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かわいいマフィア

 商人ギルドには鉄の掟がある。

 ただ一つ、そして唯一不変の掟だ。

 これを破った者はギルドへの立ち入りを禁止される。

 早い話が預金全額没収の上、真っ当な商人としての仕事ができなくなる。


 その掟とは、違法な品を取り扱う事を厳禁とする、この一点だ。

 実はこの掟だが、あまり機能していない。

 理由はいたって簡単で、商人ギルドの長達の方針として『ギルドを欺けるほど卓越しているのであれば追い出すのは悪手』と言い切っているためだ。

 結果として年に数人の間抜けが掟に従い破門される程度で、実際は数百、下手をすれば数千の商人が違法な物品を取り扱っている。


 わかりやすい物では薬物の類、ヨートフから貰った薬草茶なんかも厳密には法に触れる寸前の物品である。

 あくまでも寸前、つまり私はまだ言い逃れができる状況であり後ろめたい事はほとんどしていない。

 限りなく白に近いグレーゾーンを歩いている程度だ。


 さて、今回のお仕事はそのグレーゾーンのど真ん中を歩いた話。


「すみませーん、ご注文のお荷物お届けに参りました」


 ある建物の前で木箱を抱えて扉をたたく。

 ここは街の外れ、スラムと称される貧乏人とならず者のたまり場。

 そんな場所に女一人で来た理由、いや来れた理由かな。

 どちらにせよ私がここにいる理由はただ一つ、商売だ。

 そして女商人なんて言う犯罪者にとって絶好のカモが、危険地帯をふらふらと歩き回れる理由も簡単だ。

 依頼人がこの国屈指のマフィアであるという事。


 違法物品の売買は禁止されているが、違法組織との商売は禁止されていない。

 売れるなら誰にでも売るし、買えるなら誰からでも買う。

 あくまでも法に触れない範囲という制限はあるけれど、それが私の流儀だ。


「……入りな」


 そっと開けられた扉の中に入ると同時にバタンと扉が絞められた。

 まぁ、身の危険は感じますよ。

 少なくともカリンから貰った護身用のナイフ(神話級)が無ければ今回の仕事も辞退していたと思うほどには。


「ブツは」


「こちらに」


 持ってきた木箱、大きさの割にかなり軽いそれをテーブルの上に置く。

 バールでべきべきと音を立てて釘打ちされた木箱の蓋を開けた彼らは中に手を差し込んで一つ一つ確認を始めた。

 私が持ってきた、可愛らしいぬいぐるみを。


 そう、今回の仕事はぬいぐるみの売買だ。

 マフィアから「お前が可愛いと思ったぬいぐるみを10個ほど持ってこい、言い値で買い取ってやる」という話が来た。

 誰からって?

