第159話 とある夢妖精の手記
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もうじき世界は壊れる。
私はそれを見届けるのみ。
誰に見られる事もないが、ここに事の顛末を記しておこうと思う。
私は私の野望のため、使命を全うするのみ。
彼と初めて出逢った日はもう二十年以上前になる。その頃まだ彼は青年だった。
長きに亘る妖精界の巫女と魔王との争い。戦いの最中、彼は人間界よりやって来た勇者の仲間であった。第一印象は、瞳の奥に真っ直ぐな信念を持った、真面目な青年という印象であった。
戦いは混迷を極める。彼等は妖精界各国の妖精達と契約し、魔王と戦う準備をしていく。
あれはいつだったか。彼と二名だけで話す機会があった。その時、彼からこう言われた。
「貴方、魔王と繋がっていますよね?」と。
裏の私の正体を見破ったのは、彼が初めてだった。そして、彼はこうも告げた。
「僕と手を組みませんか?」
今振り返ると、この時既に彼は、『この世界は果たして救うに値するのか?』疑問に思っていたのかもしれない。
人間界で日々起こる犯罪、争い、裏切り、偽装、癒着。人間界も妖精界も表面上は希望に満ちた美しい世界。だが、裏は、自身の欲望のために手段を選ばない者、権力、傲慢、色欲、嫉妬、憤怒、保身……。世界の闇は深く、混沌としていた。
かくいう私自身も欲望の化身であった。自身の野望のためには手段を選ばない。そういう妖精だ。
私は生まれながらに持っていた特殊な能力を用いて、この世界を視て来た。私は決して表に出る事はない。影で世界の実権を握る。それが私の目的であり、野望だ。魔王という存在はその手段に過ぎない。そう思っていた。
しかし、あの日、魔王は封印された。私と同じ、〝時渡りの力〟を身につけた一人の少女によって。
闇を知らない、無垢で純粋な、希望に満ちた少女だった。彼が彼女へ恋をするのも無理はない。彼女は最後まで希望を信じ、世界のために命を落とした。
世界の平穏と引き換えに彼は狂ってしまった。いや、元々彼の中に潜んでいた狂気が顔を出しただけなのかもしれない。太陽を失った仲間達は自然と解散していく。彼は光の国にて夢みる力の研究をしつつ、妖魔の残党達と戦っていた。……表向きは。
私が妖精界の闇市場と繋がっている事を利用し、闇夜大国へ彼が作った薬を横流しし、妖体実験を試みる。そして、その頃事件が起きた。闇竜の惨劇。彼の眼前であっけなく散っていく生命。度重なる悲劇により、彼の心の箍は外れてしまったのかもしれない。
闇夜大国に天の隠れ家という組織を創り、世界を改変するための同志を募る。同時に天の隠れ家リーダー――ノクスとして影で動き、魔族と接触を始める。
夢みる力が足りないと、人間界で実験も繰り返していたらしい。彼の行動力は一体どこから来るのか。夢妖精として私も夢みる力を強く持った人間の子供を探す手伝いをし、アリスという逸材を見つけた。
封印された筈の魔王が仮初めの姿で私の前に現れたのもその頃だった。彼は封印される間際で自身の能力で時渡りの力の一部を吸収し、精神のみを牢獄から解き放ったらしい。彼が完全復活するためには、器となりうる強大な妖気力に耐える肉体が必要だった。
そこで彼は闇の国と聖の国を影で牛耳ろうと目論んでいた魔王と接触し、手を組む。そして、新しい依代を探していた魔王にアリスを紹介したのだ。
彼は当時こうも言っていたな。『人間界での実験は失敗した』と。『あとは未来の依代となる子に託す。人間界での実験はこれで終わりにする』と。今考えると、この子が今隣の部屋で眠っている星菜美優――否、如月美優という女の子なのであろう。
しかし、如月エイト……彼は恐ろしい人間だ。何せ魔王すらも手駒にしてしまう訳だからな。
自らも含めて七つの大罪に擬えるとは滑稽なものだ。彼曰く、彼は嫉妬の魔人らしい。
漆黒の覇者――傲慢の妖魔――ナイトメア
妖欲の女王――色欲の悪魔――リリス
竜人族の知将――憤怒の竜王――ガディアス
魔獣女王――怠惰の獣女王――リュージュラ
憑依の魔王――暴食の帝王――ベルゼビア
時渡の道化師――強欲の夢妖精――プレミオ
夢見の凍弓使い――嫉妬の魔人――如月エイト
この七名を以て七魔同盟とした。最早、私とエイトしか残っていない訳だが。
おっと誰か来たようだ。そろそろ時間だな。七魔同盟にもそれぞれ物語がある訳だが、その話はまた今度する事にしよう。この手記を誰かが見る機会があるならば、その時、私は既にこの世にいないかもしれないな。何せ彼は世界全てを利用しようとしているからな。まぁ、私も命ある限り、彼を最大限利用する事にするよ。道化師は化かし合いが得意なものでね。
この世界がどういう結末を迎えるのか。
この手で見届ける瞬間が楽しみだよ。
プレミオ・オードブル
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「何をやっていたんだい? プレミオ」
「ふふふ……ちょっと昔を思い出していただけさ」
ランプの薄明かりに照らされた道化師の姿を部屋の外から魔人が覗き込む。
「もうじき僕の野望が実現するよ。もちろん、プレミオ、君の野望もね」
「いよいよその刻が来たようですね」
プレミオが立ち上がると、フッっとその場から姿が消える。魔人の横に立った道化師はくるりと回ってわざとらしくお辞儀をする。
「道化師プレミオぉおおおおーーーー、終劇までぇーーーー。この物語を見届けましょうぞぉおおお!」
「フッ……この姿の僕を見て全く動じない君はさすがだよ」
魔人ウルティマとなった如月エイトと夢妖精プレミオ・オードブル。彼等は闇の中へ再び紛れ、消えていく……。彼等が進む先の未来は光か闇か……果たして――――




