★第8話 はじまり ~眠れる森の雄也~
―― それにしても長い夢だったな……
雄也はあくびをしながら教室で物思いに耽っていた。世界を救う勇者にちょっとなれたみたいで悪くない夢だった。でもあの化け猫にひっかかれた時の痛みとか凄くリアルだったよな。あれ、本当死ぬかと思ったもんね……あ、でも夢ならあそこで覚めてただけって事か。
あれだけ長い長い夢でありながら、夢の内容を雄也は鮮明に覚えていた。水妖精のリンクだっけ? あとメイドのレイアだっけか?
そんな事を考えていると、担任の山本先生からホームルームの話を始める。
今日は春休みの終業式だ。
「皆さんも知っての通り、今ここアラタミヤ町では幼児~小学生の連続行方不明事件が起きてます。
今月に入ってもう五名の子供達の行方が分かりません。決して迷いの森と言われている、水霊の森には近づかないように。夜道は一人で出歩かない。森に入っていく子供を見たという目撃情報から、警察も捜査しています。くれぐれも気をつけるように。それでは皆さん、元気な姿で二年生の始業式に会いましょう」
担任の山本先生から注意喚起があって、ホームルームは終わ……
ガタン!
……ろうとしたその瞬間、見ると和馬が椅子から転げていた。
「和馬君、寝るのは休みになってからにしましょうね」
先生は和馬が眠っていてそのまま椅子から転げたのだと思ったらしい。
ハハハハハーーと教室内に響く無機質なクラスの笑い声……
「……ちげーよ、みんな気づいてねーのかよ……」ボソっと和馬が呟いたのだった。
「よっしゃー、春休みだぜ! 雄也、優斗、夕方十七時、水霊神社の鳥居前集合な!」
「うん、そうだね……」下を向いて呟く雄也。
「これ結構ヤバイ事やん……これからどうなるん……」と優斗。
「……なるほどな。その反応って事は、お前等は気づいているって事だよな?」
「うん、わかってるよ。今日が二回目の終業式って事もね」
雄也は天を仰ぐ。
目覚めてからいつもと変わらない日常過ぎて、雄也も気づくのが遅れた。ましてや、一度体験した終業式をもう一度体験しているなんて、長い夢のせいでどこまでが夢なのか分からなくなっていた。いや、むしろあれも夢じゃなかったって事なのか……。
「ヤバいやん、異世界転生じゃなくて……これ異世界と現実世界が繋がってるって事やん? 向こうでやった事が現実世界に少なからず影響を与えてるって事やろ? だって……雄也は水の国……和馬は炎の国を救ったんやろ?」
「!?」
「なっ!?」
核心をつく優斗の質問に同時に驚く雄也と和馬。
「優斗……どうしてそれを知ってるの?」雄也が疑問を口にする。
「雄也は少し絡んでるからさ、分かるんじゃないかな? 夢妖精と契約したの……俺だから」と優斗。
「夢妖精って、おいおい、じゃあ雄也も優斗も妖精と会ってたって事かよ。しかも、そこで世界を救って、救った子供が行方不明になってないって事だろ?」
「まぁ、そういう事……なんだろうね。七人が五人になってたし……。俺一人助けたっぽいし」と雄也が続く。
「俺も炎の国で女の子を一人助けた。でも、待てよ? という事は残り行方不明の五人の子供ってのも、もしかして妖精の国に居るって事になるのか?」
「いや、それは分からないけどさ、他に気づいている人が居ないんだったらさ、俺達が行くしかないんじゃない?」優斗が答える。
とんでもない事になった。今この町では幼児~小学生の連続行方不明事件が起きている。そこまでは日常では報道される出来事の一つにすぎない。日常のニュースの中には哀しい事件や本当にこんな近くで起きているのかってびっくりするような強盗事件だったり、色んな出来事が日々報道されるが、そんな事は雄也にとって他人事だった。
