第79話 雄也サイド②――樹女王<ドライアド>との謁見――
植物の蔦に覆われた柱、一面緑色に覆われた廊下。天蓋は高く、透明な水晶で出来た窓からは光が差し込んでいる。ハートの形をした葉を持つ植物や、まるで会話をするかのように互いの顔を見合わせる巨大な花。左右に並ぶ植物を眺めつつ、雄也達はウルルに案内されるがまま城内へと入っていた。
「でもよかったわねぇー、私が居なかったらーー、中にはきっと入れなかったわよーー?」
ウルルが先導して前を行く。その後ろに雄也とレイア。相変わらず雄也の後ろにパンジーが隠れるように飛んでついて来て居る。
「はい、ウルル様ありがとうございます。私達だけでは入口の森妖精に止められていたかもしれません」
「そうねぇー、貴方達だけでは無理だったでしょうねー。人間と花妖精じゃあねぇー」
相変わらずおっとりした口調で毒を吐くウルル。
「そんな言い方しなくてもいいじゃんね、雄也」
雄也に聞こえる程度の小声で同意を求めるパンジー。
「あらー、そんなに怯えなくてもいいのよー? ヨウコの甥っ子ならー、きっと女王様も気に入ると思うわよー?」
「あ、それなんですが、ウルルさんは、本当に葉子叔母さ……お姉さんと契約して魔王を封印したんですか?」
「ふふっ……何、ヨウコったらーー雄也君にお姉さんって言わせてるのね? あの子らしいわ……ええ、間違いないわよー。ヨウコはね、元々巫女としての邪を払う力を持っていたから強かったわよ?」
「そうなんですね……それで現継の巫女に……」
雄也は考える。あの和馬の父親であるシュウジや、叔母であるヨウコは、魔王を封印するほどの力を持った人間だったのだ。勇者を名乗ったり、巫女の名を継ぐ訳だと。
「んーーー、あの子が巫女を継いだのにはあの子なりの理由があったみたいだけどねー。まぁ、だいたい予想はつくんだけど……」
「お仲間の死……ですか……」
ウルルの発言に対し、レイアが続いた。
「あら……みんな既にその話も知っているのね? そうねぇー、サクヤは本当にいい子だったわー。妖精からも人間からも、同性からも異性からも好かれる明るい子だったの。魔王は無事に封印出来たけれど、あの子が居なくなった事で、みんな自然と離れ離れになってしまったわ……」
仲間を失う事がどれほど辛い事か……。雄也は考えた事もなかった。今までそんな大きな不幸に見舞われた経験がなかった。和馬は幼い頃母親が亡くなったと聞いている。優斗の母はシングルマザーだ。雄也は父親が単身赴任であるが、特に何不自由ない生活を送って来たのである。そんな自分が何を言っても、薄っぺらい言葉になってしまう……そう考えると雄也は思わず口を噤んでしまう。
「……さ、この上に女王様が居るわよー」
その様子を察してかウルルが立ち止まり、振り返る。目の前には女王の間に続く階段があった。
「貴方達が哀しむ事じゃないわよーー。さ、この話はもう終わり。女王に会うんでしょ? 行くわよー」
「ウルルごめん、そんな辛い過去があったなんて……。いつも毒舌ばっかだから僕そんな経験してるだなんて知らなかったよ……」
パンジーがウルルの前に出て頭を下げた。
「あらー、謝らなくていいのよー? 花妖精なんだからー、もっと明るくいきなさーい」
「ありがとう、ウルル!」
「まぁー、私の方が間違いなく強いでしょうけどねーー」
「もう……また余計な事を言う……」
余計な事を言われてもパンジーは雄也の後ろに隠れる事はなかった。ウルルとパンジーとのわだかまりが少し解けたようだ。一同は女王の間へ続く階段を上る。
「樹女王ーー! 私よーーー、ウルルよーー? お久しぶりーー」
「え? どらいあど?」
その名前に雄也が思わず反応した。なるほど、ドライアドが森妖精都市……ひいては土の国の現女王様になる訳か。人間界の知識では、樹木の精霊のような存在だったはず……ゲームの知識を浮かべながら雄也が目の前を見ると、美しい樹女王の姿が目に入った。
ウルルよりも長く深い緑色の髪に、赤い色の花冠、透き通るようなライトグリーンの瞳。髪と共に茨のような蔓と木の枝が伸び、緑色の足と腰を覆う衣装はとても煌びやかだ。そんな中、二つの果実と下の部分は葉っぱによって隠されているのみ。果実はウルルよりは大人しめだが、より妖艶さを醸し出している。そして、何より溢れだす妖気力。女王は間違いなく強い……。そうやって雄也が樹女王を観察していると……。
「えっ!?」
樹女王の背中から伸びた木の枝が何本もうねりながら集まり、太い一本となり風を切るような音を放ちつつ雄也へと向かって来る! ドリルのように回転しつつ、雄也へ襲いかかる集められた木の枝。雄也は咄嗟に水鉄砲を構え、レイアが短剣で受け止めようと態勢を整える!
