名前で呼んでほしい
月日は流れていき、早いもので期末テスト前日。
それぞれ別れて勉強していた夜達だが、今日だけは全員部室に集まっていた。
何故なら、瑠璃と夜が作成した模擬テストを行うためである。
カンニングが出来ないように――今更するとは思えないが念には念を入れておく――一定の距離を開けて机を三つ設置し、それぞれにあかりたち赤点組が座っている。
一教科十問と少な目ではあるが、だからといって侮るとかえって痛い目に遭うこと間違いなしだろう。
何故なら、意地悪な瑠璃の手によって、成績優秀者でも頭を悩ませるほどの難問しか用意されていないからである。
赤点ギリギリだったあかりたちが解けるわけがないと思うかもしれないが、土日も含め毎日勉強してきたのだ。基礎が出来ていれば解けない問題ではない。
それに、模擬テストで赤点を回避出来れば明日の期末テストでも回避出来たも同然なのだ。三人にとっては自分の実力を確認出来るいい機会のはずだ。
それ故か、三人の表情は真剣そのもので。ただ黙々と、されど必死に懸命に解答用紙にペンを走らせている。
あまりの難問さにペンを止めて頭を悩ませることはあっても、諦める様子はなく。それだけでも三人にとっては大きな進歩といえよう。
瑠璃はすでに終わっている国語の模擬テストの採点をしており、夜は三人がカンニングをしないように見張っているのだが……その必要もないだろう。
だって、これだけ集中している姿を見れば、カンニングの心配も、赤点を取る心配もすることはないと思えるから。
そうこうしているうちに、スマホのアラームが鳴りだした。どうやら、今行っている数学の模擬テストの終了時間となってしまったらしい。
「終わったの、おにいちゃん……」
「あぁ、お疲れ」
「ねぇ、ナイト。次は?」
「次は英語だな」
「英語かぁ……」
ため息を吐く梨花に、夜は苦笑を浮かべる。
梨花は英語が一番苦手なのだと言っていた。だから、次が英語のテストと聞いて憂鬱になっているのだろう。
夜は三人の問題用紙と解答用紙を回収し、解答用紙を瑠璃へと渡す。
「部長もお疲れ様です」
「夜クン、私丸付けってもっと簡単なものだと思ってたよ……」
短時間とはいえ何もしないくらいなら丸付けをする! だって見張りとか暇でしょ? といったのは誰あろう瑠璃自身なのだが……どうやら本当につらかったのは丸付けのようだ。
「ねぇ、夜クン。見張り変わってあげようか?」
「いいです。部長は丸付けお願いします」
「そんな~」
夜クンのけち……と文句を言う瑠璃を横目に、夜は瑠璃が丸付けを終えた国語の解答用紙へと手を伸ばす。
「部長、これって……」
「うん、点数に間違いはないと思うよ」
その後も英語、理科、社会の模擬テストも終わり、あかりと夏希、梨花は極度の集中による疲労のせいかソファの上で肩を並べて舟を漕いでいた。
一方で、夜と瑠璃は手分けして丸付けをしていた。
「ふぅ……部長、こっちは終わりましたよ」
「うん、私も終わったとこだよ。それじゃあ、三人の点数を並べてみよっか」
「そうですね……」
夜月 あかり
国語:60点/数学:50点/社会:60点/理科:50点/英語:60点
朝木 夏希
国語:80点/数学:40点/社会:50点/理科:60点/英語:50点
柳 梨花
国語:50点/数学:60点/社会:50点/理科:60点/英語:40点
正直、危うい点数を取っている教科も中にはある。
だが……!
「やりましたね、部長……」
「そうだね、夜クン……」
赤点を回避したも同然なことに変わりはない。
二人はふぅと安堵の息を漏らし、倒れこむようにして椅子に座った。
あかりたちの努力が実を結んだことは素直に嬉しい。
だが、その嬉しさよりも肩の荷が下りたかのような安心感というか安堵感のほうが気持ち的には大きいのだ。
「これで、明日のテストは何とかなりそうだね」
「はい。それもこれも部長のおかげですね」
「よくわかってるじゃん、夜クン。それなら、一つ何でも言うこと聞いてもらおっかな」
「それ割に合ってます?」
確かに、瑠璃は夜の頼みであかりと夏希に勉強を教えていた。だから、その褒美を夜が強請られることには何の問題もない。
だが、その見返りが「何でも言うことを一つ聞く」は流石に割に合っていないのではないだろうか。
しかし、この場で夜がどう言い繕っても、瑠璃の考えが変わることはないだろう。
「はぁ、わかりました。それで、俺はどんな無茶ぶりをされるんですか?」
「そこまでひどいことは言わないよ。……ねぇ、夜クン。私のことをそろそろ名前で呼んでほしいな」
「……そんなことでいいんですか?」
「そんなことがいいの」
もっと無茶なお願いをされるかもと身構えていた夜としては、些か拍子抜けなお願いだった。
しかし、瑠璃はそんなちっぽけなお願いでいいのだと笑みを浮かべる。
正直、名前で呼ばれているあかりたちが羨ましかったのだ。
一年経った今でも、夜の呼び方は変わらず『部長』のまま。
夜にそんなつもりはないのだとしても、ちょっぴり心の壁を感じてしまうもの。
先輩と後輩だからという上下関係も少なからず関係しているのだろう。
だからこそ、好きな人に名前で呼んでもらいたかった。
「――わかりました。明日のテスト、お互いに頑張りましょう。瑠璃先輩」
「……うん。頑張ろうね、夜クン」
どうせなら、呼び捨てで呼んでもらいたかったと思いつつも。
最後に夜の口から自分の名前が聞けてよかったと。
瑠璃は寂しそうに微笑むのだった。
ども、詩和です。
今回は瑠璃を中心に物語を展開させましたが、いかがだったでしょう?
ラストをどうしようか、いつまで続くのか。マジ心配です。まぁ、20万文字はいきたいですね。
ま、そんなことは置いといて。……この後どうしましょう。とりま、三章は梨花と瑠璃を中心に展開させていきますが、……大変ですな。うん。
それでは今回はこの辺で。次回にお会いしましょう。ではまた。
※2020/10/13にちょっと改稿しました。




