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食い散らかす娼婦

 大きな街にいくと大体娼館やら芸団という物がある。

 そう言った店に私は贔屓にされることが多い。

 理由はいたって簡単、女だから。


 娼館なんかは特にそう。

 だってああいう店に男が行くと何かしらの揉め事が起こる物だから。


 よくある話だと「割り引いてやるかわりに一晩」なんて交渉をしてくるとかそういうろくでもない話。

 それも商売の一種だとはわかっているけど、同じ女としてそういう商人と同列視されるのは少し腹立たしいところもある。


 今回はマフィアのボス、タカヒサさんの口添えで娼館からの注文を受けることができた。

 主にお香やお酒。

 お酒はともかくとして、お香は今まで取り扱ってこなかったから自信がない。


 今はこの街に長く滞在しているけれど、行商人だからひと月もすれば他の街や国に出発するのが普通だったから。

 そうなるとお香は香りが飛ぶ。

 買ったその日はとてもいい香りを放つ乾燥させた草が、数日もすればかすかに香る程度になっているなんてのはざらにある。

 液体のお香もあるけれど、これは香水同様アルコールに匂いをつけた物だから揮発するわけで、ほかの街で売りさばける頃には半分くらい減っている。

 つまり行商人殺しといってもいいほど、儲けに繋がらない品だ。


 そんなものを注文したという事は、つまりは断り文句に近い。

 お酒はそれなりでもお香は微妙、贔屓にしている店の方が物がいいねなんて言われて次回からの取引は無しという事だろう。

 おそらくタカヒサさんの顔を立てるために注文を出した程度なんだろうなぁ……。


 とはいえ、仕事で手を抜くつもりはないので持ちうる情報網全てを使いこの街、あるいは近隣の村や街で手に入れられるものを片っ端から調べていった。

 個人的にはまぁそれなりの品が買えたと思う。

 あとは如何に早くこれを届けるかという問題だけだったが、幸いというべきかなんというべきか、この街には近隣で一番といわれるお香の専門店があった。


 察するに、普段は此処から仕入れているんだろうなぁ……。

 その間に商人をねじ込むというのは余計な出費が増えるだけだから、どうあがいても次回は無い。

 それでも、こちらもまじめに仕事をしていると教えてあげなければいけないね。


 と思っていたんだけどなぁ……。


「すみませーん、ご注文の品持ってきましたー」


「はーい」


 娼館の扉をたたくと同時に中から返事が返ってきた。

 あまり正確な事はわからないけど、声色から察するに若い人じゃないから店長とかそういうひとかな?


「あらまぁ、ようこそ」


「どうも、お酒とお香です。あいにく手持ちになかったので近隣一体の情報をかき集めましたが、おそらく既にご贔屓にされている店の物が限界でしたのでその点先にお詫びしておきます」


「まぁまぁ、商人なんて面の皮が厚い輩ばかりだと思っていたけれど謙虚な人もいるのね。どうぞ中へ」


「はい」


 出てきたのはやはりそれなりの年齢の女性。

 40くらいかな……?


「みんなー、お酒とお香を持ってきてくださった商人さんにお茶の準備をしてちょうだい。それから荷物も運んであげて」


「あいあいさー」


 ……海賊じゃないんだから。


「さて、お茶でも飲みながら金額について話しましょうか。今まで商人とはまともな金額で取引したことなかったのでね」


「そうですね、腰を据えてお話ししましょう」


 まぁ予想通りかな。

 一晩お相手という条件で割引させていたんだろう。

 ……どのくらい値切ったのかは知らないけど。


「さて……じゃあまずお酒ですが色々持ってきました。十把一絡げの安物から、一本三千ゴールドの高級品までありますのでお好きな物をどうぞ」


「あらあら、なるほどね……その中間くらいの、この辺の物を貰えるかしら。うちは庶民向けのお店だからあまり高いお酒は有っても意味がないし安酒は評判に響くから」


「わかりました、その辺りだと1ダースで2000ゴールドですね。それからお香ですが、こちらの裁量で甘い香りの物を中心に選んできました」


「あら、なかなかいいセンスしているわ。そうねぇ……せっかくだし全部いただこうかしら」


「はい、じゃあそちらは4000ゴールドです」


 よかった、無駄な在庫持たないで済む。

 いざとなったらタカヒサさんに売りつけようと思っていたけど……。

 ぬいぐるみにお香の煙を浴びせるというのは貴族階級だとよくやっていることだし、抱き枕代わりにしているぬいぐるみにやれば安眠に繋がるから。


「合わせて6000ゴールドね、普段ならここで商人から割引する代わりに~なんて話が来るのだけれど、女性の商人さんだとその心配が無くていいわぁ」


「ははっ、やっぱりそういうのはご迷惑ですよね」


「んー、そうでもないところもあるのよね。痛し痒しっていうのかしら。安く商品仕入れられるのは良いんだけれど、相手をする女の子を選ばないと大変な事になっちゃうから……」


