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兄が好きな妹なんてラブコメ展開はありえない。  作者: 詩和翔太
3章 ヤンデレ妹の兄は先輩の彼氏を演じるようです。
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ホワイトデー番外Ⅰ マカロンの意味

 男女問わず大切な日で、一般的にはチョコレートに想いを込めて想い人へ送る日として知られているバレンタインデーから早くも一ヵ月という月日が経過していた。


 二月十四日の一ヵ月後、すなわち三月十四日――ホワイトデー。


 バレンタインにチョコレートを受け取った男の子が、女の子へお返しを渡すという日本独自の文化。


 そんな今日……ではなく、少しだけ時を遡り前日――三月十三日。


「……はぁ」


 キッチンに疲れたような、憂うような、重苦しいため息が響く。


 ため息の主は世月夜。バレンタインデーにチョコレートを四つももらい、親友から殺してやるぅ! と怨嗟交じりの嫉妬と怒号を頂戴した、非リアな人からしてみれば爆砕してほしいに間違いない勝ち組の内の一人である。


 しかし、いいことばかりではなかった。そもそも、ため息の理由もそのバレンタインデーが深くかかわってくるのだ。


 ホワイトデーとは、いわばチョコレートのお返しを渡す日。つまり、夜は四つのお返しを用意しなければいけないのだ。


 別に、四人分のお返しを買うお金がないだとか、決して財布の中身が寂しいという金銭的な問題で困っているわけではなく。


「一体、何作ればいいんだ……?」


 何を返せばいいのか、それがまったく思いつかないのである。


 別に、市販のものを渡せばいいだろ、けっ! とか柊也に相談したら拳と一緒に返ってきそうだが、そうもいかない。


 だって、あかりも夏希も、梨花も瑠璃も、手作りのチョコレートを渡してくれたのだ。


 これまた、市販のチョコレート溶かして加工しただけだろ、くそっ! と柊也に言われそうなものだが、湯煎だったり型に流したりと思ったよりも大変な工程を経て手作りチョコレートは作られているのである。


 言わずもがな、自分の想いをそのチョコレートに込めるために。


 市販だったら想いが込められていないと言うわけではないけど、男としては手作りチョコレートの方が何倍も嬉しいのだ。自分のために頑張ってくれたんだ……とそんなわけがないかもしれないのに勘違いしてしまう馬鹿な生き物なのだ。