―― バチーーン!
集まった木の枝が雄也へ届く直前、木の根が柵のように集まり、枝を受け止めていた。それは、パンジーの蔓縛りによる柵ではなく、ウルルの脚から伸びたものであった。
「ウルルや……妾の前に人間を二度と連れてくるなと言った筈ですよ?」
「あらーー、でも困ってるんでしょー? 森が闇に汚染されているんでしょー?」
続けて無数の茨による棘が全員へ向け飛んで来るが、木の根による柵の範囲を拡大させ、ウルルが受け止めた。
「人間の力を借りる事はありません。どうせあのエロ勇者のように、邪念の一つや二つ持っているでしょうから」
うん、シュウジさん今エロ勇者呼ばわりされたね。あ、もしかして、さっき樹女王の服装をジロジロ見ていたのがいけなかったとか……ちょっと反省する雄也。
「あらーー、ドライアドはお堅いのねーー。いいじゃなーーい、シュウジはそれだけ強いんだしーーー。女の子が寄って来るのも無理はないわよー? それに、ここに居る雄也君はぁー、あのヨウコの甥っ子よー?」
木の根による柵を収めた瞬間、今度は光源弾とは違う、ほんのり黄緑がかった光の球が飛んで来ていたが、ウルルが同じ球を放ち、見事に相殺していた。強大なエネルギー同士がぶつかりあう事で爆発が起きていた。思わず目を閉じる雄也。
「さっきからなんなのさ……僕ついていけてないんだけど……」
「ええ、女王はとんでもない力を持っているようですね」
パンジーとレイアがウルルと樹女王の力と力による対話を、感心した様子で見ていた。
「そうですか……どうりで何か感じるものがあると思ったら、あの巫女の甥っ子か。いいでしょう。こちらへ来なさい」
ようやく女王に近づく事を認められたらしい。
そして、雄也はようやく樹女王との謁見を果たすのである。
「なるほど、では、そなた達が妖精界の他の国々を救ったという訳か」
「はい、そして、夢見の巫女に土の国でも異変が起きていると聞きまして、参ったという訳です」
落ち着いた樹女王は静かに雄也達の説明を聞いてくれた。
「十六夜め、余計な事をしよって。そなた達の目的は分かった。だが、土の国の問題は妾がなんとかする。そなた達の出る幕はない。そうと分かったなら、早々に立ち去るがよい」
「あらー、そんな事言って、土精霊の森が闇に覆われ、旧都、土魔都市まで攻め落とされたら終わりなんじゃないのー?」
ウルルが樹女王の代わりに重要な事を言ってくれている気がする。そう思いつつ、やり取りを眺める雄也。
「ウルル、余計な事を言うでない! いずれにせよ、土精霊の森はこの国の女王である私か、合言葉を知るドワーフ位しか入る事すら出来ぬ。まぁ、ここまで来てくれた礼だ。今日の宿くらいは用意してやる。宿に泊まったら自国へ帰るといいだろう」
そういうと、パンパンと樹女王が手を叩き、小さな羽根妖精がパタパタとやって来る。宿の手配をしてくれているようだった。そして、樹女王の威圧により、謁見は強制終了となったのである……。
その夜、森妖精都市の宿屋に泊る雄也達。全てが木で出来た宿屋内の食堂。木のテーブルを囲み、雄也とレイア、パンジーが晩御飯を食べつつ、今後の事を話していた。ウルルはまた明日ねーと宿屋に一同を見送った後、一旦自宅へと帰ったようだ。
「ウルル様によると、この都市からさらに西に行くとドワーフの村があるそうですが、土精霊の森は精霊を祀る大事な場所らしく、合言葉は絶対教えてくれないそうです」
「僕も土精霊の森なんて、行った事ないもんなー。あ、このウルリン茸のポタージュスープ美味しい」
レイアの発言に反応するパンジー。ポタージュスープを木製の匙ですくって飲んでいる。
