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兄が好きな妹なんてラブコメ展開はありえない。  作者: 詩和翔太
2章 ヤンデレ妹は兄を宿泊研修に同伴させたいそうです。
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手の中にあるもの

「もう歩くの疲れた~」

「ちょ、一番やる気だったの茜音でしょ? 最初に文句言ってどうすんのさ~」

「え~だって足痛いんだも~ん」

「やめてよね、余計疲れるじゃん」

「そ~ゆ~亜希だってメンドイ~とか言ってるけどぉ?」

「舞こそダルいとか言ってなかったっけ?」


 まだ最初のミッションである武器屋での武器調達が終わり、二つ目のミッションのゴール地点であるギルドへの道中だというのに、すでに文句を言い始める茜音、亜希、舞の三人。


 しかし、三人のようにアウトドアが好きでもなく、ゲームが好きでもないのならば、旅人の宿のスタッフさんが力を入れて実施しているウォークラリーもつまらないと思っても無理はない。


 道も整っているとはいえ、山の中森の中。傾斜だってあるし歩きにくいのも仕方はないが、ウォークラリーを楽しみにしていないのならば、早々に文句を言いたくなるものかもしれない。


 まぁ、だとしても疲れるには流石に早過ぎるとは思うが……そもそもの話、やる気など全くなく、宿泊研修自体を面倒だと思っている亜希達なら疲れるのも納得は出来る……かもしれない。


 病は気からという言葉だってあるのだし、気持ちが身体に何らかの影響を与えてもおかしくはないだろう。いや、おかしいのか……?


 そんな三人の他愛もない会話を聞き流しながら、夏希は五メートルくらい後ろを付いて行くようにして歩いていた。


 表情は俯いている上に前髪に隠れてしまって窺うことは出来ないが、少なくともゲームが好きな夏希なら抱いていてもおかしくはない“楽しい”という感情を抱いていないということは確かだった。


 夏希の胸中、そして脳を埋め尽くすは負の感情。


 何時、亜希達が自分に牙を剥いてくるのかという恐怖。


 また、何かを言われたらどうしようという不安。


 そんな負の感情が、夏希の精神を徐々にすり減らしていく。手足は震え、心は折れかけている。


 それでも尚、夏希が前へと進めるのは、最終ゴール地点である聖なる泉で夜が待ってくれているから。


 心の拠り所で。


 盟友で。


 相棒で。


 英雄である夜が夏希(自分)の到着を待っている、そう考えるだけで前へと進まなきゃと思えるのだ。


 それに。


「ナイト……」


 夏希はぎゅっと手を握り占める。


 夏希の手の中には先程武器屋から貰った剣の形をしたストラップがある。


 大魔導士(マジックマスター)という魔法のエキスパートである夏希(アリス)Sword(S) and(a) Magic(M)で愛用している武器は杖だ。


 にもかかわらず、夏希が武器屋で選んだのは剣だった。


 しかし、その理由は言わずもがなだろう。


 剣の扱いを極めた者がなれる、ある意味では大魔導士(マジックマスター)と対になる剣王(ソードマスター)(ナイト)の愛用している武器が剣だから。


 まぁ、だからといって武器屋でもらった剣ストラップが夜の剣とは言わないけれど。


 それでも、ナイトが傍にいてくれると思えて、不思議と勇気が湧くのだ。


 勿論、夏希の傍には夜の姿はない。あるわけがない。


 けど、例え錯覚だとしても。ただの思い込みだとしても。頑張らなきゃと思えるのは、それだけ夏希にとって夜が大切な存在だから。


 故に、夏希は前へと進めるのだ。


 歩幅は小さくて、覚束ない足取りで、離れた場所を歩いているとしても。


 少しずつだけど、前を向くことが出来るのだ。


「……待っててナイト。僕、頑張るから……」




 旅人の宿を出発し、一足どころか数足早く最終ゴール地点である聖なる泉に到着した夜はスタッフさん達が準備しているのを横目に。


「きっと、大丈夫だよな……」


 独り言ちながら、その辺に転がっている石を聖なる泉に向かって投げていた。


 別に、水きりがしたいわけではない。


 そもそもの話、夜は一度も水きりを成功させたことがないのだ。怒られること間違いなしだろうが、本音を言わせてもらおうと水切りの何が面白いのかすらわかっていない。だから、率先して水きりをしているわけではない。


