第72話 夢見御殿にて
雄也達の身体が光の粒子に包まれ、視界が明るくなり見えなくなる。やがて視界が晴れた時、目の前の景色は、以前雄也達が記憶の魔法陣を使って訪れたウォータリアの森……の景色ではなかった。
「あれ? ウォータリアの森……じゃあないよね……」
三人共、妖精界の装備へと格好は変化しているため、無事に移動が出来たのだと判断出来るのだが、到着した先が、森の中ではなかった。赤い柱が特徴の部屋中央、階段から数段あがった壇上に記憶の魔法陣が展開されていた。
「どこなんだ……ここは……」
「ルナティによると、夢見御殿の中みたいだよ」
雄也と和馬に続けて発言したのは優希だ。
「すげーな、優斗。優希になると色々分かっちまうんだな」
セクシーな衣装に戻った優希を横目で見ながら和馬が驚く。
「でも人間界に居る時は、ルナティを感じられなかったんだよね。こっちだと、色々分かるみたい。あ、この部屋に誰か近づいてる……たぶんあの妖気力は……十六夜さんのお付である弥生ちゃんだね」
優希が妖気力を感知したのか、途中から目を閉じつつそう言うと、部屋の入口にあった重厚な銀色の扉が開いた。重々しい音がゆっくりとあたりに響き渡る。
「お帰りなさいませ、皆様。お待ちしておりました。十六夜様の指示で、お迎えにあがりました。こちらへ着いて来て下さい、皆様の荷物もお預かりしております故」
弥生がゆっくり三人へ近づきペコリとお辞儀をする。リンクよりも背が低く、見た目は幼女にも見える浴衣姿の弥生は、見た目よりもかなりしっかりしている印象だ。
「ほ、本当に弥生さんだ。優希ちゃん、凄いな」
そう呟いたのは雄也だ。
「弥生ちゃん、どうやって私達をここに連れて来たのかしら?」
そう言うと、弥生の側へ素早く寄り添い、突然頭を撫で撫でし始める優希。
「ちょ!? 優希ちゃん?」
「おい、何やってんだ優斗!?」
「はぁあ……ルナティ様の温もりを感じます……優希様、お察しの通りですよ……十六夜様が、ウォータリアの森にある記憶の魔法陣と此処を一時的に繋いだのです。ああ……ルナティお姉様を優希様の中に感じます……あの……近づいていいですか……?」
「いいわよー、弥生……おいで……」
優希のたわわに実った甘い香りがする二つの果実にそっと埋もれる弥生……そのまま綺麗なツルツルの肌をした両腕で弥生を包み込む優希……それにしても、ルナティと弥生は元々どういう関係だったのだろうか……
「おーい……優希ちゃーん……戻っておいでーー」
「優斗……男の姿だったら訴えられてるぞ!」
雄也と和馬の声を聞いて、優希が我に返る。
「ん、へ? ええ? 弥生ちゃん!? え? ルナティ! ちょっと何やってんのー、待って待って」
二つの果実からそっと離れ、そのまま顔をあげる弥生。どうやら優希ちゃんの身体の中に居るルナティが、弥生を包み込むよう促していたようだ。
「優希様のお姿でも……私はいつでも大丈夫ですから……お姉様」
上目遣いでウルウルした瞳で優希を見つめる弥生、最早それは幼女の表情ではなかった。
「弥生ちゃんーールナティと今まで一体何を!? しゅ、趣味じゃないからーーー」
そのまま弥生の身体をそっと離して置くと、優希は部屋の外へ猛ダッシュで出ていくのであった……。
「ルナティ様も素敵ですが……優希様も素敵ですね……は、私とした事が、雄也様、和馬様、失礼致しました。さぁ、参りましょう」
正気に戻った弥生が少し開けた浴衣を正しつつ、雄也達に向き直った。
「う、うん、い、行こうか……」
「優斗……あいつ大丈夫なのか……」
雄也達は弥生に案内され、目的の場所へと連れていかれるのであった。
「十六夜様はもうじき戻って参ります故、こちらでお待ち下さい。私はもう一方客人を案内します故、一旦席を外させていただきます」
弥生に案内されたのは、いつも十六夜が居る巫女の間だ。以前、十六夜とお茶会をした時と同じ、白く美しい刺繍が施されたクロスが敷かれるテーブルの上には、紅茶とクッキーが人数分、用意されている。雄也側に三つと、対面する側に二つ……十六夜と弥生の分だろうか?
