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強すぎる冒険者

 イオリさんが4人目の被害者を出して早三日、現在被害者がさらに三人増えました。

 えっとね、性豪で有名な貴族が腹上死したという話が一瞬で国中に広がったわけで、ならばその後釜についてやろうという貴族やら冒険者やらが殺到してイオリさんも、お店を経営しているママさんもがっぽり儲けているとかなんとか。

 ついでにサディさんの精力剤とか、カリンさんの懐妊魔法具なんかも飛ぶように売れているらしく街が活気づいているのです。


 こういう時は商人の腕の見せ所! と言いたいところだけれど……残念ながら今手持ちの商品はほとんど売れてしまったかカリンさんのところでエンチャントしてもらってる最中で私にできる事と言えば街を歩き回って最近の流行を知ることくらい。

 お金には困っていないからといって遊び歩いているわけではないよ。

 勘を鈍らせないために色々頑張ってる。


 さて、まぁ人が増えたというのは悪い事じゃない。

 貴族様が宿泊するような宿って言うのは普段は閑散としているのに、今は満員御礼で大忙し。

 その配下の人達は近場の宿に泊まっているから、近隣の宿も大忙し。

 護衛に雇われた冒険者なんかはもっと安い宿に泊まっているけど、そっちに関してはいつも通りの忙しさ。

 で、貴族様が集まっているってことで商人も金の匂いを嗅ぎつけて続々と集まっているわけでして……。

 中には商人ギルドの鉄の掟すらも踏みにじるような悪徳商人とか、いいうわさを聞かない貴族とか、ガラの悪い冒険者なんかも混ざっていて街は少しピリピリとした空気をまとっているのです。


 まぁ、慣れてないと怖いよね。

 というわけで方々の行商人が運んできた品々を観察しているところだけど、ここ最近の流行は派手な物みたい。

 ドレスとか、ぬいぐるみとか、カーテンとかの布製品に関しては特にそう。

 無駄に刺繍が施されて実用性以上に見栄えを意識した商品がこれでもかってくらい多い。

 まぁ、売れないんだけどね。


 この街にきてひと月と少し、その間に分かったことはこの街の住民の感性について。

 無駄を求めずとにかく実用性を求めるわけで、たまーにお買い上げしていくのは国の中央とかから流れてきた貴族の人とか、ぬいぐるみに並みならぬ執念を燃やすタカヒサさんくらいのもの。

 私も売れない物を買うつもりはないのでスルーしてる。


 こういった無駄に派手な物が流行った直後は実用性のある物が流行る傾向にあるから、今から流行に乗ろうとしてもこの街を離れるときには既に地味ブームがきているだろうから無駄になるのは目に見えてる。

