外にいるカタツムリを売ってくれと言っているのだ! 」


「魔王エスカルゴン様は誰の所有物でもありませんし、そのような呼び方をしている人間が街にいると知れたらどのような行為に出るかわからないのでおやめください」


「金はいくらでも払うと言っているのだぞ! 」


「ですから……」


 商人ギルド受付で声を張り上げている男、小太りでひげを生やした帽子の男。

 それに対する商人ギルドの面々の表情は、無表情だ。

 商人は他人を馬鹿にする真似は決してしない。

 あいつは他人を侮蔑しているなんて噂が立てば商売に響くからだ。

 だから私も内心で馬鹿にしながら適当な席に腰を下ろしてエールを注文する。


「あれ、なにやってるの」


「しらね、俺が来た時からずっとあんな感じだった」


 適当な商人に声をかけてみるが、どうやら朝からずっとあそこに張り付いているらしい。

 きな臭い、商人ギルドの業務妨害というのは紛れもなくタブーである。

 ギルドからの評価も、他の商人からの評価も底辺まで落ちる。

 そこに正当な理由があるならば、例えば先日の馬と馬車の賠償金がギルドから出ないという場合、いや私は普通に賠償金立て替えてくれたけどもしそれが仮に出なかったことに抗議したら。

 正当性はこちらにある。

 なにせギルドからの依頼なのにそこで発生した金銭は自分で払えという事になるのだから。

 だが、あのように無茶な注文を付けて長時間受付を一つ潰すのはマナーどころかルールにも抵触……いやがっつり触れている。


「だれか衛兵でも呼んだ? 」


「いんや、あんたもわかるだろ」


「まぁね」


 商人は事件の渦中に飛び込むような真似はしない。

 たとえ通り魔が出たとしても衛兵を呼ぶことは無く、頼まれない限り証言などもしない。

 ある種の賭けになるから。

 あの男が私達みたいなギルドに頼らなければいけない商人とは違い、単独で金庫から何まで用意できるような大商人や貴族の使いだった場合私たちは追い込まれる。

 だから静観している。

 ギルドとしてもそのことを承知しているため何も言わないのだろう。

 だが、なぜギルド側で衛兵を呼ばないのかが気になるところ。


「この街には15人殺しの娼婦と神の腕を持つエンチャンター、金階級の冒険者までそろっているというではないか! それらも全て買うぞ! 」


「売り物ではありません」


「100万出そう! 一人につきだ! 仲介料としてギルドにも50万払おうではないか! 」


「もう一度言いますが売り物ではありません」


 あー、これあれだ……貴族側だ。

 商人ならこんな無茶な商談はしないし、個人を抱え込むような真似はしない。

 恨みを買うから。

 同業者から恨みを買うよりも、こんなやつがいるぞと紹介料を取って顔合わせをさせていい奴を紹介してくれてありがとうと横のつながりを確保していく。

 それが商人のやり方だし、私はそのやり方でこの街にきて間もないカリンさんを方々に紹介してきた。

 ウルフ君に関しても今は私の専属みたいになっているけど、タカヒサさんの許可を取って他の商人からのお仕事も受けられるように色々手を回してる。

 サディさんやイオリさん、ヨートフさんみたいな紹介しちゃいけない人材もいるけどね……。

 それでもイオリさんの紹介を求める声ってのは意外とあったから驚き。


「話にならん! 上の者を出せ! 」


「残念ながら、上の者を出すまでもなく話にならないのでお引き取りください」


「貴様! 儂が誰の使いか心得ているのか! 」


「公爵家当主セルゲイ・フォン・ルーズベルト卿の使いでしょう。随分と躾のなっていない人間を送り込むのですね、そこが知れますよとお伝えください」


 あー、言っちゃった。

 みんな思ってたけど口に出さなかったこと言っちゃった。

 大丈夫かなあの人……なんか冤罪でしょっ引かれるとかないよね。


「きさ……貴様! 」


「交渉をしたいのなら勝手にどうぞ。その際にあなた方がどのような目に合おうともギルドは一切関与していません。魔王エスカルゴン様の怒りを買って公爵領が丸ごと滅びようとも我々は関与しませんし、金階級の冒険者が貴方がたの態度に二度と交流は持つまいと思ったところで知ったことではありません。エンチャンターの方が公爵領には一生顔を出さないと決めてもそれは個人の自由ですし、15人殺しの娼婦が当主に手を出しても私はしりません」


