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兄が好きな妹なんてラブコメ展開はありえない。  作者: 詩和翔太
2章 ヤンデレ妹は兄を宿泊研修に同伴させたいそうです。
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冗談は嘘でも許さない

「はぁ、はぁ……どこに行ったんだよ、夏希……っ」


 ダメだとはわかっていながらも、館内を走って探し回る夜。休みの日は引き籠り、碌に身体も動かさず、体育なんてクソ喰らえなので息も絶え絶え。汗もびっしょりだ。


 それでも尚、走るのは。探すのは。誰あろう夏希のため。


 夏希がいたたまれなくて部屋にいたくなかったというのは理解出来る。夜だって、担任に一人部屋がいいと言おうとしたくらいだ。因みに、言わなかったのは無理だとわかりきっていたからだ。決して、直談判する勇気がなかったわけではない。


 けど、入浴を避ける理由がわからない。


 確かに、他の人と一緒に入りたくないという気持ちは痛いほどわかる。だが、必ずしも浴槽に入らなくてはいけないというわけでもない。汗を流すためにシャワーを浴びるだけでもいいのだ。それなら、他人と関わることもない。


 だというのに、それでも夏希は来なかった。ただ単純に入りたくなかったからという可能性もあるにはあるが、一人の女の子としてお風呂に入りたくないなんてことはありえない。


 そろそろ就寝時間だというのに、部屋に帰っていないのは何かがあったからなのかもしれない。特別な事情や理由があったのかもしれない。


 ならば、疲労や倦怠感なぞなんのその。盟友が、相棒が苦しんでいるかもしれないのに、じっとなんてしていられるわけがない。


 しかし、広間に体育館、廊下など一通りの場所は探したはず。かといって、外に出たとは考えにくい。ならば、まだ探していない場所に必ずいる。


 だが、どこかの部屋に隠れているとも思えない。空き部屋ならともかく、誰かがいる部屋に隠れることなんて夏希も夜も不可能だからだ。匿って欲しいとか言えるくらいなら友達になって欲しいも言えるだろうし。


 他に探していない場所は……。


「……待てよ? 確か、緊急事態のときのために先生たちの部屋がわかるようにしおりに書いてあったよな……」


 具合が悪くなってしまった等の緊急事態が起きたときに、先生を一早く呼べるように宿泊研修のしおりには先生たちの部屋の場所が記されている。


 まぁ、スマホを持って来ていいことになっているし、先生たちの電話番号はしおりに書いてあるから部屋に呼びに行くよりも電話した方が早いとは思うが。


 因みに、夜の部屋の場所は書かれてはいるが、電話番号は書かれてはいない。まぁ、必要ないだろうし。書かれても困るし。電話がかかってきたら慌てふためくし。


「もしかして……」


 ただの憶測、ただの予感だ。絶対にいるなんて保証もなければ証拠もない。


 それもそのはず。“絶対”とは、この世で一番信用ならない言葉なのだから。


 だけど、夜には絶対にそこにいるという確信があった。何で? と問われれば首をひねざるを得ないが、それでも夜にはそう思えた。


 そんな夜の確信は間違ってはいなかったようで。


「……はぁ、はぁ……見つけたぁ……」

「ない、と……?」


 夜の部屋の前には三角座りをした夏希の姿があった。


「……ったく、何でまたこんな場所に……」

「な、んで……」

「何でって、それこっちの台詞なんだ……け、ど……」


 言い切る前に、夏希は夜にゆっくりと抱き着いた。しかし、力は弱く、抱き着いたというよりも寄り掛かったという表現の方が正しいかもしれない。


「……な、つき?」

「……ねぇ、ナイト。僕たちって、盟友……だよね?」

「……」

「あの契約は、嘘じゃない……よね?」

「……夏希、冗談でも許さねぇぞ」


 夜の真剣そのものな言葉に、夏希は身体を震わせる。


「盟友じゃない? 契約は嘘? ふざけるなよ、夏希」

「だ、って……」

「どっかの誰かに何か言われたんだろうが……そんな戯言に惑わされるほど夏希は弱くないだろ。それとも、本当にそう思ってるのか?」

「そんなわけない! ナイトは僕の盟友で……契約だって嘘なんかじゃない!」

「だったら! ……もう二度とあんなことは言わないでくれ」

「……うん、うん……っ!」


 静かに涙を流す夏希の頭を優しく撫でながら、夜はふつふつと湧き上がる怒りを抑えるのに必死だった。




「……ふぅ、やっぱり温泉はいいなぁ……。心が安らぐ……」


 しっかりと肩まで温泉につかりながら、ついため息を零す夜。


 露天風呂ということで、時折吹く風が火照った身体を冷ましてくれる。それがまた気持ちよくて、やっぱり温泉は最高だということを再認識させてくれる。


 因みに、夏希も温泉に浸かっている。


 夏希が泣き止んだあと、夜から提案したのだ。慎二から許可は得たし、何も問題はない。


 あのまま放っておくわけにはいかなかったし、何より今は心を安らげる時間が必要だ。温泉に入れば一日の疲れを癒せるし気休め程度には心も安らげることが出来るだろう。


 少なくとも、あのまま何もしないよりはマシなはずだ。


「……一体、誰が……」


 夏希があんなことを言いだしたのは、必ず何かしらの理由があるはずだ。だって、理由もなしに夏希が盟友じゃないの? と、契約は嘘だったの? と言うわけがないのだから。


 だけど、その理由は夏希にしかわからない。知るためには、夏希に聞くのが一番手っ取り早いだろう。


 だとしても、夏希の傷口を抉るような真似は出来ないししたくもない。今は、そっとしておくしか出来ない。


 かといって、夏希を泣かせてくれた奴を許すわけではない。相応の報いとやらを受けてもらわないといけない。


 でも、夏希にあれこれ言ったのであろう、否、言ってくれやがったその誰かがわからない。一人なのか、複数人なのかすら、皆目見当もつかない。


 まだ始まったばかりの高校生活だし、そもそも夜は学年が違う。あかりも夏希もクラスでの出来事を楽しそうに話してくれたことはないから、益々わからない。


「……何が盟友だよ……」


 盟友なのに。大切なときに傍にいてあげることが出来なかった。


「……何が相棒だよ……」


 相棒なのに。大切なときに力になってあげることが出来なかった。


「……くそ……ッ!」


 自分の無力さに嫌気が差す。


 その時。


 ガラッという音と共に、浴場から脱衣所へ通じるドアが開かれた。


 夜が振り向けば、そこには。


「……あかり」

「おにいちゃん、背中流しに来たよ?」


 バスタオルに身を包んだあかりが立っていた。


※2020/04/15に割り込み投稿しました。

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