 だからちょいちょい売っている豪奢なナイフとか、きらびやかな指輪とかそういう物をいくつか買ったくらいでそれ以外には手を付けなかった。

 カリンさんへの依頼、また追加で出しておかないとなぁなどと考えごとをしていた私が悪いんだけど、ドンッと何かにぶつかってしまった。


「あ、ごめんなさい」


「どこに目をつけているのだ! まったく……ゴールドシップの一級品だぞこの服は! 」


 しまった、と思った時はもう遅いのが世の常。

 私がぶつかってしまったのはどうやら貴族らしい。

 ゴールドシップというのは衣類を専門に作る企業の名前だけど、主に貴族向けの服を作るため庶民には親しみのない会社だったりする。

 正直私もあまり関わっていない会社で、極稀に注文を受けて依頼人の容貌にあった品物を見繕うくらいの事しかしていない。


「本当に申し訳ありません。考え事をしておりましたゆえ……」


「言い訳なぞ聞く耳もたん! 名乗れ! 」


「えーと……」


 少しばかり、不味い状況かもしれない。

 名前を聞き出されてしまうと私の今後に響く可能性がある。

 貴族というのは他人の失敗を酒の肴にするような連中だから、私の噂は数日と経たずに国内に知れ渡ることになるだろう。

 ……イオリさんけしかけようかな。

 あるいはサディさんにでも頼もうか……。

 そんな黒い考えが頭をよぎった瞬間だった。


「邪魔だおっさん」


 私の前でイラついた表情を見せていた、しかし内心では笑みを浮かべていたであろう貴族が突然前のめりに倒れたのだ。

 さっとそれを避けた私、よく避けられたものだなと我ながら感心した。

 そしてずしゃあと地面と熱いキスをした貴族の誰それさん。


「きさ、きさま! 」


「うるせえなぁ、往来のど真ん中で囀るんじゃねえよ」


 ゲシッと顔をあげたばかりの貴族の頭を踏みつけたのは青く輝く金属の鎧を身にまとった男性だった。

 恰好から察して冒険者だろうか……タグは服のうちに隠れてわからないけど首周りに鎖が見えるから多分間違いない。


「女いじめて何が楽しいんだか……おい嬢ちゃん、大丈夫か」


「えっと……はい……」


 そう言いながら鎧のお兄さんはぐりぐりと貴族の頭を踏みつけていた。

 ……この人怖いもの知らずか。


「さて、と。おいおっさん、いつまで寝てるんだ。さっさと起きろ」


 いえ寝てたのはあなたに踏まれていたからで、何度も気上がろうと腕に力込めてましたその人。

 とはさすがに空気を呼んで言わない。

 商人とは空気を読む能力にも長けていなければいけないのだ……。


「貴様! わしは貴族だぞ! 貴様のような下賤の者が貴族にこのような真似をしてただで済むと思っているのか! 」


「あ? 貴族だぁ? 貴族如きが冒険者様に舐めた口きいて生きて帰れると思ってるのか? 」


 うわー、喧嘩を売ったの鎧のお兄さんなのにいつの間にか貴族が喧嘩を売ったように見せかけてる。

 この人敵に回したら厄介なタイプだ……。


「くっ……何をしている! さっさとこの男をやれい! 」


 そう貴族の男性が叫ぶと、周囲の物陰から数人の屈強な男が姿を現した。

 んーこの街では見かけてなかったから外から来た冒険者かな。

 これ見よがしに銅のタグを見せびらかしている。

 腕前はそこそこ、ってところかな。


「コバンザメが何匹いようとなぁ……」


 あくびをしながらそれを他人事のように見ていたお兄さんに一人の冒険者が殴り掛かった。

 それをふわりと、まるで羽毛が風の流れで浮き上がるように柔らかく躱したお兄さんはすれ違いざまに足払いをしかけて転んだ冒険者の腕を捩じった。

 周囲に悲鳴が響き渡る、が……この街の住民って感覚が鈍っているんだよね……。

 面白い店物だと人垣が出来上がって私も逃げるどころじゃなくなってしまった。


「おらおら、どしたコバンザメ! このままだとお仲間の腕が二度と使い物にならなくなるぞ! 」


 ギシギシという嫌な音が周囲に響く。

 それを見て仕方なしと判断したのか、全員が武器を抜いた。

 これは、かなり不味い状況なのではと思ったのもつかの間。

 お兄さんは先程までの、言うなれば暖炉の前で寝転がる大型犬のような雰囲気から一転、美味そうな小鹿を見つけた虎の様に獰猛な笑みを見せたのだ。


「いいねぇ……そうこなくっちゃなぁ」


 カンッと音を立てて地面に落ちていた、今しがた叩きのめした冒険者の武器を蹴り上げて空中でつかみ取ったお兄さんは腕を抱えて人垣のそばまで退避した冒険者さんを見てつまらなそうな表情を見せたのは一瞬の事。

