第67話 夢見の祝宴とアリスの涙
「魚にゃーーおんぷおんぷにゃーーいただきますにゃーー!」
今皆の前には豪華な懐石と呼ばれる料理が御膳に乗った状態で一つずつ並んでいる。炭火でじっくり焼いた時の油が弾けるような音と食欲をそそる芳ばしい香り。そんなご馳走を目の前にし、お預け状態の猫妖精がずっと我慢出来る筈はない。焼き魚というシンプルな中でも素材の味を一番引き出すであろう料理に、ブリンクは瞳がおんぷおんぷになり、妖精界でも美味とされる、焼いたニジイロマスのふわふわとした身にかぶりついたのである。
「いただきますー」
ブリンクが食べ始めたのを合図に、皆、懐石に舌鼓を打ち始める。
「夢見御殿の侍女達に作らせた人間界の懐石です。材料は夢の国で取り寄せた新鮮なものばかりです。夢の国を救ってくれたお礼ですから、皆さん遠慮なくお食べ下さい。皆さんのお口に合えばよいのですが……」
ここは、夢見御殿内にある祝宴の間。畳が敷き詰められた広い部屋。それぞれ座る場所には、ふかふかの四角い座布団と、赤と黒が基調の艶やかな御膳が並んでいる。
先ほどの焼き魚はニジイロマス、新緑の茎葉を醤油のようなものに浸けて味つけたお浸し、バターが染み込むまでじっくりと焼いたホクホクのお芋、見た目蓮根やゴボウのような根菜に見えるものを柔らかく煮込んだ小鉢。
そして、小鍋には緑の葉野菜に花形の人参のような野菜、きのこに薄く切ったこれまた霜降りがかかったお肉。これは……どうみても和食ですよね? 妖精界でこんな純和食の懐石が並ぶ場に遭遇するとは思わなかった……そう思いつつ感動を覚える雄也なのである。
「お口に合うも何も、妖精界でこんなに豪華な懐石、しかも自分達の世界と変わらぬ懐石を食べられるなんて思いませんでした! ありがとうございます!」
雄也が代表してお礼を言う。夢妖精は人間の子供達の夢を司ると言われている。恐らく、長い年月をかけ、夢を渡る事で人間界の様々な文化をこうして取り入れる事が出来たのであろう。
「和馬ーーーーこのお肉美味しいわよーーーー、はい、あーーん」
和馬の右隣をキープしていたウインクが、すかさず和馬の口にお肉を入れようとした……のだが……
「ウインクさん、すまん、ちょっと今そんな気分じゃないんだ……」
下を向いたまま、食事に手をつけようとしない和馬。
「え? 何? 和馬、どうしたの? もしかして、夢見の回廊で何かあった?」
目の前の食事に手をつけていない和馬を見て、ウインクが心配する。
「すまない、ウインク、全部あたいのせいなんだ。和馬……あたいのせいで……」
「え? ちょっとファイリー、あんた! 和馬に何かしたって言うの?」
和馬の左隣で同じく元気がない様子のファイリーに食ってかかろうとするウインク。
「あ、待ってくれ、ウインク、それは違うんだ! ファイリー、あの事はもういいんだよ! 俺がショックなのは……あれだよ……」
和馬が指差した先、ちょうど和馬と対面する位置でとある女性が食事をしていた……のだが……
「うーん、このお肉、柔らかくて本当美味しいわねー、ほっぺが落ちそうだわーーー」
柔らかいお肉に舌鼓を打っているのは、ブラウンの艶やかな髪を靡かせ、たわわに実った豊かな双丘を携えた美しい女性だ。
「ねぇーー、本当に優斗なんだよね……どうしてそんなに美人になっちゃったのさ! しかも僕よりも胸が……くそーーー、なんか悔しいよーーー」
左隣に居たパンジーが信じられないという目でじーーっと女優斗を見ている。自分の平べったい二つのメロンパンと女優斗の豊満な二つのメロンとを見比べながら何やら悔しがっていた。
「あら、パンジー。そんなに羨ましいなら触らせてあげようか?」
