第66話 レイアの秘密……そして、夢から目覚める時
巨大な闘技場中央……人の目では恐らく捉えられないであろう動きで、銀髪メイドが回し蹴りを披露しつつ、短剣を突き出す。しかし、突き出した先に相手は居ない。背後、上空、四方あらゆる場所から放たれ、爆発する星による特殊な魔法攻撃……さらには杖の先端に仕込まれた刃による突き……。恐らくレイアでなければ彼女の攻撃を回避する事は不可能であっただろう。いや、レイアでさえ、その突発的な動きに翻弄されつつあった。
「攻撃属性は無属性……魔力による爆発……闇属性ではないため、聖魔転換結界は無意味……光源の衣や光源の盾は魔法防御の効果もありますが、防御に回ってしまっては刃による突きを回避出来ない……さて、どう致しましょうか……」
レイアはアリスのステッキから放たれる、星による爆撃をかわしつつ思案していた。
「凄いね! 回避しながら私の攻撃全部理解しちゃうんだものー! ねぇねぇ? もしかして、レイアさんって聖魔大国の銀眼妖精と関係ある?」
突然の質問に驚き、レイアがアリスと距離を取った。その様子を見て、空中に浮かんでいたアリスがゆっくり地面へと降り立つ。
「聖魔大国と私は何の関係もありませんよ?」
アリスの姿を冷たく真っすぐ見据えるレイア。
「へぇーそうなんだーー。でも、その眼……銀眼妖精さんと一緒なんだよねー。『聖者の魔眼』……周囲の魔力や妖気力を分析し、感知する。その瞳に宿る力を知覚に転ずれば、敏捷性及び分析能力上昇へ、魔力に転ずれば賢者の大魔法が使えるとも言われる、巫女の力に準ずる瞳……凄いなぁー……どうしてそんな瞳を持ったメイドさんがこんなところに居るのかな?」
最後はレイアの眼前へと出現し、レイアを覗き込むような仕草をするアリス。
「私は私の出生については覚えておりません。ですからアリス、貴方の質問には応える事が出来ません……ですが」
アリスが消えると分かりつつも蹴りを入れるレイア。アリスは再び宙に浮かぶ。
「今ここに居る理由は分かります。私が仕えるお嬢様をお守りし、諸悪の根源を断つ……それだけです」
刹那、レイアの瞳が光る! 両足を肩の位置まで開き、短剣を横にし、柄の部分を両手で握ったまま、前へと出すレイア。明らかに構えが変わり、ゆっくり深呼吸をするレイア。
「わぁー凄い! これから何をしてくれるんだろうー! 怖いなー、隙がないから近づけないなー。近づけないからこんな事しちゃうよー! えい!」
すると宙に浮かんだままのアリスが空中で高速移動を始めた。移動した場所から星の爆撃をレイアへ向け放つ。回避不能な星の雨がレイアに降り注ぐ! しかし、レイアは先ほどの構えから一転、無数の散弾を短剣で斬り刻んだのである! 星の散弾は爆発する事なく切り刻まれ、地面には金平糖のような星型の小さな粒が散らばっていった。
「えーー何? 何? 星の魔法が爆発しないよ? こんなの初めて見……」
アリスが気づいた時には遅かった。レイアが空中に浮かんだアリスの居る高さまで飛び上がり、背後から蹴りを加える事で、アリスを地面へと叩き落としたのだ! アリスが叩き落とされた衝撃で、地面が抉れると共に爆発が起きたかのような轟音が鳴り響く。銀色に光る瞳はそのままに、レイアは華麗な動きで回転しつつ着地し、抉れた地面に伏したアリスの前に立つ。
「―― 高位光源弾!」
伏したアリスに向かって、一般妖精が複数名でやっと合成魔法として作り出す事の出来る筈の、高位光源弾をあっさりと放つレイア。
「この瞳については疑問に思っていた事がありました。アリス、貴方のお陰でこの眼の事が少し分かった気がします」
―― プスッ
「……それはよかった」
地面に伏していた筈のアリスがレイアの背中を一突きしていた。そのまま刃はレイアの身体を貫通し、赤い血が流れ出す。
「ぐっ!」
そのまま膝から崩れるレイア。背後を向くと、ボロボロになったプリンセスドレスはそのままに笑顔のアリスが立っていた。レイアの居る場所に、赤い血の溜まりがどんどん広がっていく。
「レイアさん、油断しちゃだめだよー? その眼なら、夢渡りによる移動術も追えるんだからー!」
「そうですね……油断したら……ダメですよね」
肩で息をしながら短剣を突き出す仕草をするレイア。が、当然アリスは突き出した先には居ない。再びレイアの背後に回るアリスはレイアに止めを刺そうとしていた ――
「だめだよー? 私にその短剣は当たらな……あれ?」
気づくとプリンセスドレスの真ん中から赤い血が出ているのだ。レイアが正面から真っすぐ短剣を突き刺していた。ゆっくり短剣を引き抜くレイア。
「あれ? おかしいな? どうして短剣が刺さってるのかな?」