 当然ヨートフだよ。

 あいつ新月派なんていう聞くからにやばい派閥に属しているせいでしょっちゅう暗殺者を差し向けられているから、裏との繋がりも大切にしているらしい。

 その伝手で私に来たお仕事で、まぁどこかで売れるかなと思って仕入れていたぬいぐるみと街中で見かけた可愛らしい物を選んでここに運んできた。


 使い道は大体想像がつく。

 麻薬の類を水で溶いて綿や布の切れ端、紙なんかでもいいから吸い込ませる。

 そしてそれらを再び乾燥させてからぬいぐるみの中に詰め込むのだ。

 こうすることで表向きは合法なぬいぐるみだが中には違法薬物がたっぷり詰め込まれた『宝箱』が完成するのだ。


「悪くねぇな……」


「あぁ、これならボスも……」


 その証拠に下っ端であろうマフィアの彼らは満足げに頷いている。

 一つ一つを吟味してあらゆる角度から見て、そして触れたり抱きしめたりと確認は続いていた。

 そしてようやく全てを確認し終えたのか、下っ端の一人が私に近づいてきた。


「おい、これを運べ」


 下っ端の指さしたのは今まで確認していたぬいぐるみだった。


「……どこへですか? 」


「ついてこい」


 足早に建物の奥へと向かう下っ端の後についていこうとした瞬間、ばさりと麻布をかぶせられた。

 思わず荷物を取り落としそうになるが、誰かがそれを支える。


「悪いが少し視界を塞がせてもらう。こちらも配慮はさせてもらう」


 同時に肩を掴まれた。

 これはやはり引き受けない方がいい仕事だったかもしれないなぁと思いながら、導かれるままに十分ほど歩かされた。

 階段を上って、そこから壁伝いに歩いて、今度は階段を下りて、その辺りで自分が建物のどの辺にいるのかわからなくなった。


「ボス、例の商人が来ました」


「おう、入れ」


 そんな会話と共に扉が開く音が聞こえてきた。

 相変わらず塞がれたままの視界だが、導かれるまま中に入るとようやく麻袋が取られた。

 結構息苦しかった……。


「早速、商品を見せてもらおうか」


「はい……」


 そこにいたのは筋肉質で顔にいくつもの傷がある男性だった。

 長い髪は黒真珠の様に艶やかで、眼も黒い。

 たしか北方では忌避される色だったと記憶している。

 うん、肌の色からすれば北方出身かなって目途は立てられるけど……今回に限ってはあまり参考にならない情報かな。

 普通のお客さんならそれを元に「こんな商品の取り扱いもありますよ」って言えるけど、マフィアとは末永くお付き合いできる相手じゃないからなぁ……。


「どうした? 見惚れたか? 」


「そうですね、男らしい顔つきだと思いますよ」


「……そうか」


 あれ、なんか表情が曇ったぞ。

 失言した?


