第162話 時渡りの力
「お姉様ーーお姉様ーーーー!」
大聖堂の高い天井。ステンドグラスから差し込む光が静謐な空間へ彩を加える。大聖堂から礼拝堂へ続く回廊を、清白の衣を纏った聖女が裾を持ったまま駆けている。礼拝堂の大きな扉を開くと、礼拝堂奥の祭壇にて祈りを捧げる銀髪の女性が見えた。
「お姉様ーーーーレイアお姉様ーーーーこんなところに居たんですね! お母様がお呼びですよーー!」
メイド服のまま目を閉じ、祈りを捧げていた女性――レイアが声のした方へ振り返った。
「ありがとうミューナ。お嬢様、雄也様達のご無事を祈っていたところでした。さぁ、私達も行きましょうか」
レイアが妹ミューナの手を取り、ゆっくりと礼拝堂の奥へと移動する。レイア復活の際に皆が訪れた儀式の間だ。巨大な魔法陣の前には荘厳なミトラと金の刺繍が施された純白を基調とした聖衣を纏った巫女。聖魔の巫女――ビクトリアだ。
「待ってたわよぉおーー。ほらーーそんな真剣な顔してないでーー元気にいきましょう、元気にーー!」
いつもの口調で実娘へ話しかける巫女。美しく清心な妖気と荘厳な雰囲気が台無しだ。
「お母様、……相変わらずですね」
「お母様、如月エイトの行方は分かったのですか?」
ミューナがぽかんと口を開け、レイアは聞かなかったかのように話を進めようとする。
「もうミューナもレイアも楽しくいかなきゃ、この先やっていけないわよ?」
「私はレイアお姉様が一緒なら大丈夫です」
「私もこうしてミューナと再会し、お嬢様や雄也様、素敵な仲間と巡り合えました。この先どんなに過酷な運命が待ち受けようともきっと乗り越えられます」
ミューナとレイアの意思は固い。その表情を見てビクトリアがようやく本題を話し始める。
「夢見の回廊は弥生がくまなく探しているわ。如月エイトと最後に対峙した場所。あそこは魔王が住まうと言われていた獄魔古城のある死地――死魔の台地。恐らく人間界を襲った魔女達も魔界と交信して召喚された。でも……」
「そこにエイトはもう居ないんですね」
ビクトリアが言い終わる前にレイアが答えを言い当てる。
「巫女の眼から逃れ、彼等が隠れる事が出来る力があるとすれば、それは……〝時渡の力〟」
「〝時渡の力〟……」
ミューナがビクトリアの言葉を反芻する。
「レイア、貴女のその金銀妖瞳。片方の瞳は私の力――聖者の魔眼。そして、もう片方の瞳は十六夜の力。妖読力の魔眼は時渡に唯一対抗出来る力。十六夜はこうなる事を分かっていて貴女に託したのね、きっと」
「そうかもしれません。あの時、ベルゼビアの攻撃に反応出来たのは、私と同じく妖読力の魔眼を持ったブリンク様と融合した優斗様だけでしたから」
あの時、魔王ベルゼビアの攻撃に他のメンバーが全く反応出来なかった事を思い出す。
「でも最後、私とエレナの攻撃をプレミオと如月エイトは回避した。あれも恐らく時渡に通じる力。あのプレミオという道化師も時渡を使えるのであれば、彼等は時限を超えた、時空の聖域という空間へ潜んでいる可能性がある」
「だから私達を此処へ呼んだんですね、お母様」
ビクトリアが敵の居場所を予想し、巫女の意図を汲んだミューナが笑顔で返答する。
「まぁ、そういう事ね。精霊神域へ貴女達を送り出す事は出来ない。だから信仰の力で女神様の御力を受け、時渡に対抗する力を身につける必要があるの」
「お母様、分かりました。ミューナ、行きましょう」
「ええ、お姉様。お母様、よろしくお願いします」
レイアとミューナが互いに手を繋ぎ、魔法陣の真ん中へと移動する。ビクトリアがゆっくりと目を閉じる。
「レイアは聖魔の魔眼と妖読力の魔眼、ミューナは聖者の魔眼を解放して下さい」
母、聖魔の巫女の合図と共に、運命に導かれた銀髪の双子姉妹が双眸に秘めた魔眼を解放する!
二名を包む浄化の妖気が光を紡ぎて両者を包み、魔法陣上を覆い尽くす。
「精霊神域を司る女神よ。女神信仰を司る巫女――ビクトリア・ホワイトの名の下に、今此処へ女神の神託を。精霊の子。レイア・ホワイト、ミューナ・ホワイト。いま、運命の名の下に希望の舞台へ導かれん!……」
聖魔の巫女が古代語によって言霊を紡いでいく。魔法陣が光りを放ち始め、彼女達が放っていた魔眼による光と呼応していく。明滅を始める儀式の間。やがて、儀式の間は〝白〟で覆われ、銀髪の姉妹はその場から消失した。
「行ってらっしゃい。頑張るのよ、レイア、ミューナ」
魔王の陰謀により、産まれながらにして闇の呪いを付与され、解呪と引き換えに記憶を失いながらも妖精としての生を全うし、過酷な運命を背負っても尚、抗い、そして、時を超え、母の元へと還って来た娘――姉・レイア。
かつて国の兵器として扱われ、感情を失っても尚、姉の面影と共に生き、やがて時を超え、感情を取り戻し、姉と再会を果たした娘――妹・ミューナ。
銀髪姉妹はまさに世界を救う聖女として、最後の舞台へ立とうとしている。
聖魔の巫女は成長した娘の姿をそっと見送り、銀髪姉妹が去った空間にて、母として一名雫を零す。
こうして双子姉妹は、女神の神託のままに、導きの場所へと向かうのであった―――――




