第46話 悪魔の嘲笑
薄暗い部屋、黒いショーケースのような棚の中には、蝙蝠の羽や角が生えた獣の頭、蛇の置物……一言で素敵な趣味ですねとは言えないような物が飾ってある。部屋の真ん中、ゴシック調の真っ黒な椅子に長い紫髪が特徴の、二本角を生やした女。黒と白のゴスロリを彷彿とさせる服はスカート部分が短く、椅子に座った状態で組んである長く細い脚と黒いヒールが目立つ。
「申し上げます! 夢の国を覆っていた制限結界に揺らぎを確認、三名の人間及び、数名の妖精が侵入した模様です」
女の前で、細身の男が片膝をつき報告をしている。
「あら、そう、さすがナイトメアを倒した連中ね。面白いじゃない」
まるでそうなる事が分かっていたかのように、驚きもせず女が返答する。
「リリス様、すぐに刺客を送りましょうか?」
男が女……そう、女悪魔リリスに申し出る。
「あら、どうして刺客を送る必要があるの? 泳がせておけばいいのよ。それより、報告ありがとう。褒美をあげるから隣の部屋へ行きましょ」
「わ、わたくしめ如きがよろしいのですか!?」
男の顎へ手を回し、赤いマニキュアを塗った指をゆっくりすべらせるリリス。
「遠慮しなくていいのよ……ほら、来て……」
そのまま隣の部屋へ移動するリリスと下僕。
隣の部屋には黒と白を基調としたゴシック調の大きなベットがあり、怪しい桃色の薄明かりで照らされていた。ゆっくりと下僕の顔から首筋、身体へと指をすべらせるリリス。そのままゴスロリの服がはらりと床へ落ちる。同時に下僕も服を脱ぎ、二つの唇が重なり合う……。静寂の中、濃密な音と音だけが部屋に響き渡る。
濃密な時間を経て、やがて、男の身体にとてつもない快感の渦が流れて来る。
「……リ、リリス様!? はぁ、ああ……嗚呼! リリス様ぁああああ」
そして、男は快楽に満たされた顔のまま、絶頂を迎える――
「そのまま逝っておしまいなさい」
紅く細い口を広げ、女悪魔はニヤリと嗤う。
やがて、男の身体は水分という水分が無くなった姿――まるで、ミイラのようになりそのまま床へと崩れ落ちていった。
「貴方のような者が持つ何も役に立たない妖気力を、私が有効に使ってあげようと言うんだから有り難く思いなさい。快楽のまま逝ってしまえるなんて、なんて幸せな事と思わない?」
笑顔のまま部屋の外を見やるリリス。そこには偶然居合わせた別の下僕が立っていた。下僕の全身はガクガクと震えている。
「ひっ、申し訳ございません! 音が聞こえたものでつい!」
「あらそう、音が聞こえたら覗いていいと私が教えたかしら?」
リリスはそう言い放つや否や、聞き取れない程の速さで何かの魔法を詠唱する。
―― 地獄からの誘いよ 死神の鎌
「はひ?」
次の瞬間、部屋の入口に立っていた下僕の首は紫色の刃により刎ねられ、ゴロリと落ちる。首から上を突如失った肉体は、真っ赤な血飛沫を撒き散らしながらグニャリと膝から崩れていった。
「リリスー! 一緒にご飯食べよーー! あ、ごめん、食事中だった?」
その場に似つかわしくない明るい声の主が赤い鮮血の溜まりと肉片をピチャピチャと踏みながら、部屋の中へ入って来る。
「いえ、もうそっちの食事は終わったところよ。やっぱり駄目ね、下僕の妖気力は美味しくないわ。あなたも今度食べてみる?」
赤い溜まりに沈んだ首なし死体と、妖気力を吸いつくされたミイラのような死体……その横でゆっくりゴスロリの服を着る二本の角が生えた女悪魔。
「私はいいよー。だって私人間だもの。妖気力なんて食べた事ないしー。私は食べるならやっぱりケーキがいいなー」
