★第61話 覚醒の刻
先程の場面より少し前、弥生の登場により、キマイラの襲撃を回避したレイアは、コンサート会場へと向かっていた。
コンサート会場へと到着したレイア。コンサート会場であるドリーマーアリーナー上空には、渦を巻くかのように紫色の雲が立ち込めており、会場周辺の異様な空気を感じざるを得なかった。幸い会場にある大きなモニターの映像は途切れており、レイアにパンジーとウインクの生中継を止める作戦が成功した事を告げていた。
「パンジー様とウインク様はどうやらご無事のようですね……」
レイアはそのまま会場入口正面の扉を開け、中へと入る。
「ちょっとあんた、今コンサートの真っ最中だ。観客と関係者以外は中には……ぐはっ」
正面に居た警備員の格好をしたエルフ二名の脇腹と首へとそれぞれ肘と手刀での一撃を加え、気絶させる。向かうは会場奥のメインホール。正面階段を進むとロビーがあり、広い場所へ出た。そこに警備員とは明らかに違った、仮面舞踏会に付けるようなバタフライマスクと白スーツ上下の男達がやってくる。
「一、二、三、四、五名ですか……恐らくリリスの手下か何かでしょうね……」
「貴様! 何者だ! ここから先は立ち入り禁止だぞ!」
「あら、ごめんなさい。コンサートチケットならここに持っていますよ」
懐からチケットを出す素振りを見せるレイア。
「それでも、もうコンサート終盤だ。今からは立ち入り禁止だ!」
「そうですか……それは残念です……では仕方ありませんね……」
刹那、レイアと話していた下僕の視界からレイアが消え、そのままくるりと下僕の視点が回転する。気づけばレイアが座り込んだ態勢から下僕へ向けて足払いをしていたのである。続けて奥に居た二番目の下僕へ回し蹴りを加え、止めようとした三番目の腕を掴み、四番目へ投げ飛ばす。そして、五番目の背後へ素早く回り込み、喉元へ短剣を突きつけた。
「メインホールはこの奥でよろしかったですか?」
ニコっと笑顔を見せるレイア。
「ひぃ……この奥をまっすぐいった……先です……」
「ありがとうございます」
へなへなと腰から砕け落ちる下僕を尻目にそのまま駆け出すレイア。ホール正面の扉へと辿り着いた。
「やはりホール内は、制限結界が張ってありますね……ここでこれを使うしかありませんね」
レイアは先ほど弥生より受け取り、十六夜から託された夢水晶を取り出した。
「夢水晶よ、我は望む。夢渡りの力をもちいて、我を夢見の回廊へと導き給え!」
レイアが夢水晶を天に掲げた瞬間、夢水晶から光が放たれ、レイアが包み込まれる。その場からレイアの姿は消失した ――
★ ★ ★
夢見の回廊内……とは思えない宝石箱を引っくり返したかのように輝く星空。しかし、星空に感動している余裕はない程、目の前で起きていた光景は異様であり、危機的状況であった。その場に舞い降りたレイアは瞬時に何をするべきか悟った。
レイアの視点より前方に、恐らくリリスであろう悪魔と優斗、そして、ルナティが戦っているのが見え、少し離れた横に雄也と横たわる和馬が見える。リンクとファイリーの妖気力が遠くに居る事をレイアに感知させた。しかし、なぜ? という疑問を考える時間を与えてはくれない。リリスがその時放った魔法か能力は最上級レベルの攻撃だった。優斗に向け放たれた紫色の鎌は優斗の首を刎ねるためだけに存在していた。ルナティはそれを悟り、優斗をかばって背中にその鎌を受ける。レイアはその一部始終を見ていた。
「……あれは恐らく当たれば即死の最上級レベル闇魔法……魔法詠唱から発動まで0.07秒……ルナティ様はリリスの口が動いた時点で優斗様へ飛び込んでいた。発動してから動くのはまず不可能。ならば……」
その瞬間、レイアはリリスの動きをじっと見つめる。視線、言動、まばたき、口の動き、殺気……全てを見逃さないようにしていた。そして、雄也が光源水弾を放った瞬間、リリスが雄也へ殺意を向けたのを見逃さなかった。
そして、先程の場面へと戻る。
「ちょっと、外野は黙っててくれるかしら ―― 地獄からの誘いよ 死神の鎌!」
先ほど放たれた死神の鎌から予測して、狙われるのは雄也の首元、レイアは素早い動きで雄也の横へ立ち、見事に死神の鎌を短剣で弾いた!