「それに、土魔都市とも言ってたよね? 土魔都市って?」
「土魔都市は土の国の首都であった場所ですね。ここから東、リアーノ砂漠を越えた先にある都市です。確か古代遺跡が有名だった筈です。時代が変わり、樹女王が女王になってから、土精霊を祀る場所も遺跡から森へと遷ったと聞いてます。今でも旧都には遺跡を守る民が住んでいるようですね」
雄也の質問にレイアが解説してくれた。
「でも、土魔都市が攻め落とされたらって……そっちも危ないって事なのかな? 土精霊の森が闇に覆われて、土魔都市もって……土の国大変じゃん! このピザも旨いな!」
パンジーがこれはなんとかしなきゃだね、うんうんと、頷いている。ピザのチーズを伸ばしながら。
「まずはその土精霊の森を汚染しているという闇をなんとかする事が先決でしょう。土精霊に通じる森が堕ちると世界中の植物が枯れ果てると聞きますから」
結構思っていた以上に事は重大のようだ。土の国の問題と言いながら、妖精界、いや、エレナ王妃が昔、人間界にも確か影響が出ると言っていた……放っておけない問題である事に間違いはなかった。
「え? それはヤバイね……でもドワーフは絶対合言葉を教えてくれないって……」
「そうですね……森まではウルル様に案内してもらうとして、合言葉は……」
雄也とレイアが何か方法がないかと考える。
「僕もドワーフに知り合いなんか居ないもんな……誰かドワーフの知り合い居ないかな……」
ピザを食べ終わったパンジーがひと息つきながら発言したその時……。
「ドワーフの知り合い……あ!」
「パンジー様! それです!」
雄也とレイアが顔を見合わせる。
「え? 何? 二人共なんなのさーーー?」
パンジーだけがドワーフの知り合いを思い出せず、食後のレモネードを口にするのであった。
★ ★ ★
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
肩で息をしながら逃げ惑う鎧を来た騎士達。空中から放たれる大翼竜による火球と、地上を攻める竜騎兵による攻撃。最早、土魔都市の兵士達に力は残されていなかった。
「ライアスよ、早く儂の代わりに森妖精都市の樹女王へこの事態を報告しに行くのだ」
「グレイス王よ! なりませぬ! 王を最後まで守るのが私の務め! 最後まで戦います!」
「ならぬ! 民は地下の隠し通路へ避難させておる、それに儂は旧都時代の王、既に王ではない。それに、土の国全体の危機じゃ。お主が樹女王へ伝える事が、この国を守る事に繋がるのじゃ!」
王は笑顔で分かってくれと男へ語りかける。
「しかし!」
「ライアス! これは命令じゃ! それに儂はそう簡単には死なぬよ!」
腰から剣を引き抜き、王が自らマントを脱ぎ捨てる。王の持つ刀身は妖気力を纏っているように見えた。
「御意! 王よ! 樹女王からの援軍が来るまで生き延びて下さい!」
そう言うと、ライアスと呼ばれた男は玉座の裏にあった隠し階段より外へと出ていった。
「さて……そろそろかの……」
やがて王の間へ、柄に竜の紋章が施された冷たく青白い刀身と、紅蓮の炎を閉じ込めたような紅色の刀身をした二本の剣を持った、竜の頭をした威圧感を放つ男が入って来る。
「その姿、貴殿がこの旧都の王と見受ける。貴殿に問う。土精霊の神具は遺跡の中か?」
「その問いに……儂が答えると思うか?」
「そうであろうな。ならば命が尽きる事になるが、よいか?」
「では儂の命を奪わんとする、そなたの名を聞いておこうか?」
「小生の名は……ガディアス。かつて栄華を築いた竜人族の生き残りよ」
「なるほど、相手とってに不足なし!」
そう言った瞬間、両者の剣と剣がぶつかりあった ――