「優斗……それ以上言うと殺す」
「女の子でも男の子でも優斗は優斗にゃーー! うちはすぐ分かったにゃー! それに、ここから優斗のいい匂いがするにゃーーー今日から使役主は、優希お姉様にゃーーー」
目の前の魚を食べ終えたブリンクが優希の豊かな果実に飛び込み、幸せそうに顔をうずめていた。
「おーーよしよし、ブリンクさすがーーわかってるねーーー。疑いもなくすぐに信じてくれたのはブリンクが最初だよーーありがとなーーー」
「にゃーーーごろごろ」
自身の胸に抱かれたブリンクを撫で撫でモフモフする優希。使役主と契約者の新たな形がここに誕生した瞬間だ。
「うーん、僕は信じられないよ……雄也……これ本当に優斗なの?」
優希ちゃんを指差しながら泣きそうな顔のパンジーが雄也に尋ねる。
「嗚呼パンジー……間違いなく優斗であり、優希ちゃんだよ……」
雄也が溜息をつく。
「まさかあれが優斗とは思わなくてな……それに、夢見の回廊で、色々ショックの大きい出来事が有りすぎてな……」
雄也の溜息に和馬が続く。
「和馬ーー! だから、夢見の回廊で一体何があったって言うのーーー!?」
「いや……なんでもないよ、ウインク」
ウインクが和馬を心配するが、雄也と優希が抱き合っている瞬間を目撃したなんて、しかも、優希の姿をその時美しいと思ってしまっただなんて、和馬は言えないのである。
「十六夜さん、優希ちゃん……いや、優斗とルナティは、このまま戻らないんですか?」
雄也が十六夜に質問する。
「優斗さんには戻って来た際、説明しましたが、優斗さんは瀕死のルナティと融合する事でルナティを助けたのです。優斗さんのルナティを助けたいという思いと、ルナティの優斗さんに対する愛情が一つになり、本来覚醒技とも言われる融合技がここに完成したという訳です。ただし、ルナティの精神体や妖気力は今、全て優斗さんと一つになっておりますが、元の状態に戻るには、ルナティの肉体を回復させる必要があります。幸い夢見の回廊内で傷ついた肉体は、消滅する前に見つけ出し、巫女が管理する夢見の回廊内にある、保護空間に保管してあります。回復には時間がかかります故、それまで優斗さんは女性の姿……という事になりますね」
十六夜が皆へ解説する。
「まぁ、そういう事だよ雄也。最初はショックだったけどさ、慣れると結構楽しいよ。豊かな二つの果実でブリンクを包むなんて一生出来ない経験だし」
「にゃーーー優希お姉様ーーーーこれからもよろしくにゃーー」
ブリンクはとっても気持ち良さそうだ。
「いやいや、そんな簡単に慣れるなーー!」
優希とブリンクの様子を見て、雄也が代表して突っ込みを入れる。そこに部屋入口の襖を開け、水色の浴衣を着た女の子が入って来た。十六夜のお付、弥生だ。
「お食事中失礼します! レイア様がお目覚めになられました」
「本当ですか! すぐ行きます!」
弥生の言葉に雄也が立ち上がる。夢見の回廊から雄也達一行が脱出した後、ドリーマーアリーナの入口付近に倒れていたレイアに治療を施していた弥生と遭遇した。アリスがその場に居なかったのを見て、アリスと戦った後だと雄也達は推測する。そのまま夢見御殿内の救護室へレイアを運び込み、治療を施していたのである。尚、リンクはレイアの容態が心配で、傍にずっと付いていた。
「まだ、完治しておりません故、雄也様、代表でお越し下さい」
★ ★ ★
「レイア、大丈夫?」
雄也が救護施設内の扉を開き、中に入る。
「雄也さん! レイアはもう大丈夫ですよ! 来てくれてありがとうです」
「お嬢様、雄也様、ご心配おかけしました」
ベットから上半身だけ起こし、レイアが頭を下げる。
