リカフォーマーズ
夜と夏希がショッピングモールで死闘を繰り広げた翌日、梨花の姿は自宅のキッチンにあった。今は、鼻歌交じりに野菜を切っているところである。その後ろでは、メイドさんたちがあわあわしている。
「お、お嬢様……。ここ数日、ずっとキッチン内にいますが、一体どうなされたのです!?」
「え、そこまで驚くこと?」
それはもう、メイドさんたちは信じられない物を見た! という感じである。それほど、梨花がキッチンにいることは珍しいのだ。だって、つい最近まで料理の“り”の字も知らなかったお嬢様なのである。それが、急に料理をし始めたのだから、驚くなという方が無理な話である。
「お嬢様、料理は私たちがしますよ? それなのに、その量をどうするおつもりなのですか?」
メイドは梨花の手によって作られた料理のその量に疑問と驚愕といった表情を浮かべた。
今、梨花の目の前には料理なのか疑わしいものが山を築き上げていた。メイドの一人が冷蔵庫を開けてみると、中はからっぽだった。どういうことでしょう、冷蔵庫の中身が消えました。イリュージョン? いいえ、イリュージョンです。
「どうしようかしらね? 夜にいつか私の料理を食べてもらうためにそ、その練習してたけど……、この量は食べきれないわね」
どうやら、このイリュージョンは夜のために行ったことらしい。梨花に遣えるメイドとしては成長が嬉しいのだが、この無残に虐殺されてしまった肉や野菜を見ると、面倒事を増やさないで? と言いたくなる。
その前に食べきれるどころの話ではない。きっと、食べたら即病院送りにされてしまうだろう。梨花さんは料理が苦手なのだ。その上、出しっぱなしだったので夏の暑さにやられてしまっている。食べられるわけがない。
梨花はそんな料理か疑わしいものを口の中へと運んだ。メイドさんが目を見開いた。
「ん~、味はいまいちね。もう少し塩足した方がいいかしら?」
梨花が、んぐんぐと口を動かしメイドさん達を驚愕させていると、その下をとあるものが通った。
梨花の顔は血の気が引いたように青くなっていく。メイドさんは一体何があったのかしら? と首を傾げる。
「お、お嬢様? いかがなされました?」
「あ、あいつが……」
「「「あいつ?」」」
「あいつがいたのよ……。あの、カサカサしてて、黒く光ってるやつが……」
「「「!?」」」
その言葉を聞いた瞬間、メイドさんたちも顔面蒼白となった。
梨花が見てしまったとあるもの。それは、名前を呼ぶことすら躊躇われるヤツのことである。
カサカサと地面を蔓延り、時に駆け出し時に飛び跳ねる。楕円形の身体を持ち、黒くテカテカと輝くその姿。一匹いたら五十匹いると思えと言われるこの世で一番生命力の強いヤツ!
ここまで言えばみな気付くだろう。そう、世のお母さんと飲食店の敵――Gである。
「「「「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」」」」
梨花とメイドさん三人は仲良く抱き合って叫んだ。
四人は同じことを考えていただろう。即ち、どうしてGがここにいるの!? と。
普段、メイドさん達は毎日欠かさず掃除をしている。部屋の隅々までだ。つまり、Gなんかがいたら虫大丈夫なメイドさんが即殺しているはずである。それならなぜ……?
そこで、梨花はGの目が築かれた山に固定されていることに気付いた。まさか、あの料理に吊られてきたの!? 料理中に特攻してくるとは、流石G。誰もを恐怖に陥れる存在なだけある。だが、時と場所、場合を弁えて欲しい。まぁ、GにTPOは通用しないと思うが。
「ひぅ……、誰か、あれを殺してよぉ……」
「む、無理です! お嬢様! 他の虫ならまだ大丈夫かもしれませんが、ヤツだけは無理です!」
「そ、その通りですぅ! あれだけは無理なのですぅ!」
「あわわ、あわわわ……」
どうやら、誰もヤツを処理できないらしい。まぁ、仕方ないだろう。殆どの人がヤツに嫌悪を抱いているからだ。好き好んでGを見たいという人がいるわけがなかろう。いや、中にはいるかもしれないよ? でも、そんな人いないよね?