 だったら、その気持ちに応えたい。せっかくなら、喜んでもらいたいのだ。


 だというのに、時計の短針はそろそろ十二を指しかけており日付が変わりそうなのに、一向に手が付けられずにいた。


「ホワイトデーのお返しの定番って何だ? チョコ? クッキー? あとは……」


 ぶつぶつと呟きながら、キッチン周辺をうろうろと歩き回る夜。


 インターネットという便利なものが普及してるんだから、それで調べてもいいのでは? と思うかもしれないが……生憎と夜にそんな考えは微塵もなかった。


 かたくなに調べたくないわけじゃなくて、単にインターネットの存在を一時的に忘れているだけなのだが。普段から攻略サイトとかには頻繁に目を通すはずなのに。


「何が欲しいか聞いた方が早いんだろうけど……流石にそれはないよなぁ……」


 喜んでもらうだけなのなら、何が欲しいかを聞いてそれぞれの欲しいものを渡した方がいいのだろう。


 だが、ホワイトデーとはただ喜んでもらうだけではだめなのだ。


 バレンタインデーにもらったチョコレートに対するお礼の意味も込められている……と思うのだ。


 これでいいか、と妥協してしまえば、そこにありがとうという想いは込められているのだろうか。


 他の人がどう思うかはともかく、夜自身はそう思ってしまう。


 だからこそ、妥協せず、自分自身で考えたいのだ。


「……よし、決めた」


 苦悩の末、ただ一言呟き、夜はさっそく作業に取り掛かる。


 初めて作るから上手くできるかわからないけど、そんなことは関係ない。


 だって、上手くできるまで何度も何度も繰り返せばいいのだから。


 夜はスマホでレシピを調べ、それを元に作っていく。


 あ、調べればよかった……と後悔しつつも。


 しかし、調べなくてよかったかもしれない。


 一体、誰がどう考えてこじつけたかはわからないが、ホワイトデーのお返しにはそれぞれ意味が込められているらしい。


 例えば、クッキーだったら『あなたは友達』。マシュマロだったら『あなたが嫌い』。


 因みに、あかりたちはそれぞれのお返しの意味を知っている。だって、以前開催された女子会で情報を共有していたから。


 明日、どんなお返しをもらえるのか……と一喜一憂する女の子たち。


 そんなことも露知らず、夜はスマホに表示されたレシピを見ながら手を動かす。


 今作っているお菓子に、どんな意味が込められているのかわからないまま。




 そうして迎えた三月十四日――ホワイトデー。


 柊也に悪態吐かれたり、殴りかかられたりしたが、特にこれといったこともなく、気付けば放課後となっていた。


「……さて、行くか」


 筆記用具や教科書、ノートが入ったリュック、そして別途に持ってきた紙袋を手に、部室へと向かう。


 いつもと同じ廊下、いつもと同じ階段を通って辿り着いた部室。


 いつもなら何も気にすることなくドアを開けられるのに、何故か今日は躊躇ってしまう。


 怖いから? 気まずいから?


 いや、単純に気恥ずかしいだけなのだ。


 お返しを渡そうとするだけでこんなに恥ずかしいのに、チョコレートを渡そうとする女の子はどれだけの羞恥心と戦っているのだろうか。正直にすごいとしか思えない。


 しかし、いつまでもドアの前でうだうだしているわけにもいかない。


 羞恥心なんてなんのその。恥ずかしい黒歴史なら何個もあるのだ、今更

一つや二つ増えたくらいで……嫌だな。


 深呼吸をして心を落ち着かせ、夜は部室のドアを開けた。


「すみません、遅れました……」

「お、遅かったね、夜クン。何かあったの?」

「柊也に絡まれてたので……」

「そういえばそうだった……わね?」


 本当は扉の前で恥ずかしさに悶々としていただけなのだが、そんなことを馬鹿正直に言えるわけもなく、それっぽい理由をでっち上げる。同じクラスである梨花も夜が柊也に絡まれていたのは見ていたし、怪しまれてはいないらしい。


「ね、ねぇ、ナイト……その……」

「おにいちゃん、お返しは?」


 あかりのまっすぐな、直球な言葉にぴくりと反応する夏希、梨花、瑠璃の三人。


 どうやら、歯切れが悪かったのは期待に胸を膨らませていたらしい。嬉しいような、やっぱり恥ずかしいような。


「大したものは用意できなかったけど……はい、これ」


 紙袋の中に入れておいたお返しを、四人に渡す。


「ナイト、開けてみてもいい?」


 夏希の問いに、夜はこくりと頷く。


 すると、あかりたちは嬉しそうに包みを開け、中に入っていたお菓子を手に取る。


「おにいちゃん、これって……」

「マカロンだな。初めて作ったから、上手くできたかはわからないけど……」


 夜がお返しに選んだお菓子……それは、マカロンだった。


 女の子が喜びそうなお菓子……と考えて、見た目が可愛いマカロンが思い浮かんだのだ。


 作れるのか? と不安は過ったが、レシピを見てみると思ったよりも簡単だったのでお返しはマカロンに決めた。まぁ、それでも何度も何度も作り直したのだが。


 しかし、夜は知らない。


「……ねぇ、おにいちゃん。みんなマカロンだけど……誰が一番『特別』なの?」

「……は? え、特別って……?」


 本当かどうか、定かではない。誰が決めたのかもわからない。


 マカロンをお返しする意味が、『あなたは特別な人』だということを。

※2020/03/15に改稿しました。一日ずれてる? き、気にするな。

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