第78話 暗躍する者達と、運命を視る巫女
燃えるような夕闇に覆われた城、獅子の頭を持つ大きな翼を携えた魔獣が監視するかのように城の周辺を舞い、城の庭には大きな牙を持った鮮血のように赤い体毛に覆われたジャッカルが放し飼いにされている。そんな城の中、猫の着ぐるみのような格好をした幼女が大きな王宮の椅子に腰かけ、足をぷらぷらさせていた。
「もうー、つまんなーい。めんどくさーい。どうしてナイトメアもリリスも死んじゃってる訳ーー?」
「リュージュラ様、計画に変更はないとの事です。そう面倒くさがらないで下さい」
山羊のような二本の角を生やした赤と白のメイド服を着た褐色肌のメイドが声をかける。
「フォメット、じゃあ面倒くさいから、風の都も聖魔大国もフォメットがどうにかしてよ。僕ちんはここでお菓子食べてるから」
「心配せずとも、風の都はパズズ、聖魔大国は我々が動かなくとも闇夜大国によって滅びるでしょう」
真っ赤な血の色をした紅茶が入ったティーカップとクッキーの乗ったお皿をリュージュラの前に置きつつ、フォメットと呼ばれたメイドが解説する。
「ま、いいや、考えるの面倒くさいしー。……ちょっとそこ! 勝手に入って来ないでくれる?」
幼女が指差した先から、褐色肌に白い猫耳、黄色い瞳に桃色の髪をした猫妖精が、桃色のワンピース姿で部屋に入って来た。
「初めましてー! あなたが魔獣女王、リュージュラさんですねぇーー? インタビューさせて下さいーー」
左手にマイクを持ち、目をきらきらさせてリュージュラの元へやって来たこの妖精……そう、夢の国、童夢TVのレポーター、ミュウミュウだった。しかし、ミュウミュウが近づいた瞬間、着ぐるみ姿のままリュージュラの腕が巨大化し、その巨大で鋭い爪がミュウミュウの身体を襲う。ミュウミュウの身体は一瞬にして引き裂かれ、消滅する! 衝撃で床が抉れ、亀裂が入る。腕を元の大きさに戻し、紅茶を飲むリュージュラ。
「はぁ、面倒くさい……君、こないだのアリスといい、女の子姿は趣味なの? 可愛いキャラは僕ちんだけで充分だよ? だいたい死んだんじゃなかったの?」
頬杖をつきながらリュージュラが話しかけると、誰も居なかった左隣から先程引き裂かれた筈のミュウミュウが、マイクを向けつつ再び現れる。
「リュージュラさん、そんな事言わないで下さーい! え? それに、私が死んだって何の話ですか?」
「そうね、今はミュウミュウだものね。会話するのもめんどくさーい。フォメット、後お願い」
そう言うと、椅子からぴょんと飛び降り、部屋を出ようとするリュージュラ。
「あ、待って下さーい。私、全ての魔獣を司る力を持ったリュージュラさんの話を聞いて、是非お会いしたいと思ってここに来たんですよー? お話しましょうよー?」
その言葉を聞いて、立ち止まるリュージュラ。
「ふーん、僕ちんが魔獣女王って、誰に聞いたの?」
「誰って、そんなの当たり前じゃないですかー? えっと……あれ? 誰と話したんだっけ?」
冷たい視線を送るリュージュラとフォメット。おかしいなーと腕を組んだまま考え込むミュウミュウ。
「これ以上待たせると、本当に出ていってもらうよ。僕ちん面倒くさいの嫌いなんだから。そろそろ中から出て来て何しに来たのか教えてよ?」
「……ふふ……ふふふふふ……」
組んでいた筈だったミュウミュウの腕がだらんと落ち、下を向いたまま嗤い始める。
「先に言っておくけど、敵討ちなんかしないからね」
「……それはもういいのだよ。既にガディアスが動いておるからの」
滲み出る漆黒のオーラをそのままに、ミュウミュウから新たな名前が発せられる。先ほどとはうって変ってしわがれた低い声になっていた。
「どうしてガディアス様の名前が出て来るのですか?」