「いやいや、優斗。何普通に紅茶飲んでくつろいでるんだよ?」
そう言ったのは和馬だ。あの後、一目散に逃げ出した優希が普通に巫女の間で寛いでいるんだから、突っ込むのも無理はない。
「いや、ルナティが此処で待ってたら皆来るって言うからさ。弥生ちゃんは昔からルナティを慕ってたみたいだね」
溜め息をつく優希。自分が果実に飛び込むのと、自分の果実に飛び込まれるのとは話が違うんだよー、とよく分からない主張をしている。そういう割にブリンクの顔を優しくサンドイッチして、撫で撫でモフモフしていたじゃないかと、突っ込みたくもなったが、話が長くなりそうだったため、雄也は余計な事へ触れない事にした。
「はいはい、優希ちゃんの趣味は分かったから。それにしても十六夜さん留守なんだね。夢見の巫女だけあって忙しいのかな?」
「留守にしていても夢見御殿は強力な結界が張られているから、悪意ある者は全く近づけないようになってるらしいよ? リリス達も夢の都とその住民しか襲ってなかったもんね。普段は街の護衛も、さっきの弥生ちゃんが率いる妖狐の集団、夢見部隊が担っているみたい」
雄也の疑問にルナティの解説を優希が同時通訳してくれる。
「なるほどな。じゃあ、あの弥生って子は、見た目に似合わす相当な力の持ち主って事になるんだな」
何でも見かけで判断しちゃあいけないなと和馬。
「――弥生は次期巫女候補ですからね、ルナティと弥生は夢の国には欠かせない存在なのですよ」
突然目の前から声がしたものだから、椅子から転げ落ちそうになる和馬。
「び、びびったー」
「十六夜さん、いつの間に」
和馬に雄也が続く。そして……
「ちょっとぉおーーー、十六夜さん! 酷いですよぉおおー! どうして人間界でも優希ちゃんのままなんですか!? しかも俺の部屋まで女の子の部屋になってるし、みんなの記憶も変わってるし! あれは困りますからー」
十六夜の姿を見た瞬間、テーブルに両手をつき、十六夜に顔を近づけ迫る優希。優希ちゃん、興奮しているせいか、完全に女口調ですよね……十六夜はその様子を見て、笑顔のまま、優希の口へクッキーをくわえさせる。
「あら? お気に召さなかったかしら? ワンピース、似合ってましたよ?」
「あら、このクッキーしっとりサクサクで美味し……だぁーーー!? 十六夜さん、そういう問題じゃないですって! 俺のアイデンティティの問題ですからー」
優希ちゃんにとっては死活問題らしい。そういう割に受け入れてる方じゃないか……と雄也は横目で優希を見ている。
「そうですか……ルナティが優斗さんとひとつになって幸せそうですから、このままでもよろしいかと思っていたのですが……分かりました。じゃあ優希さんにはルナティの身体を取り戻す手伝いをお願い出来ますか?」
「はい、アイデンティティーが取り戻せるなら何でもします!」
優希が十六夜の両手を自身の両手で包んでお願いする。見た目どうみても弥生よりも幼女に見える十六夜さんだが、これでも千歳を超える千歳のロリ……ゴボンゴボン、千歳の幼女なんですよね……見た目は、女子高生が小学生にお願いしているように見えるんですけどね。雄也が腕組みしながらその光景を黙ってみていたのである。
「あの、お取り込み中すいません、十六夜さん。あの後還った後、優希ちゃんの事もそうなんですが、人間界も色々おかしくなっていまして……もうご存じかもしれませんが……」
十六夜と優希のやり取りが落ち着いたところで雄也が尋ねる。
「ええ、巫女の知り合いに聞きましたよ? 行方不明の子供達は無事に見つかったようですね。皆さんが対峙したアリス、あの子が倒された事が恐らく原因でしょう」
「え、そうなんですか?」
「アリスは夢渡りの力に加え、人間の夢見る力まで扱える存在だった。敵側としては利用しない手はなかったのでしょうね」
目の前にあった紅茶に手をつけ、一息つく十六夜。アリスが子供をさらった張本人……という事になるのだろうか?
