第63話 疾風迅雷の勇者
夢見の回廊でリリスと対峙する、雄也、優斗、ルナティ。リリスの術にかかってしまったファイリーを止めるリンク。アリスの手により、星空の舞台から強制離脱されたレイア。三者三様の戦いが激しくなる中、巫女は静かに戦況を見守っていた ――
「十六夜様ーーー! 十六夜様ーーー!」
広い広い部屋の入口から十六夜を呼ぶ声、しかし、部屋の中からは返事がない。
「十六夜様ーー、入りますよー?」
弥生とは色違いの桜色をした浴衣を着た少女が中に入ると、板張りの広い部屋中央に、なぜか以前雄也達が訪れた際にはなかった六畳ほどの畳部分があり、淡紫色の着物を着た巫女がこたつに入っていた。
「んんんーーー、どうしたらこの濃厚な絞りたてのミルクが凝縮されたかのような深い味わいを再現出来るのでしょう……人間界とは本当深海のように奥が深く、素晴らしい世界ですわ……あぁー濃厚なミルクが口の中で蕩けていきます……私もこのアイスのように一緒に甘味の海に溶けてしまいそうですわ……」
スプーンですくったミルク色の塊を口に含み、夢見の巫女はその美味を堪能しているようだった。
「あのー、十六夜様ーーー? 報告があって来たんですが……よろしいですか? あと、どうしてこの季節にこたつなんですか?」
巫女と向かいあうように、こたつの反対側に座り、桜色の浴衣を着た少女が十六夜を覗き込む。
「あら、卯月? いらしたのですね。こたつと言えばみかんですが、人間界では冬の寒い季節にこたつでぬくぬくしながらアイスを食べるという独特の文化が存在するのですよ? 卯月も、まだまだべんほーぶそくでふねぇー」
最後はアイスを口に含みながら十六夜が笑顔をみせる。
「申し訳ございませ……って、十六夜様! こんな有事にどうしてアイスを食べてまったりしてるんですか!? あなたの国が大変な事になってるんですよ? 侍女である弥生様が今交戦中のため、私が代わりに来てみたら、まさかのこたつにアイス……しかも冬でもないこの季節に……色々突っ込もうにも突っ込みきれません」
卯月と呼ばれた桜色の浴衣を着た少女が溜息をつく。
「突っ込むも何も、弥生とはよく一緒にこうやってアイスを食べていますよ? それにアイスとは夏に食べるものが全てではありません! 春夏秋冬、四季折々の嗜みがあるのです。もちろんアイスだけではありませんよ? 先日はテーブルにて紅茶とシフォンケーキを嗜みました。有事であるからこそ、焦ってはなりません。それに、リラックスした状態の方が夢見の巫女としての力を発揮出来るというもの。ああそれと、報告があって来たのでしょう?」
十六夜の甘い物に対するこだわりは相当な物らしい。
「もう……十六夜様には付き合いきれません。あ、そうですよ、報告でした! 今、弥生様がぴゅあちゃんと、キマイラやフレイムドッグ、ビックスネイクなどの魔物を一掃してくれています。敵の術中に嵌った街の住民は夢見部隊が眠らせております。それから……」
戦況を報告しようとした卯月を十六夜が止める。
「そのくらいで大丈夫ですよ? 私には全て視えていますから。それからコンサート会場であるドリーマーアリーナでは恐らくルナティ達が戦っているはずです。さすがに相手方が創りだした制限結界内の様子までは視る事が出来ませんが、消えかかっていたルナティの妖気力を再び感じる事が出来るようになりました。我々は信じるしかありません。夢の都は弥生以外にも、まだ戦って下さっている者達がおります故、こちらも問題ありません。あとは操られた冒険者が集う、冒険者集会所ですが……どうやらあの人が戻って来ているようですから心配要らないでしょう?」
今都で起きている全ての事象を知っているかのように十六夜が淡々と語っている。卯月はその様子を息を呑んで見つめていた。目の前におわす方は夢見の巫女だ。私達が報告せずともちゃんとこの国の様子を見てくれているのだ。ただ何もせずにアイスを食べている訳ではないのだ。卯月は先ほどの非礼を詫びる。
