RPGっぽいウォークラリー
夜達がゴール地点である〝聖なる泉〟――正式名称は違うが旅人の宿の人たちが名付けた湖の名前らしい。因みに、森の名前は〝迷いの森〟となっているが勿論正式名称は違う――に向かった後、スタッフさん達の案内の元ウォークラリーは始まった。
そもそも、ウォークラリーとは事前に渡されるコース図に従って進み、途中で与えられた課題を解決しながら制限時間内に目的地を目指す宿泊研修では定番であろうレクリエーションである。
しかし、旅人の宿で行われるウォークラリーのルールはちょっと、というかかなり違う。
それぞれのグループに配られるのは二枚の紙。
一枚は迷いの森の大まかな地図。
わざわざドット絵で描かれた地図を見る限り、旅人の宿の本気さが伺える。
しかし、そのせいで現在地を把握し辛かったり、そもそも森の中の地図とかあってないようなものということで殆ど意味はないし、館内のゴミ箱を探せば地図が捨てられているなんてことも稀にではなく多々ある。
それでも地図を配るのは旅人の宿の意地なのだろう。
もう一枚は“ミッション1 道なりに進んだ場所にある武器屋にて武器を調達せよ”と書かれた紙。
RPGの宿屋やギルドの掲示板に張られていそうな紙に書かれていたり、ミッションと仰々しく言ってはいるが、ただの名ばかりでウォークラリーでいうところの課題のことである。
つまり、旅人の宿はウォークラリーもファンタジーっぽいのである。
正直、インドア派な人達からしてみればウォークラリーなんてただ歩かされるだけのつまらないレクリエーションかもしれないが、そんな人達ですらゲーム感覚で楽しむことが出来るのだ。
本来なら、夏希のテンションが高くなっていてもおかしくはない……のだが、依然として表情は暗いまま。
しかし、それもそのはず。
何せ、いつ亜希達が夏希に牙を剥いてくるのかわからないのだから。
宿泊研修が嫌だと部室で愚痴を零していた時に、夜からウォークラリーは楽しいと聞いていたから期待していたのに、結局楽しめそうにない。
しかし、宿泊研修や修学旅行などの学校外で共に生活をする行事では、グループでの行動は絶対といっても過言ではない。
独断行動なんてもってのほか。だから、夏希が亜希達と離れるためには具合が悪いだの身体の調子が悪いだの何かと理由を捏造すれば夜を含めた引率の先生達と一緒に行動出来ただろう。
だが、そうしなかった。逃げ出したいという気持ちを我慢して、弱音を吐くようなことはしなかった。
それは夜に、ナイトにこれ以上の心配をかけたくなかったから。
そして、|ALICE in Wonder NIGHT《最強》の名前に泥を塗られたままで終わらせるわけにはいかないから。
夜は言ってくれた。
ALICE in Wonder NIGHT――アリスとナイトは二人で一人、二人で最強なのだと。
一人じゃ何も出来なくても、二人だったら何でも出来る、何にでもなれるのだと。
だからって、一人だから何も出来ないで許されるわけがないし許すつもりもない。
一人じゃ何も出来ないほど弱いということを誰よりも自分自身が自覚しているからこそ、このままではいけないとも思っている。
今までも、そしてこれからも。困っていたら、泣いていたら夜は優しく手を差し伸べてくれるのだろう。
でも、それじゃあダメなのだ。夜が困っている時に、泣いている時に今度は夏希が手を差し伸べられるように、隣に立ってあげられるように。
強くなりたい。
一人でも何とか出来るくらいに。
夜を助けてあげられるくらいに。
「それでは次のグループは出発してくださ~い」
流石に全員が一斉に出発すると混雑するということは目に見えているため、一グループずつ間隔をあけてスタートするよう案内していたスタッフさん。
「あ、次あたしらの番じゃん」
「え~、ウォークラリーとかちょーダルいんだけど」
「亜希っちも舞っちも、いいから行こ行こ!」
どうやら次は亜希達の番らしく、文句を垂れ流しつつも歩き出す三人。
「……」
そんな三人と距離を離しつつ、夏希は歩き出した。
「あ、見えて来たよ!」
「本当に道なりでしたね……」