 槍を持った冒険者の眼前に一瞬で飛び込んだ。

 まさしく一瞬、数メートル離れた距離を瞬きする間に詰めたのだ。

 人並外れた、という形容詞はこの街にきて散々使っているが彼もまた非常識な存在なんだろうなぁといい加減慣れてきた物。

 剣を振りかぶり、槍ごと叩ききるつもりかと思わせた動きだったがそれはフェイントで空いていた左手で冒険者の腹を殴って一撃で昏倒させた。


「いいねぇ、やっぱり喧嘩は男の花道だ」


 そんなことを言いながら持っていた剣を非難していた冒険者に投げるように返して、ついでに足元で悶絶している冒険者もそのそばに投げつけた。

 落ちた時に角度が良かったのか偶然地面に突き刺さっていた槍を手に残りの冒険者にゆっくりと詰め寄っていく。


「やっぱり長物の方がしっくりくるなぁおい」


 ヒュンヒュンと音を立てて槍を振り回す姿は確かに手慣れた物だった。

 同時に、この人は槍の扱いに慣れていると気付かされた。

 それも恐ろしいほどの練度で。

 槍捌きはもちろんのこと、鎧で見えなかった身体、その筋肉の動かし方が全て槍の扱いに特化したものであると理解させられたのだ。


 自慢ではないが、これでも人を見る目はある。

 商人たるもの冒険者相手に武器を勧める事も珍しくはなく、また武器が決められている衛兵はともかくとして城仕えの兵士は各々得意な武器が違っていたりする。

 そう言った人のためにも筋肉の動きなどは鎧の上からでも見抜けるようになっていた。

 いうなれば観察眼は優れている方であるという事だが、それでもこの人はそれを見抜かせなかった。

 それが意味するところは動きを悟られにくいという事であり、冒険者としてはもちろん兵士としても一流であるという事に他ならない。


「おらおらどしたぁ! 」


 とか考えている間に他数人の冒険者は地面を舐めていた。

 これは……かすかにだけど商売の香りがするぞ……。


「くっ……無能どもめ! もういい! やれ! 」


 貴族男性がそう叫ぶと同時に近くの建物の屋根から炎が現れた。

 家が燃えているわけではない、屋根の上に魔法使いがいるのだろう。

 炎の球が浮かび上がり、鎧のお兄さんめがけて投げつけられたのだ。

 しかしそれはあまりにも大きすぎる。

 周囲を巻き込むことを気にしていない一撃、ともすれば貴族の彼さえ巻き込みかねないというのに……と思ったところで貴族の指にはめられた指輪がすべてルビーであることに気が付いた。

 ルビーは炎の魔法と相性が良く、炎に関するダメージの軽減や無効化のエンチャントが施される。

 複数用意しているという事は軽減なのだろうけれど……あれだけの質があればカリンさんなら無効化つけられるだろうに、もったいない。


「おいおい、ちょっと仕置きが必要だなぁこら! 」


 そんな火球にもひるむことなく、鎧のお兄さんは持っていた槍を振りかぶって投げた。

 あの手の魔法に対して物理攻撃が無意味であると知らないのだろうか。

 知らないんだろうなぁ……冒険者に魔法使いって少ないから。

 炎の魔法、特に火球系のものはたいてい着弾と同時に爆発する。

 周囲一帯を焼き尽くす事もあるが、直撃を防ぐという意味では何かを当てて着弾地点をずらして物陰に隠れるのが正しい対処法だけど、槍を投げた程度ではあの大きさの火球は反応しないだろう。

