スリル
新木健二は、スリルがすきだった。
スリルは制限から生まれることを、彼は知っていた。自分を縛るために彼は結婚した。いい家に育って、まっすぐな女だった。そういう女に縛られながら、他の女と遊ぶ。バレるかバレないか、そのギリギリを味わうのがヒリヒリした。
愛人との待ち合わせで、新木は繁華街にいた。愛人と会う場所は、妻が友人たちと遊びに行く場所と決めていた。妻が遊ぶ街で、買い物をして、ご飯を食べて、ホテルに入る。妻に見つからないように行動する。
見つかったらどうなるのか考えるとゾクゾクしてくる。逆に見つかってみたいとも望んだ。そのとき妻はどう反応するのだろうか。俺はどう対処するのだろうか。考えてみるだけで楽しい。ああはやく見つかりたい。
「楽しかった?」
「うん。息抜きになったよ。君は」
「川畑さんたちとカフェに行ってね。あそこの家、夫が家事をしなくて、いつも喧嘩になってるんですって。うちはそんなことないのにねぇ。笑っちゃう」
笑顔で話す妻に相づちを打ちながら、目の前の夫も不倫してるんだけどな、とゴチる。早く気づいてみろよ。気づくそぶりもないのは、それはそれでスリルがない。
つまらない毎日だなぁと思った。別れようか。さいきん、離婚という選択肢が浮かぶ。
ある日、新木は妻が遊ぶ同じ街で、愛人と遊んだ。ホテルに入ろうとしたところで、妻と女性が出てくるのに遭遇した。ふたりは手をつないで、顔を見合わせて笑っては、キスをしていた。
目を疑った。衝撃だった。新木は、妻の行動を見て、まさか浮気されてたのは俺かと考えた。愛人がホテルに行こうと袖を引っ張るが、「気分が悪くなった」と告げて一方的に切り上げた。
家に帰るといつものように妻がいた。新木の方から声をかけた。
「今日は楽しかったか」
「めずらしいね。あなたから話しかけるなんて。なにかあった」
「おまえ、ホテルに行ってたんじゃないか」
「ええ。それが」
どこが悪いの? とでも言いたいような顔だった。
「あなただって、若い子と遊んでたじゃない? 私も遊びたかったの」
気づかれていたのか。結婚してからずっと遊んでいたことを。なんで気づいたことを言わなかったんだ。
「私、女の子が好きなのよねぇ。でも結婚しないと周りがうるさくて。ほらあなたって、どこか冷たかったじゃない? この人となら人並みに結婚できると思ったの
ああ、離婚するなんて言わないでね。証拠はそろってるの。このまま続けましょ」
ね? 利害は一致したでしょと妻はほほえんだ。
この女こそがスリルだったのだ。