普通に平穏な日常が過ごせるならそれでよかった。夢で助けた子供が助かるなんて……いや助かるどころかそもそも行方不明にすらなってない事になっている。事象が改変されているのだ。問題はこの終業式が二回目という事だ。事件が解決するまで終業式は三回目、四回目……と繰り返されるんだろうか? タイムリープの主人公なんてまっぴら御免だ。雄也はそう考える……。
「よし、行こうぜ! 妖精界とやらによ! 俺達が行方不明事件を解決して、世界を救おうぜ!」
―― あれ? 和馬がいつの間にか乗り気になっている。和馬が好奇心旺盛なの忘れてたよ。
「異世界に行けるんならさ、せっかくならハーレム物がいいよねー。まだ俺一人にしか会ってないしさー。その妖精誘惑すさまじいし、もうちょっとおしとやかな妖精がやっぱりいいな……」
―― あぁ、優斗は妄想始めてるし、本当に大丈夫なのか……これから……。
三井雄也の憂鬱とはこの事だ……と一人物思いに耽る雄也であった。
という訳で、神社の鳥居の前に三人集まった訳だが……。
「お兄ちゃん達ーー! まさか森に行こうって魂胆じゃないでしょうね!?」
「三葉、悪いけど急いでるからまた今度遊ぼう」
雄也が三葉に向き直って言う。
「あ、あれ? いつもは気づかないのに今日はすぐ私って分かったのね。あ、もしかして、ようやく私のオーラに気づいたってところかしら?」
勝ち誇ったように言う三葉。
「三葉ちゃん、こんにちはー。今日もお手伝い偉いねー」
「ありがとう優斗お兄ちゃん、やっぱり優斗お兄ちゃんは私の凄さを分かってるわよねー。雄也も早く私の凄さに気づきなさい! こう見えても私、じきとうしゅよとうしゅ!」
「もうこのやり取りいいから」と雄也。
「おいおい、部外者はほっといて、行くぞ」と先に行こうとする和馬。
「だからー、和馬お兄ちゃんも、森に入っちゃだめなんだってばー。ママに止めろって言われてるんだからー! どうしても森に行くんだったら……雄也こないだママに魔よけの鈴もらったでしょ? あれ持ってるなら行っていいよ?」
―― え? この展開は一回目と違う。
雄也がそう思うと、一回目と違う展開に優斗と和馬も気づいたようだ。
「おい、雄也、鈴……持ってるのか?」
胸元を見ると、Tシャツの中に首からかけた魔よけの鈴――エレナの水鈴が隠れていた。
「あ!」
「持ってるならいいよ。ママのお墨付きの鈴だから。お兄ちゃん達気をつけてねー」
「なるほどねー。そういう事になるのかー」
小指についた指輪を見ながら呟く優斗。同じく和馬もリストバンドを見つめていた。
「よし、行くか!」意を決したように和馬が歩き出す。
三人は水霊の森へと足を進めていく ――
「ちょっと待てよ、何も起きないじゃねーか!」和馬が叫ぶ。
「いやぁ、やっぱりここの水美味しいよね」と湧水で作られた湖の水を飲む優斗。
「うーん……鈴も鳴らないね……」
頼みの綱のエレナの水鈴も鳴らない。霧は晴れて、湖までは一本道だった。全く迷う事もなく辿り着いた三人。湖の奥にはほこらがあるだけだし、何も起きる気配がない。こういう時ってほこらに何か仕掛けがあったりするけど、小さなお地蔵さんがあるだけだった。
「マジかよ……だいたいどうやって妖精界に行くんだよ」
「そういえば二人共気づいたら妖精界に居たの?」と疑問に思う雄也。
雄也は気づいたら一人だった訳で、二人がどうやって妖精界に行ったのかを知らない。
「俺は気づいたら霧に囲まれててさ、だんだん視界が暗くなって……気づいたらお姉さんの胸が目の前にあったよ……」と優斗。
いやいや、お姉さんの胸ってどういう展開?
