第42話 封じられた魔法陣
ところ変わって、こちらはディーネリア宮殿――
「お嬢様ーーお嬢様ーーやっぱりここですかー。お嬢様ーーエレナ王妃が御呼びですよー」
レイアが何もない日にリンクを探しに行くところと言えば図書館だ。
「うむ、私だ。御苦労。先に行ってよいぞ!」
図書館の椅子に座って何かを読んでいたリンク、腕組みをしたまま振り返ったのだが……
「お嬢様……いつもと口調が違いますが……どうかされましたか……?」
途端に細い目になってじぃっとリンクを見つめるレイア。
「うむ? 気にするな。このハードボイルドキャラが主人公のバトル漫画を真似している訳ではないぞ? 小生は元々こんな口調だ。シャキーンである」
「お嬢様……顔と口調があってませんよ?」
「えーー、そんなこと言わないでよーレイアー」
元の口調になって、リンクが口を尖らせる。
「お嬢様は世界一可愛いのですから、ハードボイルドキャラなんて目指さなくてよいかと思います」
「はぅう……そんな可愛くないよ……」
突然可愛いと言われ、顔を赤らめて照れるリンク。
「そんな事言いながら、ご自覚あるのかと思っていましたが。この滑るように手が通るサラサラの髪……純粋な眼で世の中を見通せる、蒼色の瞳……全くお手入れをする必要がないもっちりとしたお肌……そしてそのお嬢様の笑顔があれば、世の男性はイチコロですよ?」
レイアの指がリンクの髪……瞳の横から頬に滑るように流れていき、最後は唇に人差し指を軽く当てる。柔らかい弾力のあるピンク色の唇がレイアの指先を吸収し、ゆっくりと返す。
「どうしたの……レイア……今日、なんか変だよ?」
頬を赤らめたままリンクが動揺する。
「変ではありませんよ? 今日は雄也様達もおりませんしね。たまには二人きりの時間を過ごす事も大事かと思っただけですよ」
「あ、お、お母様が呼んでいるんだよね? 私行ってくるね!」
慌てて図書館の出入口へ駆け出そうとするリンク――しかし、リンクの腕を掴み、引き寄せるレイア。身体と身体が密着し、お互いの柔らかい部分が触れようとする。
「レ、レイア……?」
「お、お嬢様……」
「呼ばれて飛び出てくまごろうくまーーー! 王妃が呼んでるくまー、なかなか来ないから迎えに来てやったくまーー! って近いくまーー埋もれるくまーー」
リンクの小さな双丘とレイアの豊かな双丘に、くまごろうがちょうど挟まれる形で収まった。さすがくまごろう。モフモフ出来る身体だけあって弾力があるね。
「く、くまごろう!? あ、ありがとう! じゃあ行くねー。レイア、またねー」
そのまま駈け出して行くリンク。豊かな双丘によるプレミアムサンドイッチより解放されたくまごろうが、ぺたっと地面に着地する。
「お、お嬢様ーーー」
そして、はぁーっと溜息をつくレイア。
「くまごろう……」
「え、レイア、どうしたくま? 何か様子が変くまーー。にゃーー?」
「くまごろう……最近食べ過ぎでちょっと太ったのではないですか? 今日明日は晩御飯抜きです」
「な!? そ、そんなーー、くまぁーー酷いくまぁーー」
泣きながら外へ出ていくくまごろう。
「久しぶりの二人きりだったので、ついつい興奮してしまいましたわ……」
頬を赤らめてちょっとやり過ぎてしまったかなと反省するレイアなのであった。
★ ★ ★
「えー!? 記憶の魔法陣が使えないー!?」
各々の時間を過ごし、夕方水霊神社の社務所へと到着した雄也達一向。水無瀬先生へ光の国にて、壮絶な戦いを繰り広げた後、子供を一人救った事を伝えた。水無瀬先生からは、子供を助けた事と、時間が無事動き出した事に感謝された。しかし、また妖精界へ行きたい旨を伝えると、衝撃の事実が飛び込んで来たのである。
「おいおい、どういう事なんだよ! 妖精界へ行けなかったら、残りの子供救えねーじゃねーかよ」
食ってかかったのは和馬だ。
「せっかくレイアさんやリンクに会えると思ったのになぁ……」
違う意味で残念そうな優斗。
「どういう事なんですか、水無瀬おば……お姉さん」
雄也が水無瀬先生に尋ねた。
「そうね……ごめんなさい。貴方達を送った後、しばらくしてから魔法陣から魔力が全く感じられなくなったのよ。恐らく、何らかの形で夢渡りの力が封じられたと考えるべきね。妖精界に行った貴方達の目から見て、心当たりはない?」
逆に質問される雄也達……心当たりと言っても、光の国を救うので手いっぱいだった訳で、雄也は、光の国を救い、無事に人間界へ戻れた時点で、妖精界へはいつでも行き来し放題くらい、軽く考えていたのだ。その証拠にリンク達へのお土産として、『アンジェリーナ オリオン』のケーキを脇に抱えている。
「光の国もそうですが、妖精界の各国々が結界に覆われていて、子供を救った事でその結界が消えたんですよね。その結界が関係しているんだと思うんですけど……」
雄也が妖精界での出来事を振り返りながら呟くようにして水無瀬先生の質問へ答える。
「あ……」
腕組みをしたまま目を閉じて考えていた優斗が何か思い出したようにして目を開けた。
「どうした、優斗。何か思い出したか?」
和馬が優斗に尋ねた。
