久し振りの二次元部
あかりとペアリングを受け取りに行った翌日、夜は未だにうっとりと指輪を眺めているあかりを連れて二次元部の部室へと向かっていた。
結局、帰ってから一度も指輪を外さなかったので、いい加減外したらいいんじゃないか? と言ったのだが、二度と外さない! と断られてしまった。いや、そこには未来の結婚相手から受け取った指輪をはめるから二度とは無理だろ……とツッコんでは見たものの、わたしはおにいちゃん以外の男とは結婚しないよ? とのことらしい。好意は素直に嬉しいのだが、心の底から嬉しくないのは何でだろうか。
そうして、二人が部室へと入ると、すでに他のメンバーは揃っていた。夏希、梨花、瑠璃は夏休みが始まってからも会ったが、玲奈とは久し振りの再会だった。なんか、睨まれている気がするが気のせいだろう。気のせいと信じたい。
久し振りの部室を一瞥していると、瑠璃と目が合った、否、合ってしまった。気にしないようにしていたら、逆に気になってしまっていたらしい。まぁ、よくあることである。
あんなことがあってか、瑠璃とあれ以来会話していない。その、なんというか、気まずいのだ。ものすごく。
二人は数秒見つめ合い、そして互いに顔を逸らした。やっぱり、気まずい。忘れると言ったが、忘れられるわけがないじゃん! 人って物事そう簡単に忘れられないから! 忘れられたらどんなに楽だったろうね!
夜と瑠璃の反応に、あかり達はジト~とジト目を向けた。怪しいと、見るからに怪しいと。だって、顔が赤いし、お互いのことちらちら見てるし。明らかに怪しすぎる。
そして、色々と渾沌な空気をぶち壊したのは、以外にも瑠璃だった。
「その……、トイレ行ってくりゅう!」
最後に噛んでしまったのだろうか。可愛い発言をしながら部室を飛び出して行ってしまった。この時、みんなの思考はシンクロしたことだろう。すなわち、「あ、逃げた」と。
まぁ、逃げたくなるのも無理はないだろう。正直言えば、あのままだったら夜が逃げていただろうし。男として恥ずかしいが、逃げたいものは逃げたいのである。なんか、情けないが。
あかり達は夜に何があったのか聞こうとしたが、瑠璃が帰ってきたので聞くに聞けなかった。知りたいとは思うのだが、知らない方がいい気もするのだ。というか、知ったらあかりとかあかりとかあかりとかが暴走するので聞かれても二人は答えないだろうが。だって、死ぬのが目に見えてるもの。
そうして、夜と夏希は二人で溜まりに溜まった決闘の申し込みを少しずつ受け、敵を返り討ちにしていっている。あのSaMの公式大会で優勝したからなのか、対戦以来が絶え間なく届くのだ。まぁ、ほとんどの相手はアリスちゃんに負け隊というギルドに入っているらしいが。夏希が怯えていたのは言うまでもないことだろう。
梨花は梨花で部室の端で三角座りしている。なんか、ぶつぶつと呟いている。ゴキ……とまでは聞こえるので、夜は聞こえないフリをした。きっと、あの日のことじゃないはずだ、うん。
あかりはあかりで……何をしているのだろうか? 左手を見つめているっぽいが……。
玲奈は、瑠璃が一人でギャルゲをしているのを確認すると、耳元で何かを話した。瑠璃はそれを聞くと目を丸くし、夜を睨みつけた。夜は、俺何かした? と首を傾げる。少なくとも、瑠璃とあれこれはあったはずである。まぁ、今回の件には関係ないが。
「その、よ、夜クン。買い出しを、た、頼めるかな?」
瑠璃は夜に震える声で頼んだ。やっぱり、普段通りになるにはもう少し時間が掛かるのかもしれない。
「えっと、買い出し、ですか?」
「そ、そう……」
夜は至って普段通りに演じてはいるが、内心相当緊張していた。やっぱり、あの時のことが頭から離れてくれないのだ。そのせいか、敬語になってしまっている。
瑠璃も、自然に行動しなきゃとは思っているのだが、夜の顔を見るとそれだけであの時のことがフラッシュバックしてしまい、思うように話せないのだ。
そんな二人の様子を、四人は怪しいとジト目を向ける。あかりなんかジト目+無機質な瞳だ。普通にホラーである。
「それで、何を買って来ればいいんですかね?」
「えっと、そうだな……。ジュースとお菓子、かな?」
「……買い出しの内容が部活関係ないんだが?」
夜は買い出しの内容に、渇いた笑みを浮かべた。まぁ、部活に関係ある買い出しだと遠出になるし、そもそも活動内容を守っていないので仕方ないのだが。
「まず、私達が今まで部活らしいことをしてきたことある?」
「ないな。……はぁ、わかった。それじゃあ、行ってきま~……」
「待って、おにいちゃん。わたしも行く」
「ん、まぁ、いいけど」
あかりの同伴を、夜はすんなりと認めた。まぁ、断る理由もないだろうし、あかりが何をしでかすかわからない以上一緒に行動をした方がマシだろう。
