第20話 最凶の敵
光の国――ライトレシア――・ブリンティス村の診療所で出会ったのは、妖精界には居るはずのない……まさかの人間の院長だった。
「あなたは何者なんですか?」
「どうしてここにいらっしゃるんですか?」
「人間の大人は妖精界に居られないんじゃなかったけか?」
雄也、優斗、和馬がそれぞれ疑問を口にする。
「初対面の相手に何者は失礼じゃないかな? ……と、言いたいところだけど、確かにその疑問が生じるのも仕方ない事かもしれないね」
そう院長が笑顔で答える。
「人間の大人なんてあたいも初めて見たぜ」
「皆様、この方は大丈夫です。確か魔導連結部の隊長、如月エイト様ですよね? もしかして、あなたも……」
疑問を口にしたファイリーだったが、レイアはこの人が誰なのか知っているようで補足をしてくれた。
「レイアさんと私は初対面ですよね、初めまして、当時うちのライティとレフティが世話になったようで。レイアさんお察しの通り、私もあの事件で首都ブライティエルフを出た身です。ですから、魔導連結部隊長は昔の肩書きで、今はしがない診療所の院長ですよ。村の住民に直接触れ合えるので、こっちの方が性にあってますね」
そういうと、院長のエイトは色々と教えてくれた。
まずはお互いそれぞれ自己紹介をする。そして、これまでの経緯を説明した。
……
……
「なるほど、色々あったんですね。他の国も大変な事になっていたとは知りませんでした。そうですね、疑問はたくさんあるかと思います。まず、皆さんご存じの通り、人間の大人は妖精界に居られない。妖精界と人間界は夢と現実のようなものです。夢の中にずっと居ると、人間界には戻れなくなるのですよ」
「え? 戻れなくなる?」
エイトの言葉に雄也が思わず反応する。
「ええ、妖精界と人間界とでは、そもそも時間軸が違うんです。そうですね、人間界にあるお伽噺、〝浦島太郎〟のようなものですね。竜宮城から帰って来た浦島太郎が時間軸の違う場所に長く居たせいで、現実に戻ると玉手箱により、おじいさんになってしまう……。僕の場合は望んで妖精界に居る事を選んだ数少ない人間です。そもそも妖精界に来た人間も過去そうそう居ませんしね」
浦島太郎になるのはごめんだ……そう思いつつ喉を鳴らす雄也。
「僕が強く望んだ事……そして、夢みる力を鍛錬し、さらには夢妖精とかつて契約した事が、妖精界に残れた理由ですね」
「夢妖精……俺も夢妖精と契約しました……」
夢妖精と契約している優斗が反応する。
「そうですか、君も夢妖精と。ただ君はここにずっと残りたいとは思ってないでしょう。ここは異世界であり、現実は人間界……そう思っているはずです……」
「そ、そうかもしれないです」
「僕はここに残らないといけない理由があった……それだけです」
理由については教えてくれなかったが、エイトは過去に色々あってここに居るようだった。
それから、エイトは、光の国で起きた過去の事件についても少し触れた。
二十年前……光の国に魔竜〝ダークドラゴン〟が現れ、首都、ブライティエルフが危機に瀕したそうだ。当時魔導連結部の隊長だったエイトは、聖の討伐部隊の隊長だったクレイ、聖の守護部隊の隊長レインと共に共闘してドラゴンと戦ったらしい。
ちなみにライティは聖の守護部隊の隊員、レフティは魔導連結部の夢見力探索室室長だったらしい。この村どんだけ凄いメンバー揃っているんだと突っ込みたかった雄也だったがとりあえず最後まで話を聞く事にした。
ドラゴンは巨大で凄まじい負の妖気力を持ち合わせていた。しかも、ドラゴンの火炎の吐霧で、周囲を一気に焼き尽くし、暗黒の吐霧という、エルフや妖精人の身体もろとも腐食させるという厄介な能力まで使ってきたそうだ。
先ほどの噴水広場の戦闘で見た、負の妖気力をガードする能力――聖騎士の盾や、炎や攻撃魔法から身を守る魔法――光源の衣だけでは、暗黒の吐霧を防ぐ事は出来ない。エイト達、魔導連結部のメンバーが、先ほどの戦闘でリンクがやったような共同結界を駆使し、クレイ達、戦闘部隊が攻撃を繰り出す。この繰り返しでようやく倒したそうだ。
が、この戦闘において何百、何千というエルフ、妖精人が犠牲となった。ブリンクの両親や、聖の守護部隊隊長レインも命を落とす。エイトもこの時の怪我で左腕半分を無くしていた。左腕半分は義腕らしい。今では医療器具や戦闘時はボウガンを腕に直接付ける事が出来るように改造しているので便利だよと本人は笑って言っていたが……。
〝闇竜の惨劇〟としてこの事件は光の国で語り継がれる事となり、この事件の責任を押しつけられた、当時のブライティエルフ軍部大臣……現ブリンティス村の族長アラーダ、聖の討伐部隊の隊長だったクレイ、魔導連結部の隊長だったエイトは退任し、首都ブライティエルフを出る事となる。そして、レインを亡くしたライティとエイトに仕えていたレフティが付いて来たのだそうだ。
「なんか、ドラゴン倒したって事は、普通に考えるとさ、国を救った英雄になるんじゃないのか? どうして国を出る事になるんだ?」
「貴族というやつはなんでも責任押し付けたり面倒くさいのさ」
和馬の疑問にファイリーが答える。貴族とは面倒くさい生き物らしい。