対面するは、満面の笑顔で答えるお姫様のような格好をした女の子。赤い溜まりを気にする様子は全くない。桃色と白のフリフリとしたプリンセスドレスには先ほどの血飛沫を浴びたのか、膝から下の部分に赤く別の模様が出来ている。
「そうー? 分かったわー。あ、食事だったわね。行きましょうか。それと宴の準備は順調かしら?」
会話をしつつ部屋を出る二人……
「うん、凄い順調だよー! やっぱり私の見込みは間違いなかったわ。あの子才能あると思ったもの」
左目が蒼い瞳、右目は緑色の瞳。キラキラと輝く瞳は全てを見透かしてしまいそうな程透き通っている。ウエーブのかかる金髪に大きな赤いリボンが時折揺れていた。
「そう、それはよかったわ。じゃあそっちの準備はお願いね、アリス」
紅く細い口を広げ、女悪魔はニヤリと嗤う――
★ ★ ★
夢の国内の移動は、『夢見の巫女』の能力を使ったのなら夢見御殿へ一瞬で移動が可能らしいのだが、それでは敵にこちらの動きを察知されかねないという事で街を普通に歩いて移動する事となった。幸い『ゴルの宿屋』は夢の都中心部にあり、ここから北へ大通りを真っすぐ行きしばらく歩くと、一時間もすれば『夢見御殿』へ到着出来るという事だった。一行はゴルゴンへ一言告げ、『ゴルの宿屋』から大通りへと出る事となる。
「こ、これは!?」
「すげーやん! 近未来都市やん!」
「想像していたのとは全く違うな……」
雄也達三人が街の光景に驚愕を受ける。
『ゴルの宿屋』のようにロッジ風の造りをした建物、レンガ調のレストラン、洋館のような白い壁の建物、瓦屋根の家屋まであり、なんというか統一感がない。これが人間界であるならば、国毎に文化があり、長い歴史をかけて造られて来た街並みがあるはずだ。だが、この夢の都は、人間界にある様々な国の文化を寄せ集めしたような街並みだった。様々な種族の者が行き交い賑わっており、羽根妖精が飛び交っている。通りの先には高層タワーのような建物、巨大なスクリーンがどういう原理か空中へ浮かび、TVCMのような映像が流れていた。
「どう? 凄いでしょう! ここが夢の都のメインストリートよ!」
ウインクは、まるでここが故郷であるかのように自慢気だ。
『ルンルンルン ひと口食べると心のウキウキ! とろけちゃうー! ウキウキアイス! 好評発売中』
巨大なモニターには水着姿の娘がビーチでアイスを食べる映像が流れていた。
「完全に人間界のCMっぽいよね。アイス食べてる子も可愛いし」
優斗は腕組みしたままウンウンと頷いている。
「あれは人気アイドルのプラチナ・ルーミィね。夢の都で知らない者は居ないって位有名よ!」
私も認める可愛さだしね、とウインクが説明してくれた。雄也はなんかどこかで見たことある顔のような気もしたのだが、次のCMに切り替わったため、確かめる術はなかった。
「雄也さーーん! こっちに来て下さーい!」
リンクが通りの先から手を振っている。露店のようなお店がそこにあった。レイアが銅貨らしきものを三枚店員へ払っている。そういえばリンクは王女だから、やはりお金は持たないのだろうか? 今までもレイアが何度かお金を払っている場面に遭遇した事があったのである。店員さんから渡されたものはどうやら人間界でいうクレープのようなものだった。レイアとリンクの分と、もう一個は……。
「これ、すごーい美味しいんですよー! はい、雄也さんの分です! シャキーンです!」
「これクレープだよね。ありがとうリンク!」
心なしか人間界よりも大きな苺に生クリームとチョコレートソース。CMで流れていたアイスといい、人間界と変わらず甘い物結構あるんだね。うん、苺は大きくてもしっかり果肉が詰まっていて食べた瞬間ジュワーっと甘味と果汁が広がって美味しい。しっとりしたクリームとチョコレートソースも人間界のそれと変わらない。
