阿吽の呼吸
今日でSaM編終了まで突っ走ります。その後は休みたい……。
バトル開始直後、ナイトはクライヴに向けて突進していた。普段の夜ならば敵の行動を見てから行動を開始するのだが、夜はそれをしなかった、否、する必要がなかった。だって、クライヴの行動は魔法騎士のテンプレ。いわば、教科書通りに動いているだけなのだ。ならば、行動くらい読み取れる。
クライヴはいきなり特攻してきたことに軽く驚いていた。あの最強であるナイトが無鉄砲に飛び込んできたのだ。アリスを負かせたことが気に喰わないのだろうと、クライヴは内心嘲笑う。所詮、ナイトも人間。相棒の件で自暴自棄になっているのだろう。でなければ、ナイトがこんな無意味な行動はしないだろう。
実は、アリスもナイトの行動には驚いていた。いつものナイトらしくない行動に、疑問よりも焦りが生じていた。もしかしたら、自分から遠ざけるために特攻したのではと思ったのだ。もし、そうなら、完全に自分の所為である。
「アリス! 余計なことは考えるな! 今は勝つことだけに集中しろ!」
「! う、うん!」
だが、ナイトはそんなアリスの考えをわかっていたようだ。長い間相棒をしていたのだ。考えていることなんて大体わかる。女心以外は……。
夏希は落ち着くために深呼吸をした。そして、今までの思考を捨て、目の前のことだけに集中する。
「ナイト! バフかけるよ!」
アリスはナイトに援護魔法を使った。ナイトが特攻したのには何か訳があるのだろう。例え、今までと違う行動を取っていたとしても、やることは何も変わらない。ナイトが前衛で戦って、アリスは後衛で戦闘のサポート、援護。たった、それだけのことだ。
ナイトはアリスに内心で感謝の言葉を贈りつつ、クライヴに向けて駆けた。そして、クライヴ目掛けて大上段に剣を振り下ろす。
「おやぁ、ナイトさん? 無意味な行動は辞めたらどうですか?」
「無駄口叩いてるとは余裕だな。何か秘策でもあるのか? 俺達に絶対勝てる秘策が……」
ナイトは目を剣呑に細めてクライヴを見やる。しかし、クライヴはそんなもの気にせず、飄々と嗤って、
「いえいえ、絶対勝てる保証なんてあるわけないじゃないですか」
「ないとは言いきらねぇんだな!」
クライヴはナイトの振るった剣を大剣の腹で受け止めると押し返した。夜はダメージを軽減するために後ろに飛ぶ。すると、着地したところを狙おうとでもしたのか、クライヴが魔弾を放った。
しかし、ナイトは防ごうともしない。クライヴは反応出来ていない! と内心ニヤリと笑った。だが、次の瞬間開いた口が塞がらなかった。だって、ナイトも同じようにニヤリと笑っていたのだから。
ナイトが着地すると同時に、魔弾は命中した――かのように思われた。魔弾はナイトに当たったのではなく、目の前にいつの間にかあった魔法で創られた盾に防がれていたのだ。言わずもがな、アリスの魔法である。
ナイトとアリスは、否、夜と夏希はお互いに見つめ合った。そして、頷きあう。言葉は交わさなくていい、だって、わかり合っているのだから。相棒なのだ、盟友なのだ。だから、お互いを信じあう。そうすれば、自然とわかり合えるのだ。
お互いに同じような境遇を過ごし、偶然ではなく出会えたのは運命だったと二人で語ったこともある。もし、会っていなければ、今も二人は独りで過ごしていただろうとも二人で言い合ったこともある。つまり、同じ時間を過ごした二人は、お互いのことを信じ切っている。そんな二人だから、お互いのことを誰よりも知っているつもりなのだ。
クライヴは内心焦っていた。まさか、ALICE in Wonder NIGHTの阿吽の呼吸がこれほどまでとは思ってもいなかったのだ。最強の二人と戦った者は皆口を揃えて言う。もう二度と戦いたくない、あれは本物だ、と。それを聞いた時、クライヴは何のことだ? と思っていた。一体、何が本物なのか? と。しかし、今わかった。二人の絆が本物なのだ、と。
信じあう、それがどれほど難しいものか。人は誰しも人には言えない秘密を持っている。だから、どこかで人とぶつかり合い、そうして離れていく。そんなものを経験してしまった夜と夏希は、それでも信じようとした。人を、友達を。だが、そんなものはただの夢物語だった。裏切られたのだ。
それ以来、決して人は信じないと心に誓った。そんな時に、二人は出会ったのだ。傷心していた心に、少しずつ癒しを与えていった。お互いにお互いが悲しむことは知っている。それは、自分も悲しむこと。だから、絶対に信じることが出来る。それが、いつしか本物の絆へと変わったのだ。
「アリス、頼めるか?」
「……うん、わかった!」
アリスはナイトの一言ですべてを汲み取った。そして、ナイトは再び駆け出す。
「また無意味な特攻ですか? いい加減私も飽きてきますよ?」
クライヴは焦りを見せないように、極力平気そうな顔をしながら言った。内心、もう来ないでくれ! と焦りに焦っている。少し、後悔しているほどだ。
だが、クライヴには秘策がある。アリスを倒した、必勝の秘策が……!
