第3話 能力 ~いやいや、なんで水鉄砲!?
あれから一週間くらい経った。
今水の都は昼夜が分からないので時間の感覚が狂いがちだ。シャボンを放っていたあの不思議な花も心なしか元気が無さそうだ。
突然世界を救ってくれと言われても、雄也は雄也だ。妖精界での力の使い方を学ばないと、世界を救うなんて何年かかっても無理な話なのである。
そうそう、異世界という事は武器で戦うのだろかと思ったら、リンクは普段魔法を中心に戦うので武器は持っていないそうだ。直接戦う時は氷砕刀という小さな先の尖った手のひらサイズの武器を使うらしい。妖精界にも剣で戦う騎士や、魔法の杖、弓、斧など、よくゲームの世界に出てくるような武器はたくさんあるらしい。という事で雄也も剣を使って戦うのかと想像していた訳だが……。
「リンク、何度も聞くけど、本当にこれで戦うの?」
「はいー、そうですよー。雄也さんにぴったりの武器でしょう?」
「それ、嫌味で言ってる?」
「えー、どうしてそうなるんですかー? 私の使役主である雄也さんにとって、この武器は最強の武器になりますよー」
「まぁ、水の妖精……アクアフェアリーだっけ? リンクがそうなら結びつきはするけどさ、これはないよね……」
さて、状況を説明しよう。雄也は今、決戦の時に備えて武器を持っている。リンクを使役し、力を行使する練習とその力を自身に透過する練習をしている。基本は創造する事で、妖精の力を行使出来るらしい。雑念が入るとだめなので集中力が必要だ。リンクに〝攻撃〟してもらう創造をする事で、実際のリンクの攻撃力が増すという仕組みだ。
創造中に例えば『お腹が空いた……』なんて思っていたら、本来の妖精の力は発揮出来ないらしい。雄也の持っている武器は、リンクの力を透過する事でこちらも本来の力を発揮するらしい。それは龍の刻印が施された最強の剣でもなく、キラキラと輝く魔力のこもった杖でもなかった。
……プシュー
……ポタポタポタ
勢いよく出たかに思われた水は綺麗な放物線を描き、その後プラスチックで出来たかのような銃口の先から、水の滴る音が虚しく聞こえてきた。
「いやいやいや、なんで水鉄砲なんだよ! しかもこれ幼稚園児が使うようなおもちゃの水鉄砲でしょ! いや、これ世界救うの無理やん。そりゃあ最初はレベル1かもしれないけどさ、ひ○きの棒とかブロ○ドソードとかさ、ゲームに出てくる武器の方がまだマシじゃね? これがゲームとか小説なら俺は作者を疑うよ……」
雄也が思い切りツッコミを入れる。
「何をおっしゃるのですか! この水鉄砲、見た目こそおもちゃっぽく見えるかもしれないですが、水の都の特別製ですよ」
と怒った口調のレイア。
「雄也さん、この水鉄砲はウォータージェットって言って、なんと、水の妖精の力で水の補充をしなくても無限に水が放てるという最高の水鉄砲なのですよー。凄いでしょうー」
と笑顔で顔を近づけるリンク。
……プシュー
……ポタポタポタ
普通の水鉄砲より大きいやつ、幼い頃はあったよね。最近あんまし見ないけどさ、おもちゃ屋さんとかには今もあるのかな? 水の溜まってる横型のタンクがついててさ、取っ手ぽい引き金をさ、引くとブシューって水が出るあれ。色もさ、黄色と黄緑というまさにおもちゃのような色合いね。はい、もう一回引き金を引いてみましょう。いっせーの!
……ブシュー
……ポタポタポタ
「よし、さっきよりは少し勢いがあった……これで魔物を倒せる……って、おーい、これ無理無理! 絶対無理! 敵倒せるってレベルじゃねーぞ!」
「すごーい! 『ノリツッコミ』って私生で初めて見ましたー!」
「お嬢様、私も初めてです」
「いや、二人共感心している場合じゃないから。リンクの力を引き出して戦うというのはまだ理解出来るんだけどさ、俺が戦うってなった時、剣とかなかったら無理じゃないかなって思ったんだよね?」
「ですが、雄也様、言わせていただきますが、剣の心得はあるのですか?」
「いや、それは……」レイアの問いに対し、言葉に詰まる雄也……。
「剣の心得があるならまだしも、普通の人間だった雄也様が突然剣を扱えるとは思えません。ましてや魔法の杖を魔法が全く使えない人間が持っても全く意味を成しませんよ」レイアが追い打ちをかける。
「わかりました、そこまで言うのなら、今までの練習の成果を見てみましょう。さぁ、雄也さん、あそこの岩に向かって水鉄砲を放ってみて下さい」
ワクワクしているかのような蒼色の瞳で、リンクが雄也を見つめながら指差す先、リンクが指差した先には、見上げる程の大きさの岩があった。
「あ、放つ前に<攻撃透過、接続!>って言ってみて下さい。なるべく大きな声でね」とウインクするリンク。
よくわからないが、なるようになれだ。
「攻撃透過、接続!」
雄也がそういうと、水鉄砲が光を放ち始めた。
「今です! 私に続いて叫んで! <打ち砕け! 強化水撃>!」
「え、あ、打ち砕け! 強化水撃!」
次の瞬間!
