第41話 それぞれの朝
「雄也ーー、雄也ーー、起きなさい、ご飯よーー」
遠くから声が聞こえた気がして雄也が目を覚ます。
「ん? んん……あれ? ここは?」
気づくと、ふかふかのベットではなく、いつも眠っていた煎餅蒲団が敷かれたベットの上だった。あれ? 何だっけ? 長い夢でも見ていたのか、煎餅蒲団が懐かしいような気がした。ふかふかのベットに、病院のような場所のベット、宿泊棟のベットに……ん? 宿泊棟って何だ? ふかふかのベットは確か……ディーネリア神殿だっけ……
―― ブーー、ブーー、ブーー、
!!
ふいに机の上に置かれていたスマフォが振動を起こし、飛び起きる雄也。そうだ、そうだよ。妖精界だ。光の国を救った後、水の都南に位置するウォータリアの森にて、人間界へと送ってもらったんだった。そのまま光に包まれて、その後の事は覚えていない。気づいたらベットに居た。
スマフォの画面を開くと、和馬からのメッセージだった。
差出人:和馬 件名:やったぜ
『雄也、おはようさん。新聞見たか? ちゃんと終業式の翌日になってるぜ! 行方不明の子供も四人に変わってる。無事に救えたみたいだな。夕方にでも神社に行ってみようぜ! それまで久々の人間界でも満喫しようぜ。じゃあな!』
よかった。どうやら翌日になっているらしい。時間が動き出したようだ。光の国が閉ざされていた事と、人間界で起きていた時間のループはやはり関係していたらしい。何にせよ、これで少し前進した事になる。
「雄也ー! 降りて来なさい!」
「わかった、すぐ行くー!」
ちゃんと自分の目で確かめないと。子供は無事に救われたのか、時間が動き出したのか……雄也はパジャマ姿のまま下へと降りていく――
『続いて、次のニュースです。今月に入り、既に四人の行方が分からなくなっているアラタミヤ連続行方不明事件。現場から中継です。現場の森山さーーん!』
『はい、現場から森山雪江がお送りします。水霊の森に行ったまま行方が分からなくなった子供も居る事から、警察は失踪と誘拐、両方の線で捜査を続けています。私は今、女の子の行方が分からなくなっている水原さん宅前に居ます。お母さんに話を伺います。水原茉莉音ちゃんのお母さんですね』
『娘を……どうか娘を……見つけて下さい! 朝起きたら部屋に居た筈の娘が……居なくなっていたんです……』
『と、いう事は、茉莉音ちゃんは、前日の夜まで家に居たんですね?』
『そうなんです、おやすみを言って、二階の部屋へあがっていくのを見ているんです。それが……どうして……こんなことに……』
止まらない嗚咽を抑えながら、インタビューに答える茉莉音の母。
「うーん、家の母親は朝から仕事頑張りますねぇー」
そんなTVの中継を家のソファーに座って見ているのは……森山優斗、その人だ。
ソファーの横にある食卓テーブルには、朝早く起きて優斗の母が作ったであろう、スクランブルエッグとウインナー、トーストとサラダがラップをして置いてあった。
「大丈夫、マリネちゃんは俺達が救い出してみせますよ!」
母親の仕事振りを見ながら、使命感に溢れる優斗。腕組みしたままTVに向かってウンウンと頷いている。
「とりあえずは夕方集合って和馬からメッセージ来てたし、夕方まで寝るか……」
そう思い、ソファーへ横になろうとしたその時、ふいにピロリロリロリンと優斗のスマフォが鳴る。
「はい、もしもーし」横になったまま優斗が着信に出る。
「おはよう優斗ー! お母さん全国中継出てるやん! 朝から凄いねー!」
「あー、おはよう。別に凄くないよ。用事はそれだけ? 美優、俺眠いから寝るよ。おやす……」