「まぁいい、品を見せてくれ」


「そうですね、こちらです」


 木箱から丁寧にぬいぐるみを取り出していく。

 本当なら紙の箱を用意したかったけど今回は時間が無かったの……ヨートフの無茶な注文のせいで。


「ふむ……悪くない、確かに注文通り可愛らしいぬいぐるみだ。が、しかし……」


「お気に召しませんでしたか? 」


「梱包が雑だ」


「それは私のせいじゃありませんよ。あなたの部下、ここに案内してくれた人達が色々調べてから詰めなおしていましたので」


 その言葉にボスさんはカッと立ち上がってドアのそばで待機していた下っ端さん二人を殴りつけた。

 突然の出来事に思わず腰を浮かせそうになったけどこらえる。

 商人たるものこの程度で動じてはいけない。

 ちょっと、ほんのちょっとだけ怖かっただけだから大丈夫……。


「てめぇら! あれほど細心の注意を払えと言っただろうが! 」


「すいやせん! 」


「次はねえぞ! その時は小指とは言わねえ! 足の指まで全部落とすからな! 」


「肝に銘じます! 」


「ったく……わりいな、あんたの面子に泥を塗るところだったぜ」


「いえ……それでお値段ですが」


 とりあえず商人としてふるまおう。

 うん、余計な事は考えない方が吉。

 余計な事を知ると死ぬってこの前理解したし。


「おう、約束通り言い値で買うぜ」


「そうですね……一個300ゴールドで合わせて3000ゴールドです」


 相場よりちょっと高めに設定。

 商人として赤字になるような商談はできないし、言い値で払うと言っているんだからちょっとくらい暈増ししても怒られることは無いでしょ。

 かといってふっかけすぎたら後が怖いから手間賃としてちょっと、だいたい50から100ゴールド盛るくらいにしておく。


「欲がねえなぁ、そんなんで商人やってられるのか? 」


「私のモットーは安全第一ですから。マフィアに法外な値段を突き付けて明日には川に浮いているか風呂に沈んでいるなんてことにはなりたくないので」


「かっかっかっ、正直だなおい。いや本当不安になるくらいに正直だ。腹芸とかできんのかよ」


「できますよ。ただここでやったら後が怖いから正直に話しているだけです。痛くもない腹を探られるのも嫌ですし」


「いいね、気に入った! 」


 パシンと膝を叩いたボスさんは並べられたぬいぐるみを一つ一つ手に取って確認している。

 同時に先程殴られていた下っ端さんの一人が懐から布の袋を取り出した。


「3000だったな、2000追加するからついでの商談と行かないか」


「物と内容によります」


 追加の商談……なんだろう、怖いなぁ……。

 麻薬詰めたぬいぐるみを運べとかじゃないよね……。


「このP&M社製のぬいぐるみ、色違いはあるか? 」


 そういって手にしていたぬいぐるみを私の前にずずいっと突き出してきた。

 ……社名まで知ってるとか詳しいなこの人。

 えーと、ウサギを模したぬいぐるみ……たしか荷物の中にまだあったはず。

 色違いは……。


「黄色と白ならすぐにご用意できますが」


「よし、それを両方買おう。それからこっちのジャンピエールのホワイトグリズリーのぬいぐるみだが、たしかこれ限定モデルがあったはずだが調達できるか? 」


「限定モデルの方はさすがに無理ですね」


「なら持ち主に心当たりは、できれば売ってくれそうな奴がいい」


「限定モデルは一つ3万ゴールドしますから、貴族か大商人の御子息くらいでは? 」


「まぁ、妥当な線だが……知り合いにいないか? 」


 やけにこだわるな……。

 というか限定モデル欲しがるって……なんだろう、違和感がある。

 まぁ商売の話だから違和感はほっとこう。

 えーとジャンピエール製のホワイトグリズリー限定モデル……確かここに来る途中、カリンに護衛してもらった時に立ち寄った街の大店に飾られていたな。

 元値の三倍で。


「運が良ければ10万ほどで手に入るかもしれません」


「本当か! 情報だけなら1万、調達してきてくれるなら護衛はこちらで用意して15万の予算と達成報酬で3万出す! 」


「……じゃあ情報で」


 そう言って見かけた街の名前と、店の名前、ついでにおおよその位置を教えたところボスさんは傷まみれの顔を歪めて笑みを作り声を張り上げた。


「よし! てめえら! 馬を用意しろ! それと金もだ! 」


「へいっ! 」


 ボスさんの言葉に下っ端さんたちがきびきびと動き始めた。

 お金も運ばれてきて数えるときっちり一万ゴールド入ってた。

 ついでにお茶も出された。

 ……ここで出される物飲みたくないなぁ。


「うし、商談の続きだ。こっちのカナミ製の豚のぬいぐるみ、サイズ違いがあるはずだが荷物にあるか? 」


「小さいのなら積んでますけど大きい方は無いです」


「そうか……そりゃ残念だが、その小さいのはあるだけ買おう」


「はぁ」


「それから……これは見たことないな、何処のブランドだ? 」


「あ、それは農民の方が冬の間に作った物です。ブランドとかは無いけど結構いい品だったので買ってきました」


「ほう、何処の農村だ? 」


「ここから東に20日ほどのところに」


「遠いな……しかしこれだけの物を作れる人物、一度交渉したい……予定を組みなおすか……」


 なんかぶつぶつ言ってる。

 なんだろう、さっきから妙な違和感があるんだよなぁ……。

 考え込んでいる今がチャンスかな。


 えーと、順番に整理していくとこのマフィアのボスさんはぬいぐるみに詳しい。

 P&M社とか、ジャンピエールとかカナミとかぬいぐるみの製造を行っている会社の名前がスラスラ出てくるほどだから相当だと思う。

 それ自体に不思議はない。

 麻薬運搬に適したぬいぐるみとかを探していくとそういうのには詳しくなるから。

 実際私もその手の話を聞いて詳しくなった節があるし。


 でもなんだろう、こう……ぬいぐるみを持っているボスさんの手つきが妙に……優しい?

 まるで子犬を愛でるみたいな触り方している。

 これから腹を裂いて中身を取り出して薬漬けにするとは思えないほどに……。


「あの、もしかしてぬいぐるみお好きですか? 」


「………………そ、そんなこたぁねえよ? 」


 あ、これ図星だ。

 一瞬目を見開いた。

 驚愕のサイン、つまりなんで気付いたっていう反応。


「ぬいぐるみのカタログ、商人しか購入できない物があるんですが見たいですか? 」


 ピクッとボスさんの肩が揺れた。


「来季の製品とか載ってますよ」


 ピクピクッとさらに揺れた。


「限定モデル、いくつか出ますよ。ジャンピエールとP&Mから」


 ガッタンと音を立てて立ち上がった。


「1万! いや3万出す! そのカタログを売ってくれ! 」


「残念ながらカタログは商人ギルド関係者以外に売るの禁止なんですよ。でも見せることまでは許可されているのでお見せすること、ついでに欲しい物の情報をそちらでメモに取るのはかまいませんよ」


 釣れた。

 ぬいぐるみマニアが釣れたぞ!

 よーしよし、相手の本性が分かればマフィアでも問題ない。

 十分商売相手として成立するぞ!


「よし、見せてくれ! 」


「ここにはないので、明日他のぬいぐるみと一緒に持ってきますよ。その代わりと言っては何ですが、スラムの人達に私の事教えといてください。来る途中結構にらまれて怖かったんですよね」


「約束しよう! 明日までにあんたの事は周知しておく! 」


「それと私、商人という立場なのでマフィアの、つまり裏組織の御贔屓なんて噂が立つと不味いのでその辺は水面下でお願いします」


「おうとも! てめえら秘密裏にスラムの連中にこの方の……」


「あ、エルマです」


「エルマさんの事を教えてこい! 手を出したやつはぶち殺すと伝えろ! 」


「それと……」


「なんだ! 何でも言ってくれ! 」


「ぬいぐるみのコレクション、見せていただけます? 」


「……いや、そりゃかまわないが」


 少し頭が冷えたのか、声色が落ち着きを取り戻したように見える。

 うん、なんかこうして見ると可愛く見えてくるなこの人。


「好みがわかれば今後旅の間に喜びそうなぬいぐるみとか見つけたら買っておきますよ」


「よーしこっちだぁ! ついてきてくれぇ! 」


 ハイ再びヒートアップ。

 ちょろいわぁ、この人ちょろいわぁ。

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