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タビビター、宇宙で苦みを知る

作者: 改訂木魚

僕はギャラクシー・カイドウ。宇宙を旅する孤高のスペースタビビターさ。何?タビビターを知らないって?まったく、これだから地球にしばられているホシコモリは困るよ。宇宙に行け!宇宙に!


そうか、宇宙に出れないほど貧乏で技術もない未開の地に住んでいるんだな。仕方ない、この僕が素晴らしき宇宙の旅を銀河のごとく美しく壮大に報告してあげよう。


タビビターはトラベラーと似て非なるものだ。旅人とビターをかけたこの言葉は、ビターな苦い経験をしながらも旅を続ける人を指すのさ。


僕のように優秀でリッチでアンドロメダのように美しい旅人こそ、タビビターにふさわしいと言える。


なぜならコンパクトな宇宙船ではるか銀河の彼方まで一人旅するほど行動力があるからさ。


宇宙船がコンパクトなのは金がないからじゃない。スペースデブリのようなゴミをさけるには小回りが効くコンパクトシップのほうが良いのさ!ビターだね。


一人旅するのも、友達がいないわけじゃない。広大な宇宙空間の静寂と孤独を愛しすぎているのさ。ビターだね。


燃料も節約しながらさそり座のごときするどさで飛ぶ。貧乏で燃料が少ないわけじゃない。僕はセツヤキストなんだ。宇宙の果てまで節約の旅を続けるぐらい節約のプロなんだよ。ビターだね。


自分が生まれた星にずっとこもっているようなホシコモリとはわけが違うんだよ!


僕が地球を旅立ってから、もう6時間。月が近づいてきたよ。


『ムーンリバー』を聴きながら見る月は最高だよ。月のクレーターもよく見える。間近で見るクレーターは凹凸がすごいんだ。


どうだ、このデコボコ感!うん?何かおかしいな…。


妙に波打っている。しかも遠くに黒い草原が見える。月に草原なんてあったか?


まさか…。


まさかここは…!


オーマイギャラクシー!


ハゲ頭だ!


オッサンのハゲ頭だ!


なんてことだ、僕としたことが月と頭を見間違えるなんて…。


頭の持ち主は…。なんと!


なんということか、僕の上司じゃないか!


なぜこんな月のそばで宇宙遊泳をしているんだ!アホか?四次元立方体に迷い込んだか?


しかもかなり薄い宇宙服でスペース遊泳している!くそ、ハゲ頭が分かるレベルの薄さの宇宙服なんて高級なのに!結構金あるんだな、上司!


「おお、カイドウ君じゃないか!」


何ぃ?僕に気づいただと?くそ、プライベートで上司に会うことの気まずさは宇宙時代になっても変わらない!


ぷかぷかと宇宙空間で優雅に平泳ぎしている上司が、宇宙船の窓から即座に僕を見つけたんだ。


「あ、こんにちは。あ、すみません部長。星の輝きに見とれていて、気付きませんでした」


なんてことだ。月の近くでこんな挨拶するなんてツキがない。


「カイドウ君!随分オンボロな宇宙船に乗ってるね!大丈夫かい?宇宙の果てで燃料切れになってレスキュー呼ぶはめになるんじゃないか?はっはっは」


ああ、上司が!簡素を極めた僕の宇宙船を馬鹿にした。分かってない!分かってないんだ、この上司は!


「あ、僕はセツヤキストなんで。なるべくシンプルにまとめるスペースタビビターなんで」


「お、相変わらず自意識だけが太陽系のごとく大きいね!いやあ、ごめんごめん。君のプライドを傷付けてしまったようだ。ワシの宇宙船と比べると犬小屋のように見えたもんだからね!はっはっは!」


くそ、なんて嫌味な上司だ。確かにぷかぷか浮かんでるはげ上司の後方には巨大な宇宙戦艦が見える。くそ、宇宙戦艦を個人で所有するなんて、成金め!金星にぶつかってスターダストになれ!


僕は心の宇宙の中でそういった小さなコスモ悪態をついたが、表情には出さなかったよ。僕は銀河系のように心の広いタビビターだからね。


「天の川を超えるにはコンパクトシップのほうが小回りが効くんですよ。では、僕はスペースタビビターなんで。宇宙の彼方のブラックホールを見に行くんで。失礼します」


そう言って僕はそそくさとはげ上司から逃げ去ったよ。まったく、上司は宇宙トラベルの醍醐味を分かっていない!成金が遊泳したところで溺れるだけだ!


僕は上司から逃げて月に来た。


こんどこそ、『ムーンリバー』を聴きながら月を眺めて、ギャラクシーカクテルを飲むんんだ!ギャラクシーカクテルはグラスを宇宙空間に見立てたお酒さ!月のゼリーや土星のプレッツェルがお洒落に浮かんでるんだ!


よし、月が見えてきた!さあ、カモン!この宇宙船に搭載された銀河をかける超高性能人工知能よ!ここで『ムーンリバー』をかけるんだ!


さあ、かけろ!


何?なんだ、この曲は?


バーバー言ってるぞ。


この曲は…!


オーマイギャラクシー!


『バーバババー』のテーマじゃないか!『ムーンリバー』とは似ても似つかないだろ、どうやったらそんな間違いするんだ、馬鹿か?銀河系一のうつけ者なのか?


