ドッジボールは嫌な思い出
休憩時間が終わった後、体育館ではレクリエーションの一環としてドッジボール大会が行われていた。
といっても、ドッジボールと呼んでいいのか甚だ疑問でしかない。ぶっちゃけ、別の何かとしか思えないのだ。
本来なら二つのチームに分かれて大人数で行うはずのドッジボール。
しかし、五クラスあるためクラスごとに分かれることが出来ない。別に分けようと思えば分けられるのだが、そうしてしまえば一クラス余ってしまう。折角の宿泊研修なのに何もしないというのは時間がもったいない。
まぁ、その気持ちはわからなくもない。折角の宿泊研修、初めての学校行事なのだ。一年生は楽しみたい、先生は楽しませたいと思うのも無理はないというか当たり前である。
でも、だからといって……。
「ドッジボールがバトルロワイヤルになってるの気のせいですかね、理事長……」
五チームに分かれて一斉にドッジボールをするのはどうなのだろうか。
ルールは至って簡単。
最初に三人の外野を決め、敵味方を区別しやすいようにそれぞれのフィールド――巨大な五角形のそれぞれの角から中心まで線を伸ばして五個の三角形を作り、一つ一つがそれぞれのチームの自陣とする――からは出られない。当てられたら外野になり、外野が敵軍の内野に当てられれば自軍の内野に戻れる。ボールは五チームあるので勿論五個使用。制限時間内にどれだけの人数が内野に残っているかで勝ち負けを決めるだけ。
まぁ、一見普通のドッジボールのルールに見えなくもない……いや、何処からどう見ても普通じゃない。まず、五チームでドッジボールをするということ自体が普通ではないのだ。
ぶっちゃけ、味方に当てても意味がないということを除けばドッジボールというよりはバトルロワイヤルの方が正しい表現なのかもしれない。
「まぁ、みんな楽しんでいるんだからそれでいいじゃないか。それに、普通のドッジボールよりも楽しそうではないかい?」
確かに、ドッジボールとか子供っぽくね? という空気が漂っていたにもかかわらず、今ボールを投げたり投げられたりしている一年生は楽しそうだった。
だが、普通のドッジボールだったとしてもみんな楽しんでいたはずである。子供っぽいと思っていても、楽しいことに変わりはないのだ。
その証拠に、それぞれの担任の先生も楽しそうに一年生に紛れている。子供っぽいだとかそんなのは関係なく、面白いものはいつだってどこだって何だって面白いのである。
しかし、楽しめていないのが一人。夏希である。
夏希も夜同様インドア派。身体を動かすのは苦手というか嫌いだ。体育とか何であるの? どうして好きな人多いの? ナニソレイミワカンナイ! である。
だからこそ、最初の外野を希望し、今は端の方でただ突っ立っているだけ。到底、ドッジボールを楽しんでいるとは思えない。
「……どうしたら……」
さっきまでの休憩時間と何も変わっていない。結局、ただ同じことを繰り返すだけ。
このままではダメなのだと頭ではわかっていても、解決策なんてまったく全然これっぽっちも思い浮かばない。
思い浮かんだところで実行出来なければすべてが無駄、水の泡と化す。
実行出来たところで思い通りにいかなければそれはそれで失敗に終わる。
どのみち、最終的には失敗に終わってしまうのだ。
失敗は成功の基という。確かに、この言葉は正しいのだろう。
人は失敗から多くのことを学び、その失敗を活かして一歩、また一歩と歩き出しやがて成功という名のゴールに辿り着く。
だが、それはただの綺麗事だ。失敗をすることは許されない、例え、たった一度の失敗でも。それがこの世界だ。
だから、人は失敗を恐れる。たった一度の失敗でさえも。
故に、失敗しまいと足が竦んでしまい、結局は何もすることが出来ない。
それではダメだと、このままではダメなのだとわかっているとしても……。
「……何か悩み事かい? 夜君」
「……はい、少しだけ……」
「……悩むのはいいことだ。けど、時には思い切って動くことも重要だと私は思う。失敗を恐れるのは当然のこと、でもその恐怖を乗り越えた先にこそ本当の幸せってやつがあるんじゃないかい?」
「……理事長って、たまにいいこと言いますよね……」
「たまには余計だよ、夜君。それに、私だって人間なんだ、普通に傷つくからね……?」
まぁ、今のは夜に非があるだろう。というか夜が悪い。
だが、ぶっちゃけ仕方ないのではないだろうか。普段の慎二が慎二なのだし。
「……理事長、俺も参加していいですか?」
「……別に構わないさ。それぞれの担任の先生たちも参加しているしね。けど、理由を聞いてもいいかい? よっぽどのことがない限り、夜君が自分から望んで身体を動かそうとはしないだろう?」