「はぁ」


 大変な事に……?

 商人という立場なら貴族みたいな乱暴な遊び方はしないと思うけれど……。


 貴族向けの娼館は庶民向けの物と比べると人の出入りが激しい。

 冒険者用の物も同様。

 理由はどちらも女の人に乱暴な扱いをすることが多いから。

 それに耐えられなかったり、あるいは耐えきってしまった結果心か身体を壊してもっと待遇の悪いお店に行く事になる。

 引き際を間違えてはいけないって教訓の一つとして商人なら必ず教えられる内容。


「あまりピンと来ていないみたいね。そうねぇ……だれかジェーンを呼んで頂戴」


「あの、私はその手の割引しませんよ? 」


「むしろこちらが慰謝料払わなきゃいけないかもしれないって話になるのよね……」


「は……? 」


 慰謝料とは……なにをやらかしているんだろう。


「ちーっす、ママさんどうしたの? 」


 首をかしげているとけ破らんばかりの勢いで扉を開けて入ってきた女性がいた。

 髪は短め、胸やお尻の肉付きは良い方かな……。

 茶色い髪は手入れが行き届いているのか随分とさらさらしている。

 これだけでこの娼館のランクがうかがえる。


「ジェーン、私は少し席を外すから今までお相手してきた商人さん達の事教えてあげなさい」


「いえ私は……」


「あなたにとっても、悪い情報じゃないから聞いていくといいわ。商人たるもの情報は命でしょう? 」


「……はい」


 まぁそうなんだけどさ。

 いざという時商売敵の情報握っていると色々有利になれるのは確かにそうなんだけど……。

 正直に言うと経験のない私にとってそういう話は刺激が強すぎる……。

 言わないけど。


「あーどうも、娼婦のジェーンです。本名は秘密で」


「あ、ご丁寧にどうも。エルマです」


 いや丁寧ではないな。


「えーっと、今まで相手してきた商人だっけ。あたしはそういう時に駆り出される専門家ってところなんだけどね、いうなれば用心棒に近いかな」


「用心棒……」


「うん、元冒険者で足の怪我で引退しちゃったの。だから乱暴にしようとする人がいたらその時はあたしがお相手するし、商人みたいな溜まってる獣みたいなの相手にするときも基本的にあたしが出張るね」


「ほほう」


 たしかに行商人の中には街に着いたら宿と食事、そして娼館に必ず足を運ぶ人というのは一定数いる。

 その三つを見れば街のありようがわかるからというのが表向き。

 実際のところは男性の行商人は長旅で欲求をあれこれため込んでしまうからというのが多い。

 食欲、睡眠欲、性欲といった三大欲求を中心にね。

 つまりいい宿で寝たい、美味い食事をとりたい、いい女を抱きたいという欲求。

 私の場合性欲は薄い方だから、しいて言うなら月の日が旅に被ると血の匂いでモンスターを呼びかねないから日付合わせが面倒なだけで前者二つに関してはよくわかる。


「まぁだいたい搾りかすになるまでやるんだけどね」


「搾りかす……」


「出すもん根こそぎ出させるのさ。これ以上でない、もう一滴も残っていない、頼む勘弁してくれと泣きわめくまで」


「うわぁ……」


「後でママさんに頼んで今まであたしが相手した商人のリストでも見せてもらうと良いよ。みんな一回目は割引の話持ち掛けてるけど、二回目以降も来るような人は素直に商談に応じているから」