「やつは聖魔の巫女と因縁があるからの。怒りの矛先を向けてあげただけの事よ」
リュージュラの代わりにフォメットが尋ね、ミュウミュウが答えた。
「ふーん……自分で殺らないんだ?」
「残念だがこの娘の身体では無理な事よ。アリスの姿で勝てなかった相手だからのぅー」
まだ力が足りんのぅーと口元を歪ませたまま呟くミュウミュウ。
「そうなんだ、じゃあ僕ちんが今君をここで倒しちゃおうか?」
「リュージュラ様!」
次の瞬間、カッ!? と目を見開き、口を開け、強力な負の妖気力に覆われた光弾を吐き出すリュージュラ。しかし、既にミュウミュウの姿は消えていた。部屋の壁に大きな穴が空く。
―― やはり夢妖精の身体は夢渡りが自在に使えるからいいのぅ。リュージュラ、今はお前とやりあってる暇はないのだよ。お前は計画通り進めてくれたらそれでいい……。まぁ、次会う時は別の姿かもしれんがの。
姿が見えない状態で、低くしわがれた声だけが部屋に響き渡り、やがて部屋からミュウミュウの気配が消えるのであった。
「あぁー、面倒くさーい。なんなのーあいつ! どうして僕ちんがあいつの命令を聞かないといけない訳ー?」
「世界に魔獣の力を知らしめるには絶好の機会ですよ? リュージュラ様。はい、紅茶をどうぞ」
「もうー、面倒くさーーい」
紅茶を飲みつつ、魔獣女王は王宮の椅子へ再び腰かけるのである。
★ ★ ★
「はぁー久しぶりのとろけるプリンです……この瞬間が至福の時ですね……嗚呼……口の中に濃厚なカスタードと卵の風味、舌の上で溶けていきます……。このほどよい甘みが脳へ幸せ成分を送り届けてくれるのですね……。あら? 卯月? 食べないのですか?」
ところ変わってここは夢見御殿。とろふわーな人間界のプリンを夢の都のシェフに作らせたらしく、十六夜が刺繍の入ったクロスが敷かれたテーブルを前に、紅茶とプリンを嗜んでいた。本日の紅茶は夢の国産の茶葉を使ったミルクティーらしい。
「いや……十六夜様、色々な事が起きている中、本当いつも冷静ですよね。夢の都は彼等によって救われましたが、まだ妖精界は大変な事になっているんですよね?」
桜色をした浴衣を着た少女、卯月が目の前にあるとろふわプリンをじーっと見つめたまま十六夜に話しかける。お付きの弥生が和馬と風の都へ向かっている今、十六夜のお世話係を弥生の代わりに卯月が担っているのである。
「先日も申し上げた筈ですよ? 有事であるからこそ、焦ってはならないのです。焦りは隙を生みます。こうしてミルクティーを飲んでいる間も、弥生を含め、皆さん順調に進んでおります故、心配はいりませんよ?」
ミルクティーを飲む十六夜を見つめ、そうですか……と諦めたようにプリンをひと口食べる卯月。
「あの……前から気になっていたのですが……十六夜様には何が視えているのですか? ただの夢見の力……だけではないですよね?」
「卯月には話した事がなかったですね。私が視ているもの……それは運命です」
「え? 運命……ですか?」
ミルクティーの入ったカップをゆっくり置き、十六夜が語り始める。
「運命先導――これが私の能力です。対象の運命を読み取り、導く能力……しかし未来が全て見えている訳ではない。運命とは複雑に絡み合い、夜空に煌めく星々のように散りばめられている。どんな運命を掴み取り、どの未来を選択するか? それは本人達が決める事なんです」
「なんだか難しい話ですね。十六夜様は何でも知っているものだと思っていました」
「……そうですね。夢見の力と合わせると、ある程度の事は視えますが、この先の未来がどうなるのか……それは私にも分かりません。だから私達はこうして紅茶を飲んで、皆さんを信じて待つしかないのですよ」
「……そうですか……」
