レイとルナ
部室を抜け出した夜は、その足を校内に設置されている図書館へと向けていた。
今は放課後、帰宅部の人たちは家へと帰り、部活動がある人たちはそれぞれの部室、活動場所に行き練習などをしているのだ。図書委員などの委員会もあるが、放課後の活動はない。テスト期間中なら勉強するために何人かはいるだろうが、今はそのテストも終わった。つまり、図書館に、今は誰もいないのだ。
図書館を利用するのは初めてだが、部室にいるよりはマシであろう。あのまま、あの場所でラノベなんて読んでみろ。夜はどうするの!? と質問攻めされること請け合いである。
「……はぁ、好かれるのは嫌じゃないんだけどな……。どうしたもんか」
夜は四人のことを脳裏に思い浮かべる。あかり、夏希、梨花、瑠璃。それぞれ可愛くて優しい美少女達だ。そんな美少女達がどうしてこんな平凡である夜に好意を向けるのか。それが不思議でならなかった夜は、四人の好意に気付いていないフリ、または気付かないフリをしていた。所謂、ラブコメ物のお約束である超鈍感主人公になっていたのだ。
だが、それもそろそろ厳しくなってきた。あんなにストレートにデートしたい! なんて言われて向けられる好意に気付かない奴がいると思うだろうか。いいやいない。ラブコメの主人公? そんなの知らん。
向けられる好意は嬉しい。これはお世辞とかそんなものではない。素直に嬉しいのだ。好きになってもらうのだ。嬉しいに決まっているであろう。
だが、それとこれとは別の問題である。夜は、生まれてきてこの方、人を好きになったことがない。何故なら、人と関わることがほとんどなかったのだ。シスコン、オタク、変態etc……。そう言って離れていった友達と思っていた奴などたくさんいる。そんな境遇で過ごしていたら人を好きになることなんて出来なくなっても仕方が無い。
それでも、好きとは違うかもしれないが、あかり達のことは大切に思っている。瑠璃の結婚に反対したように嫌な事はさせたくないとも思っている。
「……って俺最低だな。どんだけクソ野郎なんだよ、俺……」
夜は自嘲気味に嗤って歩を進めた。廊下は運動部の掛け声や吹奏楽の演奏が聞こえていた。そろそろ始まる夏休みには色々な部活で大会があるのだ。気合が入るのも仕方が無いだろう。
夜は目の前にある図書館のドアを開いた。どうやら考え事をしているうちに図書館に到着していたらしい。
図書館のドアを開くと、そこには眼鏡をかけた女の子がいた。制服が女子の制服なのだ。きっと女の子なのだろう。どうして“きっと”なのかというと、顔立ちがどちらかと言えば中性的なのだ。普通にジーパンとか履いていたら男と間違いそうである。
眼鏡の子はなにやら参考書を読んでいた。勉強熱心なのか、難しそうな本だった。夜が読んだら頭から煙が出そうである。割と真面目に。
夜はその女の子と離れた場所に座った。これが、他の男子生徒とかだったらもしかしたら向かいに、とか隣に座っていたかもしれない。目の前の女の子は普通に可愛かったのだ。あかり達にこのことが知れ渡ったら夜に明日は無いが普通に可愛かった。
まぁ、気にしても仕方が無いだろうと夜は持って来たラノベを読むことにした。先程からちらちらと視線を感じるが、この時間帯に人がいることは珍しいのだろう。とすると、彼女は普段から図書室にいることになる。凄い勉強熱心である。あかり達に見習わせたいくらいだ。
それから三十分くらい経過しただろうか。夜は読書に集中――出来ていなかった。それもそうだろう。“ちらちら”だったはずの視線がいつしか“じと~”に変わっていたのだから。集中できなくても仕方が無いであろう。二十分くらいはずっと見られている。気にしたらダメだと自分に言い聞かせてきたが流石に我慢も限界に達してきた。
「あの、何か用ですか?」
「! な、なんでもないです」
夜が話しかけると、眼鏡の子は本で顔を隠してしまった。どうやら驚かせてしまったらしい。だが、ここで引き下がるほど夜は優しくない。言うことは言う主義なのだ。その人の事情なんかに構っていたらダメだと実感したのだ。
夜は立ち上がり眼鏡の子の方へと歩いた。ガタンという椅子の音に驚いたのか眼鏡の子はビクッ! と身体を跳ねさせる。少し悪い気はするが、夜は気にしないことにした。この数カ月で夜は相当黒くなってしまったらしい。一体誰の所為なのか、推して知るべしである。
「ねぇ、君。どうして俺の方を見てたんだ? もしかして邪魔だった?」
「そんなことはないです。私のことはいいですから」
そう言って眼鏡の子の視線は夜から本へと戻された。だが、読もうとはしなかったのだ。言うなれば、そう、見られたくない物を隠したい、そう思っているように見えるのだ。
夜は参考書を眼鏡の子の後ろから覗き込んだ。そこには、今夜が読んでいたラノベがあった。参考書で隠れるようにして。
夜と眼鏡の子が読んでいるラノベは、言ったら悪いがそこまで有名ではない。よくある異世界転生もので、主人公がチーレムなのだ。よくある奴、と言われそこまで読まれていない物なのである。
