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食い散らかす娼婦2

「やめな! イオリ! その人はうちに荷物を納めてくれた商人さんだよ! 」


「えぇ~、でもぉ、おいしそうなにおいがぁ」


「溜まってんならあたしが……不本意ながら相手してやるから、放せ」


「むぅ……まぁいいやぁ、ジェーンちゃんでぇ」


「……すまないエルマさん、ママさんへの説明は任せた」


 謎の女性、金髪でウェーブのかかったロングヘア。

 眠たげなとろんとしたたれ目が可愛らしい印象だがその胸部は可愛らしくない……なにあのビッグバン。


「イオリ……とりあえずこれもどすの手伝いな」


「はぁい」


 バリケード代わりにしていたソファーを元の位置に戻したお二人、そしてカギを開けたジェーンさんの顔色は悪い。


「あの、大丈夫ですか? 」


「あぁ……ママさんに『ジェーンはイオリに捕まった』とだけ伝えておいてくれ……」


「はぁ……そちらの方がイオリさんですか? 」


 ジェーンさんの首に手を回して頬ずりをしている女性を指刺す。

 マナー違反だけど、私の中で常識人という認定から外れたのでつい。


「そうだ、これ以上余裕はないから早く行きな。詳しく知りたければママさんに聞くといい……聞かなきゃよかったと思うだろうね、あんたなら」


「わかりました……」


 この時、私はやはり選択肢を間違えたのだろう。

 商人は危険な情報に手を出さないのが鉄則だ。

 新月派とか、ぬいぐるみ好きのマフィアとか、大概危険な情報を持っているけれどそれは生死に直結する情報だったりする。

 主に、知ったら死ぬ可能性が増える方面の。


 その事を身をもって知っていたにもかかわらず、私は好奇心からか、それともあまりに異常な事態に動転していたのか……。


「あの、ジェーンさんから伝言です」


「あら、もういいのかしら。それにしても伝言って? 」


「イオリさんに捕まったと……」


「全員大至急応接間を封鎖! 天井裏にも逃げられないようにするんだ! 急いで! 」


 この反応を見たというのに、私はなぜか問いかけてしまったのだ。


「イオリさんって……閉じ込めるほど危険なんですか? 」


「あれはね……ある種の災害よ。私たち娼婦にとってのね……」


 沈痛、まさにそう表現するべき表情で語るママさんは青ざめている。


「この店の子……いえ、この街の娼館であの子を知らない者はいないわ。名実ともにね」


「名実? 」


「生き物には性欲、食欲、睡眠欲の三大欲求があるのは知っているわね」


「えぇ、もちろん」


「エルフのように極端に性欲の薄い種族や、ドワーフの様に食欲がずば抜けている種族はいるけれどエルマはその中でも最も人間らしい人間なの」


 人間らしい人間……?

 なんか妙な事を言っている気がするけど大人しく続きを聞く。


「人間はドワーフのような怪力も無ければ、エルフのような魔法の才能もない。極稀に生まれてくる飛びぬけた人材を除いてね」


 あー稀代のエンチャンターのカリンさんとか、異常な料理人だったドリアさんみたいなトンデモ人間かな。


「その代わり全種族の中でも人間の繁殖力は一番強いとされているの。言い換えるなら性欲が強い種族ね」


「はぁ」


「その中でもイオリは別格、睡眠欲と食欲に回す分の欲求は全て性欲に回されている。そんな人間よ」


 えーと……?

 つまり常人の三倍性欲が強いってことかな?

 でも女性だしなぁ……こういったらなんだけど、娼館という夜のお店だからそういう注文をする人もいるだろうし銅製の相手も慣れているんじゃないかな。

 結果的にお金をよく落としに来てくれるお客さんって事になるんじゃ……。


「そんなイオリと契約を結んでしまったのが間違いだったわ……」


「……契約? 」


「雇用契約」


「なんだ、天職じゃないですか」


「過ぎたるは猶及ばざるが如し、あの子この店に来て既に三人複上死させてるわ……」


 えぇぇ……それってつまり、いわゆるやりすぎて亡くなるというあの?


「そしてお店の子をちょくちょく、貴方みたいにお仕事で来た人もつまみ食いしてしまうの……今回はジェーンがいて助かったわね」


「あの……ジェーンさんは今」


「真っ盛り、かしら。応接間の扉に耳を当ててごらんなさい」


 言われた通り聞き耳を立てる。

 バリケードが用意されているからぴったりと耳をくっつけるのは難しかったけど……。


「おい、盛るな! 」

「でもぉよろこんでるじゃなぁい」

「よろこんでない! 生理現象だ! 」

「下のお口は正直よぉ」

「まて、そこはひんっ」

「ここがいいのかしらぁ」

「や、やめ……あうっ」


 ……そっと耳を離してジェーンさんに感謝の気持ちを。

 危うく私はつまみ食いされてしまう所だったというわけですね、マジで危なかった!


