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兄が好きな妹なんてラブコメ展開はありえない。  作者: 詩和翔太
2章 ヤンデレ妹は兄を宿泊研修に同伴させたいそうです。
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苦痛な時間

 時刻は十時をちょっとばかし過ぎた頃。ナギ高をバスに乗って発ったのが六時四十五分だから、三時間以上は経過しているということになる。


 まぁ、その殆どの時間がバスでの移動時間だったり説明等を行うための集会だったりするのだが……それはともかく。


 夜達の姿は旅人の宿の外にある少し開けた場所。わかりやすく言うのならば、キャンプ場のように釜戸や流し台などが設備された広場にあった。


 どうしてそんなところにいるのか。一体、何をしているのか。


 それは……。


「……理事長。流石に昼食を作るには時間が早過ぎませんか?」


 こういった行事では最早定番である昼食――カレーを作っているのである! 所謂、飯盒炊爨というやつである!


 十時くらいなのに! 正午までまだ二時間近くあるというのに! カレーを作っているのである!


「……確かに早いけど、カレーは時間をかけた方が美味しいだろう?」

「一日経った後の方が美味しいとは聞いたことありますけど、長く煮込むといいとは聞いたことないんですけど……」


 まぁ、これに関しては家庭それぞれ、料理人によって違うのだと思う。入っている具材や使用するカレールー――料理人の方が作る場合はスパイスを使用するのだろうが――などそれぞれバラバラのように、煮込み時間だって人それぞれなはずだ。


 だから、いいも悪いもないとは思うのだが……。


「それに、家事が苦手だという生徒は意外に多いだろう?」

「ま、まぁ、確かに……?」


 親の手伝いと称して浴槽の掃除や洗い物など、簡単な家事は出来るという高校生は割と多くいるだろう。まぁ、夜の場合は一人暮らしをするにあたってあおいにあらゆる家事を教わっているので人並みには出来たりするのだが。


 しかし、その一方で夕飯を含めご飯を母親と一緒に作るという高校生はかなり限られてくるはずだ。男子だったらまずないし、女子も料理が好きだったりしないと中々手伝うことはないだろう。


「苦手を克服しようと、そしてクラスメイトに馴染もうと協力して一つのもの……まぁ、今回はカレー作りなわけだけど、美味しいものを作ろうと頑張ることは決して無駄ではないさ。だから、幾らでも時間をかけられるようにしているわけだ」

「……だからって、多過ぎるような気はしますけどね……」


 慎二の言うことは全く以ってその通りだとは思う。


 苦手なものに立ち向かおうとすること。


 出会ってまだ二週間そこらしか経たないクラスメイトと更に親睦を深めようとすること。


 どちらも大切なことだし、決して無駄になることなんてない。


「……だけど……」


 だけど、言ってしまえば、それはただの綺麗事だ。


 立ちはだかる壁を壊そうと、一人で生きていけないことをわかっているからこそ友達を作ろうと努力する人がいる一方で。


 ダメだとわかっていても逃げたいことから逃げ出し、裏切られることを恐れ一人になろうとする人だっているのだ。例えば、夜や夏希のように。


 慎二が言わんとしていることは、“何事も努力をすることは素晴らしいこと”だということだ。いいことだということだ。


 確かにその通りである。何も間違ってはいない。寧ろ素晴らしいことだろう。


 だけど、そうだとするならば、“努力する以前に行動することが出来ないのは悪い”ことなのだろうか。


 別に努力しようとしていないわけではないのだ。したくても出来ないだけなのだ。


 それなのに、大抵の人は努力しないやつは悪いと決めつける。否定する。


 誰も、その人の本質を見ようとはせず、第一印象や見た目だけで判断する。


 だから、自分()や夏希のように……。


「……あの、理事長……」

「構わないよ」

「俺、まだ何も言ってませんよ?」

「するべきことだと判断したことに、他人がああだこうだと口を出すのはおかしな話だろう?」


 それに、ナギ高は生徒の自主性を重んじる方針だからね、と慎二は付け足した。


 夜はありがとうございます、と感謝の言葉を告げ、その場を後にした。


「……素晴らしい青春を送ってくれ給え、夜君……」


 迷いなく走る夜の背中を見ながら、慎二はぽつりとそう零した。


 どうか、楽しい高校生活を送れるように、と。


 あかりの暴走を止められなかったせめてもの償いとして、それくらいは願わせて欲しいし手伝わせて欲しい、と。




「……」


 わいわいがやがやと思ったよりも賑わっている飯盒炊爨もといカレー作り。


 友達やクラスメイトと楽し気な会話を交わしながら野菜の皮を剥いたり切ったり。


 愚痴を言い合いながら釜戸の火を焼べるために薪を突っ込んだり消えないよう見守ったり。


 兎にも角にも、カレー作りによって至る所で親交が結ばれているということに変わりはなかった。


 それ自体はいいことなのだ。小学生なら誰もが知っている――かもしれない――歌でも言っているではないか。“友達百人出来るかな?”と。


 友達がいれば、その分学校生活はより豊かなものとなるだろう。一人で過ごすよりも、友人達とバカやって騒いでいる方が楽しいに決まっている。


 だが、それは“本当に友達だったなら”という仮定が成立すればの話だ。


 俺達友達だよな? と脅迫まがいのことを言い、悪質ないじめを友達をいじっているだけという言い訳が成立する上っ面な関係を友達とは言わない。言うわけがない。


 まぁ、大抵の場合そんなことはないのだが、そんな苦痛を味わったのが夜と夏希だ。


 故に、人間不信となってしまったわけなのだが、今はさておき。


 会話に混ざることも出来なければ料理も出来ない夏希は、少し離れた場所に一人佇んでいた。


 別に、寂しいや悲しいといった感情はない。そもそもの話、クラスに親しい人もいなければ作るつもりもないのだから。


「……何やってんだよ、夏希……」

「……ナイト?」


 聞き覚えのある、否、聞き覚えしかない声に、夏希は顔を上げる。


 視線の先には、自分にとっての大切な人(盟友であり相棒)――夜が立っていた。


「……カレー作りは?」

「……誘われなかったし、誘いたくない……」

「……え、カレー作りのグループって自由なのか?」


 てっきり、すでにグループが決められていると思ったのだが、どうやら違ったらしい。


 即席のグループ、つまり友達同士で好きなように組まれるグループ。それなら、夏希が一人になっているこの現状にも……頷けてしまう。


 友達作りに失敗、否、していない、否、する気もない夏希にとって。


 同じようにクラスに親しい人が梨花と柊也しかおらず、好きな奴と組め~と言われれば自ずと一人になるしかなかった夜にとって。


 “好きな奴と組め”という教師たちなりの優しい気遣いなのだろうそれはただの有難迷惑で。


 自分だけ誘われず誘うことも出来ない時間はただただ苦痛で。


 自分の弱さから目を背け、真っ先に逃げ出したくなるだけなのだ。


※2020/03/08に割り込み投稿致しました。

※絶賛改稿中のため、すでに投稿しているものと辻褄があっていないと思いますが、二章の改稿が終わるまでお待ちください。

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