柳桜花
「桜花は、私と楓花の娘であり、梨花の姉だよ。もう、気付いていると思うけど、桜花はもうこの世にはいないんだ」
「いない、ですか……」
夜はその言葉を聞いて、すべてとはいかなくとも大体は察することが出来た。梨花が夜に姉である桜花のことを言わなかったことも、そう考えれば辻褄が合う。それに、三歳までの写真しかないことを考えれば、まぁ、つまりはそういうことだろう。記憶にほとんどなく、すでにいないなら機会でもなければ話すこともない。だから、梨花は夜に桜花のことを話さなかったのではないだろうか。
そうして、慎二は遠くを見つめながら語り出した。きっと、その瞳には桜花が映っているのだろう。優し気で、それでいて悲し気な表情がそうだと言外に伝えている。
「桜花はとても明るい子で、毎日はしゃいでいたよ。よく遊ぼう遊ぼうとせがまれてね、私も楓花も桜花が可愛くって桜花の気が済むまで一緒に遊んだよ。肩車をした時は、それは嬉しそうに笑ってたんだ」
「……」
慎二が話し出した、桜花との思い出話に、夜は何も言えなかった、否、言いたくなかった。慎二の話を途切れさせたくなかったというのもあるが、何より夜が聞いていたかったのだ。慎二と楓花の娘の話を、梨花の姉の話を。
「そうだなぁ、丁度今くらいの時期だったかな? 三歳になった桜花とまだ生まれて間もない梨花を連れて家族四人でクルーズ船に乗ったんだ。風が気持ちよくって、甲板に出たんだ。今でも思うんだ……」
不自然に途切れた言葉に、夜が慎二の方を向くと、慎二の頬を涙が伝っていた。
「あの時、甲板に出ていなかったら桜花は……って」
「じゃあ、桜花さんは……」
「うん、夜君の考えている通りだと思うよ。私と楓花が目を離したすきにね、桜花がいなくなっていたんだ。船中を探し回った。それでも、桜花の姿はなかった。そうして、私達は一つの結論に辿り着いた、着いてしまったんだ。考えたくもなかった。けれど、それ以外に桜花がいない理由を説明できなかった。桜花がいない理由、それは桜花が海に落ちたからだってね」
「っ……」
確かに、船中を探していなければ、必然的にその考えに辿り着いてしまうだろう。しかし、その考えはあまりにも残酷である。その考えを否定したくて、慎二達は何度も船の中を探し回ったはずである。それでも、桜花は見つからなかった。
「海難事故って言うのかな? 警察や海上保安庁にも協力してもらって桜花のことを捜索してもらった。でも、意味はないってわかってたんだ。見つかったとしても、桜花は生きていないってことはわかるから」
三歳の女の子が船から落ちたのだ。まだ、泳ぐことも出来ないはずである。そんな状態の桜花が、海に落ちて生きている可能性は、零に等しいだろう。それでも、万が一の可能性にかけて、慎二と楓花は捜索をしてもらったのではないだろうか。だって、自分の娘が死んだなんて信じたくないから。
「長い間捜索してもらって、見つかったのは桜花が履いていたサンダルの片方だけ。桜花の遺体は、見つかんなかったよ。だから、桜花のお墓はあるけど、遺骨は入っていない」
「そう、ですか……」
「この別荘はね、それからすぐに建てたんだ」
「何でか、聞いていいですか?」
「あぁ、構わないよ。梨花が海で遊ぶときにね、近くで見守れるようにこの別荘を建てたんだ。まぁ、一緒に遊んであげればいいだけの話なんだけどね」
そうやって笑う慎二は、やっぱりどこか無理をしているようだった。夜は申し訳なくなる。夜がこのアルバムを探さなければ、見ていなければ理事長に桜花のことを無理に思い出させなくてもよかったのではないだろうかと。
「……梨花は、なんで俺に言ってくれなかったんでしょうか」
「ん~、何でだろうね。まぁ、梨花に桜花といた記憶はほとんどないしね、話さなくてもいいと思ったんじゃないかな。詳しくは、梨花に聞いた方が早いと思うよ」
「……わかりました、今度梨花に聞いて……。理事長、理事長にも同じことしましたけどそれって梨花にとって悲しいことを思い出させることになるんじゃ……」
「そうだな~、でも、梨花も聞いてもらった方が気が楽なんじゃないかい? もしかしたら、重い話をしたくないだけなのかもしれないし。夜君が先に知ってるとなれば梨花も話しやすいと思うよ」
「そういうもんですかね……?」
「そういうもんだよ、きっとね」
