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第171話 知将の弟――ラディウス

「ちょっとぉーそのレッドドラゴンなんなのぉおおお!?」


 周囲を旋回して戻って来たウインクが皆と合流し、巨大なレッドドラゴンに咆哮され、回転しつつ抗議している。レッドドラゴンは上空から飛来する妖精を敵と見做したらしかった。


「レッドドラゴン、ウインクは俺の契約者(パートナー)なんだ。攻撃をやめてくれ!」


 大口から豪炎流を放たんとしていたドラゴンが首を擡げ、再び歩を進め始める。ウインクへは皆からレッドドラゴンと相対し、和解した事で隠れ里へ案内してもらっている事を説明した。


「あれ、そう言えばあの案内妖精は何処に行ったんだ?」


 雄也がふと、案内妖精の存在が消えてしまっている事に気づく。


「あの妖精の事だから、きっとその辺(・・・)で視てるんじゃねーか?」


 姿形は視えないが、彼女が持つ能力からして姿を消してついて来ていると皆は予想する。その予想は正しかったようで……。


 ――吾輩の事、よくわかってるですですね


 そう案内妖精が思うのであるが、彼女の存在に気づく者は居なかった。


 眼前には見上げる程の岩壁が立ちはだかり、袋小路になっている。レッドドラゴンが壁前で咆哮すると、壁が滝のように両側へと開いていく。岩山に囲まれた忘れられた場所。幾重にも塞がれた扉。決して侵入者が訪れる事のない場所に、竜人族の隠れ里は存在した。



「こ……これは……」

「すっごく……大きいです……」


 雄也とリンクが思わず呟く。岩肌に囲まれた土地。漆黒の鱗を纏ったブラックドラゴン。蒼白く輝く鱗を纏ったブルードラゴン。緑色の鱗を纏うグリーンドラゴン。色とりどりのドラゴンが闊歩している。どのドラゴンも戦ったなら上級魔物(モンスター)と同等の力を持っている。そんなドラゴン達を見上げ、驚嘆の声を漏らす雄也達。


「これだけ並ぶと圧巻だな……」

「まともに戦いたくはないわね」


 ファイリーとウインクがそう呟くと、ブリンクが竜人族らしき女の子の前へ駆け出していた。


「初めましてにゃーー。ブリンクにゃーー」

「わぁーー猫しゃんだーー。初めましてーー私ドラコって言うのーー」


 赤いリボンを角につけた緑色の身体をした女の子。竜人族の子供らしい。


「ドラコちゃんって言うんだね。この里で一番偉い人はどこかな?」

「え!? きゃーーーー人間よーーーー」


 優斗が声をかけた瞬間、悲鳴をあげるドラコ。住居らしき岩で出来た建物より、竜人達が顔を覗かせるが、すぐに建物の中へ入り、扉を閉めてしまう。レッドドラゴンが雄也達の前へ立ち、どうやら他のドラゴンには説明をしてくれているらしい。気づけば巨大なドラゴンに囲まれてしまっている。


「どういう事だ? 人間を嫌っているのか?」

「今の怯えは尋常じゃなかったな……」


 眼前のドラゴン達が襲って来る様子は感じられないが、雄也と和馬が異様な光景に違和感を覚える。


「お主等、道を開けい!」


 威厳のある声が響き、ドラゴン達が道を開ける。そこには老人姿の竜人と、竜人の若者が立っていた。


「里の者が無礼な態度を取って失礼した。現族長のアースじゃ。だいたいの情勢は理解しておる。ついて参れ」

「こっちだ」


 族長に促され、雄也達は里の奥へと向かう。





     ★    ★    ★


「なるほど、それで妖神竜か……しかし、女神が動くという事は、それだけ妖精界が危機に瀕しているという事じゃな」


 族長の住まいは里の長の住む場所とは思えない簡素な佇まいであった。雄也達は軽く自己紹介をし、此処へ訪れた経緯を簡単に説明する。加えて竜人族の里がかつて滅びた事をガディアスから聞いた事、魔王ベルゼビアの陰謀によりガディアスと戦う事になり、彼は命を落としたという事。そして、彼から意思を託されたという事も。


「そういう事じゃったか……。ガディアスの消息が途絶え、人間と戦い命を落としたという事実だけが此処に届いたんじゃよ。事実を悟られないよう歪曲された情報のみが届けられたんじゃな。竜人族にもああいった女子供がおる。噂だけが流れた事で人間に対し怯えが生まれたんじゃろうな」


