第87話 雄也サイド④――土精霊<ノーム>の森へ――
夜……ランプの灯りのみに照らされた廊下を歩き、部屋の扉をノックする音が聞こえる。
「こんな時間に珍しいですね……夜這いですか?」
「ぶ……いや、俺そんな事する人には見えないでしょう? レイア」
「ええ、優斗様ならまだしも、雄也様は純朴ですものね。入って下さい」
「純朴って……夜中にすいません、レイア」
樹女王との謁見を終え、森妖精都市の宿屋に泊った夜、雄也、パンジー、レイアは樹女王の計らいにより、それぞれ部屋を用意されていた。皆が寝静まる頃、雄也はレイアの部屋を一人訪ねたのであった。雄也達がゴルゴンと合流する前日の出来事である。
「こんな時間にお話とは何でしょうか?」
ベッドの横にある木製の丸テーブルと椅子。椅子に座ると雄也はいつになく神妙な面持ちでレイアに要件を持ちかけた。レイアは雄也に紅茶を淹れ、傍らのベットに座った。
「レイアさん、俺に戦い方を教えて下さい!」
「改まって何かと思えば……そういう事でしたか。雄也様は妖精界に来たばかりの時より充分強くなっていますよ?」
そう淡々と話すレイアだったが、雄也にはその真意が見て取れた。
「いえ、レイアも分かっている筈です。このままの俺じゃあ、今後の戦いでは足手まといになるって」
「雄也様がそう思ったのは、優斗様が覚醒して優希様になった事が原因ですか?」
「そうですね。覚醒した優希姿の優斗……俺の目で追えない動きでした。和馬の父親である、元勇者のシュウジさんも。そんなシュウジさんが勝てなかった魔王の存在……この先の戦い、このままじゃあいけないと俺は思いました。レイアは、あのリリスと互角かそれ以上の力を持っていた、アリスを倒すほどの実力だ。過去、経験を積んでいるハズです。だから……」
両拳を握りしめ、レイアを見つめる雄也。
「焦る気持ちは分かります。でも雄也様は私ではありません。雄也様には雄也様の戦い方がある筈ですよ? それに私の力は特殊な力です。どうやら覚醒した優斗様と形は違えど似たような眼の力があるようですから」
「眼の力……あ、十六夜さんが言っていた……?」
優斗の眼は確か、かつて魔王を封印した〝トウドウサクヤ〟さんと同じ眼だと言っていた事を、雄也は思い出す。レイアが続けて説明してくれた。
妖読力の魔眼は、周囲の妖気力や夢みる力を感知し、視覚として視る事が出来る。契約した妖精の妖気力と夢みる力を統合させる事で絶大な力を得る。さらには強くなる事で、夢渡りの力をも操り、結界や封印術を施す等――秘めた可能性を持つ、十六夜の力に準ずる瞳らしい。
そして、レイアさんの持つ聖者の魔眼。周囲の魔力や妖気力を分析し、感知する。その瞳に宿る力を知覚に転ずれば、敏捷性及び分析能力上昇へ、魔力に転ずれば賢者の大魔法が使えるとも言われる。聖魔の巫女が持つ力に準ずるらしい。言葉にすると、妖読力の魔眼と似ているように聞こえるが、大きく違うところは魔力の部分。聖魔の巫女は本来、妖精界に存在する魔法を管理し、魔族を監視する役割を担っている。そのため聖者の魔眼を持つ者は、潜在的に多くの魔力を保有し、眼の力で身体能力を上昇させる――ここに夢みる力を介してはいない。
「例えば、夢みる力を足に集中させ、瞬間的に高速移動を実現するなど、戦闘での動きを教える事は出来ますが、恐らく雄也様も覚醒する素質がある筈ですから……」
「え? それは――」
―― おーーーーい、雄也ーー?