「ちょ、ちょ、待てよー! 待って! 女の子からのモーニングコールなんだからもっと喜びなさいよ! まぁいいわ。それより、今日お店手伝ってくんない? 春休みだし、どうせ優斗暇でしょ?」
待てよーと、どこかの芸能人のリアクションかと思わせる反応を見せる電話の主。ハキハキとした口ぶりだ。
「えー? なんで美優の店を手伝わなきゃいけないんだよー。俺眠いから寝……」
「だーーかーーらーー。お前はどんだけ眠るんだと! 幼馴染のよしみでしょ! パートタイムでいいからさー。最近隣町で密かに人気だったケーキ屋さんが突然閉店したらしくてさ、こっちにお客さん流れて来て忙しいんだよ。猫の手も借りたいくらいなんだから! 終わったらケーキあげるからさ! ね、お願い」
「わかったよー。じゃあ……ケーキ十個でよろしく」
「十、十個? あんた一人っ子でしょ? 十個も要らないでしょ」
「いや、最近出来た知り合いがさ、ケーキが食べたい言っていた事を思い出してさ」
「へー、あんたそんな知り合い居たっけ? まぁいいわ。じゃあ一時間後に家の前でよろしく!」
そういうと、一方的に電話が切れる。電話の相手は優斗の幼馴染だったらしい。
「あーあ、俺もラノベの主人公みたいにさー、可愛い妹か、もうちょっと心優しい幼馴染でも居たら良かったんだけどな」
惜しいよなぁーと呟きながらも、出かける支度をする優斗であった。
「いらっしゃいませーこんにちはーー!」
アラタミヤ町の一角にあるケーキ屋さん『アンジェリーナ オリオン』。海外のパティシエコンテストでも優勝した経験を持つ星菜芳正シェフが、地元でお店を開きたいと、数年前にオープンしたケーキ屋さんだ。
オープン当初からメディアで取り上げられた事で、口コミで話題が広がり、小さな町にあるお店とは思えない位の人気店となっている。外皮はサクサクのクッキー生地、中はふんわりカスタードがたーっぷりの『アラタミヤシュー』と、食べた瞬間、口の中に濃厚なチーズが蕩け、喉から鼻へと芳醇な香りが広がる、『オリオンチーズケーキタルト』が看板商品だ。
優斗の幼馴染である星菜シェフの娘、星菜美優は、土日と学校が長期休みの期間、お店を手伝っている。黒髪ショートボブにキリっとした二重の瞳。パティシエのエプロンが似合っている。喋らなかったら美人なんだけどなーと思う優斗。あとは胸がレイアさんくらいあればなぁ、パンジーやブリンクくらいしかないもんな……などと考えていると……
「ほら、優斗! お客さん来た時の練習!」
横からその美優に声をかけられた。今はちょうどお昼のお客さんの波が過ぎ、落ち着いたタイミングだ。
「いらっしゃいませー、こんにちはー」
「ちょっと優斗、もっと元気な声で挨拶しなさいよ」
控えめな挨拶をしている優斗の脇腹を肘でつつく美優。
「ぐはっ、いらっしゃいませぇえええーこんにちわあああーー」
「いやいや、声でかいだけで気持ちこもってないし!」
「すまないねぇ優斗君、手伝ってもらっちゃって」
細目の面長なおじさんが優斗に声をかける。優しそうな表情をしているこの人が有名な星菜芳正シェフだ。
「いえいえおじさん、いいんですよ。断っても強制連行されていたと思いますし」
「今、何か言った?」
横目でジローーっと睨む美優。
「いえ、何も……」
サササーっとお店の端へと移動する優斗。
『すいませーん、オリオンチーズケーキタルトを五つ下さい!』
「はいはーい。いらっしゃいませー、ただいまー」
呼びかけに応えてショーケースへの前へ素早く移動する美優。今ではすっかりこの店の看板娘だ。素早い動きでチーズケーキタルトをショーケースから取り出し、箱詰め、会計までをテキパキとこなす。