何で話してくれなかったのか、その理由は梨花しか知らないだろう。だが、それは梨花に聞けばわかることである。もしかしたら、梨花を悲しませることになるかもしれないが、この先、梨花が桜花のことを話す時が来るかもしれない。それなら、今聞いても後に聞いても同じであろう。それに、夜から聞けば梨花も話しづらくないかもしれない。まぁ、それは夜の希望的観測だが。
「梨花も桜花のことを聞いたときね、さっきの夜君みたいになってたよ。三歳くらいの時に言ったのかな? まだ三歳の梨花に言うことではなかったけど、知ってもらいたかったんだ。桜花のことを聞くまで、梨花はとっても静かな子だった。言ってしまえば、桜花とは真逆の性格だったのかな? 幼稚園でも友達と遊んでいるところを見たことがないって保育士さんにも言われたよ」
今ではクラスの中心で、学級委員長より学級委員長していると言われている梨花に、そんな一面があったと知り、夜は驚きを露わにした。今の梨花からはまったく想像できない。まぁ、時々物思いに耽ているのか静かになるときはあるが、それでもやっぱり想像できない。
「まぁ、夜君が想像できないのも無理ないよ。梨花が変わったのは夜君に出会う前だったからね」
夜と梨花が初めて会ったのは幼稚園年長の時。つまり、その前にはすでに梨花は姉が死んだということを知っていたのだろう。三歳くらいの子供が理解できたのかどうかは知らないが、梨花にとって衝撃だったことには変わりないだろう。
「きっと、私達のために梨花は変わってくれたんだと思う。自分なりに考えて、お姉ちゃんのようになれば私達を元気づけられると思ったんだろうね。私達も驚いたよ。梨花の変わり様には」
「梨花らしいですね」
人のことを考えて行動する、なんとも梨花らしい行動に夜と慎二は自然と笑みが零れた。
「小学生の頃は毎日毎日楽しそうに友達と何をしたかって話してくれたよ。でも、中学に上がった時、梨花はあまり笑わなくなった。時々見せる笑顔も、痛々しいものだった」
「男子達からの告白と特別扱い、そして女子達のいじめですか……」
「うん、その通りだよ」
梨花がお嬢様だと知るや否や、男子達はこぞって梨花に告白をし始めた。梨花が可愛かったというのもあるにはあるだろうが、一番の理由はやはりお嬢様というステータスとお金だろう。フラれても、梨花がお嬢様だから特別扱いをする。それをよく思わなかった女子は、梨花から離れていった。小学生から友達だった女子までもがだ。まぁ、自分が好意を寄せる男の子が他の女の子に告白している、更には特別扱いとなるといいようには思わないだろう。
そんなことがあれば、梨花が笑わなくなるのも無理はない。男子達から向けられる狂気染みた視線。女子達から向けられる軽蔑の込められた視線。梨花も心を閉ざすわけである。
「でも、夜君のお陰で梨花はまた笑うようになった」
「俺のお陰……」
男子達の告白がエスカレートし、梨花を襲っているところを目撃した夜は梨花の手を引き逃げ出した。そして、夜だけは梨花をお嬢様ではなく友達として接した。梨花がお嬢様だろうが何だろうが、幼馴染であることに変わりはないと、夜はそう言ったのだ。
「改めてお礼を言わせてくれ、夜君。梨花を、救ってくれてありがとう。梨花の、幼馴染でいてくれてありがとう」
そう言って、慎二は夜に向かって頭を下げた。夜は慎二を止めようとしたが、今は理事長として頭を下げているのではない。梨花の父親として頭を下げているのだ。
「どういたしまして……、でいいんですか?」
「あぁ、構わないよ。本当にありがとう、夜君」
慎二にお礼を言われるとは思ってもいなかったが、夜は当然のことをしたくらいにしか思っていなかったので、少し恥ずかしかった。
ども、詩和です。お読みいただきありがとうございます。
さて、今回はいかがでしたでしょう。楽しんで……無理ですね、ハイ。
これから旅行だ! 海だ! と楽しい雰囲気になりそうだったのに重い話へと変わりました。どうしてこうなった……。
でも、後悔はしていません。するわけにはいきませんしね。
ということで、批判どんと来いです。来たら泣きます。落ち込みます。意欲零です。
それと、昨日(2018/09/23)の一回目の更新の時に日間ランキングに返り咲きました。63位ですけど……。
でも、すみませんが毎日投稿には戻りません。読者離れたけど、戻りません。
書き溜めて書き溜めて、そしたら毎日投稿に戻れる日がいつか来ると思います。絶対とは言いません。
なので、これからも応援していただけると嬉しいです。
さて、今回はこの辺で。
それでは次回お会いしましょう。ではまた。




