大切な娘
「…………そう、なんだ……」
瑠璃の頬を、大粒の涙が伝う。
隆宏の答えは沈黙。
それが何を意味するのかは瑠璃にはわからない。だけど、否定してくれないということは……つまるところそういうことなのだろう。
とめどなく、涙があふれる。
折角、真璃がきれいに可愛くメイクしてくれたというのに。
夜に可愛いって、言われないかもしれないけど言われるかもって期待しちゃってたのに。
誰にも見せられないくらいに、顔がぐちゃぐちゃになっていること間違いなしだというのに。
それでも尚、涙が止まることはなかった。止めることは出来なかった。そもそも、止まるわけがなかった。
父親――隆宏に……捨てられたのだ。売られたのだ。裏切られたのだ。
心に受けた傷が、痛みが、涙となって流れ出している以上、止まるはずがないのだから。
「……そ、んな……」
今まで押し黙っていた隆宏がぼそぼそと何か呟いた……かと思えば、バンッ! とテーブルを叩きつけ。
「――そんなわけがないだろう! 大切な娘を、脅されたからと言って渡せるものかっ!」
声を荒げ、喉が避けるのもお構いなしと言わんばかりに叫んだ。
「おと、うさん……?」
隆宏の豹変といっても過言ではないその変わりように、瑠璃は目を白黒とさせる。
隆宏が、ここまで感情を露わにしたところを見たところがなかったが故に。
てっきり売られたとばかり思っていたのに、突然否定されたが故に。
しかし、違うと否定されたところで、隆宏の言葉を信じることなんて……出来ない。
だって、隆宏に瑠璃を賢吾に差し出すつもりがないというのならば、お見合いをする理由なんてどこにもないはずなのだから。
「……だったら……」
「……だが、私は断れなかった。断ることが出来なかった。断ることで、真璃や瑠璃が普通の生活を送れなくなることが怖かったんだ……」
そうして、隆宏はゆっくりと、事のあらましを説明してくれた。
ある日のこと。賢吾に、隆宏がお金を横領していたという証拠を突き付けられたのだ。バラされたくなければ要求を聞けと脅されたのだ。
もちろん、隆宏はそんなことをしていない。横領したと勘違いされそうなことすらしていない。
だから、賢吾が証拠だというそれは、まず間違いなくでっち上げられたものだった。
偽物の証拠を突き付けられたところでそこまでの強制力はない。
だけど。そんなことはしていないからと、その証拠は偽造された偽物で自分には何も非がないからと、無視しすることは出来なかった。
何故なら、一市議会議員である隆宏が不祥事を起こしていただなんて世間に知られれば、社会的に死ぬことになってしまうから。
もちろん、その不祥事はでっち上げられたもので、隆宏が本当は何もしていないと証明されるのは間違いない。何の罪も問われることはないだろう。
だが、一度根付いた印象というのは、良し悪し関係なく覆ることはない。
横領はしていなかったらしいけど、横領していたと思われるような人なんだ……と、そう思われた時点で何もかもがお終いなのだ。
築き上げてきた信頼関係が崩壊するかもしれない。
市議会議員としての立場がなくなるかもしれない。
マスコミだって押しかけて来るかもしれない。
辞表を提出するよう強要されることになるかもしれない。
否、それは“かもしれない”の話ではない。間違いなく確定事項だろう。
何故なら、でっち上げられた証拠を意気揚々と公表している賢吾は市長なのだから。
※2020/11/21に三章改稿に伴い割り込み投稿しました。
※補足
脅迫のネタを改稿に伴い変更しようとしていたんですが、ここでまさかの弊害が。
隆宏は賢吾のことを「葛城さん」、賢吾は隆宏のことを「隆宏君」と呼ばせたばかりに、賢吾の方が偉い人という位置関係になってしまったわけです。まぁ、自業自得ですね。
改稿前は、隆宏が会社の金を盗ってそれをネタに脅されたという隆宏も悪い奴だったんですが、隆宏には善人であってほしいという私の勝手な希望が……。
そこで、星城家という良家の人間である隆宏よりも賢吾が偉い……うん、どうすればいいかわからん! となった私は友達に相談を。
そこで、市議会議員という役職を聞き、そこから市長と市議会議員の関係なら自動的に賢吾の方がお偉いさんじゃない? と思考を放kごふんっ、思い付きました。
なので、急遽決まりましたが、隆宏の役職は市議会議員。賢吾の役職は市長となりました。後付け設定最高。