目の前でひらひらしている掌に気付き、我に返る雄也。
「あ、ごめん、パンジー」
「雄也何ボーーっとしてんの? 土精霊の森の入口に着いたよ?」
戦いを前にして、昨夜レイアと話した出来事が脳裏に浮かび、雄也は意識ここにあらずだったようだ。夢の都より、十六夜の夢渡りの力で森妖精都市へ移動した雄也達。そのまま土精霊の森へと向かっていたのである。
「さぁ、合言葉を言うぞ! スプリットゥーデラテロ――」
聞き取れないような言葉をゴルゴンが呪文のように詠唱を始めると、目の前にあった岩肌が光を放ち始める。ゴルゴンが合言葉を言い終わると同時に、入口を塞いでいた岩肌は真っ二つに割れ、道が出来た。
「あれは妖精界の古代語ですね。かつて光の国で栄華を築いたアルティメイナでも使われていた言葉です」
レイアが雄也達に解説をする。アルティメイナと言えば、ナイトメアが居城にしていたあの城があった場所だ。
「え? レイアさん古代語分かるの? 僕はさっぱりだよ……」
「いえ、私も古代語を勉強していた訳ではありません故、分かる筈がないのですが……なぜかなんとなく理解出来ました」
パンジーがお手上げポーズを取り、レイアに話しかけている。まぁ、レイアさんなら何でも出来そうな気がする……そう思う雄也だった。
「さぁ、もう後戻りは出来ねぇーぜ、行くぞお前達!」
ゴルゴンの合図に、皆が土精霊の森へと入っていく ――
土精霊の森は大地の生命力に満ち溢れた森だ。見上げるほどの高く聳え立つ木々が並び、様々な植物が群生している。普段は野鳥のさえずりが聴こえ、微風の音に合わせてスマイルフラワーが踊りを踊り、妖獣が静かに暮らしているらしい。
そんな魔を寄せつけない森は今、闇に覆われ、厚い雲で閉ざされたかのようにうす暗く、気味が悪い景色へと変貌していた。妖獣や野鳥の代わりに雄也達を出迎えてくれたのは、闇に汚染された植物達だった。中には紫色がかったブルードリアードの亜種――ダークドリアード。悪しき力に染まったジャイアントベアの亜種――エビルグリズリーといった上位種が出現し、雄也達の道を阻む。
「空中からなら、攻撃は当たらないよ! 麻痺乱射!」
「熱結晶、セット! 熱水圧弾!」
痺れの花粉を応用し、麻痺追加効果のある矢を空中から五月雨のように放つパンジー。動きが止まった対象へ、雄也が火属性追加の熱水圧弾を放っていく!
「レイア、そっちお願いします!」
パンジーと雄也の連携攻撃をもろともせず、巨体からは想像出来ないほどの素早い動きで襲いかかるエビルグリズリー。振り下ろす腕を飛び上がり回避し、巨大な熊の顔目掛けレイアが手を翳す!
「明滅光!」
思わず両手で目を覆うグリズリー。そう、レイアが放ったのは魔法による眩い光――光による目潰しだ。素早くグリズリーの足下めがけ、思い切り足払いをかけ、レイアの数倍あるであろう巨体を転倒させる!
「雄也! あれをやるよ!」
空中に居たパンジーが舞い降り、雄也の背中に両手を置く。
「おーけー。攻撃透過、接続! 花ノ生命ヨ、我ニ力ヲ! 花妖光弾!」
倒れたグリズリーに向かって緑色の光を収縮させた新たな光弾が放たれる。グリズリーの身体が衝撃と共に消滅し、夢の欠片が残った。
「よっしゃー、新技成功! 雄也にしてはやるじゃねーか」
「パンジーやったね!」
「「イエーイ!」」
ハイタッチをかわす雄也とパンジー。緑色の光弾は、先頃ウルルと樹女王が放っていた樹の生命力をエネルギーに変えて放つ魔法――樹妖魔弾の応用らしい。パンジーが雄也の肩に両手を乗せ、花妖精の妖気力を送る事で実現した新たな攻撃透過だった。
「お前らなかなかやるじゃねーか! さすが夢の国を救っただけあるな」
周囲の妖花を相手していたゴルゴンが戻って来る。
「―― ちゃんと自分なりの戦い方、身につけているではありませんか、雄也様」