「俺は霧の中森を進んで行くと、見たことない小屋があって、そこで髭がすげー木こりっぽいおっちゃんが居たんだよ。あの映画に出てくるドワーフっぽいやつ。斧も持ってたし。んで『この先は危険だから、これ持って行け。北に向かえば森を出て町がある』って短剣やらもらってさ。そしたら森の中で一つ目の野犬居たり、動く植物出てきたり大変だったんだぜ。そう考えると、俺の場合は気づけばそのまま妖精界に居たって事になるよな」
優斗は置いといて、和馬は大変だったんだな……と思う雄也。
そのあと、和馬が行ったであろう方向や、雄也が行ったであろう方向と森の中を探索したが、妖精界に繋がっている事はなかったのであった。
「くそー、この後どうするんだよ」天を仰ぐ和馬。
「まぁいいんじゃない? 行方不明の子供も見つかるかもやし。そもそも人数減ったのも偶然かもしれんし」
「優斗、それじゃあ俺達がやって来た事と説明つかねーだろ」
和馬と優斗が話している。三人は神社の裏にある森の入口まで来ていた。
「もしかしたら普通に明日が来るかもだよ」
そうだ、巻き戻る保障なんてどこにもない。と雄也は考える。そもそもやっぱり夢だったんだ。行方不明の子供が減ったのも偶然だったんだ。そう雄也が言い聞かせていると……。
「行方不明の子供は見つかったですか?」
誰かから声をかけられたようだが、雄也が周りを見渡しても誰も居ない……。
「いや、ここよ、ここ! こっち!」
「あ、ごめん、なんだ三葉か。ちっちゃくて気づかなかったよ」
なんと三葉が三人の帰りを待っていた。
「おー、なんかデジャブな展開! ここでこのシーンに出くわすとはね」と優斗。
「デジャブってなんですか? それはいいけど、ママが待ってますよ。神社の奥の拝殿に三人共来て下さい、という事みたいです」
「え? おばさ……じゃなくて水無瀬先生が?」と雄也。
水無瀬先生の甥っ子にあたる雄也だが、おばさんと言うと殺されるのだ。
「どういう事なんだ。まぁ、なんで神社の中に行かないといけねーんだ」と和馬。
「いや、ここは行った方がいい気がするよ……」優斗が真っすぐ神社の方向を見つめている。
「そうそう、先生の言う事はちゃんと聞くものよ? それが保健の先生であってもね」
目の前に巫女の姿をした背の高い女性が立っていた。普段学校では白衣なのだが、巫女姿も似合っている。
「おばさ……じゃなくて、葉子お姉さん、何の用でしょうか?」
改まって雄也が話しかける。
「おい、雄也、どうしてこの保健医がお姉さんなんだよ? しかも年齢からしてこの巫女服はありえねーだろ。スカートも短いし。歳相応ってもんが……」
和馬が雄也に言い終わる前に物凄い闇のオーラを感じて和馬の動きが止まった。尚、今居る場所は言わずもがな人間界であり、異世界ではない。
「ええっと……和馬君……だっけ? 歳相応って何かしら? 巫女服は神聖な服で、歳は関係ないのよ……? まさか私がアラフォーだからって、お姉さんというのが可笑しいとでも言うのかしら?」
手のひらをグーにして、水無瀬先生が和馬に向き直る。てかあれだ。人間も負の妖気力ってやつを使えるのだろうか? 巫女だしさすがにそれはないよね。
「! し、失礼しました! 水無瀬先生!」和馬が驚いて頭を下げる。
「分かればいいのよ。さて君たちが森に行ったのはどうしてかしら?」
「先生、それはあれだよ。森の奥の湖に水を飲みに行ったんだよ」と優斗。
「あらそう、もしそれだけなら拝殿に来なくていいわよ? でも、知りたくないのかしら? 妖精界への行き方……」
!?
三人同時に驚きの表情で水無瀬先生を見る!
「それから貴方達あの行方不明事件にも絡んでるでしょう? 教室で話してるの廊下で聞いたわよ? どうして七人が五人になったの知ってるわけ?」
「ちょ! それって!」三人が警戒する。
「あ、大丈夫よ、私は犯人じゃないし、味方だから。さぁ、拝殿に案内するわ。ついて来なさい」
そういうと神社の中へと水無瀬先生は入って行く。
「何してるの? 早く来なさい。三葉もついて来てー」
「はーい、ママーー」
いつの間にか横に居た三葉も走って水無瀬先生のところへ走って行く。
三人は恐る恐る神社の拝殿へと向かうのであった。
……これが世界を救う旅の始まりであるとは、この時の雄也達には知る由もないのである。