「いつも笑顔がいいね、また来るよー」
会計を済ませ、商品を受け取ったお兄さんが美優に声をかけた。
「ありがとうございます! またのご来店、お待ちしております」
美優が元気よく一礼し、お客様を見送る。
すると、ちょうどお兄さんがお店を出るタイミングで、見覚えのあるお客さんが入って来た。
「優斗ーー、ケーキ買いに来たよー!」
「おー、雄也ー! いらっしゃいませー!」
優斗が雄也を出迎える。どうやらメッセージで呼びかけていたようだ。
「あ、こんにちはー。雄也さん、いらっしゃーい」
美優と優斗は幼稚園からの幼馴染だ。尚、雄也と和馬はというと、美優と幼稚園は別である。小学校でもクラスが違う事が多く、美優としては優斗の友達という位置付けらしい。尚、森山家と星菜家は、家族ぐるみの付き合いで、『アンジェリーナ オリオン』オープンの際、アナウンサーである優斗の母、森山雪江が生中継でグルメレポートをした事で、お店に大行列が出来た。そういう折もあり、優斗が長期休みに手伝う事がしばしばなのである。
「雄也さん、今日は何買って行きます? まけときますよー」
「んー、オリオンチーズケーキタルトに、ショートケーキ、季節のフルーツタルト……白桃のゼリーと……ショコラオリオンに……アラタミヤシュー」
「え? 待って待って! 雄也さんとこそんなに大家族だっけ?」
予想以上の注文に驚く美優。
「いや、俺んとこは姉ちゃん居るけど、大学で上京して一人暮らししてるから、親を入れて今は三人だよ?」
「え、じゃあ誰がこれだけ食べるの?」
「ああ、それは……」
雄也がなんて言おうかと口の横をポリポリしている。
「ほら、美優、あれだ、俺が朝電話で言ったじゃん、最近知り合い出来たって! その子達がさ、あの、雄也の従妹居るじゃん、神社の子。あっちを経由してさ、最近知り合った子達が美味しいケーキ食べたいって言ってたんだよ。それならここのケーキが一番やん? という訳で雄也を呼んだって訳さー」
優斗が代わりにフォローする。よく口から出まかせを……と思う雄也。でも、確かに嘘は言っていない。あっちを経由してって……ケーキ食べたい言ってたのは間違いじゃないし、優斗はこういう時弁が立つ。
「ふーん、そうなんだー……まぁ、いいわ、売上に貢献してくれるんなら嬉しいし! じゃあアラタミヤシューはサービスしとくね」
優斗の態度を不審に思うような表情を一瞬見せた美優だが、そこは流してくれたようだ。
「ありがとう、美優さん」
お礼を言う雄也。
「どういたしまして。じゃあさ、今度その知り合いって子、私にも紹介してねーー」
雄也を見ていた美優がくるっと回転しつつ優斗に向き直る。突然見られたので一瞬動揺する優斗。
「え、ああ、了解……」
若干目を反らす優斗。
「んんーー? 何か後ろめたい事でもあるのかしらー?」
上目遣いで下から見上げる美優。モデルのように美系の顔を近づける。幼馴染の優斗でなかったら、これだけでノックアウトしているかもしれない。
「い、いえ……何でもないです……」
問い詰められて反応に困る優斗。妖精界で可愛い子達や美人さんとイチャラブしていたなんて言ったら、きっと殺される。
「じゃ、じゃあ俺は先に帰ってるよ。ケーキ持って帰らないといけないし……」
その場をささーっと立ち去る雄也。優斗の口が『待てよー逃げるのかー雄也ー』と言っているような気がしたが見えないフリをした。
「はーい、ありがとうございましたー!」
笑顔で見送る美優。雄也が帰った後、優斗がケーキ屋を手伝っている間、美優に夕方まで問い詰められたのは言うまでもない。