十六夜は残りのとろふわプリンを食べ、ゆっくり目を閉じる……。
「――皆さん信じていますよ」
★ ★ ★
目を開けると見慣れた天井があった……。いつも朝見ている天井だ。ベッドにはくまのぬいぐるみ、壁を見ると、自身の制服がかかっていた。そう、ここは優斗の幼馴染、星菜美優の部屋だった。美優は今起きている状況を整理しようとする……。
「あれ……ここは?」
「あら、目が覚めた?」
突然声をかけられ、ビクっと身体が反応する。布団から上半身だけ起こすと、勉強机の椅子に白いブラウスと茶色のスカートを身につけた、見覚えある顔の女性が座っていた。
「え? 水無瀬先生……? え? どうして、ここは私の家?」
「まだ、頭がついていってないようね? 倒れた美優ちゃんを私がここまで連れて来てあげたのよ?」
格好は巫女姿でも保健室の白衣でもなく、普段着であったが、椅子に座った女性は紛れもなく水無瀬葉子、その人であった。
「倒れた……あ! そうだ、あの子! 三葉ちゃん…確か水無瀬先生の娘さん、なんですよね? あの子に何かされて私……」
神社の中に入ってからの記憶が曖昧だったのだ。頭を押さえつつ美優が記憶を整理する。
「あなたには悪い事をしたわ美優ちゃん。本来美優ちゃんが記憶を保持している事が異常事態であるのよ?」
「え? 記憶を保持……あ!」
葉子の言葉を聞き、美優が今日の出来事を思い出す。優斗が優希という女の子になってしまい、皆の記憶だけでなく、アルバムの写真や思い出まですり変わってしまっていた事。行方事件解決のニュースが流れていたが、自身の記憶と最初に行方不明になっていた子供の人数が違っていた事。優斗の家に行くと、優希の姿をした優斗に会い、妖精界という異世界の話を聞いた事。
どれも信じがたい出来事ばかり……だが、目の前に起きている事実を彼女は受け入れる他なかった。
「……先生……私はどうしたらいいですか?」
ゆっくり噛みしめるように発言する彼女。
「残念ながら美優ちゃんは、今まで通りの生活を送って欲しいの。妖精界は今危険なの。あなたが危険を冒して妖精界へ来る必要はない」
「でも! それじゃあ優斗が!」
ベットから飛び降り、彼女は葉子の前に立つ。
「……優斗君が好きなの?」
「え、ちょっ!? そそそ、そんなんじゃないです! あいつとは幼馴染で放っておけないというか……てか、あいつ今女の子だし! まぁ、女の姿も可愛かったけど……とにかく、優斗が危険な所に居るなら尚更、心配です!」
ふーん……青春ね……そう聞こえない程度の声で呟く葉子。
「え? 先生何か言いました?」
「いいえ、まぁいいわ。大丈夫よ。貴方の優斗はちゃんと還って来るから。お姫様は王子様の還りをじっと待つものよ」
「あ……貴方の!? え? お姫様!? ちょっと先生!」
思春期の女子高生はその言葉を聞いてカァーっと顔が赤くなり、ベットの傍にあったくまのぬいぐるみで顔を隠す。
「これは決定事項なの。人間界をこれ以上巻き込む事は出来ないって。あなたの気持ちはよく分かるわ。私だって恋の一つや二つ、経験しているもの。辛いかもしれないけれど、あの子達の様子は私がちゃんと美優ちゃんには伝えるから、安心して待っていなさい」
「恋なんてしてないです……けど、わ、わかりました……絶対ですよ?」
「ええ、約束するわ」
美優は口元を押さえたまま、優斗達の様子を定期報告してくれる約束を葉子と交わす。
「さ、美優ちゃん、分かりあえたところで、優斗君の事、色々聞かせてよ!」
「先生ーーーもう、からかわないで下さいーーーー!」
この日、水無瀬葉子と美優は夜まで語り合うのである。
星菜美優……彼女の運命の歯車もまた、少しずつ動き初めていた ――