 それは……うん、少し見てみたいかも。

 だってその商人たちに会った時、ジェーンさんの名前出せば多少なりともひるむという事でしょ。

 勘弁してとまで言うほど搾り取られたんだから。


「でもまぁ、あんたがそっちの気が無くて良かったね」


「……はい? 」


「たまーにいるんだよ、珍しい女商人の中でも女好きだったり男も女も行けるのがさ」


「あぁ……知り合いに心当たりがありますね」


 うん、ちょっとした知り合い。

 行き先が同じだからと数日旅を共にしたけど口説かれた。

 男より先に女に口説かれた人生……やめよう、思い出すと泣けてくる。


「その手の商人が一晩なんて言い出したら、ね」


「いや、ね。って言われましても」


「えっとねぇ、女の子って男と違って打ち止めが無いんだよね。つまり一晩中相手をすることになるんだけど、女の子同士だとどこが気持ちいいかとか大体知っているからそれはもうすんごい事になるわけ」


「は、はぁ……」


 うぅ……生々しい。

 私顔赤くなってないよね?

 いつも通り商人の顔作れてるよね?


「具体帝に言うとぐっちゃぐちゃのどっろどろ、酷い時はマットまで交換しなきゃいけないくらい」


「それはそれは……」


 やめてー!

 そんな生々しい情報まではいらないからー!

 これ以上私の心かき乱さないでー!


「まぁ大体の場合は場馴れしているこっちが主導権握れるから相手が気絶するのが先なんだけどさ」


 気絶するほどの攻めって……それはもはやもう一種の暴力なのでは……?


「この前来た人は凄かったよ……いつも通りこっちが主導権握ってさんざん絶頂させたと思ったらね、うふふって笑ってお返しーなんて間延びした声で一晩中……うぁ、思い出しただけでも背筋がゾワッてした……」


「た、大変ですねぇ」


 今の話聞いて私は一つ決意した。

 今後どんな理由があったとしても、娼館での割引は認めない!

 貞操はともかくとして、尊厳まで失いそうだ。

 ……貞操か、いつか私にもいい人ができるのかなぁ。

 タカヒサさんとか結構タイプだけど、裏組織の人は嫌だなぁ……。


「あ、男のこと考えてるね」


「そそそ、そんなことは無いですよ? 」


「語尾上げた。図星かなぁ? 」


「私は行商人ですから、特定の男性に入れ込むとかありませんし! 」


「お、今度は語尾強めた。お姉さんがあててみようか? うーん、エルマさんの好みのタイプは……ずばり! 」


 ゴクリ、歴戦の娼婦が見抜く男の好み。

 いや、意中の相手と甲斐ないから当たらないのは確定しているけども。


「神父のヨートフさん! 」


「ないです」


 ないです。

 この街の住民の中でも一番無いです。

 あんな怖い人の伴侶とか死んでも御免ですし、絶対に老衰では死ねないですから。


「ははっ、じょーだんよ。あれはあれで良い男だけど、相手をしていてもつまらないからねぇ」


「はぁ……」


「えーと、新月派だっけ? 神様全否定する気はわかるけど娼館に通う神父様なんて時点で人としては駄目な部類だと思うし」


 ごふっとお茶を噴き出す。

 あの人知るだけで命狙われるとか言ってたのに新月派の布教してるのかよ!

 というか娼館通いしてるのかよ!

 生臭者め!


「まあ順当にタカヒサさんかな、渋くてかっこいいからね」


「……そうですね」


「おや? 」


「……なんですか」


「否定しないんだね」


「実際かっこいい人だと思いますよ。恋慕ではないですが好意は抱いてます」


「ふーん、じゃあ今度押し倒してあげると喜ぶよって教えておくね」


「それはやめてください! 」


 今までもこの人なら添い遂げてもいいかなという人は何人か見てきた。

 でも商売敵にして仕事仲間から言わせれば、私はどうにも理想が高いらしく良いと思った相手は大体既婚者とかそういう落ちが待っていたわけでして。


「そもそもタカヒサさんみたいないい人がフリーなわけないじゃないですか」


「え? フリーだよあの人」


「へ……? 」


「スラムに落ちた女の人をうちに紹介したりするけど、粉かけても『裏稼業の俺らにかかわった女は可哀そうだろ』って娼婦にも手を出さないし、本人に聞いたら独り身だっていうし」