――!?
猛烈な勢いで水鉄砲から放たれた水は、大きな水球となって物凄い勢いで岩へ向かっていき、目の前にあった岩に大穴をあけ、その衝撃で岩はガラガラと音を立てて崩れたのだった。
「え、えぇええええええ!?」
―― ちょっと待って。洒落にならないんだけど。
思わず驚きの声をあげる雄也。
「凄いでしょう。これが私の力ですよー」勝ち誇ったような顔のリンク。
「雄也様も上手く透過出来たようですね」
「慣れてくると言葉にしなくても創造するだけで透過出来るようになるし、私にも直接言葉で指示しなくても意思伝達が出来るようになるんだよー。テレパシーみたいで凄いでしょう」
リンクが『えへん!』というしてやったりな顔をしている。
「意思伝達は使役主と契約者における特殊な絆のようなものです。妖精の中には心読力という能力を使って心の中を読める妖精も居ますが」
「あ、もしかして、エレナ王妃もその心読力って使えるの?」
レイアの言葉に対し疑問を口にする雄也。
「うん、そうだよー。お母様の前では嘘もつけないんだよー。あの能力って反則だよねー」それに対しリンクが返答する。
―― そうだね、その能力は確かに反則だと思う。
妖精には固有の能力が存在するそうだ。能力使用時は妖気力を使い、魔法使用時は魔力を使う。細かく言うと能力は使用型と常時発動型があり、エレナ王妃のそれは常時発動型らしい。常時発動という事は、妖気力を常に消費する訳で、並の妖精なら使えない能力だそう。
他にも同時に魔法結界やら水流安定やら、色々発動していたらしいけど、雄也には何も見えないから教えてもらうまで、知る術もなかった。
「あれ? 思ったんだけど、王妃だったら、その水晶の塔の魔物って、すぐ倒せるんじゃないの?」
「……そうもいかないのですよ」とレイアが続ける。
「水晶の塔周辺の結界、いっさいの妖気力を遮断してしまうようなのです。我々水の妖精も様々な魔法攻撃、能力による攻撃を試みましたが、全く傷ひとつつける事が出来ませんでした」
「それじゃあ、俺が行っても無理なんじゃ……」
「そうでもないのです。水の都には人間界、妖精界のあらゆる事象を残した書物が並ぶ図書館があるのですが、古い書物に今回魔物が施した結界に似たものを発見したのです。その書物にはその結界は『人間の夢みる力を媒介にして作られた』とあったのです」
「人間の夢みる力……それって……」
「先日我々が雄也様を選んだのは夢みる力が強かったからと言いましたね。雄也様なら恐らく、その結界を破れると、我々は考えました。さらに言えば、契約者であるリンク様と使役主である雄也様なら、塔にいるであろう悪しき者をきっと倒せると。お嬢様を危険な目に合わせる訳には行かないと私は反対したのですが」
「もう、レイアは心配性なんだからー。ちなみに人間と契約出来る妖精も限られてるんだって。雄也さんの夢みる力と接続出来たのが私だったってわけ。ね、凄いでしょー!」
リンクが褒めて欲しそうな顔をしているのは気のせいだろうか。
「……そうなんだ。で、結界を破れたとして破ってしまえば……」
「……雄也様、他人任せにしないで、大人しく戦って下さい」
さすがにレイアには、他人任せにしようとしているのがバレたらしい。結界を破ったあと、水の妖精の軍隊か何かに攻めてもらったら早いよね? いや、むしろ王妃なら、一人で倒せるんじゃないか? と思った訳で。
「結界を破っても、恐らく雄也様しか中に入れませんよ?」
そんな雄也を心を見透かすかのようにレイアは言う。
「結界の中を進める妖精が居るなら使役された妖精だけなのです。結界の中で雄也様がリンク様を使役する事で、リンク様も中に入れる、そして、十倍の妖気力に守られて、負の妖気力にも打ち勝つ事が出来る。それは雄也様も同じ事、リンク様の力を透過する事で、結界の中で戦う事が出来るのです」
つまりこうだ。結界の前で雄也の攻撃で結界を破り、中に入る。妖精達は中に入れないが、雄也が『結界の中でリンクを使役する』―― 所謂、召喚をする要領で、リンクを呼び寄せる事が出来るらしいのだ。どうやら覚悟を決めるしかないようだ。
「よーし、いよいよ明日、敵の本拠地に出発だーー!」
まるで遠足にでも行くかのようなノリのリンク。蒼色の瞳は相変わらずきらきらしていた。
かくして雄也は、初の異世界ダンジョンへと足を運ぶ事となる。




