大切だから
「……よ、るくん……?」
あれだけ酷いことを言ってしまったのに。
嫌われていてもおかしくないのに。
真璃からは既に帰ったと聞いていたのに。
本来ならいるはずがないのに。
今、こうして来てくれた夜の姿を視界にとらえて、瑠璃は嗚咽を漏らした。
「な、なんでテメェがここに……!?」
突如現れた夜に目を丸くし、賢二は一歩、二歩と後ずさる。
先ほどまで掴んでいた、瑠璃の腕を離して。
その瞬間を、好機を見逃すほど、夜の目は節穴ではない。
「瑠璃先輩!」
しかし、頭で考えるよりも好機云々よりも何よりも、自分でも気づかないうちに夜は瑠璃の名前を呼んでいた、否、叫んでいた。
瑠璃に対する怒りや憎しみといった感情が、当の本人を目の前にして爆発したから?
否、答えは言わずもがな否である。
あの言葉が、行動が本心ではなかったのだと夜は知っている。
瑠璃はあのような酷いことをするような人間でないということも知っている。
真璃に事情を聞かされるずっと前から、夜はずっとそのことを知っているのだ。
人によっては長くて短くもある一年間という時間を、瑠璃と過ごしてきたのだから。
なればこそ、そこに込められた想いは怒りや憎しみといった負の感情であるはずがない。
「……夜クン!」
万感の想いがこみ上げてくる。
様々な感情が胸中を埋め尽くす。
夜に対して行ってしまった数々の言動に対する罪悪感。
好きな人に嫌われてしまったかもしれないという寂寥感。
夜が来なかった自分はどうなっていたんだろうという恐怖感。
しかし、それらの感情よりも、瑠璃の胸に湧き上がる感情は。
――うれしかった。
夜が来てくれた。たったそのことだけが、瑠璃にはたまらなく嬉しかった。
もう二度と離れたくないと言わんばかりに、目一杯手一杯に腕を伸ばす。
夜はその手を掴み、優しく引っ張る。
吸い込まれるかのように夜の胸元へと引き寄せられた瑠璃は離れる……のではなく、ぎゅっと抱き着き。
「夜クン、夜クン……!」
最愛の人の名を、ひと時も忘れることのなかった人の名を、もう呼ぶことのないと思ったその名前を、瑠璃はただただ呼び続ける。
「……嫌われたと思った……」
「……」
あれだけ酷いことを言ってしまったのだから。
「……もう会えないと思った……」
「……」
二人のこの先歩む道は交わることなどないと思っていたから。
「……ねぇ、夜クン……」
「はい……」
「……なんで来てくれたの?」
どうして、助けに来てくれたのか。
当然といえば当然なその疑問に、夜は。
「大切だからに決まってるじゃないですか」
一切の迷いなく、そう答える。
――夜は、人とかかわるのが苦手だ。最早嫌いと言ってもいいかもしれない。
それは、過去に受けたいじめの数々や人見知りのせいだったりするのだが……そんなことはさておき。
そんな夜が、気負うことなくかかわることのできる人間、友達とお世辞抜きで呼べる存在、大切だと心の底から思える人たち……それが瑠璃を含めた二次元部の面々である。
だからこそ、どうしてという瑠璃の問いに対する答えなんて決まり切っているのだ。
それすなわち、〝大切だから〟と。
そんな傍から聞いていれば恥ずかしい夜の返答に、瑠璃はぎゅっと抱きしめる力を強めることで答えを返す。
夜の〝大切〟という言葉の定義はわからない。瑠璃の〝好き〟という気持ちと同義なのか、それ以上なのか以下なのか。
だが、少なくとも夜の中に瑠璃という存在が刻まれているということは確かだった。
それが、ただただ嬉しくて。
瑠璃は口元を緩ませた。
「ありがとう、夜クン……」と。
※2020/02/01に三章改稿に伴い割り込み投稿しました。