「それにしてもレイアさんをそこまで追い込むだなんて……アリスって何者だったの?」
雄也が何があったのか気になり、レイアに質問をする。
「あのアリスという女の子……瞬間的に夢渡りの力を使う事で、指定した地点と地点を瞬間移動のように移動する特殊な術を使って来ました……それにあの夢見の回廊での星空の舞台、私が強制的に移動させられた先では闘技場でしたが、夢見を自在に操るあの強力な力は、恐らくリリス以上だったと……そう考えます」
その言葉に雄也もリンクも驚きを隠せないでいた。
「でも、そんな力を持った女の子が……人間の女の子がどうしてリリス側に付いていたんだろう……」
雄也が疑問に持つ。敵側に人間の女の子が居た……それが気になっていたのだ。
「私もそこまでは聞き出せませんでした。ただ……ひとつわかったのは……ミズハラマリネさんを始め、人間の子供達を攫う手段として、恐らくあのアリスの能力を利用したのではないかと……そう考えます」
「え!?」
「な……!?」
リンクと雄也が同時に驚いた。
「アリスは左の蒼い瞳で対象の望みを視、右の緑色の瞳で夢を創り出す、そう言いました。そうやって子供達に望みの夢を視せる事で操り、人間の夢みる力を引き出す事で妖精界を意のままにする力を得たのではないかと」
レイアが目を閉じ、淡々と思い出すかのように語る。
「でも、レイア……アリスちゃんを倒したんだよね?」
リンクがレイアの様子を見て尋ねる。
「雄也様、リリスの死体は見ましたか?」
レイアが突然雄也に質問した。
「え? 嗚呼……目の前で夢の欠片が飛び出すところまで見たよ」
雄也が質問の意図が分からないまま答える。
「そうですか、ならリリスは大丈夫でしょう。一方アリスですが……確かに倒したように見えました。その結果、私自身、妖気力と魔力をほぼ使い切ってしまいましたが……。ただし、夢見の回廊を強制的に離脱させられた事で、私はアリスの亡骸を直接見ておりません……」
「それって……まさか……」
雄也はごくりと唾を呑んだ。額から汗が滲む。
「もしかしたら……アリスはまだ……生きているかもしれません」
★ ★ ★
私は、アリス・クリエスタ・プリムエール。昔からお姫様になりたかったの。だから、お城に住む王子様と結婚するのが夢なんだ。今日もお部屋の窓からお迎えが来ないか待っているの。
でも、いくら待っても、お城からお迎えは来ない。だからいつも仕方なく夢を見るんだ。そしたらね、夢の中で私は王子様と舞踏会で踊りを踊っているの。そして、私気づいたの。思い描く夢を見れるって。綺麗な星空を見たいなって思ったら、星空の下で綺麗なお水を飲んでいたし、空を飛びたいなって思ったら、天使の羽根が生えて、お空を飛んでいたの。私……もしかしてみんなと違うのかな? もし、そうなら、この感動をみんなにも届けたいな。そう願うようになったわ。
ある日ね。いつものようにパパを見ていると、ふと映像が浮かんで来たの。ママとは違う綺麗な女性と、パパはイルミネーションが綺麗な建物に入っていったわ。その綺麗な女性と幸せになりたいってパパは言ってたの。だから私は夢を叶えてあげた。夢の中でパパと女性は幸せそうに過ごしていたわ。
でも、次の日、パパとママが喧嘩をしていたわ。パパはママに、愛する女性が出来たって話していたの。あの夢の中に居た女性と幸せになるって。
そっか……私がママの望みも叶えてあげなかったからいけないんだ……これを『びょうどう』って言うんだよね? だからママの望みも叶えてあげたの。
ママの望みは……
パパと誰にも邪魔されず一緒になりたい――