「んんーー甘さでほっぺが落ちちゃいますーー!」
リンクが至福の表情でほっぺを押さえている。蒼色の瞳がキラキラしていた。
「いやぁ、この街はいい武器、防具が揃ってるな。相棒、おめーも光の国で装備整えてなかったら、間違いなくここの武器防具を買った方がよかったぜ」
そう言って武器屋から出て来たのはファイリーと和馬。武器屋、防具屋、装飾品屋、道具屋から魔法具屋まで、冒険に役立つアイテムはこの街に来るとひと通り揃うらしい。
「そうだな。鋼鉄の剣に、ミスリルソードまで。俺のブライトブレイドがなかったら充分強い武器に見えたぜ。でも、いいのか? こんなの買ってもらっちまって」
刀身が淡いオレンジ色をした不思議な短剣を持っている和馬。
「相棒のためだからいいんだ。戦闘に役立つしな。焼炎の短剣は、あたいの炎と馴染みやすい。焔刃投擲も強くなるだろ?」
「感謝するぜ、ファイリー!」
和馬はファイリーから焼炎の短剣という短剣を買ってもらったようだ。後から聞くと、銀貨三枚、銅貨五枚と結構なお値段だったらしいが、戦闘が有利になるならと奮発したらしい。
「こ、こらーー! ど、泥棒ーーーー!」
すると、前方から泥棒の声がした! 住民と観光客の合間をすり抜け、口にくわえたまま何かが駈けて来る。さながらそれは俊敏な猫の動き、どうやら魚をくわえている……これではお魚くわえたどら猫じゃないか……一つ違う事がある……駆けて来た猫は、どら猫ではなく、セーラー服を着た白い猫妖精であったという事だ。
「もぐもぐ……うぇえええーーこれ魚じゃないにゃーー魚なのに甘いにゃーー」
優斗の前まで駆けて来たブリンクが、四つ足状態から立ち上がり、くわえてた魚を食べたのだが、中身はたっぷりの粒あんが入っていた。魚も茶色っぽい外皮に包まれている……。
「ブリンク……それ、鯛焼きだねぇ……鯛の形しているけど、中身はあんこで鯛じゃないんだよ」
「そうなのかにゃー、美味しくないにゃー優斗あげるにゃー」
しっかりした歯形が残った鯛焼きをブリンクから渡される優斗。
「ははは……ありがとう、ブリンク」
そこに店主らしきおじさんがようやくブリンクに追い着く。
「はぁはぁ……おいおい……兄ちゃーん! あんたが……はぁ……飼い主か!? ちゃんと金払ってくれねーと困るぜ!」
全速力だったのか、肩で息をしている店主。
「げ! ブリンクお金払ってないの?」
「お金って美味しいのかにゃ?」
だめだ、この子……早くなんとかしないと……。
「すいません、飼い主ではないんですが、うちのブリンクがご迷惑かけまして……」
頭を下げる優斗。
「いや、分かってくれたらいいんだ……鯛焼き一個、銅貨二枚だ」
「じゃあこれでお願いします」
優斗が店主にお金を渡す。百円と描かれた通貨が二枚、店主の掌へと渡された。
「おぅ、毎度ありーー……って兄ちゃん! 嘗めとんのか! こんなおもちゃのコイン渡してんじゃねーよ。猫も猫だが、飼い主も飼い主だな」
「あ、やっぱりだめか……」
そう、雄也達は今まで機会がなかったため、妖精界の通貨を持っていないのだ。人間界のお金はやはり通用しないらしい。
「優斗をいじめるんじゃないにゃー」
店主に向かって反抗するブリンク。今にも肉球を……じゃなくて、手を出しそうだが、もとはと言えばブリンクさん、あなたが原因だからね。
「失礼致しました。私が代わりに支払います故、この方々を許してやって下さいませ」
素早く店主とブリンクの間に入り、振り上げていたブリンクの腕を片手で押さえた状態で、もう一方の手で代金を渡したのはレイア。