というか、気付かない内に夜と瑠璃の間にあったぎこちなさや気まずさというものはなくなっていた。完全になくなったわけではないが、それでも普段通りに会話は出来ているはずである。そこまで時間が掛からなくてよかった。まぁ、すでに怪しまれているのだが。
「あ、それなら僕も」
「私も行きたいわ」
だけど、それを認めたくないのか、夏希と梨花も一緒に行きたいと言い出した。夜は、誰を連れていくか悩んでいると、
「いや、買い出しは夜クンとあかりクンに頼んだよ。夏希クンと梨花クンには話があるんだ」
夏希と梨花はそれでも納得がいかないようだったが、まぁ、話しがあるなら仕方ないと夜とあかりは二人で買い出しに行くことにした。あかりが去り際に夏希と梨花にドヤ顔していた。
夜とあかりが部室を出た後、夏希と梨花は瑠璃を頬を膨らませながら睨みつけた。
「どういうことなの? 瑠璃先輩」
「一体どんな話があるんですか、部長」
「ん~、私じゃなくて話があるのは玲奈クンだよ。夜クンに関する大事な話なんだけど……。二人はどうするの? 聞かなくてもいいなら夜クンを追いかけてもいいけど。聞く? 聞かない?」
ただの大事な話だけなら後にしてと言っただろうが、夜に関する大事な話なら別である。だからこそ、瑠璃は夜を遠ざけたのだろう。そして、あかりの同伴を認めたということは、きっとあかりもいたら話しにくいような内容なのだろう。
「それで玲奈、大事な話ってなんなの?」
「部長は知ってるんですか?」
「いや、それがまだ聞いてないんだよね。だから、私も今初めて聞く」
「えっと、ルナ先輩が……」
そうして、玲奈は昨日見たことを話した。気分転換にショッピングモールに行ったら夜とあかりを見かけた。しかも、ジュエリーショップの出入り口で。そして、あかりは指輪を買ってもらっていた。などなど……。
それを聞いた後の三人の行動は三者三様だった。
夏希は「僕だって……」、とすねながら、スマホに付けている猫のストラップを見ている。SaMの大会があった日に、夜に買ってもらったものである。
梨花は「私なんか……」、と三角座りで落ち込んでいる。まぁ、あの時は黒光りしているヤツが邪魔したとはいえ、夜に置いていかれたのだ。心に残った傷はまだ治っていない。といか、今ので傷口が開いたかもしれない。
瑠璃は「うぅ……」、と顔を赤らめている。そして、ぼふん! と音を立てて、放心してしまっている。まぁ、指輪よりもすごいことをしかけていたのだ。思い出すだけで恥ずかしい。それはもう、死にたくなるほど恥ずかしいことを。
そして、玲奈は「私は……」、と遠くを見つめている。私だけまだ会っていなかったのに……、と。
「その、みなさんはどう思いますか? 指輪を渡した意味……」
夜があかりに指輪を渡した意味、それは本人達にしかわからない。つまり、自分達にはわからないが、だとしても、何か大事な理由があるはずである。だって、指輪だもの。特別な意味がないわけがない。
夏休み。学校もなければ部活もない。滅多に家を出ようとしない夜はあかりとずっと二人きりなのだ。つまり、夏希、梨花、瑠璃、玲奈の知らない間に二人の仲が親密になってしまってもおかしくないのである! だって指輪だよ!? 親しくても中々渡せないものだよ!?
このままでは、夜はあかりに独占されてしまう。だからといって、部活を増やしてもあかりと過ごす時間の方が多い。自分たちだって夜と一緒にいたいのに。
と、そこまで考えて、玲奈は何かを思いついた。ラノベではよくある展開。つまり、あれを利用すればもしかしたら……!
「あの、梨花先輩。別荘ってありますか?」
「別荘? えっと、あるわよ?」
「因みに、場所って海だったりします?」
「えぇ、そうね。確か近くに海があったはず。えっと、それがどうかしたの?」
「はい! ルナ先輩と一緒に過ごせる方法を考えました!」
「買って来たぞ~」
「ただいま戻りました~」
夜とあかりが買い出しを終えて部室へと入ると、四人は夜の前へと行き、
「ナイト! 旅行に行こ!」
「夜、旅行に行くわよ!」
「夜クン、旅行だ!」
「ルナ先輩、旅行です!」
「……は?」
「え、旅行……?」
四人が揃って発した言葉に、夜とあかりは「旅行?」、と首を傾げるのだった。
ども、詩和です。お読みいただきありがとうございます。
さて、今回はいかがでしたでしょう。楽しんでいただけましたでしょうか?
次回からは旅行編ですね。やっと夏休み本編です。つまり、SaM編よりも長い……はずです。
まぁ、どうなるかは俺にもわかりませんが、楽しみにしていてください。
それと、謝罪です。
明日、09/15は夜の誕生日です。なので、本編は休みにして番外編を投稿します。ご了承ください。
さて、今回はこの辺で。
それでは次回お会いしましょう。ではまた。