「私も当時仕えていた王宮のご主人をこの事件で亡くしまして、途方にくれていたところを慰霊祭でたまたま光の国に訪れていた水の都のエレナ王妃に拾われまして、ここに居るという訳です」
レイアもこの事件に巻き込まれた一人だったという訳だ。
「あ、あのー空気読めない発言かもですが……いいですか?」
「優斗君? なんだい?」
優斗が何かに気づいたらしく、エイトに質問をする。
「いや……さっき二十年前っておっしゃってたので……エイトさん……それからレイアさんもだけど、そんなに歳に見えなかったので……おいくつなのかなと」
「そうだね……人間の歳でいうと……僕は三十八歳になるのかな?」
「ええええ!? 二十代後半に見えますよ?」
「いや、妖精界はさっきも言った通り、時間軸が違うから、あまり歳を取らないんだよ。人間の女性がもしこちらにずっと居られるならずっと歳取らないんだから泣いて喜ぶだろうね」
そうエイトさんが教えてくれた……。あれ? という事は、レイアさんは……。自然とレイアに雄也達の視線が集まる。
「女性に年齢を聞くのは人間界では失礼と聞いた事がありますが?」
レイアは最近優斗に冷たい。
「まぁ、いいじゃないレイア……確か……百二十歳くらいだっけ?」
代わりに答えてくれたのはリンク……だったのだが……。
「ひゃ、ひゃくにじゅっさいいいいいいいーーーー!?」
これにはさすがに人間三人が驚いた。
「え? どうしてそんなに驚くんだ? 妖精界では若い方だぜ?」
ファイリーが当たり前だぜという顔で答えてくれた。
「な、なんだってーーーー」
「嗚呼、僕も初めて妖精界に来た時はそんな反応したよ」
エイトが笑って三人の反応を見ている……。
「妖精の寿命は五百年とも千年とも言われています。妖気力が強ければ強いほど長生き出来る。人間でいう成人が二十歳だとすると、妖精は百歳でようやく一人前という事になりますね」
リンクやファイリー、ブリンクは女子高生くらい。ブリンクはなぜかセーラーっぽい服を着ているので余計そう見える。パンジーは中学生……レイアが二十代くらいと勝手に想像していた訳だが、衝撃の出来事だった。
「年齢のトークで盛り上がりたいところだけど、そろそろ本題に移ろうか……。君たち……その今回の光の国に起きている事態の元凶を倒そうとしているんだよね?」
エイトが話を戻す。
「あ、そうです。さっき村を襲った妖魔がナイトメアって言ってました……」
「そうか……ナイトメアか……」
その名を聞いて考え込むエイト……。
「ナイトメア……聞いた事はない名前だが……エイト、何か考えるところがあるのか?」
そう聞いたのはクレイだ。そういえば当時の隊長同士って言ってたもんね。
「いや……そうではないんだが……やはり雄也君達をこのままナイトメアの居城に行かせる訳にはいかないよ」
「いやいや、エイトさんよ、あたいとリンクが居るんだぜ? そんな元凶一瞬で倒せるってもんだぜ」
「そうですよー、これだけ心強い仲間がついてるんですー余裕のシャキーンです!」
「僕も戦うよーだから大丈夫だよ」
「そうにゃーうちも戦うにゃー」
各々が返事をしたのだがエイトが続ける。
「いや……君達の実力は分かっているつもりさ。さっきここまで来る経緯も聞いたしね。だが、君達の今の力では恐らくそのナイトメアには勝てないと思う。実は先日、僕のところに旧友から青い鳥が届いてね。あ、雄也君達に補足すると、青い鳥は、エルフが妖気力の残滓を映像記録として残し、指定した相手に届ける映像付の手紙のような物なんだよ。先日ブライティエルフの聖の討伐部隊が、敵の居城である北東の城〝アルティメイナ〟に向かっていたらしいんだが……全滅したようなんだ……」
「な! 全滅だと! おい、プレミアはどうなったんだ」
クレイが興奮気味にエイトに詰め寄る。
「嗚呼、青い鳥はそのプレミアからだよ」
「ば、馬鹿な! あいつに剣を教えたのは俺だが、二十年経った今、恐らくあいつの剣技は俺を超えているかもしれないというのに……一体どうして……」
「そうだね、剣技だけならそうかもしれない。だけど、クレイ、あの暗黒の吐霧を一人で防ぎきれると思うかい?」
「な!?」
クレイが絶句する! エイトは黙って目を閉じ、首を振った。そのプレミアというエルフもやられてしまったようだ……。
「暗黒の吐霧じゃと!? あの魔竜〝ダークドラゴン〟が復活したとでもいうのか!?」
族長アラーダも驚いて会話に入る。
「いや……今回の相手は『グランドグール』だったようです。グールの負の妖気力が増大し、何百、何千というグールが一個体として進化した存在……何百年に一度現れるかと言われる最凶最悪のあの妖魔ですよ」
アラーダの疑問に答えるエイト。
「聞いた事があります。妖魔の中でも最凶クラスと言われるグランドグール……強大な負の妖気力に打ち勝つ攻撃をしなければ、身体は自己再生し、暗黒の吐霧は全てのものを腐敗させる。厄介な相手ですね」
「そうですね、レイアさん。しかし、もっと厄介なのは、グランドグールという最凶の妖魔を、ナイトメアという元凶が裏で操っているという事は……ナイトメアはもっと強いという事になります」
!?
その通りだった。今までに戦った事のないレベルの最凶の敵。
―― 一筋縄ではいかない。
そう思う雄也達だった。