「お、おい、もとの代金は銅貨二枚だぜ! これはもらえねーぜ!」
店主の手には銀貨が一枚置かれていた。
「いえ、ご迷惑をおかけしました故、その位もらっていただいて構いません」
レイアが頭をさげる。お辞儀をした事で、一瞬メイド服の隙間から谷間が強調される。
「お、おぅ! わかった! あんたに免じて許してやるよ! 毎度ありー」
途端に上機嫌となり、店主は帰って行った。
みんな合流したところで、歩きながら会話をする一同。
「はぁー、お嬢様のお金は私が管理しておりますし、雄也様達は妖精界のお金を持っていないのは分かりますが、なぜブリンク様までお金を持っていないのですか?」
「お金って美味しいのかにゃ?」
あちゃーとおでこに手をやるレイアと優斗。恐らく族長の家でお世話になっているという事からお金を扱う機会がなかったのであろう。
レイアによると、妖精界には、白金貨、金貨、銀貨、銅貨があるらしく、銅貨十枚が銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚、金貨百枚で白金貨一枚らしい。雄也達のお金に換算するなら、銅貨=百円、銀貨=千円、金貨=一万円、白金貨=百万円といったところだろうか? 今まで宿屋に泊ったり、アイテムを購入するような機会が少なかったしね。レイアがパーティーの会計係となってくれていた事も否めない。
「雄也様達も、そろそろ旅の中でお金を集めるようにした方がいいかもしれませんね。妖魔や魔物を倒して手に入る物や、洞窟などにある鉱石から木の実に至るまで、売ったらお金になるものは冒険の中にたくさんあるのです。私のお財布もこれだけパーティーが大所帯になると、お金が尽きてしまう事が時間の問題です」
なるほどね、そうやってお金を集める訳ね。
「夢の国は働いている住民も多いけど、冒険者なら依頼を受けてクエストをこなし、報酬を受け取るってやり方もあるよー! こっちの方が難しいクエストほど報酬が大きいし、早かったりするわね」と、ウインクが補足してくれた。
「すげー、クエストは冒険者の醍醐味だよね!」
「おう、俺も新しい武器を試してみたいぜ」
優斗と和馬がノリノリになっている。旅が落ち着いて来たら、そうやって妖精界を渡り歩くのも面白いかもだね。
「おーい、みんなーー向こうに夢見御殿があったよー! 早く行こうー!」
ひと足早く空を飛んで目的地を偵察していたパンジーが戻って来た。夢見御殿は立派な建物で、すぐに分かったそうだ。そうだった。クエストの前に夢見御殿だった。街並みのインパクトが強すぎて、雄也達はすっかり観光気分に浸ってしまっていたのだ。
「いいなー、あの子。私も羽根、取り戻したいな……」
パンジーが空を飛んでいる姿を見て、珍しくウインクが下を向いていた。
「ウインクさん、心配すんなって! 俺達がこの国もあんたの国も救ってやるさ」
和馬が優しく声をかける。ウインクが顔をあげる。
「え? ちょっと和馬君! お姉さんを励ましてくれるのー! 和馬くぅん優しい! そんな優しい言葉かけてくれたら、お姉さん濡れちゃうわよー和馬くぅーーん(はぁと)」
「ちょ、や、やめ、ウインクさん」
公衆の面前でバニースーツで和馬にベタベタくっつくウインクさんはとても目立っていた。
やがて、大通りを抜け、しばらくすると、立派なお屋敷の様相を呈した夢見御殿が見えてくる。全てを知っているかのよな力を持つ、夢見の巫女とは一体どんな相手だろうか? そして巫女が告げていた敵の正体は? この国に起きている異変とは?
様々な疑問を抱えながら、雄也達は夢見御殿の入り口へと向かう――