ナイトは体制を低くしてクライヴに向かって駆ける。
「ふっ、真正面から来るのなら格好の餌食ですよ!」
クライヴは大剣を大上段に振り下ろした。剣先が、ナイトの眉間に触れようとして、ナイトが消えた。
「んなっ!? 何処に消えたというのです!」
クライヴは急に消えたナイトを探すために、周りを見回す。しかし、左右にも、背後にもナイトの姿はなかった。そして、何かに気が付いて見上げた。そこには、ナイトがいた。
「まさか、それがあなたの秘策ですか?」
「こんなものが秘策なわけがないだろ? 奇襲だよ」
「だが、バレてしまった今、奇襲は失敗ですね」
「いや、そうじゃねぇさ。だって、奇襲は俺じゃないからな」
「は? ――……まさか!?」
クライヴは信じられないと思いながらも目の前を見た。そこには、目の前まで迫った灼熱の剣が浮遊していた。それは紛れもなく、アリスが放った魔法だった。
「っ!?」
クライヴは辛うじてアリスの放った灼熱の剣を防ぐことに成功した。だが、咄嗟のことには反応できないだろう。故に、
「奇襲は一回なんて言ってないぞ?」
「っ! ぐあぁ!?」
ナイトの一撃をモロに喰らってしい、HPを削られてしまう。クライヴはナイトを力の限り押し返す。だが、ナイトは空中で身を捻るともう一本の剣を振るった。
「くぅ……っ!」
クライヴのHPがイエローゲージに突入した。やはり、二人でかかって来いなど言うべきではなかったと後悔するとともに、自分の装備の頑丈さに安心した。
しかし、意外なことにナイトは追撃などせず、背後に飛び退いた。
「……攻撃を、続けてこないので?」
「簡単に決まったら面白くないだろ?」
それに、楽に死なせてやるつもりなど毛頭ない。と心の中で付け足す。
「ッ! ……舐めるなよ、クソガキが!」
クライヴさん、本音が駄々洩れである。紳士的な口調はどうやらお休みのようだ。
クライヴは生かしてもらっているとはわかっていても、己に回復魔法を使わざるを得なかった。このまま厚意を受け取らず特攻でもしてみろ。その先に待ち受けているものは“死”ただ一つ。ならば、敵に同情をされようともそんなものは関係ない。クライヴとて、無様に負けたくはない。
ナイトはクライヴが完全に回復するのを確認すると、アリスにしか聞こえない程度の声量で夏希に、
「アリス、後は任せた。だから、あいつの攻撃は気にするな、俺が防ぐ」
そう言った。それは、夜なりの、アリスへの、否、夏希へのリベンジをさせてやりたいという優しさである。負けず嫌いな夏希が、負かされたクライヴに負けっぱなしでいいはずがない。だからこそ、やり返してやりたいと思っているはずだ。“最強のお荷物”返上をしなければいけないのだ!
「ありがとう、ナイト」
「気にすんな。俺も宣戦布告されたんだ。それに、相棒をバカにされて俺もムカついてんだ」
「な、ナイト……! その、ありがと……」
最初のありがとうよりも、遠慮がちで、それでいて嬉しそうな声に、夜は若干焦っていた。やべぇ、マズったと。きっと、家に帰ったらスマホ越しに色々聞いているであろう妹様から愛という名のお説教が始まるだろう。家に帰りたくない……。
後書きはSaM編ラストの話で。