夢を叶えてあげた翌朝、ママは笑っていたわ。初めからこうすればよかったんだって、両手で包丁を握り、ベットに寝ているパパのお腹を何回も何回も突き刺したの。パパの赤い血が花火のように舞っていたわ。私は部屋の隅からその様子をじっと見ていた。ママはパパを刺しながら、『これであなたは私のモノ! ずっとずっと永遠にね!』って……嗤っていたわ。最後はね、ママは……自らの首筋に包丁をあてて……真っ白なベットは真っ赤に染まった……そう綺麗な綺麗な赤い花が咲いたの。
私は哀しくなかったよ。だってパパとママの夢を叶えてあげたんだもの。私は間違っていない。私は……
―― そうじゃ……お主は間違っておらぬ……待たせたねアリスちゃん……迎えに来たよ
嗚呼……やっとお城からお迎えが来たのね。目の前には魔女のような格好をした女の人……かぼちゃの馬車に乗って、私はお城まで行くのね。
―― アリスちゃん、一緒にみんなの夢を叶えましょう
私は迷わず魔女の手を取った……これが夢を叶える旅の始まり。
そう……私は間違っていない……私は……――
「え? あれ? アリスちゃんですよね? その血! 大変! すぐに救護施設に!」
アリスは自分の名前を呼ぶ声に目を覚ます。そこは夢見の回廊……ではなく、街外れの街道だった。
「あなたは……確か……童夢TVのミュウミュウちゃん……がっ……がぁああああああああ」
「え!? 何!? きゃああああああ」
次の瞬間、アリスの手足、身体がぐにゃりと曲がり、びくんびくんと激しい痙攣を起こす。胸のあたりから黒い霧のような気体が飛び出し、そのまま黒い霧はミュウミュウの身体へと入り込んでいった。
「が、ああ……あがあがががが……」
黒い霧が入り込んだ瞬間、今度はミュウミュウが、ガタガタと震えながら痙攣を起こし、蹲る。やがて真っ赤に染まったアリスの身体はぐにゃりと曲がった手足のまま、動きを止める。ミュウミュウがゆっくり立ちあがると、漆黒のオーラを出したまま、黄色い瞳は妖しく光っていた。
「はーい、現場の猫妖精ーーミュウミュウでーーす。あれー? こんなところにアイドルのアリスちゃんが倒れてますねーーー? インタビューしてみましょう? だいじょうぶですかぁーー?」
あどけない表情で妖しく瞳を光らせたまま、マイクを向けるような仕草でアリスに近寄る。
「わた……しは……わるく……ないよね?」
アリスの瞳から涙が流れる。ぐにゃりと曲がった手足、止めどなく溢れる赤い液体……その姿は、最早生きている事が不思議な程であった。
「アリスちゃんはぜーんぜん悪くないですよーー? ……ふ、それにしても、この身体は妖気力も少なくイマイチじゃの。まぁ、仕方あるまい、アリスの身体も限界じゃったからのぅ。さて、今までワレのためによく働いてくれたよ、アリスよ。お主の身体は居心地がよかった。その瞳を失うのは残念だか、ワレは次の身体を求めるとするよ。まぁ、お主はワレが身体に入っていた事すら知らなかったであろうがな」
闇の魔力により創り出された漆黒の球が、闇属性を本来扱える筈のない、夢妖精ミュウミュウの掌から放たれ、アリスの身体は跡形もなく消滅した。
「しかし、あの銀髪メイド……あれをそのままにしておくのは危険じゃの……あの身体に入ってしまってもよいが、それでは腹の虫が収まらぬ……さて、久方ぶりの戦いでワレも疲れたからの、一旦この娘の中で眠るとするかのぅ」
ミュウミュウは普段と違う口調でニヤリと笑う。漆黒のオーラがミュウミュウの身体へ吸い込まれていくと、やがてミュウミュウが首を傾げながら正気に戻る。
「え? あれ? 私……何をしていたんだっけ?」
黒い霧の正体は何者であるか……誰も知る事のないまま、物語は次のステージへと少しずつ歩み始める ――