「何なの? ……初めてよ……死神の鎌を無傷で止めた相手なんて……貴方……一体何者?」
「――雄也様……間に合ってよかったです……あの技は見切りました。和馬様もルナティ様もすぐに私が回復させます、もう大丈夫です!」
「レ、レイア!」
リリスをキっと睨みつけ、雄也へ笑顔を見せるレイア。リリスは目を細め、まっすぐレイアを見つめる。
「見切った……ですって……? ただのメイドがそんな事出来る訳ないでしょう……」
「雄也様、数分だけ光源水弾で時間稼ぎ出来ますか? その間に和馬様とルナティ様を回復させます故……」
「わかった!」
リリスの言葉には返答せずに、レイアがすぐに行動を開始する!
「ちょっと、こっちの話を聞きなさいよ!」
「―― 光晶石、セット、光源水弾!」
和馬へ回復魔法を施そうとリリスに背を向けるレイア。リリスとレイアの間に立ち、光源水弾を放つ雄也。
「外野は黙ってなさいと言ったハズよ! 闇影槍!」
投げつけられた漆黒の槍は光源水弾を真っ二つに引き裂き、そのまま雄也へ向けられる! 雄也はかろうじて回避するが、その向こうには背を向け座っていたレイアが……
「レイアさん危な……」
―― シュイーーン!
しかし、レイアの身体はなぜか光に包まれており、闇影槍は光に吸収されてしまう ――
「希望の女神よ、傷つき伏した彼の者へ光の祝福を! 高位治癒光!」
治癒光では塞ぎ切れなかった和馬の刀傷がみるみる塞がり、和馬の雪のように冷たく白くなりかけていた肌も生き生きとした暖かみのある肌色へと変わっていく……。
「……す、凄い……」
初めて見る上位の回復魔法。リリスと対峙しながらも、雄也はその光景に息を呑む。これなら和馬もルナティも助けられるかもしれない!
「優斗! 待ってろ! すぐレイアがそっちに行くから!」
「そのメイド……邪魔ね!」
雄也の眼前にリリスが現れ、尻尾で雄也を弾き飛ばす! そのまま横へ吹き飛ぶ雄也。そのままレイアへ向け尻尾の尖端を突き出す。和馬の回復を終えたレイアが短剣で尻尾を弾く。
「貴方、名前は?」
「私はただのリンクお嬢様専属メイド、レイアです!」
リリスの威圧に後退しながらも短剣で尻尾の攻撃を全て弾くレイア。
「ただのメイドだったら……さっきの聖魔転換結界なんか使えないわよ?」
「そうとも限りませんよ? 私が居る水の都の図書館には魔導書もたくさんあります故!」
会話しながらもリリスの攻撃を見切るレイア。リリスは掌から暗黒球を放つが、レイアも同時に光源弾を放つ。爆発で一瞬視界が見えなくなると、リリスの前からレイアの姿が消える。
「え? まさか! 私の眼で追えないなんて!」
リリスがレイアの姿を追う。辺りを見回すと、ルナティと優斗の前にレイアの姿があった。
「優斗様、この状況の中、よく頑張りましたね。いつもの破廉恥なご様子ならば貶して居ましたが、今日は褒めて差し上げます」
「あ、ありがとうレイア……今レイアが女神に見えるよ……」
涙の後を残したままレイアを見上げる優斗。ルナティの身体からみるみる血の気が引いていた。ルナティは既に、気を失ってしまっているようだ。
「優斗様、時間がありません。場所を変わって下さい! 急ぎます!」
「分かった。リリスが来たら俺が止めるよ!」
「お願いします!」
優斗とレイアが交代する ――
この時、リリスは考えていた。あのメイドは只者じゃない。ナイトメア戦の映像は何度も視ていたが、このメイドは防御に徹していて、ほとんど目立っていなかった。むしろ注意すべきは蒼眼妖精と赤眼妖精、雄也という目の前に居る使役主くらいのハズだった。
ルナティはマークしていたが、このメイドは全くノーマークだ。そもそも制限結界を破って入って来たという事は、恐らく夢見の巫女の差し金か何かだろう……あの和馬とかいう使役主の回復はこの際仕方がない。だが、ルナティを再び回復させるのはまずい……そう考え、リリスは動き出す。
「アリス! どうせ視てるんでしょう! 貴方も少しは手伝いなさい!」
リリスがそう呟いた瞬間、事態は動いた。レイアがまさにルナティを回復させようと、ルナティの前に両膝をつき、両手を向け、魔法を詠唱をしようとしたタイミングだった。
「ねぇねぇ、メイドのお姉さん! 凄いね! これも回復させちゃうの?」
「っ!!」
しゃがみ座りの状態で、さっきまで誰も居なかったはずだったレイアの真横に少女の笑顔があったのだ! 思わずルナティから離れ、アリスから距離を取るレイア。
「えーー、回復させるところ見たかったのに……離れたら回復出来ないよ?」
「あなた……何者ですか?」
短剣を取り、アリスを観察するレイア。早くルナティを回復させたいが、ルナティの前でゆっくり立ち上がる少女は一切の殺気がなく、しかし、全く隙もなかった。レイアはじっと少女を見つめる。
「え? 私? 私はアリス・クリエスタ・プリムエール、アリスって呼んでね?」
プリンセスドレスの裾を広げ、軽くお辞儀をするアリス。
「レイア! その子、この空間を創り出して、アイドルのプラチナを利用し、さらには人間の子を通じて操った張本人だ! 気をつけて!」
雄也がレイアに向かって叫ぶ!