 あたる直前に燃え尽きるのがオチだ。

 もうね、死の予感とか死に直面するとかそういうの慣れちゃった。

 慣れちゃダメなのに、駄目な方向に成長しちゃったよ私。


「はっはぁ! 燃えろ魔槍! 」


 そんな声を聞いた。

 鎧のお兄さんが嬉し気に叫んだ言葉、しかし彼が使っていたのは今しがた冒険者から奪い取ったただの槍、品質こそそれなりだが量産品だ。

 間違っても魔槍なんかではない。


 だというのに、投げた槍は炎に包まれ火の鳥のように飛翔して火球を貫き、そして爆発すると身構えた私を他所にその炎をも巻き込んで術者に襲い掛かった。

 ……自分でも何を言っているのかわからないんだけど、本当の事なのよね。

 ボッて音がしたと思ったらドパンって音がして、ゴウッて燃えて、ボシュンて火球が消えてズッバーンて術者が……伝わらないだろうなぁうん。

 文才が欲しいと思ったことは無いけど、少し勉強しようと思ったよ。


「さて、あとはてめえだけだなぁ糞貴族さんよう! 」


「ひ、ひぃっ」


 おっと、このままじゃマズイかな。

 そろそろ助け船を出すとしよう、両方に。


「あの、助けていただいてありがとうございました! 」


「ん? あぁ、そっか喧嘩に夢中で忘れてたけど嬢ちゃんが絡まれてたからこうなったんだったな」


 おいこら忘れてたってなんじゃい。


「で、嬢ちゃん。このタイミングで割り込んできたのは理由があっての事か? 」


「そうですね、助けていただいたのはありがたいですけど恩人が犯罪者になるのは見過ごせないので」


「ほう? 」


「とりあえず屋根の上の術者さんにこれをかけて来てもらえますか? 」


 取り出したのはサディさんのところで買ったマジックポーション。

 カリンさんとサディさんという非常識二人の合作。

 なおサディさんのいたずら心で超速再生に伴って激痛が走るという代物になり安価で買いたたいた。

 こんなでもマジックポーションってだけで使い道があるからね。


「おいおい、こんな高価な物をあんな屑に使っていいのか? 」


「使えばわかりますよ」


 にっこりと笑みを浮かべて促すとお兄さんはそのまま屋根にひとっとびで登って行った。

 そしてわずか数秒後、屋根の上から悲鳴が。

 うん、生きていたみたい。


「さて……おや、皆さんも怪我をしていらっしゃる。あぁ貴族のあなたなんかは特にひどい傷だ、さぁこのマジックポーションをどうぞ」


 そういってバシャリと試験管に入った液体を傷口に。

 もちろんサディさん悪ふざけの代物です。


「「「「「ぎゃああああああ!」」」」」」


「あ、お代は後でいただきますね」


 と、伝えてから耳元で「衆人環視の前でマジックポーション使ったんだ、これで金を払わず逃げたらあんたの権威は失墜するよ」とささやくのも忘れない。

 一連の流れを終えると同時に屋根の上から穴の開いたローブを着て、口から泡を吹いている術師さんを担いだ鎧のお兄さんが下りてきた。


「おい、あれなんだったんだ? 」


「マジックポーションですよ、副作用で激痛が走るっていう」


「……えげつない女だなぁ。俺助ける必要なかったのか? 」


「いえいえ、か弱い身の上ですから本当に感謝していますよ。感謝ついでに武器の新調などはお手伝いできるかと」


「したたかな女だなぁ。嬢ちゃんなんて呼べねえや」


「エルマと呼んでください、お兄さんのお名前は? 」


「俺か? 俺はウルフだ。よろしくなエルマ……っといけねえ、おやっさんに顔見世しなきゃいけないんだった」


「おやっさん……? もし予定が遅れてしまったのでしたら私が弁護しますよ、この街ではそれなりに顔が知られているので」


「お? そうか? そりゃたすかるが……タカヒサのおやっさん知ってるか? 」


 世間は狭い、この街で顔が知られているのは事実だけどまさかタカヒサさんの……タカヒサさん?

 それをおやっさんと呼ぶという事はそれなりに親しい間柄なのかな?


「組員の方でしたか? 」


「あーなんというか……おやっさんが運営している孤児院出身でな、こんな仕事に就くんじゃねえと言われたが冒険者としてそれなりに出世したから恩返し出来ねえかなと思ってこの街に来たんだよ」


 ……タカヒサさん顔怖くて趣味かわいいのに、本当に漢気にあふれているなぁ。

 マフィアだというのに国家とか宗教家に負けず劣らず、国の改善に尽力してらっしゃる。


「タカヒサさんならちょいちょい商談してますので……」


「タカヒサ……タカヒサだと! あの救国の罪人の知り合いなのか! 」


 私たちの会話に突如貴族が割り込んできた。

 救国の罪人ってなんだよ……。


「おう、てめえ人の恩人を罪人呼ばわりとは死にてえのか」


「違う! そうではない! 国が威信をかけて探している人物のことだ! 」


 そりゃまあ表向きはマフィアだからねぇ……。

 国としては血眼になっても捕まえたい人だろうし……でも救国ってなんだ。

 たしかに国の助けにはなっているが……。


「こうしてはおれん! 貴様らさっさと起きんか! 伝令を出せ! 」


「おう、おやっさんに仇成すってんならここで殺すぞ」


「そうではない! 陛下が直々に礼を述べたいと申している人物だ! 本物にせよ偽物にせよ情報の一端を持ちかえればそれだけで報酬が出るほどだ! 」


 キラーン、報酬といったか?


「おい嬢ちゃん……売るなよ? 」


 む、睨まれてしまった。

 まぁ仕方ない、今回はこの人の顔を立てるか。


「マジックポーションの代金、人数分支払っていただけるのなら今回は何もなかったという事にしておきましょう。私は道端で迷っていたウルフさんを知り合いのところに届けて、貴方は予定通りに観光して偶然見つけた救国の罪人なる人物の情報を持ち帰ると」


「……エルマといったか、その商談にのってやろう。そしてその商談のすばらしさに免じて今回の一件はすべてなかったことにしてやる」


「それはどうも、ではお互いここで別れましょうか」


 そういってゴールドの詰まった袋を貰って私はウルフさんをスラム街へと案内したのだった。

 その貴族? しらね、イオリさん8番目の被害者になってなければいいね。

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