そりゃ確かに、ババアがやってる人気の床屋『バーバババー』のテーマ曲は23世紀では人気の曲だよ!歌詞がバーバーしかないから世界中の誰でも歌える!でもこの陽気なダンスミュージックは今の僕のギャラクシアンな気分には合わないんだ!


くそ、人工知能頭悪いな!


しょうがない、音楽はやめだ。カクテルだ!カクテルを出してくれ!


さあ、いて座流星群の隕石でけずったグラスを僕がかかげるから!そそぐんだ、お洒落なカクテルを!


何ぃ?


グラスに紙が注がれているだと…?


何だ、この紙は…?


まさか…これは…!


カクテルじゃない!


確定申告だ!


オーマイギャラクシー!


あ、ちなみにスペースタビビターは、オーマイガ!なんて言わない。宇宙規模の壮大な驚きを表現する為にオーマイギャラクシー!を使うんだ、覚えておくように。


ってか、確定申告って何?なんで、どうやったらカクテルと確定申告を間違えるの?


頭おかしくなった?人工衛星に頭突きでもした?


ってか、宇宙まで来て確定申告したくねーわ!23世紀にもなって、なんでまだ紙で確定申告してんだ!2世紀前のオールドテクノロジーだろ!バランスシート出されても、心のバランス保てねえわ!


ああ、なんと悲しい。


僕は優雅に旅を楽しみたいだけなのに。


まあ、いい。次は火星だ。


偉大なる火星に向かう!


しかし!前方から隕石の大群だ!


やばい、よけなければ!僕は華麗なるドライビングテクニックを持っているからね。飛んでくる隕石をスルーするなんて、お手のもんさ。


むむ?


隕石には文字が刻まれているぞ!


これは!


2世紀前に宇宙に捨てられたスペースデブリ!


映画『ギャラクシー街道五十三次』に寄せられたコメントじゃないか!星が少ない!星が見えない!


くそ、みんな好き放題書きやがって!SFには手を出すな、とかどんな立場で言ってんだ!


『ギャラクシー街道五十三次』は良い映画だろ!


エンディー憲一郎が出産するシーンあるだけで、宇宙的な野心作だろうが!


ってか、僕はギャラクシー・カイドウという名前で『街道』違いだからね!


自分が叩かれているように感じるんだ。


だからこそ、僕はこの隕石をスルーする!


さあ、僕の華麗なるスペースシップさばきを見ろ!


かわす!かわすんだ、どんな隕石も!


上上下下左右左右ってコントローラーでやれば、ちょっとだけ無敵になれっから!だいたい、宇宙船ってのはそういう機能ついてっから!


よし…。


過ぎ去った…。


隕石を抜けたぞ。


さあ、火星がそろそろ見える頃だが…。


なんだ?前方に何か浮かんでる!


黒くて細長い巨大な物体が見えるぞ!


まさか、あれはモノリスじゃないか?


生物に劇的な進化を促す地球外生命体のアイテムであるモノリスじゃないか?


あの黒くて細長く円柱のような形をしている物体は、きっとモノリスに違いない!


よし、スペースオデッセイっぽくなってきた!


さあ、僕に進化をもたらせ、モノリス!


何?


よく見ると、この物体は…!


モノリスじゃない!


もっと生々しいもの…!


恵方巻だ!


2世紀前に大量に破棄された恵方巻が宇宙空間に漂ってんだ!


この野郎!2世紀前の奴ら、どんだけ大量に宇宙にゴミ捨ててんだ!


火星の周りにめっちゃ恵方巻浮かんでるじゃねえか!


くそ、よけきれない!宇宙空間で恵方巻にぶつかる!


全然恵方じゃないだろ!どんな方角に行ってんだ!

この話の方角が見えない!


ああ、宇宙で恵方巻の大群にぶつかって死ぬとか最低過ぎる!


僕は、こんなところで宇宙の塵になるのか…!


ギャラクシー、苦いよ。ビターだね。


うん…。


タビビターだからビターって言いたかっただけなんだ。


ああ、最期の言葉がこれなんてアンドロメダ後悔すぎる!


僕は宇宙の彼方で死を覚悟した。


しかしその瞬間!


背後から巨大な手が現れた!


七色に輝くその手は、見事な皺が刻まれていた。


なんと巨大で美しい生命体だ!その大きさは火星にも負けていない!


巨大な手は恵方巻の大群をものの見事につまんでいってくれる。


やった、道が開けたぞ!


僕は巨大な手の先にある顔を見て驚愕したよ。


バーバババーだ!


バーバババーは床屋の婆さんのふりをしていた宇宙生命体だったんだ!


バーバババーは恵方巻をどんどん口に運んでいく!

宇宙空間で巨大な恵方巻を何本も食べることができるバーバババー!

七色に輝くバーバババー!


なんて美しいんだ!


「君もこの美しさが分かるか!よし、採用したかいがあった」


上司また来たよ!宇宙戦艦に乗って恵方巻を何本もバーバババーの口に向けて発射してるよ!


しかも上司、感極まって泣いてる!


なんだ、この光景は!


わけも分からず僕も涙が出たよ。


ああ、宇宙は偉大だ。


火星もちっぽけに見えるほどの恵方な光景に、僕の心のコスモはスパークした。


(終)


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