「ぐぬぬぬ! 」


 あ、怒りを噛み殺そうとして。

 それでも我慢しきれずに声に出てる。

 交渉人としては三流もいいところだ。

 いや、三流に失礼か。

 あれならまだ新米の方が役に立つ。


「お引き取りを」


「おーい姉御、調べてきたぜー」


 何のめぐりあわせだろうか。

 職員さんの言葉と同時に一人、好青年と言った様子の男、言うまでもなく彼、ウルフ君がギルドに入ってきたのだった。


「っと、邪魔するぜ。エルマの姉御はどこに? 」


「あちらでエールを飲んでます」


「そか、さんきゅー」


「貴様! 人を無視するとは無礼な! 」


 あ、職員さんの対応か、それともウルフ君の態度か。

 どっちかはともかく貴族の使いの誰かさんが切れた。

 やめといた方がいいと思うんだけどな……。


「あ? わりーな、急いでんだ」


「ふざけるな! たかが商人の一人よりも私の話の方が重要だったのだぞ! それを遮るとは何事だ! 」


 いやお引き取りをと言われた直後じゃないですかやだー。

 頭お花畑ってこういうこと言うのかな。

 それとも虎の威光を借りた狐は相手がライオンでも同じ対応をとるのかな。


「たかが……たかがねぇ……」


 おっとぉ、そういえばウルフ君もけんかっ早いの忘れてた。

 喧嘩は男の花道というまでに喧嘩好きなウルフ君、この状況で目を輝かせないわけがないよね。


「そりゃあよう、俺の尊敬するおやっさんが認めた相手に向けた言葉と取っていいんだよなおい」


「貴様如きが尊敬する人物などたかが知れておろうが! 」


「よく吠えたな! その根性だけは買ってやるぜ! 」


 あわや、小太りの貴族の使いは肉片になる。

 そう誰もが確信した瞬間だった。

 ゴスッという鈍い音と共にウルフ君の頭がわずかに揺れた。


「ギルド内での暴力行為は禁止です」


 右手をまっすぐに伸ばした受付嬢さん。

 たしかリーエルさんだったかな……何度かお世話になってる……。


 ぐらりとウルフ君の頭が傾いたのと同時に、側頭部に分厚い本がめり込んでいるのが見えた。

 倒れると同時にぐしゃりという音が響き渡る。

 えぇぇ……あれ、あんな鈍器みたいな本投げたのあの人……。

 片手で……?

 それでウルフ君を一撃でノックアウト?

 まじで……?


「ちっ、下賤の者が。おい話を戻すぞ」


「戻しませんお引き取りをと言ったはずです」


「帰れるわけが無かろうが! 」


「はぁ……仕方ないですね……」


 リーエルさんはすっと立ち上がってウルフ君の側頭部にめり込んだままの本を片手に、小太り男性の顔面を思いっきり殴りつけた。

 血と、歯と、唾と涙が宙を舞う。

 同時に小太り男性も宙を舞って、ぐしゃりと地面に倒れこんだ。


「エルマさん」


「はいっ! 」


 突然声をかけられてびくりとしてしまった。

 血の滴る鈍器(本)を片手ににこやかなリーエルさんの元までぎこちなく歩いていく。


「飼い犬のリードはしっかり握っててくださいね」


「はい! 肝に銘じます! 」


 敬礼しながら答えた私ににっこりとほほ笑んだリーエルさん。

 やっべぇ、天使の笑みだ。

 やってることは悪魔なのに。


「それからどなたでもいいので、これ外に捨ててくるまで受け付けをお願いします」


 今度は先程まですべて丸投げしていたギルド職員の皆さんに声をかけると、だれもがにこやかにいってらっしゃーいと手を振っていた。

 とても慣れている様子……そうか、こういう荒事専門の人なんだな……。

 そう言う事にしておこう。

 私は小太り男性を片手でずるずると引きずっていくリーエルさんの背中を見ながらそう心に決めたのだった。

 ……何気に金階級の冒険者を一撃でのしてるんだよなぁ。

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