そうして、梨花とメイドさん達があわあわしていると、換気するために開けていた窓からそれはもうカサカサカサカサと音が聞こえた。あれ、おかしいな? 音が重ねて聞こえるや。
四人は壊れたロボットのように首をギギギと動かし窓を見た。見たくないなら見なければいいのに、それでも見てしまうのはやはり人間の性なのだろうか……。
そうして、窓を見ると、そこには言わずもがな、Gがいた。一匹や二匹どころの話ではない。五十は軽く超えていた。やっぱり、あの噂は本当だったらしい! 一匹いたら五十匹はいるのだ!
「「「「いやぁぁぁぁぁぁ!」」」」
四人は悲鳴をシンクロさせながら、速やかにキッチンから脱出するとドアを閉め、念のためドアが開かないように釘で固定し、“KEEP OUT”と書かれたテープをドアに貼り付けた。なんか、モンスターが子供を驚かせて生きている世界で見たことがあるような光景になっていた。勿論、木端微塵にはしない。だって、ヤツが襲ってくるもの。
「お、お嬢様ぁ、どうしましょう……?」
「ぱ、パパは? パパはいないの?」
どうやら梨花さん、父親にGの処理を頼むようだ。
「えっと、慎二様はお出かけになられていますぅ……」
「そんな……、どうしてこんな時にいないのよ!」
慎二さんは今、会食である。理事長大変、と嘆いていた。
「じゃあ、ママは?」
「お、お嬢様……、楓花様も慎二様と一緒に出掛けられています。それに、楓花様に頼むのはどうかと……」
梨花さん、母親をG処理にしようとしていたらしい。梨花、恐ろしい子……!
「そうだ、お嬢様! 夜様に頼めばいいんじゃないでしょうか!?」
「そ、そうね! 夜に犠牲になってもらうわ!」
もはや、G処理ではなく、犠牲扱いになっていた。どれだけ、Gが嫌いなのだろうか。いや、気持ちはわかるが殺し屋を送られるGの気分に……、いや、ならなくていいか。
梨花は緊張しながらも、夜へと電話をかけた。まさか、こんな理由のために電話をかけるとは思ってもいなかった。
『……梨花か? 電話なんて珍しいな。どうかしたのか?』
「もしもし! すぐ助けに来て!」
『助けに? 何があったんだ?』
「Gが……、Gが出たのよぉ!」
『……なるほど、Gか。電話切るわ』
夜さんも、G処理は嫌なようだった。そして、女の子から助けがきたというのに、慈悲はなかった。
「ちょっと、待ってよ夜! 助けてよぉ! 私だって嫌なのぉ……!」
『いや、俺だって嫌だから! つか、今昼飯作ってて……』
『何してるの? おにいちゃん?』
夜と話していると、電話越しにあかりの声が聞こえた。
「夜様!? 早く助けに来てください!」
『夜様? おにいちゃん、電話相手は誰なの? ねぇ、その女は誰なの!?』
『あかりさん、こんな時にヤンデレ発揮しないで……、って包丁しまって!? 梨花助け……』
夜が梨花に助けを請おうとしたところで梨花は電話を切った。梨花にも、同じように慈悲はなかった。
そうして、Gをどうしようか悩んでいると、下から悪魔の足音が聞こえた。
四人は涙目になりながら見た、否、見てしまった。すると、そこには、Gが空いたドアの隙間からわらわらと流れ込んで来ていた。
「「「「!?」」」」
四人は忘れていたのだ。キッチンのドアどころか、柳家のドアは、隙間が空いているということに……!
「「「いやぁぁぁぁぁ!」」」
メイドさんはSAN値が削りに削られ、たまらず逃げ出した。なんでそんなに足早いの!? というか、私を置いていかないでぇ!
「誰か、誰か助けてよぉ!」
梨花の涙交じりにSOS要求に、応えてくれるメイドさんはいなかった。というか、逃げ出したのだ。いるわけがない。
後ろを振り返れば、Gがジリジリと寄って来ていた。まるで、恐怖を味合わせるように少しずつ……。Gさん、意外と演出家のようだ。いらない情報を得てしまった……。
そして、梨花は一つの答えに辿り着いた。Gはあの築き上げた山に釣られて来た。そして、あれだけの数だ。あの山を平らげていてもおかしくはない。
そして、梨花の着ているエプロンにはクリームらしきものが付いている。もしかして、この匂いに釣られてきた!?
