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10発め 不本意な約束

 申請の書類でわからないところがあると直から連絡があった。直接行って聞いてもいいかという直に対し快諾した司だったが、笑顔で訪ねてきた直には余計なものがくっついていた。

 雅貴だ。

 八方美人の司は他の職員からも覚えめでたく、新入りにしては情報通である。その司が雅貴に関しては戦場働き以外の賛辞を知らない。入ってくるのは悪逆非道の謗りばかりだ。黎慈の次くらいに面倒くさそうな奴だなとは前々から思っていた。絶対係わるまいとも誓っていた。事実比較的親しい職員が雅貴に絡まれている場面に遭遇して、気付かれないように逃げた。

 

「俺がお世話になってるって話したら、雅貴も挨拶したいって言ってくれてさ」

「直の馬鹿が迷惑掛けてるねー。いつもどーも」

「ちょ、バカって言うな」

「どうもご丁寧に! 初めましてですよね、真田司です。一陣さんのお噂はかねがね……」

「悪い噂でしょ? オレ、直ほど馬鹿じゃないし?」

「いや、そんな、あはは」

「おい雅貴いい加減にしろよ!」

 

(一陣さんを呼び捨てにしてる……)

 

 玄関先のやりとりだけで司はくらくら来た。司と話すときには雅貴雅貴と言ってはいても、本人にそれを言っちゃあ許さないだろうとなんとなく思っていた。司の知る限り、彼の父親のような年齢の職員までもが雅貴を「一陣さん」と呼んで敬語で接しているせいか。

 立ち話も何なので非常に厭だったが部屋に上がっていただいた。気持ちの上では追い払いたかったけれども実行に移したら惨劇が起こるのは火を見るよりも明らかだし、何より司は度胸が足りない。雅貴はすっかりお見通しらしく、にやにや笑いを浮かべている。

 

 3人はちゃぶ台を等間隔に囲み、湯呑みをはさんでむきあっていた。

 

「粗茶ですけど」

「実際はいい茶葉だって信じてるからね」

 

 司の気分は一触即発。対する雅貴は司をおもちゃにしているふしがある。ネズミと猫状態の2人を差し置いて、直はうまそうにお茶を啜り、きょろきょろしている。


「黎慈くん留守なの?」

「ああ、うん」


 内心、ほっとした。直は下手なことを言っても爆発したりしない。

 

「当番係かな。でも前もいなかったし、緊急招集?」

「今日は検査」

「そっか」

「黎慈いつ戻って来るんの?」

 

 いつのまにか湯呑みに口をつけていた雅貴が、口を出した。

 

「4時の予定です……あ、でも、少し遅れるかもしれません」

「あ、じゃあ間に合うね」

「何に?」


 雅貴はとびきりの”人の悪そうな笑顔”を浮かべると、計画をここに示した。

 

「4人で飯食いに行こうって直が言うからさあ。行こ」


 余計なこと言うんじゃねーよ。

 司の内心はこの気持ちでいっぱいになった。

 雅貴が黎慈に興味を持ったというなら、3人で行ってくれ。

 黎慈だけならまだしも、同じテーブルで雅貴の相手までするなんてまっぴらだ。心臓に悪い。

 逃げよう。司は決意した。


「……楽しそうだけど、いつ忙しくなるかわからなくて。もしもの時には3人で楽しんで来てく、だ、さ……」

「へえーーーーーーーーっ」

 

 雅貴は身をよじらせ、顔をなるべく司の真ん前に寄せると、その整った顔にアイドルはだしの笑顔を乗せた。このまま撮ったら雑誌に載っても問題なさそうな爽やか好男子の100点スマイルだ。

 

「パートナーって飯食う時間もないくらい忙しい仕事なんだあ。初めて知ったよ。じゃあうちのパートナーって何なんだろうねえ? 掃除したり料理したり家事ばっかりしてさあ、書類触ってるのなんか見たことないよ。サボってんのかな?

 あっ、わかったー! おたくは優秀だから他の人から仕事を押しつけられちゃって大変なんだね! だったらうちのにやらせるからそれで時間作ろうよ。決定。ああ、仕事の質が心配なの? 真面目だね! でもそれだけ山のように仕事があるんなら、馬鹿にもできる単純作業のひとつやふたつ、あるでしょう?

 さて、これで一緒に行けるようになったね。集合は食堂前に6時くらいでよろしく。オレ、ちょっと用事あるからもう行くわ。またあとでね」


 茶を飲み干して席を立つと、引き留めようとする直を適当にあしらい、さっさと出て行ってしまった。

 司の決意は、折られた。

 

 ***


 2人になった部屋で、司は直に書類を教えていた。マニュアルガイドの何頁目からが様式の書き方だから付箋でも貼っときな、というアドバイスも忘れない。気遣いができなければ、八方美人はつとまらない。


「ありがとう。すごいな、すぐ終わっちゃった」

「いいえー。これとこれは週1で使うから、早めに復習しておいた方がいいよ」

「はい先生!」

 

 苦笑しながら直を送り出す。

 帰り際の直に、ふと、言った。


「あの人、大変だろ」


 むろん、雅貴のことだ。

 同じ部屋に住んでいる以上、いらだちが直に向けられるのは火を見るよりも明らかだ。


「……ちょっとはね。でも心配しないで。ぼちぼちやってるからさ!」


 その笑顔のまぶしさたるや、とても作り笑顔とは思えない。

 司もこのくらい脳天気に生まれていたら、今よりは楽しく暮らせたのかもしれない。

 笑顔の仮面で見送りつつ、司は今夜のことを思ってげんなりした。

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