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可愛いマフィア2

「どうよ! これが俺のコレクションだ! 」


 少し奥に進んだところにあった一室、そこに招き入れられた瞬間私は子供部屋に入ったのかと思ってしまった。

 見渡す限りのぬいぐるみ、ご丁寧に土足厳禁できれいに掃除された床の上にも大小さまざまなぬいぐるみが並んでいる。


「むむっ、これは10年前に倒産したヤングラスト社のシルバーウルフ限定モデル! ナンバリングは……07!? 」


「おぉ流石商人だなエルマさん! そいつは組の総力を挙げて手に入れた品だ! 」


 ……有意義な人の使い方なんだけどマフィアとしてはなんか間違ってる気がする。

 というかこれをあの下っ端さん達みたいな強面が順番待ちして買ったのか……シュールな光景だなぁ。


「手放すつもりは当然ないんでしょうけど、これ一つで30万ゴールドの値打ちですよ……」


「ほう、今じゃそんなに値上がりしてるのか。これなんかはどうだ」


「……ジャンピエールのホワイトグリズリー初期モデルですね。今世間に流通しているのは再販型で、型紙が新しいものになってしまっているので現存品ともなれば結構な値段になりますよ。大体3万くらい」


「詳しいじゃねえの。ならとっておきを見せてやるよ」


 そう言ってボスさんが指さしたのはぬいぐるみを引き立てるために用意された家具の中でもひときわ目を引く物体だった。

 ミニチュアサイズ、とはいえ私の腰くらいまで達するだろう高さの家を模した木箱だ。

 正面にとってがついていることから扉のようにこれが開くのだろう。

 思わずごくりと生唾を飲み込んでしまう。

 これは、お宝の予感だ。


「刮目しやがれ! 」


「お、おぉ……おおおおおおおおお! これはまさか! 」


「ふっふっふ、これが俺のコレクションで最大にして最高の品だ」


「P&M社がまだ別々の会社だった頃、ぬいぐるみ生産に携わる会社が採算度外視で相互協力してデザインして10体だけ作ったというデフォルメユニコーン! しかも保管は完璧! 外箱もほとんど傷が無い! 」


「どうよ! 」


「……少し失礼します」


 一度落ち着く。

 大きく深呼吸してから、懐に入れていた手袋をはめてぬいぐるみに触れる。

 手袋越しでもわかるふわふわとした毛並み。

 縫い目は細かく、そして丁寧に隠されている。

 瞳にはめられたのはビーズではなく本物の宝石だ……。

 角の部分はつるりとした手触りの生地で作られている。

 こちらはあえて縫い目を強調することで角の模様を見せている。

 見事なしあがりだ……。

 足の裏を見れば蹄もしっかり作られており、そして柔らかい。

 ナンバリングは……あった、8番。

 日付も書かれている。

 虫眼鏡で覗いてみるとインクは滲まないように気を配っているのがわかる。

 鼻を近づけて匂いを嗅いでみてもすでにインクの残り香などない。

 全体を見て、私は結論を出した。


「間違いなく、本物です」


「当然だぜ! 組の財産を半分使って手に入れたんだからな! 」


 ……この人、なんでマフィアやってるんだろう。

 ぬいぐるみ集めるためとか言わないよな。


「これ値段付けられないですよ……それくらいに貴重です……」


「そうだろうとも」


「少なくとも5000万は積み上げないと交渉の席に着くこともできないですね……」


「はっはっは、それだけ積まれようともこいつは売らねぇよ」


「少し外箱失礼しますね……」


 傷をつけないように気をつけながらあちこち弄り回してみる。

 少しして内側の天井付近に8の文字を見つけ出した。

 うん、外箱も同じナンバリングの物だ。

 蝶番には金鍍金が使われているし、木材も良いものを厳選してある。

 こちらも本物だろう。

 今世間で確認されているデフォルメユニコーンは外箱が欠品しているか、ナンバー違いの箱に詰められていることが多い。

 唯一、西方の王族が購入したというナンバー09だけが箱もぬいぐるみも現存して揃っているとされているが保存状態は悪かった。

 今の女王陛下が幼子の頃気に入って連れまわしていたせいであちこち汚れたり擦り切れたりしているのだ。

 だがそれに比べてこの08番のなんと綺麗な事か……。


「しかし……貴重なぬいぐるみはどれも綺麗ですがそれ以外は……」


 そう、問題はそこじゃない。

 思わず商人として見てしまっていたが違う。

 他のぬいぐるみだ。

 どこでも売っているような安価な物達。

 それら全てが使用痕がある。

 例えばベッドに横たわっている大きなぬいぐるみ。

 これは抱き枕としても使える物だが、汗や垢で変色している部分がある。

 窓際のぬいぐるみは埃こそ被っていないが頭頂部は糸がゴワゴワとしており、何度も触れた跡が見られるのだ。


「そりゃまあぬいぐるみは愛でる物だからな。こういった貴重品はさすがに気が引けて撫でてやることもできないんだが、愛情をこめて接している証拠だ」


 可愛いなおい!

 なんだ、あの頭頂部の跡は撫でた跡かよ!

