第74話 妖精界の歴史と受け継がれた血筋
十六夜から聞いた話は、あまりに壮大な話だった。妖精界創世の話から始まり、世界の成り立ち、人間界との関連性、魔界と魔王の存在、そして、今に至るまでの戦争の歴史だった。
かつて、人間界に人類の存在が確認されるよりも前、妖精界は、水精霊、火精霊、風精霊、土精霊、雷精霊の五大精霊によって造られたと言われている。精霊は精霊神域という精霊が住まう神域に住み、妖精界を見守っていたが、やがて、魔界より降り立った魔族と妖精達との戦いが始まる。妖精と精霊、魔族と魔族が生み出した妖魔と悪魔、両者の争いは熾烈さを増していく。長き戦いは決着が着かず、妖精界は混沌の時代を迎えたそうだ。
妖精界を救う、何か手段はないか。精霊が手段を模索していた時、人間界に存在し始めた人間の夢見る力が、妖精界と深く関わっているという事に気づいたらしい。妖精界と人間界そのものが密接に絡んでいるという事も。そして、精霊達は、世界を救うために四大巫女を生み出す。
人間の夢を正しく導くために夢妖精を生み出し、夢の力を正しく扱うため、夢見の巫女を――
人間界と妖精界の自然調和を監視し、精霊とやり取りが出来る存在として、伝霊の巫女、現エレナの巫女を――
妖精界に巣食う魔族の存在を監視し、魔力や結界に長けた存在として、聖魔の巫女を――
そして、人間界と夢渡りの力で繋がった妖精界とを導き、人間界を監視する存在、現継の巫女を置いた。
やがて魔界より君臨した魔王の存在により、力の均衡が乱れ、妖精界は壊滅の危機を迎える。その際に人間の力を借りたのが、妖精と人間との契約の始まりだったそうだ。
「やがて、妖精と契約出来る適合者が現れ、勇者という存在が現れます。魔王はかつての勇者により、倒されたのです。こうして、長きに渡り混沌としていた妖精界に、ようやく平和が訪れたのです」
十六夜がどこからか持って来た苺のショートケーキを食べつつ話を進める。
「でも、それって……何百……いや何千年、何万年も前の話……ですよね?」
雄也がそう尋ねる。
「そうですね、私が生まれるよりずっと前の話ですから」
十六夜さんが生まれる前……という事は少なくとも千年以上前……という事になる。
「だな、まぁ、俺はその勇者の子孫っつー訳だな」
どうだ、凄いだろう? というような表情でシュウジさんが珈琲を飲んでいる。俺は珈琲派なんだよ、というどうでもいい情報まで補足してくれた。
「え? でも、シュウジさんは妖精界を救ったって……」
そう聞いたのは優希だ。
「ええ……つい最近の事ですが、ニ十数年前、かつて倒されたはずの魔王が復活したのです。今までも強大な魔物が現れる事はしばしばありましたが、魔王が復活する事はなかった。事は一刻を争いました。この時、人間界で巫女が探し出し、見つけた適合者が四人居たのです。その中の一人が、此処に居るシュウジだったという訳ですね」
適合者として妖精界へと招き入れられた四人は、それぞれ妖精と契約を交わしたそうだ。シュウジが契約したのは風妖精と雷妖精だったらしく、今も魔法や能力が扱えるのはその頃の力が残っているから……だそうだ。シュウジ達は鍛錬を積み、やがて魔王と対峙する事となる……。
「だがな、俺の力ではやつは倒せなかったんだよ……」
「ど、どういう事だよ親父……」
和馬がそう尋ねる。親父の力を目の当たりにした今、それでも通用しなかったという言葉が信じられなかったのだ。
「俺達と魔王との戦いは激しさを増していった。俺達は、魔王に傷をつける事は出来ても、最後まで倒す事は出来なかったのさ。やがて皆が疲弊し、もう手段がなくなって来た時……」
シュウジがそこで息を呑んだ。
「シュウジ達は魔王を封印するという選択肢を選んだのです。夢見の巫女である私も当時、その様子を視ていました。しかし、その時、仲間であった一人が魔王を封印すると引き換えに、命を落としたのです……四大巫女さえ出来なかった偉業を、彼女は成し遂げた。人間の夢みる力が巫女の力を、魔王の力をも超えた瞬間でした」
十六夜がそう続けた。
「本当は皆あの時、彼女を守りたかったのさ……だが、彼女は命を賭して魔王を封印したんだ。救世主は俺じゃない、彼女だったのさ」
そこまで語り終えたシュウジが、初めて天を仰いだ。
「そして、今、再び世界が闇に包まれようとしています。それがあの日、封印されし魔王の仕業なのか、何なのかは私にすら分かりません。しかし、強大な敵の影が迫っている……私はそう考えています」
「―― 和馬、お前は目の前で仲間が死ぬ事を受け入れられるか? そんな状況になっても敵を倒す! そう言い切れるのか?」
和馬をじっと見つめるシュウジ。
「そ……それは……」
「やってみせます!」
和馬が下を向く中、そう続いたのは雄也だった。
「仲間が死ぬのは見たくないし、守れるかは分かりません。でも、俺は守りたい! たくさんの人が苦しむ姿を見たくない。そうだろ? 和馬?」
