恋敵で友達で
すでに見えているというのに走っても走っても中々辿り着くことが出来ない星城家のお屋敷――家というよりは屋敷の方がしっくりくる――へ向かっている最中、夜は息も絶え絶えになりながらあかりへと事のあらましを説明した。
「じゃあ、部長は……」
「あ、あぁ、自ら、はぁ、犠牲になったんだ。家族をまも、ごほっ、守る……ために……」
大切な人を守るためとはいえ、不幸になるとわかっているはずなのに、好きな人に――夜にもう二度と会えなくなるとわかっていたはずなのに、自分を犠牲にした。
その事実に、あかりは何とも言えない表情を浮かべた。
自分だって、好きで好きで仕方がない夜のためなら、どんな自己犠牲だって厭わない。それは、大切な家族であっても同じだ……と思う。
でも、そのせいで夜に会えなくなるのだとしたら、しかも事前にわかっているのだとしたら、自分にそんなことは出来ない。出来るわけがない。
大切な人のためならという想いに嘘偽りはない。でも、だからといって夜に会えなくなるとか耐えられない。
もう二度と、あんな寂しくて辛い思いはしたくないから。
瑠璃も、きっと同じだったはずだ。
瑠璃だって夜が好きだったはずだ。普段の言動や反応から十分に、否、十二分にわかるように。
それに、好意を寄せていない男に彼氏役なんて頼むはずがない。
だから、瑠璃だって夜に会えなくなるのは嫌だったはずなのだ。
それなのに、瑠璃は家族を守るためにその道を選んだ。
自分が不幸になると、不幸にしかならないとわかった上で。
「――おにいちゃん。絶対に部長を助けようね」
あかりの言葉に、夜は目を丸くする。
だって、あまりにも意外だったから。
今まで、あかりが夜以外の誰かのために真剣になったところを、夜は見たことがなかった。
しかし、それもそうだろう。
あかりが夜の周りをうろつく――別に好意も何も抱いておらず、偶々偶然夜の傍にいただけ――女を排除するために躍起になったのも。
一緒の高校に入学するために担任にやめるよう諭されても諦めず勉強したのも。
夜がいるからという理由で二次元部に入部したのも。
理事長を説得――脅迫と言ってもいいような気がするが説得――して夜を宿泊研修に同行させたのも。
こっそりと盗聴器や発信機を仕掛けておいたのも。
すべては夜の傍にいたかったが故。夜と一緒にいたかったが故。
だから、夜以外の誰かのためにあかりが行動しようとしたのは、今回が初めてなのだ。
そのことに、誰よりもあかりが一番驚いていた。
別に、夜から事情を聴いて可哀そうと同情した訳ではない。おにいちゃんが行くんだったらわたしも行くという訳でもない。
純粋に、瑠璃を助けたかったからだ。
瑠璃がどう思っているかはわからないが、少なくともあかりは瑠璃のことをお互いに同じ人が好きな恋敵であり、年の差関係なく接することの出来る先輩、否、友達だと思っている。
瑠璃だけではない。夏希のことも、梨花のことも、烏滸がましいかもしれないが友達だと思っているのだ。
そんな恋敵であり、友達である瑠璃が自ら不幸になる道を歩もうとしている。
そんなこと、友達として背中を押すことが出来るわけがない。笑顔で見送れるわけがない。
それに、瑠璃は夜と恋人のフリという羨ましいことをしてくれたのだ。仕方がなかったとはいえ、夜のことを悲しませたのだ、泣かせたのだ。一言言ってやらねば気が済まない。
あかりがどういう心境で瑠璃を助けようと言ったのか、それは夜にはわからない。
だけど、誰がどう見てもあかりが瑠璃のために行動しようとしていることは間違いない。
だからだろうか。夜が呆気に取られてしまったのは。ふと、頬が緩んでしまったのだ。
あかりの言葉は、驚いたのと同時に嬉しくもあった。
だが、今はあかりの成長を喜んでいる場合ではない。
こうしている今も、瑠璃は一人で戦っているのだから。
夜は荒い息を何とか整えて。
「当たり前だろ? 瑠璃先輩は絶対助ける!」
瑠璃を助けるのはさも当然と言わんばかりに、あかりの目を見て答えた。
震える足を叱咤して、必死に走る夜の背中を見ながら。
「それでこそ、わたしの大好きなおにいちゃんだよ……」
あかりは、誰に聞かせるでもなくぽつりと呟いた。
※2020/12/10に三章改稿に伴い割り込み投稿しました。