「なるほど、リリスの背後にこんな女の子が隠れていた訳ですか……時間がありません故、急がせていただきます」
刹那レイアの姿が消え、ルナティの横へと移動する。そして、ルナティを抱え、かなり離れたところへ動いた。雄也や優斗が目で追えるスピードではなかった。
「希望の女神よ――」
「させないよ!」
しかし、かなり離れたハズだったレイアとルナティの前には既にアリスの笑顔があり ――
「そこのルナティさん回復させたらリリスが怒るみたいだから、私は回復魔法見たいんだけど、ごめんねー」
短剣を持ったレイアの手を握り、そのままアリスは何かを呟いた。
「一緒に遊びましょう、メイドのお姉さん―― ひとときの夢、目覚める刻、小鳥のさえずりと共に、お家に帰りましょう! 夢見強制離脱!」
「な、まさか!」
レイアとアリスは白い光に包まれ、この夢見の回廊から姿を消したのである。
「え? レイア!」
「そんな! 何が起こったん!?」
困惑する雄也と優斗。
「ふふ……ふふふ……あははは……あははははははは! 終わりね! 貴方達人間だけじゃ、もう私は倒せないわよ! レイアだっけ? あのメイドはアリスが強制的に夢見の回廊から追い出したの! 確かに強いメイドだったけれど、アリスが相手なら苦戦するかもね。さぁ、もう手はないわよ? どうする? 選択の時間を与えましょう! このまま死んでいくか、一生私の下僕になるか……選びなさい! 坊や達!」
「お前の下僕になんかなるなら死んだ方がマシさ! なぁ、優斗! ……優斗?」
雄也はリリスへ即答し、優斗へ声をかけるが、優斗はゆっくり横たわるルナティの傍へと移動していた。
「―― 雄也、もう分かったよ。大丈夫だ。ナイトメアの時も、俺は守ってばっかで、でも結局殺されかけたところを雄也とリンクに助けられさ、今回もルナティにかばってもらって……俺何も役に立ってなくてさ……」
「いや、そんな事ないだろ!」
雄也が優斗を擁護する。
「いや、いいんだよ、雄也。もう分かったから。昨日の夜、十六夜さんに言われたんだ。助けたいと願う想いが力になるって。だから、俺、今度はみんなを守りたい。俺が戦わなくちゃ、誰がやるんだって。ルナティを……みんなを、俺が助けるんだって!」
「優斗……」
優斗の瞳から再び涙が溢れる。雫はルナティの身体と優斗の掌、そして、互いに身につけていた愛の指輪へと落ちる。
「さて……と。時間よー? 答えは出たかしらー?」
ゆっくりと冷たく嗤いながらリリスが近づく。
「お前の下僕にはならないよ、リリス!」
雄也が先に答える。
「で、そこでウジウジ泣いている眼鏡君は?」
リリスが優斗へと視線をやった時、空気が一変した。桃色の波動があたりに広がったのだ。雄也は全く動かなかったにもかかわらず、リリスの身体が吹き飛んだのだ。そのままルナティと優斗の身体が桃色の光を放ち、やがて視界が見えなくなった。
「え? 優斗? ルナティ?」
―― ようやくこの時が来たわね、優斗
―― 守ってくれてありがとうルナティ。もう俺は逃げないよ
光の中で二つの身体が一つになる ――
「一体……何が起きたんだ……?」
眼前に突然現れた女性の登場に困惑する雄也……。
―― 融合透過、接続完了、愛の融合
ルナティと優斗が居た場所に、サラサラのブラウンヘアーを靡かせ、美しい女性が一人、凛とした姿で立っていた ――