「……なんか悔しいですがかっこいいですね」


 本性は可愛いもの好きと知っているだけあって、なぜか悔しい。


「なにが悔しいのかわからないけど、あの顔あの仕事あの年でさ」


「はい」


「童貞なんだよね。キスも未経験」


「それは……あまり吹聴していい内容ではないですよね」


 あんなでも裏稼業のトップだ。

 それが女の経験無しなんて言いふらされてしまえば威厳がなくなる。

 裏社会で威厳を損なうという事はつまり、商人でいう所の信頼の失墜に等しい。


「いや、あの人自分から言いふらしてるよ。色恋沙汰に現を抜かせる業種じゃあない、女を残して死ねば悲しませる事になる。下手をすれば仕事の余波で女が死ぬ。惚れた女にそんな仕打ちをすることになる稼業である以上俺は女に手を出さないって」


「あらためて、かっこいいですね……」


「だよねぇ、だからといって男色でもないみたいだし……何なら興味示すんだろう」


 ぬいぐるみです、なんてここで言ったら妙な噂が立つんだろうなぁ……。

 そして明日の朝には私は簀巻きでタカヒサさんの前に転がされてるんだろうなぁ。


「あとはそうだな……最近街に来たカリンってのもいい男だね」


「カリンさんですか? あの人も娼館に? 」


「仕事でたまに見かけるくらいさ。ほれ、こういうの」


 そう言ってジェーンさんは左手を差し出してきた。

 小指に小さな指輪がはめられている。


「これ避妊の魔法具なんだってよ。いやぁ都会は便利な物があるんだなぁ」


 ……あの人またやらかしてる。

 避妊の魔法具、それは効果を逆転させれば懐妊の魔法具になるわけでしてね。

 これが作れるという事は懐妊の方もつくれるわけですよ。

 つまり世継ぎが欲しい貴族や王族がこぞって欲しがる物品。

 一個作るだけで数年遊んで暮らせるだけのお金が手に入ります。


「あれもいい男なんだが、いかんせん遊んでいかないのはマイナスだね」


「女遊びにお金を使うよりも研究に心血を注ぐタイプの人ですからね……」


「なんだ、知り合いだったのか。そういやあの人が来た時期とエルマさんが来た時期って同じくらいだったな」


「はい、護衛依頼を出して同行してもらいました」


「へぇ……その間に浮ついたこととかなかったのかい? 」


「ありませんよ」


 あってたまるか、という本音を飲み込んでオブラートに包む。

 街の外で体を許すなんてのは愚策もいいところ。

 そんな隙を作ればモンスターに襲われること間違いなしだから。


「あとはまだ新米だけど馬鹿みたいに強い魔剣もった冒険者君なんかもおいしそうだね」


「へぇ……」


 たぶんそれも知ってる人。

 カリンさんと一緒に護衛してもらった人。

 あの剣士君も有名になりつつあるのかぁ……そりゃまあ破格の魔剣を手に入れたらこのあたりのモンスターくらいなら手こずることは無いだろうけどさ。


「でもありゃ駄目だね、両手に大輪の花を抱えているんだからあたしらみたいな雑草には見向きもしないだろうさ」


「あなたが雑草なら私はなんでしょうか……」


「んー、鬼灯の実とか? 」


「また微妙なチョイスを……」


「しっかし、これだけ男の名前出してもまともに反応したのはタカヒサさんくらいか……あの人落とすのはいばらの道だよ? 」


「落とさないからいいです」


 そもそも狙ってないので。

 趣味は合いそうだけど、方向性が違いすぎる。


「っと、少し余計な話に花を咲かせすぎたかな。ママさんに怒られる前にあたしも仕事の準備に戻るよ」


「そうですか、じゃあ私も代金を受け取ってギルドに行きます」


 そう言って同時に立ち上がりドアを開けた瞬間だった。


「美味しそうなぁ……匂いねぇ……」


 バタン、とジェーンさんが扉をしめた。

 冷や汗をだらだらと流してカギをかけ、そのままズリズリとソファーを運んで扉の前に置く。


「あの……どうしました? 」


「ここはあたしが抑える! あんたは裏口から逃げろ! 」


 え? なんでここでいきなり冒険者っぽいセリフを?


「でもまだ代金が……」


「あとであたしが責任をもってギルドに届ける! なんなら上乗せしてもいい! だから早く! 」


「えっと……」


 わずかな逡巡、それが命取りになることもある。

 それを私は、長くも無ければ短くもない街での平穏な生活で忘れていたかもしれない。


「つぅかぁまぁえぇたぁ」


 天井から落ちてきた誰かに、肩をがっしりと捕まれていたのだった。

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