「和馬、いつもの和馬らしくないやん? いつもの和馬なら、俺が世界を救ってやるぜ! ……って言うところだろ?」
雄也と優希が続いた。
「ふ、いい仲間を持ったな、和馬」
「……あんたの言いたい事は分かったよ親父。もう俺は逃げねぇさ」
和馬の……そして、皆の決意は固まったようだ。
「あ、あの……十六夜さん、もう一つ質問いいですか?」
「はい、なんですか、優斗さん」
優希……いや優斗が頭の中で引っかかっていた事を口にした。
「今光の国に居る……如月エイトさんって……もしかして……」
雄也も同じ疑問を抱えていたらしく、思わず息を呑む。そう、二十数年前という事は、以前如月エイトが話していた、光の国を襲った闇竜の事件より少し前の話だったのだ。エイトさんが昔話をしてくれた時、彼は妖精界に残らないといけない理由があった……そう言っていたのだ。しかし、この後、シュウジから告げられた事実は、三人が予想していた範疇を超えたものだった。
「なんだ、お前等、エイトを知ってるのか? そうだな、魔王封印のために命を落とした、妖気読の魔眼――藤堂咲夜、光源の凍弓使い――如月エイト、疾風迅雷の勇者――新井修司、そして、現、現継の巫女にして、巫女の血を継ぐ、血継の魔女――水無瀬葉子が、当時のパーティーだよ」
「エイトさん……やっぱり……って、え? 葉子おば……お姉さん!?」
「な!? 水無瀬先生!?」
「おいおいマジかよ……!?」
それぞれが驚きの声をあげる。ここで水無瀬先生の名前が出てくるとは、誰も思っていなかったのである。しかも現継の巫女って……。
「雄也さん、もう貴方は気づいたのではないですか?」
「ま、まさか……俺が妖精界に来た理由って……」
雄也は十六夜の言葉に思い当たる節があったようだ。
「ええ、そうです。雄也さん、貴方が適合者である由縁は、叔母である葉子の血を少なからず引いているから……でしょうね……」
「あ、あの……じゃあ俺は……」
十六夜の雄也に対する回答を聞き、優希がそう続く。
「さぁ、どうしてでしょう? ……と、隠しても仕方がありませんね。先ほど名前が挙がった、亡くなった藤堂咲夜は、貴方のお母さん、森山雪江の姉です。藤堂はお母さんの旧姓ですね。そして、優斗さんが妖気力を視ているその瞳……咲夜が持っていた瞳と同じですよ?」
「ま、まさか……」
優希が自分の両手を見つめる。
「そして、こいつ、和馬は俺の息子って訳だな。子の世代を巻き込みたくなかったんだがな。こうなってしまっては仕方がない。俺が最後まで面倒を見てやるよ」
「マジかよ……」
今まで家にもろくに帰らなかった親父が勇者だった……それだけでも和馬には衝撃的な出来事だったのだ。まさか三人とも……そう思う和馬。
「そう、貴方達が妖精界に来たのは偶然ではない……運命なのですよ」
十六夜はゆっくり夕陽のように赤く染まった紅茶に口をつけ、三人に笑顔でそう告げたのである。
★ ★ ★
「ママは本当に昔、妖精界を救ったのでしゅか?」
「そうね……最終的に救ったのは私じゃなくて友達だったんだけどね……」
水霊神社の社務所で会話をする母と娘――水無瀬葉子と三葉。社務所のテーブルに向かい合って座っている。そして、社務所の奥にある仮眠用のベットには先ほど三葉によって眠らされた星菜美優が横たわっていた。
「そのお友達は今も元気にしてるんですか?」
「いいえ……その戦いで……死んだわ」
「ご、ごめんなさいです……」
「いいのよ、もう過去の出来事だから。私達はね、妖精界を救ったけれど、大切な仲間を救えなかったの。だから、こうして今も、過去を償おうとしている。それが、私が巫女を継いだ理由。三葉にはちょっと難しかったかしらね」
昔を思い出したのか、物思いにふける葉子。
「でも、友達が居なくなるのが辛い事なのはわかるのです……」
「ええ、辛かったわ。頭の中がぐちゃぐちゃになる位にね。もう何年も会ってないけれど、エイトも妖精界で何かしているらしいわね。シュウジは夢の国に居るみたいだし。みんな過去と……運命に抗うようにして、今も戦っているのよ」
最後は自分に言い聞かせるようにして語る葉子だった。
「あ、ママ。そう言えば、あの小娘はどうするですか?」
三葉はそう言うと、美優を指差した。
「そうね……この娘まで巻き込む訳には行かないわ。私がそっと家まで届ける事にする。この娘には私から説明しておくわ」
美優の寝顔をじっと見つめ、答える葉子。
「ママ、でもどうしてこの娘は、記憶を保持していたのでしゅか?」
三葉がずっと疑問に思っていた事を口にした。
「さぁ、それは私にも分からないわ……どうしてかしらね……」
「ママにも分からない事があるんでしゅね」
三葉には一瞬、母がはぐらかしたかのような印象を持ったが、深くは聞かない事にした。
「さぁ、私はこの娘を送り届けるわ。留守番よろしくお願いね」
「わかったです」
葉子は眠っている美優を肩から担ぎ、その場を後にしたのである。
―― これも血筋……かしらね……
社務所を出た葉子は一人、そう呟いたのであった ――