「そう、ですね……」
本来ならば、慎二の言う通り夜が自ら身体を動かそうとはしない。そもそもの話、人の輪に交ざろうとすらしないはずだ。
対人恐怖症の夜からしてみれば、親しくない人全員が恐怖の対象でしかないのだから。夏希よりは深刻ではないけれど、それでも他人が怖いことに変わりはないのだから。
「まさか、夜君もドッジボールがしたかった……なんてことはないだろう?」
「……ドッジボールとか嫌な記憶しかないんで寧ろやりたくないですね」
蘇るは中学時代の記憶。体育の時間、ドッジボールとか関係なくボールを使うスポーツではよく集中砲火を喰らったものだ。それこそ、ドッジボールをやりたいなどと夜が思うわけがない。
けれど、今はそんなことを言っている場合ではない。
「……ただ、盟友を助けたいだけです」
今も尚、一人でぽつんと立っている夏希を、このまま一人にはしておけない。
だけど、あまり干渉するべきことではないとも思っているのだ。
いつでも、夜が夏希を一人にさせまいと、悲しい思いをさせたくないと動けるわけではない。寧ろ、動けない方が普通なのだ。
こういった学年行事ならば尚のこと。今回はあかりのわがままで夜が宿泊研修に同伴させられているだけなのだから。
だが、動けるのに動かないわけにはいかない。盟友である夏希のために。
やらずに後悔するくらいなら、やってから盛大に後悔したい。
後悔だらけの人生なのだ、今更一つや二つ増えたところでどうってことはない。
「大切な人を守るため……なるほどね、実に夜君らしい。行ってきなさい」
「……行ってきます」
「……つまらない」
ボールを渡されても困るので、端の方に立っていた夏希はふとそう零した。
文字通り、この時間がつまらない。退屈でしかない。
夜同様、夏希にもドッジボールにはいい思い出はない。あるわけがない。
いじめられる対象である夏希からしてみれば、合法的に他人にボールをぶつけられるドッジボールはただただ苦痛でしかない。
顔に当てられても、手が滑った~だのわざとじゃないだのと誤魔化せば教師から咎められることはない。そもそも、身体にボールをぶつけられたところでドッジボールなのだから仕方がないと言われる。
そんなわけだから、ドッジボールなんてただただつまらないだけなのだ。
最初に外野を希望したのも、ボールを当てられないため。
ドッジボールとは、どれだけの人数が内野にいられるかで勝敗が決まる。だから、自然と外野にいるチームメイトにボールを渡すもの。
だが、外野が内野へと戻るためには敵チームの内野にボールを当てる必要がある。つまり、当てられなければ意味がない。
故に、外野の中でも運動が得意な人がボールを受け取ることが多い。その方が、内野に戻れる可能性が高いからだ。
だったら、最初から外野にいればボールを当てられることも、内野に戻るためにボールを受け取ることもない。
そもそも、最初から外野の人は内野に戻ることは出来ないのだ。ならば、役に立たない自分なんかにボールなんか来るわけがない。
別に、何も出来ないからつまらない、退屈というわけではない。
夏希からしてみれば、学校自体がつまらなく退屈な場所なのだ。
それを変えてくれたのは夜だが、それは夜がいるからこそ。いなければ元通りなのだ。
「……ナイト……」
「呼んだか?」
夏希が振り返れば。
「ナイト……?」
まるで呼び声に応じてくれたかのようなタイミングで、夜が立っていた。
「ど、どうしてここにいるの?」
「そうだなぁ……強いて言うなら、ドッジボールがやりたかったから?」
おどけるように夜は言った。
夏希は知っている。夜がドッジボールが、否、体育が嫌いだということを。
中学時代、一番時間を共にしたのが夜なのだ。夏希が知らないわけがない。
でも、夜はそんなことを百も承知の上で、嘘とバレるとわかりきっていてそう言った。
夏希に、気を遣わせないように。
「……ナイトってズルいよね……」
本当にズルい。
隣にいて欲しい時に限って、いつも隣にいてくれる。
それが、どれだけ嬉しいか。夏希本人でさえ、計り知れない。
「……ありがと、ナイト」
「どういたしまして」
お互いに、今日何度目かのやりとりをして、それがおかしくて、自然と笑みが零れる。
「さてと、折角のレクリエーションだ。勝とうぜ、アリス!」
「うん!」
珍しくも、ドッジボールにやる気を見せる夜と夏希。
最終的にはB組が勝利を収めたものの、二人が役に立たなかったということは最早言うまでもない。
※2020/04/01に改稿につき割り込み投稿致しました。