そんな様子を優しく見つめるレイアは、誰にも聞こえない程度の声で呟くのであった。
★ ★ ★
「樹女王よ、以上が報告である。早く土魔都市へ援軍を」
「ライアスとやら、しかと報告は聞き届けた。だが、援軍を出す事は出来ぬ」
森妖精都市、謁見の間。雄也達が土精霊の森へ入っていった頃、時を同じくして土の国旧都、土魔都市の城を抜け、樹女王へ救援を求める騎士の姿があった。グレイス王の側近である、ライアスだった。
「なっ!? なぜだ女王よ! 我が王自ら戦っておるのだ。それに、土の国だと分からないのか!?」
「言葉を慎め! 妾は女王ぞ」
刹那、樹女王が妖気力を放出し、威圧する。周囲の空気が震え、ライアスは必死に耐える。その様子を女王は見つめ、続ける。
「勘違いしておるようだが、今土の国を治めている者はグレイス王ではない、妾じゃ。たとえグレイス王からの訴えであっても受け入れる事は出来ぬ」
「くっ」
ライアスは歯を食いしばる。
「それに、土の国の危機である事は言われなくとも分かっておる。土精霊の森を汚染させ、妾の力を弱める魂胆であろうが……此処、森妖精都市に攻め入る事は不可能ぞ。それに土精霊の森を妖魔化しようが、敵将が中に入れぬ以上、どうする事も出来んであろうて」
「どういう……事だ」
「恐らく奴等の目的は土精霊の神具『大地霊衣』か、土精霊の力を宿したイエロートパーズあたりだろう。神具は森の奥に奉納されておるし、イエロートパーズは妾が持っておる。だいたい他国は最近まで属性宝石をほとんど敵に奪われておるらしいからの。情けない事よ」
「あんた、あのドラゴン達を操る敵を……知っているのか?」
「知っているも何も、あれだけのドラゴンを連れて来るなどという芸当は奴くらいにしか出来ぬ。かつて、竜人族の知将と呼ばれたガディアス……妾も昔戦った事があるからの」
「な、なんだって!?」
その言葉に驚くライアス。樹女王は敵の存在を知っていたのである。
「かつて竜人族は妖精界中で暴れていたからの。まぁ、その話はよいのじゃ。いずれにせよドワーフの里と森妖精都市は結界で既に覆っておる。大翼竜や竜騎兵の攻撃くらいで破る事は出来ぬ」
「樹女王ーー? それなんだけどー、まずい事になってるわよー?」
その時、謁見の間にふらふらーっと母性溢れる二つの豊満な果実を揺らしつつ、おっとりした口調の森妖精が入って来た。
―― な、どうやってこの妖精は樹女王の威圧を前にして普通に入って来た!?
相変わらず樹女王の妖気力が謁見の間に溢れる中、何事もなく入って来た森妖精に旧都の騎士は困惑していた。片膝をついた状態で動けないライアスを尻目に、森妖精は樹女王の前に立つ。
「ウルルや、今は取り込み中ぞ。火急の用か?」
「そうねー。緊急と言えば緊急ねー。さっき雄也君達が土精霊の森へ入っていったわよ?」
「なっ、馬鹿な!? ドワーフ達が協力する筈がなかろう!」
「そうねぇー、私もびっくりしたんだけど、ドワーフの知り合いが居たみたいよー?」
放出している妖気力を収め、樹女王が表情を変える。目を閉じ、溜息をつく樹女王。
「それが敵の罠だと分からんのか……。十六夜は何を考えておる。ウルル、命令じゃ! 今すぐ土精霊の森へ向かうのじゃ! 扉が開いた以上しばらくは閉じぬ筈じゃ。土精霊の神具を奪われてはならぬ!」
「はぁー、そう来ると思ったわー。まぁー、雄也君の事気になるから行って来るわねー。樹女王は此処を守る役目があるものねー」
そういうと、すぐに謁見の間を出ようとするウルル。
「ま、待ってくれ! 俺も行く!」
そう言ってウルルの後に続こうとするライアスであったが……。
「ならぬ! お主では足手纏いじゃ!」
蔓で脚を縛られ動けなくなる旧都の騎士。
「じゃあねー、樹女王行って来るわねぇー」
彼は、のんびりとした口調で謁見の間を出る森妖精を、悔しい表情のまま見送るしかなかった。