「いや、記憶の魔法陣ってさ、妖精の夢渡りの力が関係しているんでしょ? 水無瀬先生、俺が妖精界で契約した妖精が夢妖精なんだよ。ただ、その夢妖精とは、結界のせいで光の国では会う事が出来なくてさ、もしかしたら彼女の故郷である夢の国で何か起きているんじゃないかと思いまして」
優斗が推理するかのようにして、身振り手振りで皆に説明する。
「それは関係ありそうですね!」
突然目の前から聞こえた声にあたりを見回す一同。雄也はおでこに手を当てて探す素振りまでしている。
「いやいや、ここよ! ここ! これで何度目ですか! なんで気づかないの!」
「あ、ごめん、三葉。ちっちゃくて気づかなかったよ!」
雄也が三葉を見下ろす。いや、今の雄也、さすがに声で気づいていたよね。巫女服の三葉が軽く飛び跳ねる度に、黒髪ツインテールがピョンピョン弾んでいた。
「いや、絶対気づいてたでしょー! もう、せっかく重要な情報教えようと思ったのに!」
「なに、その重要な情報って?」
優斗が代わりに聞く。雄也は手を上に伸ばして、ピョンピョンしている三葉が届かない程度の位置に手の高さをキープして遊んでいた。
「優斗さん。その夢妖精さんって、セクシーな服を着て、『はかいりょくばつぐんなかじつ』の持ち主ですよね」
ピョンピョン飛び跳ねるのをやめた三葉が優斗に向き直る。
「ええと、三葉……それ意味分かってて言ってる?」
手を下ろした雄也がそのまま三葉へ尋ねる。
「え? でも女性の大きなお胸の事はそう言うんだってママが……」
瞬間じーーっと水無瀬先生に目線をやる三人……そのまま目をそらす水無瀬先生。
「こんな子供に何教えてるんすか、水無瀬先生……」と和馬。
「三葉はもう子供じゃないもん!」
「いや、子供だろ……」
「そんなことないもん!」
和馬に食ってかかる三葉。ぷぃっとした顔が可愛らしい。
「まぁまぁ、和馬、あと三葉も。そろそろ本題に戻ろう」
雄也が話を戻す。
「で、三葉ちゃん、確かにその『破壊力抜群な果実』の持ち主は恐らく俺が契約した夢妖精のルナティだと思うけどさ、それが何か関係あるの?」
「うん、大いに関係あるよ。だって、その妖精、アラタミヤ町担当の妖精だもん」
「た、担当!?」
さすがに三人が反応する。
「続きは私から説明するわ」
水無瀬先生が詳しく解説してくれた。
夢妖精は子供の夢を正しく導いて、代わりに人間の純粋な夢みる力を少しずつ貰う事で、妖精界のエネルギーとして分け与える仕事をしているらしい。広い人間界の子供達を全員で視るのは一苦労なため、ある程度担当制なんだそうだ。
三葉は人一倍夢みる力が強く、夢の中で何度かルナティと会った際、会話する事が出来たそうだ。大抵の子供達はそれを夢として片づけるのだが、親から人間界と妖精界の仕組みを見聞きし、知っていた三葉は、ルナティがこの町の担当である事を知ったという訳だ。
「え、じゃあ、ルナティに何かあったって事じゃん! 俺行かなきゃ!」
優斗が立ち上がり、魔法陣のある拝殿へと向かおうとする!
「どこへ行くの優斗君!」
「魔法陣ですよ! 愛の指輪を身につけている俺ならそこに行けるかもしれないじゃないですか!」
止めようとする水無瀬先生の制止を振り切り、部屋へ入る優斗。
「おい、優斗、待てって」
和馬が後に続く。
「お姉さん、でも無理なんですよね?」
雄也が冷静に水無瀬先生へと確認を入れる。
「ええ……無駄よ、あの魔法陣は今一切の夢渡りの力が通ってないわ。現時点でここには妖精界へ渡る術はないと考えるべきね」
「……俺も優斗のとこへ行って来ます」
雄也も拝殿へ続いた。
結局、拝殿で、各使役具での会話、三葉による記憶の魔法陣発動のための魔法詠唱、夢みる力の行使……あらゆる事を試みたが、妖精界へと渡る事は出来なかった。この日は妖精界へ渡る事を諦め、各々帰路へ着く事となる。
その夜――
「優斗、気持ちは俺も同じだぜ……俺だって、妖精界へ行きたい気持ちは一緒さ」
晩御飯を食べながら和馬が呟いている。
「ん、兄ちゃん、何か言った?」
食卓の向かいに座っていたスポーツ刈でTシャツ姿の男子、どうやら和馬の弟らしい。
「ああ、気にするな和希。こっちの話だ」
「えーー兄ちゃん、最近水霊の森とか水霊神社に行ってるんだろ! 俺も連れてってよ!」
食卓から乗り出して和馬にせがむ弟。
「いや、お前はまだ危ないからだめだ。親父から柔道とか剣道とか何も教わってないだろ」
「えーー兄ちゃんばっかりずるいやー」
納得いっていない弟は和馬に食い下がる。
「そういうな。親父は仕事で帰って来ないし、俺とお前しか居ないんだから、お前を心配して行ってるんだぞ。今起きてる事件が落ち着いたら、水霊の森奥にある湖まで一緒に連れてってやるさ」
「兄ちゃん、本当! 約束だよ!」
やったーとガッツポーズをして喜ぶ和希。その様子を見て笑顔になる和馬。食卓の奥に並んでいる家族写真をふと見やる。軍服のような格好の父親、黒髪が長く美しい母親、そして二人の幼い兄弟、一人は母親が抱きかかえ、もう一人は手を繋いでいる。恐らく手を繋いでいる方が和馬だろう。
―― おふくろ、弟は絶対俺が守るからな……。
和馬は、写真を見て目を閉じ黙祷する ――




