前編
「大丈夫ですか?」
金色の髪に緑色の目の端正な顔立ちの男性が、前から転びそうな女生徒の腰に手をあてて、柔らかい声で囁いた。
女生徒、レイナ・オリオンは、顔を真っ赤にして大丈夫ですと返した。
この様子を壁から身を震わせてみている生徒がいた。
「・・・どうして、クリード様。あの噂は本当だったのかしら・・?」
呆然とこの一連のやり取りを私、クリスは見ていた。
私クリス・アルバスターは、悲しいよりも疑問が先に残った。我がアルバスター家は由緒ある3大侯爵家の一つであり、他の貴族の追随を許さない大貴族で、幼少の頃から決まっている婚約者である王位継承者第三位の現第2皇子、クリード・シエル・エトワート王子。流れるような金髪に澄んだ緑色の目。本当に絵本の世界から出てきたような理想の王子様で私は最初にあったときに、一目ぼれ。会うたびにクリード様に猛アタックを繰り返してきた。でも、私はお勉強が大っ嫌いで、可愛いフリルのついたドレス、キラキラした宝石たち、毎日、お友達と一緒に茶会をして、この学院を卒業してそのまま結婚するものだと思っていたの。
父様と母様も上の兄たちも常に私のことを可愛いクリス。と可愛がってくれた。お友達だって毎日、私のことを可愛いって言っているのに!なのになんでクリード様は!!
「私より、レイナを求めるというの?」
以前より、この噂はあった。男爵家のレイナ・オリオンは小動物のような可愛いらしい容姿にクリード様とおそろいの緑色の目。二人が並ぶとまるで、絵のようだと言われていた。隠れて二人でベンチで囁きあったり、授業でたまに二人だけいなかったりと、学院中が二人の仲になにかあるのではないかとささやかれていた。
ここはマテリアス大陸の真ん中にエトワート王国の首都『ラプール』
エトワート王国の特色の一つに魔法というものがあり、火をおこしたり、馬車の原動力に魔法を使ったりと一般的に浸透しているもので、ほとんどの人が魔法を使える。
特に貴族となると、他の平民より魔法の力が多く、貴族は魔法力が多いほど優遇され男性だと出世が早く女性だと嫁ぎ先が有利になるのだ。この通例は平民ではある程度残っているものの、貴族や王族内では魔法力で決まるのではなく、本人の努力や家柄で出世や嫁ぎ先など決まっていくように時代の波に沿って考えが変わっていっている。
しかし、現在では魔法力よりも貴族同士のバランス関係が重視され今回、アルバスター家にちょうど良い年頃の娘、クリスに白羽の矢が立ったのだ。
クリス・アルバスターは現在トワート王国の首都ラプールにある『国立レキオス学院』の貴族学科4年生で、ろくに授業も聞かず、先生を見下し、どの男の子がかっこいいとかどこぞの侯爵の子供とか、流行の話を連れの貴族の女友達と話をして学院生活を楽しんでいた。
「はぁ、本当にどうしたらいいのかしら。」クリスはそう呟きながら、学院内の壮大な廊下を一人とぼとぼと歩いていた。
「そうよ、何かの間違いだわ。クリード様はきっとあの女に騙されているのよ。私が教えてあげなくてわ。
そうだわ、図書館なるものにいけば、きっとクリード様を目ざまさせる何かがあるかもですわ」
以前、女友達に図書館なる館に何でもわかる物があると聞いたことがあったのだ。薄らそのことを思い出すとクリスは意気揚々と図書館に向かった。
周囲の人間はクリスが一人で歩いてるのにびっくりして、2度3度振り向いてぎょっとした。通常ならばクリスは5人以上の女生徒を侍らせ、廊下を堂々と歩いていて、正面に居るようなら、上から目線で「・・・おどき」
と一言言われる。他の一般市民や下位貴族からしてみれば会いたくない人物であり、皆、蟻のように散っていく。今回、クリスが一人廊下をトボトボと歩いていると思ったら、すぐに180度別の道に向かって走り去るのを見て、関わらないように目を反らした。