夏希たちよりも少し先に出発していたあかり達は、きちんと整地された道の果てにある最初の通過点――ミッション1のゴール地点である武器屋に到達しようとしていた。
簡易的なテントの下に長机が設置されていて、木で作られた剣や斧、槍や杖などの武器が置かれている。
といっても、大きさはストラップやキーホルダー程度のもので、ボールチェーン――ストラップなどによく付いているチェーンのこと――が付いているから益々ストラップにしか見えない。というか、ストラップそのものだった。
剣が象徴となっている看板も設置されていて、旅人の宿のスタッフさん達の本気度が垣間見える。
たかがウォークラリーと言ってしまえばそれまでなのだろうが、それでも出来るだけ多くの人に楽しんでもらいたいというスタッフさん達の気持ちや想いがひしひしと伝わってくる。
「いらっしゃい、ここは武器屋だよ。好きな武器を一つ選んでくれ」
武器屋の店主になりきったスタッフさんがジェスチャーを交えて武器を選ぶよう促してくる。
「えっと、ここってお店ですよね?」
「その通り、ここは武器屋だよ。それがどうかしたのかい?」
「ならお金払わないといけないんじゃ……」
変なところで律儀(?)なのだろう、当たり前と言えば当たり前なことを言う美優。
確かに、ゲームでも現実でも、お店で何かを買うには金銭が発生する。
好きな武器を選べと言われても、お金がなければ買えないんじゃないか? という美優の質問に。
「えっとね、初めて来てくれたお客さんには無償で武器を売っているんだよ」
まさかの質問をされたとはいえ、何も答えないわけにはいかないと見事なファインプレーを見せるスタッフさん。
しかし、アドリブにはあまり慣れていなかったのか、少し声が震えていたような気はするが……気にしない方がいいだろう。
「ということは、初めてじゃなかったらお金を払わなきゃいけない……? え、それって二回目の人可哀想じゃない?」
「美優さん、そう言うことじゃないと思いますよ……?」
志愛の言葉にうんうんと頷くスタッフさんもとい武器屋の店主。
武器屋の店主さんが言われていることは武器の形を模ったストラップと二つ目のミッションが書かれた紙を渡せとしか言われていない。
だから、初めての人には無償で渡しているというのは嘘かもしれないし本当かもしれない。けど、少なくとも武器屋の店主は聞かれたから即興で答えただけなのだ。
これ以上聞かれたらどうしよう……と思っていた所で志愛からの思わぬ助け舟。ありがとう……! と思うのも当たり前だろう。
武器屋の店主の予想外な事態が起きつつも、それぞれ好きな武器を選んだ。
あかりは剣、美優は弓、志愛は杖を。
美優と志愛がどういった考えの元その武器を選んだのかはわからないが、あかりが剣を選んだ理由は言わずもがな。夜の使う武器が剣だから、それ以上も以下もない。
「それじゃあ、これも渡しておくよ」
そう言って武器屋の店主が渡してくれたのは、出発前に貰ったものと似たようなもの。
書かれている内容は“ミッション2 武器屋を左に進んだところにあるギルドにて冒険者登録をせよ”。
何故だろう、RPGのチュートリアルをやっているような気がするのは。
「ありがとうございました」
「いやいや、こっちこそ助かったよ」
ぺこりと頭を下げる志愛に、ぺこりと頭を下げる武器屋の店主。
台本では「まいど、また来てくれよな」的なことが書かれているのだが、志愛に直接お礼を言いたかったのだろう。華麗な台本無視である。
それでも、口調を変えていないのは流石といったところか。スタッフさんのプロ意識が伺える。
「……」
「なんだか楽しくなってきたね……って、あかりちゃん?」
「どうかしましたか?」
「ううん、何もないよ……」
武器屋の左ってこっちですよね? そうだね、早く行こ! とギルドがあるだろう方向へと進む美優と志愛。
あかりは来た道――旅人の宿がある方を気にしつつも、二人の後を追った。
※2020/06/17に割り込み投稿しました。
※数話前の亜希の名前が亜季(以前の名前)や霞(誰?)に変わっているというわけのわからないミスを発見しました。正確には亜希です。混乱を招いてしまい申し訳ありませんでした。……霞って何処から出て来たんだろ。