「じゃ、じゃあ、妖精界も救われたって事なのか!?」
和馬が十六夜に質問する。
「そうであればよかったのですが、残念ながら各地で異変は起きています。私も含め、先ほどまでその件について四大巫女で話をして来たところです」
「四大巫女で!? そんな大変な事になっているの?」
優希の発言は、ルナティの意思あっての事であろう。
「自体は思っていたより深刻ですね。夢の国に張られていた、制限結界により夢見の力が封じられている間、雄也さん達が救った国以外の場所でも異変が起きていたようです。風の都と、土の国、闇夜大国……本来はこちらの三国にも子供達が関与していたのでしょう。アリスが居なくなった事で子供達の夢みる力を維持出来なくなり、やむ負えず解放したのではないでしょうか?」
「待って下さい……パンジーが住む花の街は、確か土の国の中にあったはず……」
「お、おい、ウインクさん風の都出身じゃねーか!? ウインクさんは確か風の都へ戻るって!」
雄也と和馬がそれぞれ反応する。
「雄也さん、和馬さん、そして、優希さん……いえ、優斗さん。ここからの戦いは今までより激しくなる可能性もあります。本来妖精界の問題、これ以上あなた方を危険へ巻き込みたくない……ですから、あなた方の意思を尊重します。もし還りたいと言うならば、私はこれ以上あなた方を巻き込みません」
「何言い出すんですか。俺はパンジーが心配です。それにここまで来てそれはないですよ? 十六夜さん?」
「そうだぜ! 俺もウインクさんが心配だ。すぐに風の都へ向かわせてくれ!?」
「俺は早く優斗の姿に戻りたいやん。それに、ルナティの身体失う訳にはいかないやん?」
三者三様の答えだが、皆妖精界を救うという意見は一致しているようだった。
「皆さんなら、そう言って下さると信じていました。ありがとうございます」
十六夜が立ち上がり、お辞儀をする。
「そう決まったなら、リンクを呼んで花の街へ向かおう」
「こっちもファイリーと風の都へ」
「いや、俺はルナティを……」
三人がそれぞれ呟く。
「雄也待て、風の都が先だろ?」
「待って和馬、土の国も大変って」
「いや、俺はルナティを……」
これ? どうするんだよ? と三人が話していると……
「はい、皆さん。ここからはしばらくそれぞれで行動してもらいます。雄也さんは花の街へ、和馬さんは土の国へ。そして、優斗さんは光の国のブリンクさんと合流してもらいます」
十六夜の頭の中には今後のそれぞれの行動が全て入っているようで……
「え? 別行動!?」
「ま、マジかよ?」
「なんで光の国?」
「一つ一つの事象を順番に解決してもよかったのですが、時間がありません。ですから、それぞれで行動していただきたいのです。それからもう一つ、大事な事があります。雄也さんと和馬さんは、それぞれリンクさんとファイリーさんなしで、向かってもらいます!」
「え!?」
「な!?」
十六夜の発言に驚く雄也と和馬。
「それはどうしてですか、十六夜さん」
代わりに優希が尋ねる。
「今リンクさんとファイリーさんは、水精霊の試練、火精霊の試練へ向かってもらっています。強くなるための試練です。これからの戦いに備え、それぞれが動く必要があります。雄也さんは花の街のパンジーさんと、和馬さんは風の都のウインクさんといち早く合流して下さい」
「俺達が還っている間に、そんな事になっているんですね……わかりました」
「マジか……ウインクさんが心配な事には代わりないから、俺は行くぜ」
「まさかの別行動はちょっと驚きだけど……まぁ、俺はルナティがついてるから大丈夫か」
三人の意思は固まったようだ。
―― おいおい、俺が来る前に話まとまってるじゃねーか!?
その時、巫女の部屋入口から誰かが入って来た。黒光りした鎧に燃えるような赤いマント、腰には剣を携えており、黒髪で短髪、髭面が特徴の男だった。
「十六夜様、シュウジ様を連れて参りました」
シュウジと呼ばれた男に続き、弥生が入って来る。
「え? 大人の人間?」
「な、まさか!?」
「どうして、大人の人間なん?」
雄也、和馬、優希がそれぞれ反応を示す。
「ご紹介します。元勇者であり現『夢都冒険者協会ギルドマスター』であるシュウジさん。今後の事もあって、私が此処に連れて参りました。勇者引退後も、彼には夢の都のギルマスとして、後世の育成に力を注いでいただいてます」
十六夜が目の前へと現れた男を紹介する。
「勇者なんて居たんですね……」
「マジかよ……」
「へぇー、ルナティも知ってる位、有名な人なんだね」
突如目の前に現れた元勇者の登場に、同様を隠せない三人。しかも、大人の人間と妖精界で遭遇したのは光の国に居た如月エイトに続き二人目だった。
「ま、そういうこった。よろしくな。さて、と……」
軽く会釈をした後、なぜかシュウジは剣を引き抜く。刀身は黄金色に輝いていた。
「……ま……そうなるよな……」
次の瞬間、シュウジは剣を持ったまま、その場から消えた。雄也が気づいた時には、なぜか和馬がブライトブレイドを引き抜き、シュウジの金色に輝く剣と和馬のブライトブレイドがぶつかりあう。激しい金属音が部屋へ響き渡った!
「ま、この位受け止め切れねーと、これからの戦いには巻き込めねーからな!」
「おいおい、あんたの仕事は特殊警備隊じゃなかったのかよ! 親父!?」
刀身を重ねたまま二人が対峙する。
「え!?」
「な、なんだってーーーー!?」
雄也と優希は突然の出来事に頭がついていかない。
「雄也さん、優斗さん。見ての通り、元勇者のシュウジは……人間界での名前はアライシュウジ。そこに居る新井和馬さんの父親です」
「お前等、息子が世話になったな! ……っと!?」
「親父……あんたには聞きたい事が山程あるんだ……」
「その目……やる気だな……」
「俺たち兄弟を今までほったらかしてたんだ。色々答えてもらうぜ!?」
元勇者とその息子……まさかの親子喧嘩が、ここに始まろうとしていた ――