 ならば。何故、そんなことをしているのか。


 それは、ただ単にじっとしていられなかったからだ。


 引率者として慎二に連れて来られた以上、引率者としての行動をしなければいけない。つまり、夏希が心配だからという理由で職務を放棄出来ないのだ。


 だから、夏希の様子がおかしいことに気付いたものの、あかりに夏希の様子を窺ってくれるよう頼んだのだ。


 慎二に頼んだら、もしかしたら許可してくれたかもしれない。しかし、仮にそうだとしても夜はきっとあかりに頼んでいただろう。


 夜があの場に残っていれば、たった少しだけでも怪しまれるかもしれない。


 夜の杞憂で済めばいいのだが、万が一の場合だって確かに存在している。たった少しでも可能性があるのならば、迂闊に行動するわけにはいかないのだ。


「……まったく、なってないな。夜君」

「理事長……」


 夜が後ろを振り返れば、そこには理事長である慎二が立っていた。


 慎二は足元に転がっている石を拾い。


「水きりとは……こうやってやるのさ!」


 そう言いながら、聖なる泉に向かって勢いよく手に持っていた石を投げた。


 水面に向かって飛んでいった石は五回程跳ねた後、ぽちゃんという音とともに泉の底へと沈んでいった。


「……ふむ、五回か。やはり長年やっていないと感覚というものは衰えるようだね……」

「なんで五回も……」


 五回も跳ねたというのにもかかわらず不満げな慎二と、本当に跳ねるんだ、あれ……と驚きを隠せない様子の夜。


「コツさえ掴めば案外どんなことでも何とかなるものなんだよ。要はやり方次第なのさ」

「コツを掴む……やり方次第……」

「そう、何事もやり方次第。思い立ったら即行動。まぁ、そんな簡単に行動に移せる人間は数少ないだろうけど、自分の信じる道を突き進むのが一番だ。誰だって後悔なんてしたくないだろう?」

「……そう、ですね」


 後に悔いると書いて後悔。つまり、過去に犯した過ちや失敗を後になって悔いるという言葉通りの意味である。


 きっと、この世に生きている人全員が後悔をしているだろう。後悔のない人間なんて、絶対いないだろう。この世に絶対というものはないが、これに関しては自信をもって絶対だと言える。


 例えどれだけ些細なことでも。どれだけ大切なことでも。


 人は自らの過ちや失敗を。忘れてしまった、失ってしまった大切な存在のことを忘れることはない、否、出来ない。


 何故なら、後悔という名の檻に一生閉じ込められることになるからだ。


 思い出す度に苦しみ。悲しみ。悔やみ。懺悔し。涙する。


 人は苦しいのも、悲しいのも嫌いな生き物だ。


 そんな嫌いなことを、わざわざしたいと思う奇矯な人間はいないだろう。


 だからこそ、人は後悔したくないと願う。


 まぁ、かといって全員が後悔しないように行動出来るというわけではないのだろうが。


「……それと、夜君。不安とは、誰もが抱く当たり前の感情だ。だが、その不安は時に邪魔をしてくるだろう。でも、だからといって忘れようとは思わない方がいい。紛らわそうとも思わない方がいい。解決させなきゃ、いつまで経っても消えやしない。そのことを覚えておくといいよ。相談事ならばいつでも言ってくればいい。出来る限り協力しようじゃないか」

「……その時はお願いします……」

「あぁ、任せてくれ給え」


 そう言い残し、慎二はその場を後にした。


 夜は慎二に見透かされていたことに少しばかりの恥ずかしさを覚えつつ、心の中でありがとうございますと感謝の言葉を贈った。


 それと同時に、水きりが出来ない夜に自分は水きりが出来るのだと見せつけるためだけに来たのだと思ってしまったことに対して謝罪の言葉も心の中で贈っておく。


 理事長、すみませんでした……と。ちょっと笑いながらの謝罪だったということは心の中に秘めておく。


※2020/07/09に割り込み投稿しました。

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