「もしかして、俺を見てたのって」
「あの、黙っててもらえませんか?」
「? 何をだ?」
「この本を読んでいることです。私、ラノベを読んでるってことは誰にも言っていなくて、家族に反対されてて、それで同じラノベを読んでいるあなたを見かけて……」
「なるほどね。そういうことなら別に言わないよ。嫌がることをしたくはないしね」
「ホントですか! ありがとうございます!」
「いや、どういたしましてと言っておこうか。それで、このラノベの好きなシーンとかある?」
「はい! えっとですね……」
その後、眼鏡の子……名前を小早川玲奈というらしい。
「へぇ、じゃあ昨日アニメートにいたのも小早川さんだったのか?」
「はい。まさか、今日ここで会うとは思ってもいませんでしたが」
「そりゃあそうだろうな……。でも、どうして制服なんか着てたんだ? 他の人にバレたくないんなら私服とかで行けばいいのに」
「それは……、夜月先輩と同じで一刻も早く買いたかったので……」
「そうだよなぁ。……って俺名前言ったっけ?」
「知らないんですか? 夜月先輩って有名ですよ? 美少女を四人も侍らせている鬼畜やろうって」
「なん……だと……。それ誤解だからな? 別に侍らせてるわけじゃねぇからな?」
「わかっていますよ。話している限りではそんな人には見えません」
「そう言ってもらえると助かるよ」
玲奈とラノベの話とかで盛り上がった夜は、時間も忘れて話にふけっていた。二次元部の活動は既に終わっている。となれば、四人は帰りの遅い夜を図書館まで迎えに来ているはず。その証拠に、四つの視線が夜へと向けられている。とある一人の瞳はハイライトは消え去り深淵の如く。
夜は、そんなことに気付く事無く、お互いのことを「レイ」「ルナ先輩」と呼ぶ仲になっていた。玲奈はさんを付けたがっていたが夜が止めさせた。ルナを止める気が無かった玲奈に根負けしたというのもあるが、ルナさんだと女性に聞こえなくもないからだ。
レイとルナだなんて恥ずかしいと思うだろうか? 痛い人たちだなぁと思うだろうか。まったくもってその通りである。恥ずかしい名だという自覚は二人にはあるのだ。でも仕方が無いじゃないか。玲奈がそう言ったあだ名にあこがれを持っていたのだから。オタクな趣味を持っている人と関わったことのなかった玲奈は変な憧れを抱いていたのだ。その一つがあだ名である。夏希にナイトと呼ばれていることからもそこは考えに考えた末に了承した。後輩の頼みというものは先輩として断り辛いのだ……。
「……ってもうこんな時間か。時間が経つのって早いんだな」
「そうですね。ルナ先輩、また話したりできますか?」
「ん? あぁ、また話そう。部活でも話せる奴いないからさ」
「部活……、確かルナ先輩は二次元部でしたよね? ラノベって書きますか!?」
食い気味に尋ねる玲奈に夜は驚きながらも、少しは書くとだけ伝えた。部活動としてもそうだが、趣味で書くのも楽しいのだ。
「あの、部員ってまだ募集してますか?」
「いつでも歓迎しているけど、入る?」
「はい! 私、二次元部に入りたいです!」
「わかった。じゃあ、明日の放課後に教室まで迎えに行くからクラス教えてもらってもいい?」
夜は玲奈にクラスを聞き、その後二人で帰路に就いた。夏ということもあってまだ空は明るいが、夜は玲奈を家まで送ることにした。まだ話したそうにしていた玲奈の上目遣いにやられてしまったというのもある。だが、決して下心はない。あったら夜に明日はない。もう、手遅れかもしれないが。
玲奈と別れた夜は、自宅へと向かった。そして、ドアを開け、そこにいたのは、
「楽しそうでしたね、おにいちゃん」
にこっと笑っているあかりだった。ただし、目は全く笑っていなかったが。
その後、正座で事の成り行きを洗い浚い吐かされ、精神的に疲れた夜だった。因みに、晩御飯を作るのは夜だった。夜の作った料理を食べたあかりは嬉しそうだった。まるで、わたしのための料理、わたしだけのおにいちゃん……と言っているかのようだった。夜は背筋に悪寒を感じた。夜に明日はあったのだ……。
さて、他の三人が少しヤンになりかけていたというのは、また別のお話……。
ども、詩和でございます。お読みいただきありがとうございます。
さて、今回はいかがでしたでしょう。楽しんでいただけたなら幸いです。
新キャラ登場しましたね。名を小早川玲奈ちゃん。あまり詳しくは書いてきませんでしたが、初の巨乳キャラでございますw 実は貧乳だったあの四人。詩和は巨よりも貧の方が好きなのです。
これ以上、ヒロインを増やすのもどうかと思ったのですが、んなもん関係ねぇ! というわけであります。詩和の苦労が増えるだけです。
四章は玲奈も加えてやりたい放題したいと思います。因みに、玲奈は一年生です。前回で書いてありましたね。
さて、今回はこの辺で。
それでは次回お会いしましょう。ではまた。