首をかしげながら、自身の傷から流れる血を見つめるアリス。
「今回の戦闘に於ける……貴方の夢渡りによる移動パターンを読み……移動する場所を先読みしたまでですよ? 能力を見せすぎましたね……アリス?」
レイアは不敵な笑みを浮かべ、短剣に付いたアリスの血をゆっくり舐める。一瞬たじろいだアリスだが、一撃を受けたものの、レイアの傷は貫通しており、回復魔法を施さなければ危険な状況に見えた。普段の表情に戻るアリス。
「そっかぁー、残念ー。でもレイアさんの方が傷深そうだよー? ねぇねぇー、さっき星空の舞台でやった回復魔法見せてよー? そして、また続きやろー?」
自身の傷に驚く事もなく、あくまで遊びの延長といった口調でおどけて見せるアリス。
「いいですよ……回復魔法ならいくらでも見せてあげます。ただし、その前にやる事があります……―― 恨み、妬み、哀しみの底より這い上がりし感情よ、己の怨念を彼の者へと与えん! ―― 逆襲闇刃!」
事は突然起きた……。アリスの短剣によってついた小さな傷口が、胸からお腹にかけて引き裂かれるように広がり、大量の赤い血が噴き出したのだ。何が起きたのか分からず困惑するアリス。
「え? 何……これ? レイアさん? ……何したの?」
レイアは詠唱したのみで、刃が飛んで来た訳でもない。攻撃が来たのなら、アリスは全て回避する自信があったのだ。だからこその余裕だった。そして、さらに驚くべき事が起きる。レイアを貫通していた傷口が紫色のオーラに包まれ、傷が癒えていったのである。
「逆襲闇刃……普段はお見せする事のない貴重な魔法ですよ? 自身の受けた傷が深ければ深い程、何倍もの威力で相手にダメージを与える反撃の魔法です。ただしこの魔法は自身の体内に相手の血液を取り込む必要があるのです。傷が癒えたのはこの魔法の効果ですよ? 回復魔法……見たかったのでしょう?」
紫のオーラを放つレイアの姿は最早、光妖精の姿には見えなかった。アリスは足元がぐらつき、一歩、二歩と後ずさりする。
「こんなの……私が見たかった回復魔法じゃないよ……どうして光妖精が闇魔法を使えるの……? それに、複数の妖精と契約した人間ならまだしも……妖精が二つの……しかも相反する属性の魔法を使えるなんて……」
わなわなと震えるアリスが初めて腰から崩れ落ちた。
「言ったはずですよ? 私は私の出生について覚えていないと……使えるのですから仕方ないでしょう? 普段闇魔法は誰にも見せておりませんけどね。さて、そろそろ貴方がした事を悔いる気持ちになりましたか、アリス?」
ゆっくりと相手を一瞥し、冷たい視線を送るレイア。
「だって……私はみんなの夢を叶えただけだもの! こんなの聞いてないよ!」
必死の形相をしたアリス。魔法のステッキから一つ二つ星が飛び出すが、レイアは腕で弾き飛ばしてしまう。
「そうですか……分かりました。少しは反省していただきたかったのですが、残念です。光闇混合弾!」
本来混ざる筈のない、光と闇……二つの相反する力が帯となり回転し、混ざり合った状態で球となる。光と闇の混合弾がアリスに直撃し、爆発を起こす。光と闇は空間を覆い、周囲の視界が遮られる。
やがて……爆発が収まった時、レイアの周りの景色はドリーマーアリーナ会場外のものへと変わっていた。夢見の回廊から強制的に排出されたのだろう。
「ここは……どうやら終わったようですね……お嬢様はご無事でしょうか……」
そう思い、再び会場の中へ入ろうとするレイア……しかし……
「うぅ!?」
地面に両手をつき、ゆっくり倒れこむレイア。
「普段使わない能力を使うものではありませんね。傷は癒えたものの、魔力と妖気力を使い過ぎたようです。しばらくは動けそうもありません……」
レイアはそのまま気を失ってしまう。レイアがどうアリスと戦い、どうやって倒したのか? その様子を見た者は誰も居ない ――
★ ★ ★
♪夢のかけらを集めて いま君に会いに行こう
君と共に夢を渡り 虹の舞台で踊るダンス
明日へと繋ぐ君とのステップ 君と僕とで創る未来♪
ミズハラマリネは念願のアイドルになる事が出来た。私の歌声に皆が振り向く。聞いた事がない歌の筈が、なぜだか歌も踊りも頭に入っており、自然と身体が動いてくれた。
ここでは私はプラチナちゃんと呼ばれていた。可愛らしい自分の姿にウットリする。ステージの上でステップを踏むと、会場から歓声があがった。よかった……夢が叶ったんだ。ずっとこうして居たい……ミズハラマリネは歌い、踊り続ける。
でも、コンサートが終わってからの記憶がない。どうしてだろう……暗闇の中、冷たい檻の中で一人、閉じこもっているような感覚……。ステージに居る時だけが暖かい。早く歌いたい。みんなを私の虜にしてやるんだ。