 え、なに? この剣でバッサリいかれたような傷跡が沢山あるおっさんが可愛らしいクマのぬいぐるみ抱きしめて寝てるの?

 それで毎日ぬいぐるみ撫でてるの?

 なにそのギャップ。

 温度差で火傷しそうなんだけど!


「は、はぁ……てっきりもっと別の使い方だと思っていました」


「ん? あぁマフィアだから薬とかの運搬に使うと思ったか? 」


「そうですね、はっきり言ってしまうとその通りです」


「まったくもってナンセンスな奴らがいるよなぁ。おかげで俺がぬいぐるみ買うとどいつもこいつも白い目で見やがる」


 いやそれあなたみたいな人が買えば奇異の視線くらい向けますよ。

 だっていかついもん。

 くまさんと戯れるよりは本物の熊とか、熊のようなモンスターと殴り合いしている姿がにあうもん。


「そもそも薬という物が好かねえ。もしぬいぐるみを作る人間が薬中にでもなったら俺は今後どうやってぬいぐるみを集めりゃいいんだって話だ! 」


「まぁ……そうですね」


 熱弁だなぁ……。


「もっとこう、俺達みたいなケツモチで組織を成り立たせるくらいで満足しときゃいいのによ。欲を張るからムショにぶち込まれることになるんだっての」


「はぁ……ケツモチ……え? 他に事業は? 」


「他にって言われてもな……あぁ、スラムには人手がごっそり余ってるからそれを利用してるぞ。風呂に突っ込んで服を貸して身なりを整えてやってから人手を欲しがってるとこに派遣してやってる」


 慈善事業か!

 マフィアの手口じゃない!

 それどっちかというとヨートフみたいな宗教家のやること!


「店からは仲介料貰って、紹介したスラムの住民からは紹介料としてその日の稼ぎの一割を貰っているぞ」


 しかも安価!

 搾取してない!

 この人良い人だ!


「それでも赤字になりそうな月もあるからな。そういう時はこれよ」


 そう言ってボスさんが取り出したのは冒険者ギルドのタグ。

 銀色に輝くそれは上から3番目の階級を意味している。

 ……凄腕じゃん。


「もしかしてその傷って……」


「あ? モンスターと殴り合いした傷だが? 」


 人相手じゃないんかい!

 組同士の抗争とかそういうのだとばかり思っていたわ!


「その稼ぎでよくぞこれだけの品を……」


「銀の仕事ともなればそれなりに金は手に入るからな。俺の部下たちも銅が中心だぜ」


 銅の階級、銀に次ぐそれは四番目の階級だ。

 そのクラスの日当となれば1000ゴールドは堅い。

 ついでにカリンはその一つ下の鉄階級。

 タグに使われているのは本物の鉄ではなく黒ずんだ鉛色の合金だけど、銀階級とは一目で違うとわかるように工夫がされている。

 具体的には鉄階級はふちが黒く塗られている。

 そしてさらについでだが、最下級は黒一色、そこから赤、白、緑と上がって鉄に至る。


「まぁめったに仕事をしないからギルドからはたまには顔出せって言われているんだけどな」


「まぁ銀ならそのくらいは言われますよね」


「でもよう、確かに冒険者宛てに来る仕事ってのは大切かもしれないがな。俺達は島を守るって仕事の方が重要なんだよ。だから副業にかまけている時間は限られるわけだ」


 趣味にかまける時間はあるんですね、なんてことは口が裂けても言わない。


「俺の人生はこの国からスラムをなくすことを第一、ぬいぐるみを集める事が第二、それ以外はすべて有象無象だ」


 ……なんかかっこいい。

 そして親近感を覚える。

 人生の優先順位を決めている、その事に対して私は深く同意する。

 私の人生第一は安全、続けてお金、三番目にそれ以外のすべてだ。

 一番と二番が決まっていてそれ以外は平等だという考えに深い共感を覚えた。


「わかります。何が大切で、何を切り捨てるか。それは私たちの世界でも大切な事ですから」


「違うぞエルマさん。これは生きている者すべてに言える事だ。知らず知らずのうちに優先順位なんてのは作られるが、それに気付いていない奴が多いってだけの話だ」


「そうですか? ……そうですね、そうかもしれません」


 じんわりと、胸の内に広がる温かさを感じた。

 思えばカリン、彼は第一にエンチャントを優先していたのだろう。

 ドリアは美味い食事。

 ヨートフは……正しい言葉はわからないけど信仰心なんだろうな、神ではない何かに対する信仰。

 そしてこの人にとっては大きすぎる目標こそが生きる指針、目の前のぬいぐるみはその息抜きなんだ。

 そう考えると、何となくだけど商人としてまた一歩前に踏み出せた気がしてきた。

 この人は人の上に立つべき人であり、尊敬すべき人なのだろう。

 素晴らしい、懐も視野も広く、慈悲深く、そして強い人だ。


「あぁ、ところでよ……」


「なんでしょう」


「カタログ、明日忘れないでくれよ? 」


 ……前言に追加、ものすごく可愛い人だ。

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