梨花はそう考えるとエプロンを脱ぎ捨てた。それはもう、あんパンを投げることに定評のあるパン職人に負けず劣らずの速さで。そうして、エプロンの方にGが釘付けになっている隙に梨花は逃げ出す。家の中にいたらダメだ、外に出ないと……!
そうして、玄関を開けると見覚えのある姿があった。夜である。その後ろにはあかりも見える。なんか、あかりが手に物騒なものを持っているように見えたが、きっと幻覚だろう。そうに違いない。
「おにいちゃぁん! 待ってよぉ! 何もしないからぁ!」
「嘘つけ! 包丁持って何もしないって何の冗談だよ!」
「夜、助け……、!?」
助けを求めるべく声を上げようとしたところで、背後から聞き慣れてしまったあの音が聞こえてきた。もうやめて……と梨花はちらっと後ろを見た。そこには、言わずもがなGがいた。
夜とあかりも梨花の背後にいる黒くてテカテカしてるものに気付いた。そして、揃いも揃って顔を青褪めさせる。
それでも尚、夜はあかりから逃げるために走ったが、あかりが追いかけてこないことに気付き、振り向いた。そこには、まるで小鹿のようにふるふると足を震わせ、冷や汗をだらだらと流し、瞳を涙で濡らしているあかりがいた。まさか、あかりはGが怖い? いや、それもそうだろう。あかりは、昔から虫が嫌いだったのだ。それが、嫌悪感を抱く虫ナンバーワンのGなら……。
すると、一匹のGがあかりに近付いた。あかりは後退った。
Gは近づく。あかりは遠ざかる。
Gは止まる。あかりは遠ざかる。
Gは目をキランと光らせると、あかりに向かってカサカサと向かった。
「い、いやぁぁ! おにいちゃん助けてぇ!」
あかりは助けを請いながら夜に抱き着いた。
「夜ぅ、助けてぇ!」
梨花も夜に抱き着こうとした――ところで、
「「こっち来るなぁぁぁ!」」
夜とあかりは二人仲良く逃げ出した。梨花を置いて……。
「え、夜……?」
見捨てられた梨花さん、どんどん遠ざかっていく夜へと手を向ける。しかし、その手を握ってくれるものは誰もいない。
しかし、悲しんでいる暇はない。だって、すぐそこにはもうGらが迫ってきているのだから……!
「どうして? エプロンは捨てたのに……、ってそうよね。あの短時間であの量を……。エプロンに付いたものだけじゃ。でも、ならどうして私を? あ、まさか……?」
と、そこまで考えて梨花はとあることを思い出した。そう言えば、味見してたような……、と。
そんな少しの匂いで追ってくるかはわからないが、そう考えた方が辻褄が合う……気がする。
Gらは一斉に飛び掛かった。それも、あの料理の残り香が香る梨花の口目掛けて……。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その後、梨花の身に何が起きたのか、それは梨花のみぞ知ることだろう……。というか、知りたくもない……。
ども、詩和です。お読みいただきありがとうございます。
さて、お久しぶりです。4日振りですか? とにかくお久しぶりです。
今回はいかがでしたでしょう。少し、SaM編でやり過ぎた感があったので日常(?)回です。
タイトルで察した方はいらっしゃるのでしょうか?w それと、今回から、梨花には不憫属性が追加されそうです……。
因みに、最後梨花はどうなったのか、それは俺もわからないです。教えてくれないんですものw まぁ、世の中には知らないことばかりですからね。きっと、知らない方がいいのでしょう、うん。
さて、ここまであかり(途中)、夏希、梨花と来ました。なら次は……?
ということで、今回はここまで。
それでは次回お会いしましょう。ではまた。
追記
展ラブが120,000PV達成、ブクマ200人突破、総合評価500pt突破、日間ランキング、週間ランキング入りといいことずくめで少し怖いです。
ですが、嬉しいことに変わりはありません! 本当に、読んでくれている方々には心からの感謝を。