「十六夜様大変失礼致しました! 全て把握して下さっていたのですね。それにあの人が戻って来ているとは……?」
十六夜が最後に告げたあの人が気になり、卯月が質問する。
「貴方も知っている筈ですよ? 現『夢都冒険者協会ギルドマスター』と言えばご存じでしょう?」
「えぇ!? あの引退した勇者が!?」
★ ★ ★
「ウネウネと気持ち悪いんだよー! 蔓縛り!」
「風の刃よ! 魔を切り裂け! 風速刃!」
童夢TVを出て、夢の都を奔走するパンジーとウインク。目の前に出現した巨大な蛇の化物を植物の蔓で一気に締め上げ、真空の刃で胴体を切り刻む。そのまま土煙をあげ、ビックスネイクの胴体が巨大な肉片となって地面へ叩き落ちる。
「もうー、何なのーー! 魔物多すぎでしょう! いつまで続く訳ーー?」
「ウインク大丈夫だよ。僕のリンクがもうすぐリリスをやっつけているだろうから、もう少しの辛抱だ」
―― ぐぁああああああああ!
ウインクとパンジーが魔物を倒していると、突如叫び声が聞こえ、街外れに巨大な竜巻が出現しているのが見えた。
「え? 何なのあの風……並の風妖精じゃあ、あんな竜巻作れないわよ?」
「よし、あっちに行ってみよう!」
竜巻が出現した場所へ走るウインクとパンジー。童夢TVから南に位置する石畳の広場、奥には巨大なレンガ調の建物が目立つように建っていた。しかし、そこには風妖精らしき妖精は居なかった。騎士風の男、リザートマン、狼男、魔導士の格好をした女エルフ……たくさんの冒険者らしき格好の者が竜巻に巻き込まれ、空中へと舞い上がっていた。そして、竜巻の前には……
「え? 人間?」
「な、なにあのおっさん!?」
ウインクとパンジーの視線の先には、黒光りしている鎧に、燃えるような赤いマント、黒髪髭面の男は金色に輝く剣を持ち、大量の冒険者を巻き上げた竜巻の前に一人立っていたのである。
「お嬢ちゃん達、ひと足遅かったみたいだな? こっちはもう終わったぜ?」
やがて竜巻が消え、空中に巻きあがっていた冒険者達が山となって落ちてくる。どうやらリリスの術にかかり、操られてしまっていた冒険者達のようだった。
「ギルマスの手を煩わせてしまい、申し訳ございません!」
兵士の格好をした青年が髭面の男へ頭を下げていた。
「おぅ! よっしゃ、後で飯食わせろ! それで許してやる!」
ニヤリと笑う男は余裕の表情だ。
「この戦いが終わりましたら、後でとびきりの御馳走用意します! ギルマスの帰還に皆も喜ぶ事でしょう!」
「え、ギ、ギルマスって……もしかして?」
「え、何? ウインクあのおっさん知ってるの?」
兵士と髭面の男との会話を聞いていたウインクが驚きの表情となっていたため、パンジーがウインクに質問を投げかけた。
「知ってるも何も! 目の前の男、かつて妖精と契約して仲間と共に魔王と戦い、封印したと言われる勇者よ? 風神と雷神からも認められ、疾風迅雷の勇者と言われた存在。風の都でも語り継がれてるわよ。左手の剣より放つ風刃は魔獣を切り刻み、右手の剣より放つ雷刃は龍の鱗をも砕くって!」
ウインクがパンジーに説明する。パンジーは存在を知らないようだった。ウインクの説明に気づいたのか、髭面の男が近づいて来た。
「お、あんた風の都出身か!? ……てか勇者はもう引退したんだ。今はこの冒険者協会のギルマスやってるが、普段は部下に任せてほとんど留守にしてるんだよ。最近妖精界がおかしくなっちまってるみたいだったからな、久しぶりに還って来たという訳よ」
ウインクとパンジーに向かってどうだ! と胸を張るおっさん。
「へぇー、そんな凄いんだこのおっさん……」
パンジーには、目の前の男があの竜巻を起こしたとは到底思えなかったのだ。
―― ぐぉおおおおおおおおー!