「と、まぁあの通り男も女も見境なし。だから私たちはイオリの取り扱いには気を付けているんだけど……こちらの不手際で危ない目に合わせてしまったわね……少し御賃金暈増ししておくわ」


「……ありがとうございます」


「それとこんな事は、本当は言うべきじゃないんでしょうけどね。商人を紹介されたときはどうやって断るかって考えていたの」


「それは気付いていました」


「そうよね、流石優秀とタカヒサさんが太鼓判を押すだけあるわ。でもそれは優秀な商人さんを壊してしまわないための措置だったの。それだけは覚えておいて……」


「……ご配慮、痛み入ります」


 そう言って私が頭を下げた瞬間だった。


「ママ! ジェーンが陥落した! バリケードももう持たない! 」


「……サーレ、ミリア、ザクロ、行ってくれるかしら」


「ママのためなら! 」

「お店のために! 」

「私達が最後になることを祈ってて……! 」


 そう言って三人はバリケードを取り除き、部屋の中へと入っていった。

 代わりにずるずると、それはもういろんな液体でぬちゃぬちゃしているジェーンさんが毛布でくるまれて運び出されていた。

 ……ここは戦場かな?


「さぁ、これは今回の代金よ。これを持って早くお逃げなさい……私達があれを抑えているうちに」


 ……魔王との大決戦みたいになっているなぁ。


「さぁ! 」


 と、言われるがままにお店から追い出された私は半ば唖然としながら商人ギルドにお金を届けに行ったのだった。

 そしてその夜の事。


「こんばんはぁ……」


「ひぃっ! 」


 例の問題児イオリさんが現れた。

 エルマは逃げ出そうとしている。

 しかし回り込まれた。


「大丈夫よぉ、お店の子いっぱぁい食べて満足したからぁ」


「な、なんでここに……」


 私が泊まっている宿はそれなりにセキュリティもしっかりしているところだ。

 夕飯を終えてシャワーも浴びて、さっぱりとして後は寝るだけといったところだったのにいつの間にか部屋に入り込んでいた美女。

 割とシャレにならない怖さがある。

 怪談の部類だ。


「あなたママさんと話していたでしょう? おかげで匂いを辿れたわぁ」


「獣人ですか貴方は! 」


「人間よぉ、正真正銘のねぇ……」


「……ふぅ、ご用件は? 」


 深呼吸をして落ち着く。

 猛獣を前にして一番やってはいけない事、それは取り乱すことだ。

 冷静に対処するべきだ。


「今日はちょっとぉ、食べたりなくってぇ……」


「私の貞操ですか? 」


「んー、それも貰えるなら欲しいかなぁ」


「高いですよ」


「あらぁ、お金で買えちゃうのぉ? 」


「お金ではなく実績ですね、子孫に囲まれて平穏に老衰するという夢を叶えられる人だけが私に手を出していいのです! 」


 そう、これが私の理想。

 なーんでみんな、これで理想が高いって言うかなぁ。

 顔とかそういうのにこだわらないって言ってるのに。

 そりゃまあかっこいい人の方がいいけどさ。


「あらぁ、それは私には無理ねぇ……残念ねぇ」


「では、もう十分ですね」


「あぁ、そんなのはただのおまけなのよぉ。本題はほかに有ってぇ……」


「なんでしょうか」


「ヨートフさんを紹介してほしいのよぉ」


「ヨートフさんを……? 」


「わたしはぁ、お客さんを取らせてもらえないからぁ、自力でぇ? お客さんを見つけないとぉ、お給料が少ないのよぉ」


 あぁ出来高払いなんですね……。

 だとすると三人殺した前科があるこの人にお客さんを取らせるわけにはいかないか……。


「そこでヨートフさんを選んだのぉ」


 ……可哀そうにとは思わない。

 うん、あの人にはいけにえになってもらおう。


「ちょっと待っててくださいね、今紹介状書きますんで」


 そうと決まれば、とペンと紙とインクを用意してせっせと書き始めて……ふと気が付いた。

 あれ、これヨートフさん死んだら私も罪に問われる可能性が……?


「どうしたのぉ? 」


「いえ、やっぱりこんな紙切れよりも直接ご紹介した方がいいかなと思った次第ですはい! 」


「あらぁ、という事は明日も会ってくれるという事でいいのかしらぁ」


「はいっ、でも食べないでください! 」


「そうねぇ、じゃあ明日のお昼にお迎えに来るわぁ。それまではお店の子で我慢しておくことにするのぉ」


 そう言ってゆらりゆらりとした足取りで窓に近づいて、ふわりと飛び降りたイオリさん。

 ここ、三階なんですがと言おうとした矢先の事。

 凄惨な現場になっているのではと思い下をみると街灯に照らされて手を振っているイオリさんの姿があった。

 ……身体能力もずば抜けてるなぁあの人。


 という事で翌日、昼食を食べている最中にやってきたイオリさんをヨートフさんのところに案内して、紹介を済ませて私はその場を立ち去った。

 あとは若いお二人でと付け加えて。

 ふふっ、これで未必の故意に問われることもあるまい……。


 なにせ私が紹介したという証拠はどこにもないんだからな!

 ……あれ、タカヒサさんとの商談よりもグレーな道を歩いている気がしてきた。

 ……うん、セーフだよセーフ。

 

 そう言い聞かせながら私は今日の分の仕事をこなすのだった。

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