「マリネちゃん、迎えに来たよ? さ、今日も歌いに行こう!」
プリンセスドレスのアリスちゃんが迎えに来る。今日はコンサートの本番だ。
もっと……もっと……虚ろな瞳でうっとりした表情をして、また再びマリネは夢を見る。
―― ミズハラマリネは夢の中で、自身をプラチナ・ルーミィと思い込んでいた。
この日もコンサートで気持ちよく歌っていたマリネ……
あれ? なんだか外が騒がしいな……マリネはふと目を覚ました。真っ暗な檻の中に彼女は居た。ふと見上げると、目の前に艶やかなブラウンヘアーの綺麗なお姉さんが立っていた。
「あれ? アリスちゃんじゃない?」
体操座りのマリネはいつもの眼鏡をかけ、おかっぱのパジャマ姿をしている。
「うん、アリスちゃんじゃないよ? 君の夢は視ていたよ。大変だったね、マリネちゃん。一緒に帰ろうか?」
ゆっくり手を差し伸べるお姉さん。
「え? コンサートじゃないの?」
差し伸べられた手を握ろうとせず、こわばった表情をするマリネ。
「夢の時間はもう終わり。プラチナちゃんは貴女じゃないの」
ふと目の前に映像が映る。見た事がない街だったが、街のところどころから煙があがり、巨大な化物と誰かが戦っている映像だった。街の住民同士が争っている様子も見える。
「え? これって?」
「貴女が夢から覚める事で、争いはなくなるの。プラチナちゃんは皆に夢と希望を与える存在。でも悪魔に利用されていたの。マリネちゃん、貴女もね」
「そ、そんな……」
意味が分からなかった。私はプラチナちゃんじゃないの? 争いって何? 夢が叶ったんじゃないの? そもそもこれは夢……現実……!? マリネは頭の整理が追いつかず、混乱する。
そんなマリネを後ろからそっと抱き締める女の子が居た。夢妖精であり、アイドルのプラチナ・ルーミィだった。
「今まで辛かったんだね。もう大丈夫だよ。マリネちゃんは一人じゃないから」
プラチナ・ルーミィの優しい言葉に、学校でいじめられていた事、ママの優しい笑顔、全てが思い出され、涙が溢れるマリネ。
「え? 私……私……えぐっ……ひぐっ……」
色んな感情が溢れて追いつかない。私は……私はどうすれば……。
「貴女はそのままでいいの。大丈夫、貴女は強くなる……それに……」
ブラウンヘアーの女性、優希がそっとマリネの眼鏡を取る。アリスがつけた赤いリボンを取り、プラチナちゃんが銀色に輝くティアラをつけてあげる。桃色のリップを引き、ほっぺにチークを塗る。そして、コンパクトの鏡をマリネに見せてあげた。
「え? これが……私?」
自分じゃない人が目の前に居るかのようで、驚くマリネ。
「貴女はダイヤモンドの原石、磨けば輝くの。そのままの自分に自身を持ちなさい。それに、貴女の魅力を知っている人はたくさん居るわよ」
―― マリネが世界で一番可愛いよ。アイドルにもきっとなれるよ。
あの時マリネの母が言ってくれた言葉が脳裏に蘇る。
「うん、マリネちゃんはアイドルになれるよ。信じていれば絶対だいじょうぶ! 私も応援するよ」
本物のアイドルが笑顔でウインクをする。自然と涙は枯れていた。
「ありがとう、プラチナちゃん、美人のお姉さん!」
マリネは優希の手を取り、ゆっくり立ち上がる。
「そう言われるのは複雑な気分だけど……よし、行きましょうか!」
本当は美人のお姉さんじゃなくて、眼鏡男子なんだけどな……と、心の中で思いつつも、ルナティに、『そんな事考えてる場合じゃないでしょ』と心の中で突っ込まれ、気を取り直す優希。
「夢妖精、ルナティ・ミネルバの名に於いて、貴女を現実世界へと送り届けましょう。目覚めの口づけ!」
ルナティの言葉で優希が能力を発動させると、マリネの身体が光に包まれる。そのまま光の粒子となり、マリネの姿がその場から消えていった……。転がった夢の欠片と紫色の宝石を手に取る優希。
「プラチナちゃん、後は任せていいかい?」
「はい、皆さん助けていただき、本当にありがとうございました! 後は私に任せて下さい」
優希の合図と共に、プラチナちゃんは目を閉じ、歌い始める……。
♪夢の中で遊んだ後は みんな夢から覚める時
小鳥のさえずり 太陽の光
暖かい希望に導かれ 新しい日がやってくる♪
♪昨日の悲しみよさようなら 今日の喜びよこんにちは
さぁ目覚める時 夢を希望の糧として
僕らは今日を生きていこう♪
やがて、プラチナ・ルーミィが歌い終わる時、星空の舞台は光に包まれ、皆の姿が夢見の回廊から消えていったのである。
こうして、夢の国は、リリスの呪縛から解き放たれる事となる。
戦いを終えた仲間達が再会する時はもうすぐだ。