 歪曲した情報……当時の状況を考えると魔獣女王あたりが魔獣や鳥獣を通じて流したのであろう。


「して、ガディアスを倒したという青年は君という事になるのだな」


 族長の横で腕を組み、黙って話を聞いていた若者が雄也へ鋭い視線を送る。妖気力を抑え込んでいるが、強い力を感じる若者だった。


「はい、事実を知った時にはもう、戦いを止める術がなかった。彼とは敵としてではなく、味方として相対したかったです」

「そうか……」


 若者は再び目を閉じる。その様子を見ていた族長が補足してくれた。


「客人、名を三井雄也と言ったの。今我がお付をしているこやつはな、故・竜人族の知将と呼ばれたガディアスの弟、ラディウスじゃよ」

「弟!?」


 その言葉を聞き雄也は全てを理解した。魔王の陰謀に巻き込まれ、一族のために戦い、命を落としたガディアス。目の前にそんな兄を討った仇が居るのだ。ラディウスは一体どんな感情で今此処に居るのだろうか。


「三井雄也、兄は強かったか?」

「はい、とても。あの時、覚醒していなければ、負けていたのは俺だったと思います」

「そうか……」


 言葉を選ぶように質問するラディウスに、正直な感想を述べる雄也。彼は再び目を閉じ、それ以上何も聞こうとはしなかった。


「今日は長旅であったろう。妖神竜ガイアを祀る祭壇へは明朝案内しよう。本日は客人用の施設へ泊まるがよい」

「族長、ありがとうございます」


 雄也達はそのまま客人用の施設へと案内される。竜人族はこの隠れ里だけで暮らしていけるよう、穀物や野菜も育てており、質素だが、地産地消の食物で持て成してくれた。メイン料理の熊鍋は、リンクが『くまごろうの顔が浮かぶので食べれないです……』と手をつけずにいた。


 岩場に囲まれた特製の温泉まであり、精霊神域から此処まで来た旅の疲れを癒す。束の間の休息だ。ルナティが居ないのをいい事に、優斗が女湯を覗こうとするものだから、ファイリーに殺されかけていた。


 そして、夜が更け、皆が寝静まった頃……。




 ―― 三井雄也、聞こえるか?


 誰かに呼ばれた気がして、雄也は目を覚ます。動物の毛皮で作られた毛布に包まり眠る仲間達。


『雄也さん……えへへ……』


 雄也の横にはリンクが可愛らしい寝顔で眠っている。そんな契約者(パートナー)の寝顔に思わず笑みが零れる雄也。


 ―― 三井雄也、装備を整え、一人で表へ来るがよい


「……やっぱり声が聞こえる」


 雄也は寝巻きから普段の装備へと着替え、壁に立てかけた水鉄砲を取る。この場所で敵の罠はきっとない。そう判断した雄也は、他のメンバーが目を覚まさないよう音を立てず、そっと部屋を出る。表へ出ると、そこには一本の大剣を肩に担いだ竜人――ラディウスの姿があった。


「三井雄也よ、罠とは思わなかったか?」

「そうは思いませんでした。仇討ちのつもりなら寝込みを襲う事も出来た筈ですから。そうでしょう、ラディウスさん」


 雄也の言葉を聞き、眼前の竜人は地面へ大剣を突き立てる。


「そうか……。ずっと考えていた。あの兄を打ち負かした相手がどんな相手だったのかと。どうやらそなたは私欲や怨恨で動くような男ではないようだ」

「ラディウスさん、貴方もガディアスさんと同様、騎士道を持った竜人のようですね」


 少ししか相対していないが、ガディアスと同様、彼が私利私欲のために動く竜人でない事は見て取れた。


「此処では邪魔が入ってはならぬ。場所を移す」


 里の奥、開けた場所まで移動するラディウスと雄也。そして、彼はこう告げる。


「三井雄也。俺と戦え」

「やはり……ですか」


 予想はしていた。雄也一人を呼び出す理由はそれしかなかったからだ。


「勘違いをするな。兄を倒した主を恨んでいる訳ではない。兄を負かした相手がどれだけの強さか、見極めたいだけだ。これは試練だと思え」

「どうやら……やらなくちゃいけないみたいですね」


 ラディウスが大剣を掲げると共に、雄也は水鉄砲を構える。


「心配するな、殺し合いではない。但し、兄を負かした相手のつもりで全力でいく。主が死んでしまった時は……その程度の人間だったという事だ」

「分かりました。こちらも本気でいきます。それに新しい水鉄砲の力、ちょうど試したかったところですから」


 雄也の言葉を聞き終えたラディウスが、妖気力(フェアリーエナジー)を解放する! と、同時に雄也が魔眼を解放し、彼の双眸が蒼白く光る。双方の妖気力と夢みる力(ドリーマーパワー)がぶつかり合った瞬間、両者はそれを戦闘開始の合図とする。


「行くぞ、三井雄也、竜剣――大剣(マーグヌス)!」

「女神の奇蹟――虹魔水霊銃(ラルクマギアサルト)!」


 大剣を振り下ろす竜人と新たな水鉄砲を構える人間。両者の力と力がぶつかり合う。


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