すると突然、上空からキマイラがこちらへ向かっていた! 豪炎球を放たんと巨大な口を大きく開けていた。
「ちょ、あれまずいって!」
「何よ、あんなの聞いてないわよ!」
「ギルマス! 逃げて下さい!」
パンジーとウインク、そして、兵士の青年が叫ぶ! ……が、次の瞬間 ――
「雷光殲滅刃 ――」
物凄い光と轟音と共に、雷光の刃がキマイラの胴体を真っ二つに引き裂いた! 目の前にいた筈の男は上空に居たキマイラよりも高く飛び上がり、雷を纏った刃でキマイラをたった一撃で両断してしまったのである。
「す、すごい……」
これには疑っていたパンジーもさすがに声をあげた。そのままマントを靡かせ着地した男の横に、雷撃により黒い肉片と化したキマイラの胴体が地面に落ちる。地面に巨体が落ちた衝撃で視界が見えなくなるほどの土煙が舞い上がった。
「痛てて……久々に動くもんじゃあねぇな、腰に来ちまうわ。それに風刃は勇者引退する時に奉納しちまったから今は雷刃しか使えねーしな」
腰をおさえながら笑う男。腰は押さえているが、あの熟練の動きは誰もついていけない動きだった。それまで皆と普通に会話をしていたにもかかわらず、キマイラを見るや否や、その場から消えたのだ。気づくと誰よりも早く反応し、キマイラより高く飛び上がっていた。雷刃による一撃を放つ姿は、まさに勇者そのものだった。
「ギルマス様! ご無理なされないで下さい! 後は我々がなんとかしますから!」
兵士が冒険者協会の建物へと促す。
「あの強さは反則よね……私達の出る幕ないじゃない……」
自分より強力な風と、華麗な剣技を見せつけられ、唖然とするウインク。雷刃しか使えないと言いながらあの竜巻を巻き起こせるのは恐らく反則だ、そう考えていた。
「そうだね、てか僕達必要なかったんじゃ……」
こちらは、お手上げと言わんばかりに両手をあげて首を振るパンジー。キマイラを一撃で倒すなど、現状のパンジーが持つ能力では無理な話であった。
「ギルマス様……いえ、元勇者であるシュウジ様はかつての魔王との戦いで負傷し、今は五分程度しか戦えないのです。ですから、よっぽどの事がない限り、普段は表に出る事すらないのです。その戦いを見られただけでも貴重なんですよ?」
兵士が補足してくれた。腰を押さえているところを見ると、強ち嘘ではないらしい。
「まぁ、あんたらも冒険者登録するなら、今度冒険者協会に立ち寄ってくれ! そん時は歓迎するぜ!」
こうして、元勇者であり現『夢都冒険者協会ギルドマスター』であるシュウジは、活動限界と説明された五分以内で場を収め、建物へと戻っていくのであった。
突然ウインク達の前に現れた、このシュウジとの出逢いが、後日、衝撃の展開へと繋がるとは、誰も知る由もないのであった ――
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
遂に魔王という言葉をこの小説内に使いました。恐らく三十万字超えた中で初めてじゃないかと思います(もし既にここで使っているよ? という部分を見つけた時は、作者にそっとご指摘下さい)。
尚、勇者という言葉は一度使っています。漢と漢の戦いあたりで。このシュウジという男が何者なのかは、近い内に分かるかと思いますので、それまで色々想像していただけると幸いです。優斗達の戦いが盛り上がっているところでしたが、後々の要素として必要な回でしたので挟んでおります。それではまた、続きの展開をお楽しみ下さい。




